ようこそ事なかれ主義者の教室へ   作:Sakiru

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第58話

 

「何か弁明はあるかしら」

 

 午前八時。

 千秋(ちあき)と別れ、オレは屋上の『ブルーオーシャン』に向かっていた。そして堀北(ほりきた)はオレよりも早く来ていたようで、会って早々、()め付けきながらそう言ってきたのであった。

 オレは対面に座ってから、何のことかと(とぼ)ける。

 

「……まるでオレが罪に問われているみたいだな、その言い方だと」

 

 茶化しても、彼女は表情を変えない。

 

「あなた、こうなることが分かっていたでしょう」

 

「こうなることと言うと……この現状のことを言っているのか?」

 

「当然でしょう。他に何があるのかしら。だからあなたは私の勝率をあんなにも低く設定した。違う?」

 

 眼光がより強く、より鋭くなる。

 並の人間が相対したら震えるだろうな……。

 そんな感想を他人事のように抱きながら、オレは注文を聞きに来たスタッフに、適当な軽食を頼んだ。

 ホットドッグとホットコーヒーのセットがすぐに運ばれてきた。とても美味しそうだ。

 

「いただきます」

 

 オレが熱い液体を飲んでいる間にも、彼女からの言及は続く。

 

「……真面目に聞きなさい」  

 

「真面目に聞いているさ。だから言うが、オレもこうなるとは思っていなかった」

 

詭弁(きべん)ね」 

 

 堀北は一刀両断する。

 ストローでグラスの中をかき混ぜながら、オレは、さてどうしたものかと思い悩む。

 彼女はさらに非難する。

 

「試験が始まる前に、私はあなたと龍園(りゅうえん)くんに聞いたわよね。今回も裏で繋がるのかと。あれは嘘だったのかしら」

 

「もちろん嘘じゃないさ。オレと龍園の間にはもう何もない。事実、オレたちはあの一件以降一度も会ってもいないし、連絡も取り合っていない」

 

「なら綾小路くん。あなたは全くの無関係だと?」

 

「さあ……どうだろうな」

 

 言葉を濁らせるが、堀北相手に通じるはずもない。

 

「全くの無関係とは言えないだろうな。だが堀北、再三言うが、全てを知っていたわけじゃない」

 

「でしょうね。なら教えなさい。あなたが知っていること全てを」

 

「オレが知っているのは、お前も知っていることだ。すなわち、龍園の『敵戦宣告』のみ。オレは龍園がその準備をしているのを知っていた」

 

「そのうえであなたは何もしなかったのね。私に相談をすることもしなかった」

 

 空になった皿を、店員を呼んで片付けさせる。

 

「綾小路くん、あなたなら容易に推測出来たはずよ」

 

「買い被りだな。何回も言っているが、龍園の行動は完全に予想外だった」

 

 いや、これだと語弊があるか。

 龍園の行動ではなく、Cクラスの行動だと言った方が良いだろう。

 

「仮にお前に警告していたとして、堀北、お前に何が出来た? 奴は用意周到に水面下で動いていた。パフォーマンスを入れながらな。お前は何が出来たんだ?」

 

「それは……けど、心構えは違っていたはずよ」

 

「そうだな。だがそれだけだ。お前は何も出来はしなかった」

 

 堀北から、憤怒が、敵意が送られてくる。

 凄まじい激情だ。

 こんなにも感情を剥き出しにしている彼女は初めて見た。恐らくは、彼女の兄も滅多に見たことがないのではないだろうか。

 

「綾小路くん、あなたはいつだってそうね。あなたはいつだって、自分のことしか考えていない。周りの人間などどうでも良いのでしょう」

 

 堀北はさらに言葉を続ける。

 

「『暴力事件』の時もそう。無人島試験の時もそう。そして今回の干支試験だって。綾小路くん、あなたは入学式の日、私に『事なかれ主義者』だと自分を表現したわよね。覚えているかしら」

 

「ああ、確かにオレはそう言った」

 

 あの日あったことは全て余すことなく覚えている。その中でも堀北との邂逅はかなり印象深い。

 

「あの時はすんなりと言葉を受け入れた。いいえ、受け入れてしまった。でも今は違う。矛盾よ。事なかれ主義という信条を掲げているひとの行動じゃないわ」

 

「ならオレは何なんだ?」

 

 純粋に気になったので聞いてみると、堀北は即答した。

 

「断言しましょう。あなたは『事なかれ主義者』じゃない。ただの『傍観者』よ」

 

『傍観者』という言葉は、意外にもすんなりとオレの胸の内に溶け込んだ。

 オレは甘んじて堀北の糾弾を受け入れる。

 

「はっきり言いましょう。綾小路くん、私はもう、あなたの暗躍を見逃すことは出来ないわ」

 

「……そうか。ならどうする? オレをクラスメイトの前で吊し上げるか?」

 

 それならそれで構わない。

 須藤(すどう)佐倉(さくら)王美雨(ワンメイユイ)といった友人は居なくなるだろうが、ただそれだけの話だ。

 ──同時にオレは、自分が何も変わっていないのだと自覚する。

 結局、いくら『外側』が変わったように見えても、オレの分厚く、光の灯らない『内側』は変わらない。闇に覆われた心が晴れることはない。

 本当に、自嘲してしまう。変わらない、変わることが出来ない自分に。

 ところが、

 

「……いいえ、私は何もしない。この学校は実力で生徒の善し悪しを測っているのだから。私にもっと力があれば、あなたの悪行を防ぐことが出来た。けれど私には出来なかった」

 

「見逃してくれるんだな」

 

「ええ……癪ではあるけれどね。……綾小路くん、私はもう……あなたを決して頼らない」

 

「頼らない、か……それはまた奇妙なことを言うな。お前は一度たりとてオレを頼っていないだろう」

 

 オレが勝手に介入してきただけだ。

 ところが、彼女は首を横に振り、

 

「いいえ、違うわ。私は弱くなった。その弱さが、この危機的事態を招いているのよ……」

 

 吐き捨てるかのように堀北は言った。まるで過去の自分を悔やんでいるかのようだ。

 こうなることを未然に防げた。そう思い、けれど出来なかった自分を責めているのだろうか。

 オレはそんな彼女をじっと見詰める。

 

「お前が望んでいるのならそうしよう。だが堀北」

 

「……何かしら」

 

「今のDクラスじゃAクラスには上がれない。Cクラスにすら勝てないだろう。お前はオレが裏で動いていたことが気に食わないようだが、それとは関係なしに、単純な戦力差で、天地がひっくり返ってもお前たちは勝てない」

 

「……ええ、そうでしょうね。今の私たちじゃ勝てないわ」

 

 客観的事実を堀北は受け入れた。

 状況を冷静に視ることが出来なければ、未来の展望は語れない。大言壮語を口にする愚かな夢想家(ロマンチスト)だ。

 彼女は目を伏し、黙考する。

 そして彼女はおもむろに瞳を覗かせた。意志が込められた、強い輝きだ。

 

「これまで私は困惑していたわ。(いけ)くんや須藤くんたちは私のことを『先生』と呼んでくる。他のクラスメイトもそうよ。私はこれまで独りだったから、誰かとの繋がりを否定してきた」

 

 堀北鈴音の独白は続く。 

 

「けれど、分かった。私たった独りで出来ることには限界がある。平田(ひらた)くんや一之瀬(いちのせ)さんは言わずもがな、葛城(かつらぎ)くん、坂柳(さかやなぎ)さん、龍園くんまでもが、仲間を率いている。綾小路くん、あなたもそうなのでしょう?」

 

「ああ、オレにも居るな」

 

 嘘を吐いたところで意味はない。

 これまでの過程で、堀北は桔梗(ききょう)と千秋の存在を認知しているのだから。

 

「私は、私は────」

 

 ただの名前のない少女が、いま、オレの目の前で殻を破ろうとしている。自分のこれまでの人生を振り返り、価値観を捨て、藻掻(もが)き、羽ばたこうとしている。

 

「今までの考え方は改めるわ。私は──私たちは、必ずAクラスで卒業する」

 

 凛と言葉が放たれた。

 この数ヶ月間、兆候はいくつもあり、幾度の『試練』は彼女を昇華させるに至った。

 入学当初とは一線を画す覇気。

 最後に良いものが見れたと、心からそう思う。

 同時に。

 ──堀北鈴音の昇華とはすなわち、オレとの決別を意味している。

 堀北は真っ直ぐオレを凝視する。

 

「綾小路くん、あなたが何をしようとそれは構わないわ。クラス闘争に参加するのも、しないのも、それは個人の自由だもの。ただし、Dクラスの邪魔をするのなら、私は本気であなたを打ち破りに行くわ」

 

「肝に銘じよう」

 

「……これで私たちはただの隣人よ」

 

 関係の初期化。そう繕ったところで意味はない。

 この時、この瞬間。

 オレと堀北は事実上、隣人とは程遠い敵対関係に大きく変わった。

 

「綾小路くん、私が今からすることもあなたは……」

 

「オレは?」

 

「──いいえ、何でもないわ。それじゃあ」

 

「ああ、じゃあな」 

 

 オレたちは決別の挨拶を交わす。

 堀北はこちらを振り返ることなく、迷いない足取りで立ち去って行った。

 

「思ったよりも早かったな……いや、そうでもないか」

 

 自身が歩く『道』を定めたということだ。

 オレは思わず苦笑いする。同時に、彼女に憧れた。

 運命られたレールを淡々と歩いてきたオレからすれば、『道』を切り開ける者は憧憬の対象だ。嫉妬すら覚えてしまうほどに。

 

「さて、残りの時間。何をするか……」

 

 今回の干支試験は、生徒全員が一緒に終了を迎えるわけではない。

 グループで『裏切り者』が出た時点で、そこのグループは試験終了だ。部屋に集まる必要はないと、運営側からのメールでも伝えられている。つまり、多くの生徒が試験から解放されていることだ。

 だがしかし、全体の試験終了ではない。

 残っているのは計三匹の獣たち。

 討たれない限り干支試験は続く。

 特別試験は今日を含めて残り三日。

 恐らく、今日はずっとこのまま船上は嵐に包まれるだろう。

 各クラスのリーダーは仲間の不安や動揺を(おさ)めるのに精一杯のはずだ。

 つまり、実質的にはタイムリミットはあと二日ということになる。さらに、明日は休息日だ。

 起死回生の挽回──は、()()()()

 

 

 

 

 既に龍園率いるCクラスの『勝利』は確定している。

 

 

 

 

 だが『完全勝利』ではない。

 最後の足掻(あが)きが心折れずに出来るか否か、戦いは既にその次元に至っている。 

 別れ際の堀北の言葉が想起される。昇華した彼女なら、あるいは────。

 行動を起こす、その準備期間は明日一日だけ。

 

「苦いな……」

 

 熱かったコーヒーはすっかりと冷めていた。そしてオレの呟き声は風に溶けていった。

 


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