特別だからって世界を救う義務は存在しない。 作:霧ケ峰 リョク
ラスベガス、それはこの世に存在する歓楽街の中で最も知名度がある都市の名である。
日が沈まぬ街という異名を持つこの街は娯楽を、金銭を、スリルを求める人々の欲望によって満たされていた。
そう、満たされていた――――。
「ば、馬鹿な……………」
カジノのオーナーを30年以上やっている男は目の前で起こっている現実が信じられなかった。
少なくとも長年カジノを経営していてこのような事が起こった事は皆無だった。
稀に、極めて稀にだが幸運の女神というものに愛されてチャンスをモノにした者も居る。
だが彼等はただ幸運だっただけだ。
ならばイカサマをしているのかと聞かれればそう言うわけでも無い。
何故なら男の瞳に映るその者はただスロットマシンで遊んでいるだけなのだ。
投入したコインも何ら不審なモノでは無く、ただひたすらにタイミングを窺ってボタンを押しているだけ。
強いて他人と違う事があるとするならば、その者がやっているスロットマシンは男が悪ふざけで作った縦横10面の特注品だった。
通常のスロットマシンでさえ揃える事が難しいというのに、普通なら先ず間違いなく揃う筈が無いそれを、さっきから連続で当てていた。
そしてそのスロットを揃えていたのはまだ子どもの日本人だった。
「…………た、頼む。もうやめてくれぇ…………!」
最早作業と言っても良いぐらいに連続でスロットを揃えまくる少年の行動に、男は堪らず弱音を吐いてしまう。
しかし、そんな男の思いが通じたのか少年はスロットを止めて立ち上がる。
どうやら満足したらしい、
「次はポーカーで増やすか」
そう考えていた男の思考はかなり楽観的だったらしい。
少年の放った言葉に男は口から泡を吹いてその場に倒れた。
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ギャンブルであろうがなかろうが、勝負ごとで最初から勝つと決まっていればかなり退屈である。
スリルという刺激は良くも悪くも緊張感を齎すが、慣れてしまうと気が抜けるものだ。
それが良いことなのか悪いことなのか、一概に決められないので割愛する。
「はい、ストレート。俺の勝ち」
兎に角、自分が何を言いたいのかと言うと超直感マジで便利。
対人戦において常に最適解を出しているにも等しく、心を察することも出来るこれはポーカーとかでも有用に使える。
スロットマシンに関しては素の動体視力が優れていたから出来たけど、これポーカーとかいったギャンブルに使うと本当に楽勝ですねはい。
イカサマがバレないタイミングとかもよく分かるし、チートとは正にこの事だろう。
眼前でパラパラと手に持ったトランプのカードを落とし、床に膝をついて愕然とするディーラーを見て、本心からそう思う。
少しやり過ぎたとは思うが、今後の活動資金のことを考えるとこれぐらいやらないとダメだろう。
手に入れたカジノコインを換金してからカジノを後にする。
「軍資金も手に入れたことだし、他の国に移動するか」
「ラスベガスを発つの?」
「流石にずっとここに居るっていうのはマズイからな。正直一日以上ここには滞在したくない」
ラスベガスは俺達が逃げる為に一番最初に訪れた場所だ。
リボーンが日本から追いかけてくることを考えると、すぐにでも発たなければいけない。
「本当ならもうちょっとゆっくりと過ごしたいんだけど、まあそれはまた今度という事で」
この逃亡生活を選んだのは自分自身とは言え、優雅な生活が出来ずに時間に追われるというのはままならないものだ。
まぁ飛行機を使った移動の為、情報が出回るのは仕方がないと納得しよう。
いかに努力をして強くなったとはいえ、情報の隠し方とかは学んでいない。
機会が無かったし、どうやって学べば良かったのかも分からなかった。付け焼刃の秘術程怖いモノは無いとはいえ、学ばなかった事を少しだけ後悔する。
「…………俺も結構頑張って来たと思ったけど、まだまだ努力が足りないかぁ」
「そんなことは無い。ボスは十分に強いと思う」
「ありがと。でも、これは俺の理想が無駄に高いだけだから」
凪からの慰めの言葉に感謝しつつも自身のことを顧みる。
本当に自分が未熟だという事をよく思い知らされる。
とは言え、これは精進するしか無いだろう。
諦めなければいつかきっと夢は叶うのだから――――。
俺がマフィアのボスにならないという夢は諦めさえしなければ叶うと信じている。
「でもこの後はどうしようか…………取り敢えず飛行機は多分無理だろうからホテルに泊まりたいんだけど、場所がなぁ…………」
下手な場所に泊まれば日本から来たリボーンにバレるだろう。
もしかしたらバレないかもしれないけど、ああ本当にもう。
一度最悪を想定したら次々と最悪が脳裏をよぎる。その全てに対策するなんていうことは出来ないし、余計に大変だ。
「今は凪の幻術でデコイを作るくらいしか無いか」
幸いなことに資金は無駄にある。
バレないように幻覚でホテルの客を装い、複数のホテルに泊まっていることにすれば問題はないだろう。
「いや、それじゃあ間に合わないか」
両手にボンゴレⅠ世が使っていたグローブをはめてリングに炎を灯す。
偶然手に入れて作る事が出来た精製度Aランクの大空のリングから放たれるオレンジ色の大空属性の死ぬ気の炎。
その炎がグローブを包み込み、やがて額からも同じような色をした炎が燃え上がる。
超死ぬ気モード――――自らのリミッターを内的に外す特殊な状態。
要するに超がつく程の死ぬ気状態と言う事で、リングを介さずに死ぬ気の炎を身体から放出することが出来る。
「凪、俺に掴まって。空を飛んでロサンゼルスまで移動する」
「分かった」
「飛んでいる時は俺の姿を幻覚で隠しておいてくれ」
自身に凪が掴まったのを確認するとグローブから死ぬ気の炎を放出して空を飛ぶ。
雲一つ無い夜空を舞いながら車を軽く上回る速度でロサンゼルス方面を目指す。
本当ならばもっと速くすることが出来るのだが、流石に凪の事を考えるとそこまでの速度を出すことは出来ない。
それでも一時間ぐらい飛べば辿り着くだろう。
「ねぇボス。他の人達はどうして誘わなかったの?」
空を飛んで三十分ぐらいが経過した頃、凪が唐突に口を開く。
「他の人って…………ああ、皆の事か」
「私だけじゃなくて他の人達の力も借りれば、もっと上手く逃げられると思う」
「まぁ、確かにそうなんだけど…………皆には自分の生活があったからね。皆なら断らないとは思うけど、俺の我儘に付き合わせるわけにはいかないからさ」
正直な話、本当なら他人に迷惑を掛けたくは無かった。
いくら逃げる為とは言え、他人の人生を巻き込みたくない。
でもそうしないと逃げられないから。
「本当ならこうして凪に手伝ってもらうことだって心苦しいんだよ。いや、凪を誘っておいて今更こんな事を言うのも悪いんだけどさ」
凪を味方につけたことだって彼女が家族との関係が悪いからであり、簡単に誘いに乗ってくれそうだったからだ。
原作での彼女、クローム髑髏になる前の凪は実の家族からすらも半ば見捨てられていた引っ込み思案な心優しい少女だった。
彼女が傷付いて臓器を喪失する事になったのも猫を車から庇ったからである。
そんな少女だからこそ、味方につけたかった。優しい彼女ならば自分の無茶にも付き合ってくれると一方的に信じて。
友達が居なかった上に家族との関係も最悪だった凪と出会い、友人になるのはそう長い時間は掛からなかった。他の人達と友人になる事も、最初こそ上手くいかなかったもののすぐに親友と呼べる間柄になっていた。
その全てが、彼女の人間関係の殆どを作ったのは自分自身の身勝手な目標の為である。
自分にとって都合良く動かせる味方が欲しいが為に彼女の人生を自分の為に巻き込んだのだ。
「嫌だったら文句を言っても良いんだぞ?」
「大丈夫、ボス。さっきも言ったように私の家族はボスだけ」
「…………そっか」
こんな時、超直感は上手く働かない。
悪意に対して敏感なこの能力でも、他人の心の内を覗き込むことは出来ないのだから。
彼女が本当は自分の事を嫌っているかもしれない、そんな事をつい考えてしまう。
もし、俺が彼女の人生を狂わせたと知ったら、彼女は怒るだろうか。
「なら俺も出来る限り頑張って凪を幸せにしなくちゃいけないな」
苦笑いを零しながらそう呟く。
家出をした直後は後悔なんかしていなかったけど、後々時間が経てば経つほど後悔してしまう。
本当に中途半端な自分の意思が弱さに嫌になってくる。
そんな事を考えながら空を飛んでロサンゼルスに向かうのだった。