ようこそ事なかれ主義者の教室へ   作:Sakiru

33 / 71
第33話

 

 櫛田(くしだ)の案内の下、オレは(けん)のチームが見付けたという『スポット』に辿り着いた。

 端的に述べると、そこは『川』だった。

 

「じゃあ、私の案内は終わり!」

 

「ああ、ありがとう櫛田」

 

「──清隆(きよたか)くん! 良かった、無事だったんだね!」

 

 洋介が真っ先にオレの到着に気付き、やや駆け足で近付いてくる。

 

「オレが最後か?」

 

「いや、高円寺(こうえんじ)くんも居ないけど……はぐれちゃったのかい?」

 

「はぐれたと言うべきか……あいつ曰く、散歩らしい。まあ、あいつは大丈夫だと思うぞ」

 

「そうだね。高円寺くんならどこの環境でも生きていけそうだよ」

 

 オレは洋介と話しながら辺りを見渡した。

 まず目が引かれるのは大岩。不自然なくらいに大きい。遠目から見ると、中をくり抜いて、その空いたスペースに装置が埋め込まれているようだった。

 Aクラスが占有している洞窟内にあったものと同種のものだろう。

 

「ここをベースキャンプにするのか?」

 

「うん、そのつもりだよ。清隆くんと高円寺くんの意思を聞かないで決めたのは悪かったかな。ごめん」

 

「いや、オレもお前だったら同じ判断をしていただろうから全然良いぞ」

 

 むしろ褒め称えるべきだろう。

 水源を確保出来るか否かによって、この無人島生活の質が大きく変わってくる。

 オレは改めて川を観察した。

 幅10mはあるだろうか。水面を覗くと、現代では考えられない程に綺麗(きれい)()んでいる。周りは深い森と砂利道に囲まれていて、恐らく学校側が意図的にこの空間を作ったのだろう。

 下流は随分と先まで続いているようで、もしかしたら海にまで繋がってるのかもしれない。だとしたら一種の『道』として砂浜までいけそうなものだが、そうは問屋が卸さないようで、道の高低差がかなり激しそうだ。上流部分は特に険しそうで、オレたちが立っている場所だけが平地となっている。

 

「ここをベースキャンプにすることはさっきも言ったけど賛成だ。だけど、占有はするのか?」

 

「僕としては占有するべきだと思っているよ」

 

 普段は中立的な立場を取っている洋介にしては、確固たる意思が感じられる言葉だった。

 自分でも思っているのか、彼は一度苦笑いする。

 

「もちろん、これには理由があるんだ。付いて来て」

 

 オレは洋介に連れられて川辺を歩いた。

 高低差がまだ少ない下流を選ぶ判断は流石だな。

 空き地はすぐに無くなり、すぐに森に入る。

 

「あれを見て欲しい。僕が何を言いたいのか分かると思うよ」

 

「あれは……立て看板か?」

 

『川』を利用出来そうな場所には、木製の立て看板が建てられていた。

 目を細めて確認すると、そこには『この川は占有したクラスだけが利用出来ます。それ以外の者が利用したい場合、占有したクラスの許可を得て下さい』という文字が書かれていた。

 

「なるほど……、学校側も上手く考えているか……」

 

「『川』のように占有スペースが大きいとこうなるんだろうね。(いけ)くんがさっき言っていたんだけど、この川の水は飲めそうなんだ。もちろん、彼の言葉をそのまま鵜呑(うの)みするわけにはいかない。言い方は悪いけど、誰かが実験台になる必要がある。けど、もし上手くいけばポイントの削減に繋がるよね」

 

「それに『川』を占有すれば、必然と他のクラスは他の水源を確保する必要があるからな」

 

 なら占有した方が良いだろう。

 流石に『スポット』を一つも占有しないのは愚行だ。何もこれは、ボーナスポイントを得ることが出来るから述べているわけではない。

『スポット』を占有して初めて、『スポット』は効果を発揮するからだ。今回の場合は水源の確保であり、恐らく、『スポット』は何らかの利益を(もたら)すのだろう。

 

「──清隆くん。僕は()(じゅく)したと、今のDクラスを視て思うんだ。()()()()()()()()

 

「分かった。いつかの約束を守るとするよ」

 

「お互い、苦労するだろうね」

 

「そうでもないさ。一人なら辛く思うだろうけど、二人なら半分に出来る」

 

 キャラじゃないことは分かっていた。その上でオレたちは互いの拳をごつんとぶつけ合った。

 洋介と一緒に元の場所に戻ると、そこではオレたちと高円寺を除く三十七人の生徒が待っていた。

 

「皆、聞いて欲しい。僕はここをベースキャンプ、なお且つ、すぐそこにある『スポット』を占有したいと考えている。反対の人は居るかな?」

 

 誰も反対意見を口にしなかった。

 洋介は満足そうに頷き、先導者として、次の指示を素早く出す。

 

「占有するにあたって、僕たちはリーダーを選出する必要がある。じゃないと、占有するために必要なキーカードを貰えないからね」

 

平田(ひらた)くんは誰が良いと思ってるの?」

 

 軽井沢(かるいざわ)が皆の心を代弁して尋ねるが、彼は答えることはしなかった。

 

「僕から話をしておいてなんだけど、リーダーを決めるのは後にしたいと考えているんだ。まずは仮設テントや仮設トイレ、そして付随(ふずい)のワンタッチテントを組み立てる必要がある。余裕を持ってから誰が適任か議論しよう。どうかな?」

 

「あたしは賛成ー」

 

「俺もだぜ!」

 

「僕も」

 

「私も」

 

 そうして、オレたちDクラスはまず先に住処を作ることになった。

 洋介の支持率は凄まじいものだと、オレは舌を巻くばかりだ。

 仮設トイレ、ワンタッチテントはすぐに組み立てられた。トイレは20ポイントを支払うことで業者が指示した場所に用意してくれたし、ワンタッチテントも比較的簡単に組むことが出来た。

 問題は仮設テントで、これが中々に難しいものだった。一応、取扱説明書(とりあつかいせつめいしょ)茶柱(ちゃばしら)から渡されたけれど、かと言って、実際に行うとなると苦戦は必至だ。

 しかしここで一人の生徒が活躍する。その人物はふむふむと頷きながら説明書に目を通すや否や、

 

「うん、これなら何とかなるな!」

 

 と言うのだった。

 

「池くん、それは本当かい!?」

 

「嘘は言わないぜ。取り敢えず、川辺(かわべ)近くは絶対に駄目だぞ!」

 

 Dクラスで唯一のキャンプ経験者、池寛治(かんじ)

 彼の指導により、オレたちは仮設テントを組み立てる目処がたった。

 これ程までに彼が頼もしいと思った日はないだろう。男女問わずして尊敬の眼差しが向けられる。

 篠原(しのはら)が不思議そうに尋ねる。

 

「どうして川辺は駄目なの?」

 

「水がいつ来るか分からないからな。雨が降ったら水位が上昇するだろ? だから川端にテントを置いたら危ないんだ」

 

 真面目な顔で池は語る。

 多くの生徒が感心している中、彼は気付いていないのか追加の注意事項を口にした。

 

「木の下がベストかな、やっぱりさ。水捌(みずは)けも良いし、雨風を凌げるしさ」

 

 迷うことなくすらすらと出される言葉には説得力があった。

 今回の特別試験、平田洋介以上に池寛治が活躍することは間違いないだろう。

 

京介(きょうすけ)、手伝ってくれよ」

 

「う、うん! どうやるの、寛治くん?」

 

「まずは──」

 

 てきぱきと仮設テントが組み立てられていき、数分後には、見事な仮の住まいが作られた。

 これなら余程のことがない限り壊れることはないだろう。

 支給された仮設テントは八人用のものが二つ分。当然、クラスの四十人全員が利用出来るわけではない。

 強引に詰めたとしても、精々、二十人が限界だろう。

 ここで真っ先に意見を述べたのは篠原の傲慢チーム(仮称)だった。

 

「私たち女子が使うべきだと思う!」

 

 同調するようにして、佐藤(さとう)前園(まえぞの)といった生徒がリーダーの背後に控える。

 軽井沢の女王チーム(仮称)や、それ以下の独立チーム(仮称)は静観の構えを取っていた。

 

「篠原さんたちの気持ちも分かるよ。けどやっぱり、ここは皆で話し合いをした方が良いと思う。場合によっては、僕たち男子が使うことも視野に入れた方が良いんじゃないかな。例えば、片方は女子、もう片方は男子みたいに。その方が禍根を残さないと思うんだ」

 

「平田くん!?」

 

「……彼、平和主義をやめたのかしら。いつもならここは、無駄な諍いは回避するはずよね。あるいは、言葉巧みに誘導するはず」

 

 先導者の肯定を得られなかった篠原たちが面食らう中、いつの間に居たのか、堀北(ほりきた)が、そう、囁いてきた。

 確かに見方によってはそう映るかもしれない。

 ()()()()

 洋介が何をしようとしているのか、彼の真意を知っているのはオレだけだ。

 オレは堀北の言葉を返すことせず、無言で彼女から離れていった。向かう先は先導者の隣。

 

「オレも洋介の意見に賛成だな」

 

「はあ? ここ最近、綾小路くんさあ、調子乗ってない?」

 

 クラスの総意なのだろうか。

 オレの友人以外の生徒が鋭い眼差しを向けてきた。

 特に篠原の圧が凄まじい。誰彼構わず自分の意見を言えるところは彼女の美徳(びとく)だが、だからと言って、もう少し時と場所を選んで欲しいものだ。

 

「あのな……、オレたちは一週間集団生活を送るんだぞ。お前の気持ちは分かる。けど、もうちょっと考えて発言した方が良いんじゃないか」

 

「だから! 何で協調性の欠片もない綾小路くんにそんなことを言われないといけないの! もう良い、この際だから聞く! 『暴力事件』で綾小路くん、何をしたの!?」

 

「何をした、とは?」

 

 肩を(すく)めてみせると、篠原の怒りは頂点に達したようだった。

 

「馬鹿にしてるの!?」

 

 憤怒で顔を染める彼女に対して、オレは多分、無表情で彼女を眺めているのだろう。

 そのまま数秒過ぎた。

 篠原の怒りは収まったようだった。いや、違う。彼女の瞳の奥に宿るのは微かな恐怖だった。

 それでもなお睨み付けてくる胆力(たんりょく)は流石と言えるだろう。

 膠着した言い争い。

 いつしか、嫌な空気が流れ始めた。

 しかし突如として断ち切られることになる。

 

「清隆、落ち着けよ」

 

「痛っ……!」

 

 背後に立った健が拳骨を頭に落としてきたのだ。直前に気配は感じていたけれど、殺意や害意(がいい)といった嫌なものじゃなかったため、体が反応しなかった。

 鈍い痛みが徐々に伝わっていく。

 堪らずに無言で睨んでしまうと、しかし、彼はむしろ呆れたような顔で。

 

「らしくないぜ清隆。普段のお前はもっと冷静だろ」

 

「……」

 

「篠原や平田、そしてお前の意見は分かるけどよ。こんな風に対立すンなら、いっそのこと、テントを全員分用意すれば良いじゃねえか。だろ?」

 

 健の正論に、オレたちは口を噤んだ。

 なるほど、確かに彼の言う通りだろう。

 盲点を突かれた後は早かった。

 ちょうどマニュアルを所持していた軽井沢に、多くの視線が寄せられる。

 

「えっと……仮設テントは一つにつき10ポイントの消費だって。二つは欲しいから、20ポイントの損失になるのかな」

 

「ちょっと待ってくれ! それは容認しかねる。初日だけで40ポイントも使うのか!?」

 

 Aクラス行きを日頃から目指している幸村(ゆきむら)が、少しでもポイントを残すために訴えたのは必然と言えるだろう。

 いや、彼だけじゃない。

 ポイント保持派は実際のところかなり居るようで、その中には女子生徒の姿もあった。男子だったら山内(やまうち)本堂(ほんどう)外村(はかせ)たち。女子だったら(もり)長谷部(はせべ)、そして松下(まつした)たちだ。

 静寂が場を支配しようとした──その時だった。

 

「なら、折衷案(せっちゅうあん)を出すしかないでしょう」

 

 一声(いっせい)を放ったのは堀北だった。

 いつもの無表情に若干の苛立ちを混ぜながら、彼女は言った。

 

「篠原さんたちは女子がテントを独占したいと主張している。平田くんと綾小路くんは腰を据えて話し合うべきだと主張している。須藤(すどう)くんは、全員分のテントを用意すべきだと主張している。幸村くんや山内くんたちはポイントの消費を控えるべきだと主張している。軽井沢さんや櫛田さん、そして私はどちらでも良いと考えている」

 

 堀北はまず、誰が何を望んでいるのかを浮き彫りにしていった。

 彼女は近くに散らかっていた木の枝を一本摑んで、地面に四つの構図を書いていく。

 とても分かり易かったのは、ひとえに、彼女の能力が総じて高いからだと言えるだろう。

 

「さっきの綾小路くんの言葉じゃないけれど、全員が全員、自分の我儘(わがまま)を言っていたら切りがない。なら、どこかで線引きするしかないでしょう」

 

「堀北さんは、どこでするべきだと思っているのかな?」

 

 櫛田の問いに、講演者は迷うことなく即答した。

 

「簡単な話よ。つまり、今日だけは各自の判断に任せれば良い。テントで寝泊まりしたい人はテントを。野宿したい人は野宿をすれば良い」

 

「「「……!?」」」

 

「今のDクラスには必要なことだと思うわ」

 

 オレたちは息を呑んだ。

 それ程までに堀北が語った内容が衝撃的だったからだ。

 彼女が言ったことは『自由行動』。

 特別試験という未知な出来事に直面しているのにも拘らず、たかがこれしきのことで争っているDクラス。

 足並みを揃える必要があるのは言わずもがなだろう。

 しかし現状のDクラスではまだまだ難しい。

 それ故の、『自由行動』。この特別試験で何が求められているのかを、自分で考える必要があると堀北は言っているのだ。

 

「だけど堀北さん、それ、正気? 仮に男女が野宿するとしてさ……かなり危ないんじゃないの?」

 

 言外に、襲われるんじゃないの? と言っている。

 

「そこは祈るしかないわね。少なくとも、野宿にはそれだけの危険性が伴う。男だろうと女だろうとね」

 

「それは、そうかもしれないけどさ……」

 

「我儘を言って、そして実行して許されるのは子どもまで。だけど私たちはもう高校生なのよ。良い加減、自分の行動には責任を持つべきじゃないかしら」

 

 堀北の覇気は凄まじかった。

 それぞれの派閥の中核を担っている人物たちは、ただただ彼女の気迫に恐れ慄く。

 生徒たちが後退る中、オレと洋介は悟られない程度に笑みを交わした。

 ──第一関門、突破だな。

 結局のところ、仮設テントは全員分用意することにした。

 野宿の危険性に気付いたというのもあるが、何よりも、堀北の言葉によって頭が冷えたからだろう。

 表のMVPが堀北鈴音(すずね)なら、裏のMVPは須藤健だ。

 不良少年から熱血少年へと進化を遂げた彼なのだが、先日の『暴力事件』で学んだのだろうか、感情的になるのを抑えている(ふし)が見られる。既に彼は、Dクラスの立派な『財産』と言えるだろう。個人的にはもうひと皮剥けたら最高だな。

 

「茶柱先生、仮設テントを二つお願いします」

 

「分かった。発送には時間が掛かるから、その点だけは了承してくれ」

 

 これで火種はまた一つ鎮圧された……と、言いたいところだが。

 まだ一つだけ問題はある。しかも無視することは出来ない、非常に重要な案件だ。

 生徒たちが小さな円を幾重にも重ね、会議を開くことになった。議題は一つだけ。

 

「──誰をリーダーにしたら良いと思う?」

 

 先導者の問い掛けに、すぐに答えられる者は居なかった。

 まず大前提として、AからDクラス、各クラスで一人、リーダーを選出する必要がある。これは強制的なものであり、例外はないのだという。

 リーダーの存在価値はとても高い。

『スポット』を占有するためには専用のキーカードが必要であり、使用権限はリーダーだけに与えられている。もし占有しなければ、オレたちが暫定的ながらも占有している『川』の水を利用することが出来なくなる。さらには、ボーナスポイントの追加も無くなってしまう。

 せっかく水源を得たのだ、これを活かさない手はないだろう。

 

「まず確認すると、『スポット』の占有権は八時間で切れてしまう。今は午後五時三十二分。仮に六時からここを占有するとしよう。その場合、明日の午前二時に効果は切れてしまう。流石に真夜中だから心配はないと思うけれど、確実に言えることは、『スポット』の更新をする時にリーダーが見られたら最悪だ」

 

『川』を挟んでいても、三百六十度森であることに変わりはない。

 いつ、誰が目を光らせているのかは分からない。

 今だってそうだ。

 オレたちは小さな円を何重にも重ねて、さらには、声を最低限のボリュームにして会議を開いているが、人外じみた聴覚の持ち主が居たら、呆気なく情報が露呈されてしまう。

 現にオレはつい数時間前、馬鹿みたいに視力が良い高円寺と行動を共にしていた。可能性がないとは言えないだろう。

 皆が押し黙る中、率先して手を挙げた人物が居た。

 

「私は平田くんが良いと思うけどなあ。……いや、先に言っておくけど、彼氏だから選んでるわけじゃないからね」

 

 と、軽井沢は己の求心力を余すことなく使い、言葉を続ける。

 

「まずだけどさ。リーダーは絶対にバレたらダメなわけじゃん。だって他のクラスに露呈したらマイナス50ポイント。しかも、占有で得たボーナスポイントも喪失しちゃう。だから、リーダーを守り抜くことは大前提なわけだよね」

 

 そうだよね? 無言で尋ねられ、皆は頷いた。

 軽井沢は安堵の息を一度吐いてから、けれど次の瞬間には真面目な顔になる。

 

「となると、リーダーを誰にするのかが焦点になるじゃん。そんなのはあたしでも分かるよ。この重役を全う出来る生徒が、このDクラスに何人居ると思う? あたしは、平田くんが一番だと思うな」

 

「ちょっ、ちょっと待ってくれよ! そりゃ、お前の言う通りだけどさ……けど平田だと露骨(ろこつ)すぎじゃないか?」

 

「それは……そうだけど。けど『灯台もと暗し』って言葉もあるくらいだし、ここは敢えて普段から目立っている平田くんをリーダーにするのも策じゃない?」

 

「お前……『灯台もと暗し』なんて言葉知ってたんだなあ……」

 

 池が感慨深そうにうんうんと何度も首を縦に振った。感心しているのだろうか。

 まあ、うん。その気持ちは分かる。軽井沢は学力、身体能力ともに微妙だからな。

 だけど軽井沢も、彼には言われたくないだろう。

 女王は失笑する。

 

「ハッ、これだから池くんは。たった一回、現代文のテストで良い点を獲ったからって自惚れているの? あー、ヤダヤダ」

 

 相対する池と言えば、珍しくもかなり本気で怒っているようだった。額には青筋が浮かび、心做しか、体全体が震えているように窺えた。

 

「い、言ってくれるじゃん。だったら二学期の中間テスト、勝負するか?」

 

「ふ、ふーん。良いよ、やってやろうじゃない。まあ、あたしには平田くんがいるし? 勝利は確実よね」

 

「はあ? 確かに平田は頭良いけど、こっちには堀北先生がいるんだぜ? 俺が勝つに決まっているだろ」

 

「ハッ」

 

「ヘッ」

 

「「ぐぬぬぬ……!」」

 

 両者睨み合う。

 軽井沢は洋介の、池は堀北の絶対性を信じているようだった。

 これにはお互いの先生も困ってしまうだろう。

 洋介は苦笑いしているし、堀北は自分の教え子の暴走に呆れているのかこめかみに手を当てている。

 話が変に脱線してしまうのはDクラスの運命なのだろうか。

 

「──と、兎に角!」

 

 大声を出して間に入る櫛田に、さしもの軽井沢と池も退くしかなかった。

 とはいえ、彼女越しに睨んではいるのだが。

 櫛田はこほんと可愛らしく咳払いをしてから。

 

「軽井沢さんと寛治くんが言っていることはどっちも正しいと思う。その上で、私なりに考えてみたんだけど……私は、堀北さんが適任だと思うんだ。平田くんだとやっぱり目立ち過ぎちゃう。軽井沢さんも同じだよね。けど、責任感がある人がなるべきなのも事実だよね。だから私は堀北鈴音さんを推薦します」

 

 Dクラス内では地位を築きつつあるが、堀北はまだそこまでの域には突入していない。他クラスの生徒もノーマーク、とは言わないがそれ程注目していないだろう、ということを櫛田は言っているだろう。

 堀北は、特別、これと言った反応を返すことはしなかった。いや違う。よくよく注視すれば、彼女が驚いているのが窺えた。その証拠に目が普段よりも見開かれている。

 自分が嫌われていると分かっている相手から推挙されるとは思っていなかった、ということだろう。

 しかし驚きは一瞬、冷静さを取り戻した彼女は周りの反応を待つことにするようだった。

 

「ぼ、僕は賛成かな……。堀北先生なら、大丈夫だと思う……」

 

 小さな声で沖谷が賛成の意を表明する。

 

「「俺も俺も!」」

 

 と、追従したのは池と山内だ。

 健も「堀北なら安心だしな!」と想い人を後押しする。

 彼ら四人は堀北鈴音個人の永続的な『仲間』だと判断して構わないだろう。

 これは彼女の行動の成果と言える。一学期の間、彼女は赤点者を出さないためにクラスに貢献してきた。蒔いた種は芽吹き始めている、ということだろう。

 クラスメイトの反応は、(おおむ)ね好感触だった。

 実際のところ、Dクラスでリーダーの役目を全う出来る生徒はオレが考える限りでは四人。

 平田洋介。

 軽井沢(けい)

 櫛田桔梗(ききょう)

 堀北鈴音。

 上記四人になら任せることが出来る。

 とはいえ、軽井沢の場合は些か不安が残るが。しかし持ち前のカリスマ性によって充分に補えるだろう。

 

「僕も賛成かな。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「「「……は?」」」

 

 それは実に衝撃的な言葉だった。

 これまで、先導者としてクラスをあるべき姿に導いてきた男の、思いもしない一言。それに皆呆ける。

 

「ひ、平田くん……!? それって──」

 

 どういうことだと交際相手に尋ねられ、洋介は方頬を右手で()きながら困ったように笑う。

 やがて、彼は自身の胸中を語った。

 

「誤解をしないで欲しいけど、何も、無責任にさっきの言葉を言ったわけじゃないんだ。まずだけど今回の特別試験、これはとてもじゃないけど、試験中の一週間じゃ全貌は摑めない。仮に知ろうとしたらそれなりに動く必要がある。それはつまり、仮に僕がリーダーになったらリスクを伴うよね。そうじゃなくても、恐らく、僕には監視の目が付くと思う。三百六十度森なんだ。気配でも消されたらおしまいだよ。だから僕はリーダーにはなれないんだ」

 

 再三述べるが、これまでのDクラスは洋介をはじめとした一点集中型だった。

 良くも悪くも平田洋介を中心にしていた、ということ。

 堀北は暫くの間考えていたが、やがて、おもむろに頷いた。

 

「──分かった。私が引き受ける」

 

 リーダーの力強い言葉に生徒たちは歓声を上げた。

 ──第二関門、突破だな。

 オレは顔が緩みそうになるのを意志力で堪えた。

 洋介が茶柱にリーダーが選出されたことを告げ、キーカードを貰い受けて来る。

 これで『スポット』を占有することが可能になったわけだ。

 キーカードを託された堀北は早速リーダーの責務を果たすために行動を開始する。

 認証装置が埋め込まれている大岩に集まり、リーダーの正体がバレないようにするため輪になった。そこから念のために、全員がそれとない動きで装置に触れる。

 ──装置に触れるのはオーケーなんだな。

 遠目から見守っている茶柱も指摘はしなかったから、触れるだけなら問題ないのだろう。

 程なくして、『Dクラス ─7時間59分─』という文字が表示された。

 現在時刻は午後五時四十八分。

 占有権は八時間で切れてしまうため、ボーナスポイントを円滑に稼ぐためには、明日の午前一時四十八分前には起きている必要がある。

 しかし現実的に考えて、慣れない環境での慣れない行動には途轍もない負担が強いられるものだ。特に今の堀北なら、常人の二倍は厳しいだろう。

 まあ、本人は決して認めないだろうし、先程の彼女の言葉を用いるのならば、オレたちは高校生。何があっても自己責任だ。

 兎にも角にも、これで最低限の生活基盤は整ったと言えるだろう──

 

「これで何とか生き残れそうか……」

 

 独り言を呟くと、たまたま聞いたのか、池が何を言っているんだお前とばかりに。

 

「何言ってんだよ綾小路! まだまだやるべきことは沢山あるんだぜ?」

 

「そ、そうなのか……?」

 

「まずだけど火が必要だろ。あとは夕ご飯も用意しないといけないし……まあ、水は何とかなるかもしれないけどなあ」

 

「か、寛治くん。もしかして……川の水を飲む気?」

 

「は? マジかよ? これ、飲めるのかよ?」

 

 沖谷と山内も会話に加わる。

 オレも彼らと同意見だ。

 先程洋介から話を聞かされた時は困惑したが、改めて考えると躊躇してしまう。

 上から水面を覗く限りではとても綺麗だが、飲めるかどうかと聞かれたら首を傾げてしまう。

 衛生的にも心配だ。

 とはいえ、頭の中では心配は杞憂(きゆう)だと分かっている。ここが本当の無人島なら不安しか湧かないが、この島は仮にも学校……ひいては、国が管理しているのだ。

 もしこれで体調が著しく悪化したり、病院に連行されたりしたら盛大に叩かれるだろう。

 しかしどうしても躊躇してしまう。

『未知』の出来事に二の足を踏んでしまうのは仕方がないことだ。

 その旨を告げると、池は「そっか……」と残念そうに嘆いてから。

 

「けど言われてみればそうだよな……。悪い、配慮が足りてなかったぜ……」

 

「どうしたの?」

 

 そう言って来たのは松下だ。

 いつもは篠原や佐藤と共に行動を共にしているのに、珍しく一人で居るらしい。

 ──いや、それは決め付けか……?

 思えば先程の仮設テントの増設についての討論の際、彼女はポイント保持派に立っていた。

 あの時はさして気にはならなかったが……。

 しかし今こうして一人で居るということは、篠原のグループには完全には属していないのかもしれない。

 

「川の水について相談していたんだ」

 

 オレが代表して答えると、松下は流水を一瞥した。

 

「断固反対とまでは流石にいかないけど、進んでは飲もうとはしないかな。やっぱり、衛生面を考えると──って、綾小路くん、何その顔」

 

「いや、意外に考えてくれるんだなと思って。てっきり、頭ごなしに否定されると思っていたからな」

 

「「「それな!」」」

 

 この場にいる男子一同が激しく頭を縦に振った。

 松下は不服そうに長い栗色の髪、その前髪を弄りながら。

 

「私は篠原さんじゃないんだからさ」

 

 と、友人に毒を吐いた。その言葉にオレたちは頬を引き攣らせてしまう。

 

「お前たちは友達だよな……?」

 

「そりゃあ友達だよ。けどだからと言って、友達だから全てに賛同するわけじゃない」

 

「何話してんの?」

 

 友人である篠原が数人の手下を引き連れて来た。

 刹那、松下は不自然なくらいに綺麗な笑顔を浮かべ、彼女たちに説明した。

 最後まで聞き終えた篠原の第一声は、

 

「はあ? 川の水飲むとか……あんた正気?」

 

 という、罵倒だった。

 平生の池なら何かしら言い返す場面だったが、松下の予言が的中しているため、口を半開きにすることしか出来なかった。

 やがて、彼は「わ、悪い。軽はずみだったよ」と言い残してから、沖谷と山内を引き連れて離れていく。

 

「女子(こえ)ぇ……!」

 

「あいつら、腹の中じゃあんな風に思っているのかよ。怖っ! 俺ちょっと、これからは安易な発言はしないようにするわ」

 

「俺も……! 天使は桔梗ちゃんだけだな……」

 

「あははは……、まあ、うん。気持ちは分かるかなあ……」

 

 ひそひそと囁きながら撤退する彼らを、篠原たち女子生徒は不思議そうな顔で見送った。

 試しに松下に目線を送れば、口パクで『ほら、私が言った通りでしょ?』と勝ち誇ったように薄く笑った。

 これまで彼女との接点はあまりなかった。精々が勉強会で、分からないところを教え合ったくらい。

 しかしこの特別試験、一週間クラスメイトと一緒に過ごすことによって、彼らの思わぬ一面を見ることが出来るのかもしれない。

 篠原や松下たちが離れていくのと同時に、今度は櫛田がやって来た。

 

「綾小路くんはあっちを手伝わなくて良いの?」

 

「あっちって?」

 

「ほら、あれだよ」

 

 彼女が指さした場所では、男子生徒が一致団結して仮設テントを組み立てていた。

 女子の分を先程組み立てたおかげか、ぎこちなさは多少残っているものの、洋介と池が上手く指示を出しているため、あと数分もすれば配置完了だろう。

 健が率先して重たい部品を持って組み立てに貢献しているのがとても印象的な光景だ。

 

「オレは……そうだな。木の枝でも集めてこようと思う」

 

()()でもするつもりなんだ?」

 

「どのみち火はあった方が良いだろう。支給された懐中電灯はたった二つだ。夜になったらかなり苦労するだろうしな」

 

「考えているんだねえ……。けどごめんね綾小路くん。手伝いたいのは山々なんだけど、私は今から食料調達隊隊長としての責務があるから無理かな」

 

 櫛田は申し訳なさそうに両手を合わせる。

 オレは手伝って欲しいとは一言も言ってないのだが……。いや、これは傲慢な考え方か。

 ──食料調達隊隊長って何だろう……。

 素朴にそう思ったけれど……聞くのはやめておいた。名前からして意味は分かるし、ここは彼女の活躍を期待するとしよう。

 

「もう六時だから気を付けるんだぞ」

 

「あはは……綾小路くん、その言い方だと私のお父さんみたいだね。大丈夫だよ、ここら辺を軽く散策するだけだからさ」

 

「そうか」

 

「うん。それより、綾小路くんも気を付けるんだよ? 一人では行動しないこと。夜の森は危ないって、さっき、()()()が言っていたから尚更だよ」

 

 分かったとばかりに深く頷くと、櫛田は満足そうに一度笑った。そして彼女が指揮する食料調達隊のメンバーの元に向かっていく。

 さて、オレも動くとするか。

 何もしてない人間というのは目立つものだ。ぼーっとしていたら誰かに怒られてしまう。

 適当な枝を探すにしても、まずは櫛田の言い付けを守らなくてはならないだろう。

 誰か暇そうな奴は居ないかなあ……と探していると、堀北と目が合った。

 一応、声を掛けてみるとするか。

 

「森の中に入ろうと思っているんだが……一緒にどうだ?」

 

「残念だけれど、私は動けないわよ。クラス単位での行動なら兎も角、少人数でのそれは難しいわ」

 

「……悪い、考えが足りなかった」

 

 堀北はリーダーだからな。

 不必要にベースキャンプから動くわけにはいかないのだろう。

 しかし随分と柔らかい物言いだな。

 てっきり一刀両断されると思っていたんだけどな……こいつも、良い意味で変わりつつある、ということか。

 

「けど綾小路くん、心配する必要はないわ」

 

「は? お前、何を言って……」

 

 堀北が何を言っているのか分からず、オレは戸惑ってしまった。

 彼女はそれ以上は何も言わず、オレに背を向けた。

 と、同時に──

 

「あ、綾小路くん!」

 

佐倉(さくら)とみーちゃんか。どうかしたか?」

 

「うぅん、綾小路くんが焚き火に使う材料を集めに行くって櫛田さんから聞いたから……」

 

 佐倉の言葉に、みーちゃんが言葉を続けて。

 

「手伝おうかなって思ったんだ」

 

 ここでようやくオレは、堀北が言っていた意味が理解出来た。

 心の中で彼女に感謝を言う。

 

「じゃあ、頼めるか?」

 

「「うんっ」」

 

 佐倉とみーちゃんという心強い味方の協力を手に入れたオレは、二人と一緒にベースキャンプから移動を試みる。

 森の中に入ると、オレたちはただただ驚いた。

 この時間ともなると、太陽は沈みつつあるようで、赤い夕日の眩い光が森の中に射し込んできてとても幻想的だ。

 

「カメラがあればなあ……」

 

 佐倉が、そう、呟くのも納得出来るってものだ。

 みーちゃんもうっとりと吐息(といき)を零している。

 いつまでもこの光景を眺めていたい気持ちに駆られるけれど、逆に言えば、夜の訪れが早いとも言えるだろう。

 季節は夏のために日照時間は長いが、それでも、時間は限られている。

 

「じゃあ、適当に集めるか」

 

「どういうの集めたら良いのかな?」

 

「言われてみれば……、愛里(あいり)ちゃんの言う通りだよね」

 

 地面に顔を寄せてみれば、様々な木の枝だと思われるものが散らかっている。

 単純に大きいもの、小さいもの、太いもの、細いものと本当に様々だ。

 キャンプ経験がある池なら兎も角として、とてもではないがオレたちのは判別出来そうにない。

 

「一応、どれも平等に拾うか」

 

「「うん」」

 

 さてと──それじゃあ、頑張るとするか。

 一本一本丁寧に拾う。

 小説や漫画やアニメの登場人物(キャラクター)たちは普通にやっていたが、創作と現実だとぜんぜん違うな。

 木屑が手の皮を裂きそうで怖い。

 

「綾小路くんは夏休みの前半、どういう風に過ごしていたの?」

 

 みーちゃんが、そう、問い掛けてきた。

 この特別試験で長期休暇も折り返しになる。

 一ヵ月後の今頃は二学期の初日を終え、楽しかった―楽しむつもりでいる―夏休みを振り返っているんだろうな。

 

「そうだなぁ……、初日は洋介とサッカーして、次の日は椎名(しいな)と買い物に行ったな。あとは日にちを跨いで健とバスケをやって、みーちゃんたちと遊んで……、まあ、それくらいだな」

 

「けっこう遊んだんだね」

 

「そうか?」

 

「前半でそれだけ遊べば充分だと思うよ」

 

 比較対象がないからいまいち実感出来ないな。

 洋介や櫛田だったら毎日が予定で埋まっているんだろうな。他だったらBクラスの一之瀬(いちのせ)とか。

 まあ、他人(ひと)他人(ひと)であり、オレはオレだ。

 他ならないオレが満足出来ていればそれで良いか。

 想定外の出来事や邂逅もあったりしたが、今のところは充実していると言えるだろう。

 

「二人はどうだったんだ?」

 

 今度はオレが尋ねた。

 

「私は写真を撮る日々を過ごしてたかな。みーちゃんにも協力して貰って。改めて、ありがとうみーちゃん」

 

「ううん、お礼を言われることじゃないよ! また誘ってね」

 

「オレも、出来ることなら手伝うぞ」

 

「……うんっ! 本当にありがとう、二人とも!」

 

 佐倉は嬉しそうに微笑んだ。みーちゃんもつられて笑顔を浮かべた。本当に仲が良くなったな。

 オレは自分が抱えているもの、そして二人が持っているもの、その総数をざっくりとだが数えた。

 

「一度拠点に戻るか」

 

「そうだね。そろそろ日も暮れるだろうし……」

 

「わ、私も良いよっ」

 

 三人でベースキャンプに戻ると、そこでは合計四つの仮説テントが立派に立てられていた。

 男子生徒で二つ、女子生徒で二つのようで、それぞれが離れた場所にあるのは当然といえるだろう。

 立地条件も池の指示より満たされているようだ。

 櫛田率いる食料調達隊はまだ帰還していないのか、彼らの姿は見られない。

 

「おいおい綾小路、どこに行ってるのかと思ったら枝拾いしていたのかよ。誘ってくれたら一緒に行ったのにさ、水臭いぜ! 俺とお前の仲だろぅ?」

 

 背中をバシバシと叩き、山内がそう言ってきた。

 ──調子が良いことを言うなあ……。

 オレがこう思うのも仕方がないだろう。

 ここ最近彼とはあまり話していなかったから、お世辞にも仲が良いとは言えないだろう。精々が普通だ。

 胡乱気(うろんげ)な眼差しで彼を見るが、彼はオレの訴えには気付いていないようだ。

 何やらハイテンションでオレ──ではなく、佐倉とみーちゃん、特に佐倉をじっと見つめる。

 

「おいおい綾小路。女の子にこんな重たいものを持たせちゃダメだろ! 手伝うよ、佐倉!」

 

「……へ?」

 

「良いから良いから! ほら、(ワン)も!」

 

「……えっ、あの……!」

 

 そう言って、山内は二人分の荷物をやや強引に奪った。

 流石に二人分は重たいのか両手に収まらず数本落ちてしまう。

 佐倉とみーちゃんは戸惑い、オレにどういうこと? と無言で聞いてきた。だが、オレに山内の考えが分かるはずがない。

 首をふるふると横に振ったところで、彼は上機嫌で、

 

「ほら、行こうぜ綾小路! 焚き火をするならベースキャンプの中央部分が一番だ! 広場っぽいのを作ってたぜ!」

 

「あ、ああ……」

 

「二人とも、もし困ったことがあったら俺を遠慮なく頼ってくれよな! (おとこ)、山内春樹(はるき)! 必ずや馳せ参じるぜ!」

 

 ガッツポーズのつもりなのか、白い歯を見せて山内は笑った。

 

「「あっ……、うん……」」

 

 二人は引き()り笑いを浮かべ、尋常じゃない速度で女子用の仮設テントに向かっていった。

 放置していた自分のスクールバッグを置くという意味合いも兼ねているのだろうが、何よりも、山内から距離を取りたかったのではないだろうか。

 

「ふっ、俺もこれでリア充の仲間入りか……。綾小路もそう思うだろ?」

 

 全然思わない。

 しかしそれを言ったところで山内には効果がないだろう。

 何というか……自分の世界に入っている気がする。

 

「それより、どうして急にあんなことを?」

 

 拠点の中心部に向かう傍ら聞いてみると、彼は真面目な顔で言った。

 

「実はさ……俺、佐倉を狙おうと思っているんだ」

 

「……そうか」

 

「何だよ、もうちょっと驚いても良いだろ!」

 

 山内の無茶振りを適当にいなしながら、オレは胸中で「マジかよ……」と呟いていた。

 彼が佐倉愛里という女性を好いている、ということそのものにはさしたる驚愕はない。

 何故なら佐倉本人から度々ながらも相談を受けていたからだ。

 彼女曰く、「やけに山内くんから視線を感じるんだ……」とのこと。

 相談を受けたオレとみーちゃんは、何分、これまでの人生で交際経験がなかったために上手い助言は出来なかったけれど、精一杯彼女を応援した。

 彼女はつい数週間前にストーカー被害に遭ったばかりだ。

 山内が行き過ぎた好意をぶつけるとは思いたくないが、万が一があるか。

 一応は友人として釘を刺した方が良いだろう。

 

「お前が佐倉のことが好きなのは分かった。だけど、友人として言わせて貰うけど、彼女はとても臆病な性格だから、あまり強引にはアプローチしない方が良いと思う」

 

「さっすが、リア充は言うことが違うな!」

 

「……悪い。どうしてオレがリア充に分類されているのか聞いても?」

 

「そりゃあ、椎名ちゃんと付き合ってるからだよ! 羨ましいぜ綾小路! あんな美少女と交際出来るとか!」

 

 このやり取り何回目になるんだろうか。

 辟易としてしまうのは許して欲しい。

 まず事実として、オレと椎名は付き合っていない。

 オレたちの今の状態を表すなら、俗に言うなら、友達以上恋人未満の関係だと思う。

 その辺を告げると、山内は恐ろしい剣幕でオレを睨んだ。

 

「これだからリア充は! 何だよ、惚気(のろけ)かよ!」

 

「……いや、だから──もう良い……。それより質問良いか。どうして佐倉なんだ?」

 

 佐倉から話を聞いた時から気になっていたことだった。

 山内は池と同様に、櫛田が好きだったはずだ。

 脈があるかは兎も角として、いくら何でも、佐倉を狙う──つまり、アプローチするにしては突然すぎる。

 自分でも驚く程オレの声は真剣味を()びていた。

 どうやら自身で考えていた以上に、オレは佐倉のことを友人だと認識していたらしい。

 荷物を地面に下ろした後、オレたちは茶柱からマッチを受け取り、元の場所に戻った。

 彼はマッチ棒を一本取り出しながら言った。

 

「いやさあ……、見る目がなかったって反省しているんだぜ? けど佐倉は地味だったから埋もれていたんだよ。けど良くよく見てみれば可愛いじゃん? 俺、たまたま眼鏡を外したところを目撃したんだけど……もう、可愛いのなんのって! 何よりも、おっぱいが大きい! ありゃあもう凶器だよ!」

 

 ()みたいなあ! と山内は空想の胸を揉んだ。傍から見ていたら変態にしか見えないな。

 彼の奇行は兎も角として、オレはどうしたものかと頭を捻った。

 というのも、思った以上に下衆(げす)な理由だから反応に困る。

 いやまあ、彼の名誉のために言うならば、容姿や胸の大きさも充分に魅力的に映るのは仕方がないことだ。

 そこを責めるつもりはない。

 だが──それは本当に好きだと言えるのだろうか。

 何を偉そうに言っているのだとは自分でも思う。

 人間、第一印象を重視する──してしまうのは呪いに等しい。

 しかしそれは上辺のものだろう。

 想いを告げるのならば事情は変わってくるのではないだろうか。

 オレが黙っていると、山内は鼻歌を歌いながらマッチ棒を側薬に擦り付けた。

 

「あれ? 確か寛治は楽勝だって言っていたんだけど……」

 

 素早くマッチ棒を(やすり)の上で走らせるが、チッという微かな音が響くだけだ。

 やり方が悪いのだろうか。

 山内と顔を見合わせて対処法を考える。しかし作戦が思い付くわけもない。

 

「池を呼んだ方が良いんじゃないか?」

 

「もう一回! もう一回だけだからさ!」

 

「いやでも……マッチ棒にも数があるし……」

 

 もし全本尽きたらポイントを消費して購入することを視野に入れなければならない。

 そうなったらポイント保持派から強烈なバッシングを受けることは想像に難くないだろう。

 

「何やってンだ?」

 

 額にタオルを巻いた健がオレたちの肩の間から顔を出してきた。滝のような汗が流れているのは、仮設テントを四つ分率先して作ってくれたからだろう。

 彼の尽力がなければこんなにも上手く出来なかったな。

 堀北に後で、彼を褒めるように伝えておこう。基本的には素直じゃない彼女だが、称賛すべき時は称賛するくらいの器量はある。

 今の彼なら調子に乗ることもないだろうし、これくらいの役得があっても良いはずだ。

 かくかくしかじか。

 オレは彼に語った。焚き火の用意をしたこと、今は火を点けている最中であることを。

 

「上手くいかないのか?」

 

「ああ、オレと山内で交互で試してみたんだけど全然だ」

 

 実際は山内しか挑戦していないが、ここは嘘を吐いた方が良いだろうと判断する。

 

「ちょっと貸してみろよ」

 

「良いけど……どうするつもりだ?」

 

「どうって──こうすンだよ!」

 

 うおおお! 健の熱い雄叫びがベースキャンプに響く。

 彼は尋常じゃない速度でマッチ棒を鑢の上で走らせた。

 ──な、なるほど……、力でゴリ押しか……。

 呆れを通り越して尊敬の念を覚える。

 すると、棒の先端で火が(とも)り始めた。

 焔が空気に混ざらないうちに、彼は落ち葉やら枝やらが重なって出来た土台の上に爆弾を投下する。

 最初は弱々しかったが、健はさらにもう一本爆弾を作り、またもや投下させ、強引に着火させた。

 するとどうだろう。

 オレたちがよく知る焚き火へと姿を変えたではないか。

 

「お前……。すっかりと脳筋になったなあ」

 

 山内がそう言うのも尤もだろう。

 激しく同意だな。

 健はどうだ! と言わんばかりのドヤ顔だった。

 

「ただいまー」

 

 どうやら、櫛田率いる食料調達隊が帰ってきたようだ。

 ほぼ全員が自然とオレたちが居る焚き火近くに集まる。

 

「これ、綾小路くんたちが作ってくれたの?」

 

「ああ。まあ、健の独擅場だったけどな」

 

「どちらにせよありがとう! おかげで無事に帰ることが出来たよ! 煙が昇っていたから、分かりやすかったんだ!」

 

 焚き火の役割は様々だ。

 暖を取ったり、調理に使えたり、照明にもなる。

 それだけでない。

『火』という概念は地球上で暮らす人類にとって欠かせないものだ。人々の心に安心を齎し、そして、癒しを与えてくれる。

 食料調達隊の帰還に喜んでいるのも束の間、隊長は申し訳なさそうに頭を下げた。

 

「だけどごめんね、ご飯になりそうなものは見付けられなかったの。どんどん視界が悪くなって……正直、遭難しそうだったんだ。本当にごめんなさい」

 

「いやいや、桔梗ちゃんが謝る必要はないさ! なっ、平田!」

 

「そうだね。むしろ、懐中電灯たった二つで頼んだ僕が(あさ)はかだったよ」

 

 いつの間にか夜になっていた。

 微かに茜色が混ざってはいるけれど、あと数分もすれば漆黒に覆われるだろう。

 特別試験初日、最後の試練は食事だった。

 池を除いた全員が初めて臨むキャンプ。オレたちは時間を使い過ぎたのだ。

 誰かが悪いわけではない。

 全員が全員、やるべきことをやっていた。

 

「ポイントを使うしかないだろう」

 

 そう言ったのは幸村だった。

 皆の目が集まる中、彼は(おく)することなく言う。

 

「流石に夕食を抜くのは良くないだろう。無人島生活はまだ初日だ。もしここで体調を崩し、試験から脱落したらその分ポイントが引かれてしまう。それは避けたい。なら、ここはポイントを使って夕食を購入するしかないだろう」

 

 反対意見は出なかった。

 ポイント保持派の幸村が言ったから、それなりの効果があったということだろう。

 

「平田、一番安いもので出費は幾らになりそうだ?」

 

 マニュアル片手に洋介は読み上げる。

 

「えっと……、栄養食とミネラルウォーターのセットになるね」

 

 彼はさらに概算を言った。

 何でも、食料や飲料水はクラス単位で一食6ポイントになるが、セットにすると10ポイントになるそうだ。

 現在、オレたちDクラスは仮設トイレ一個、仮設テント二個を購入している。

 今のところ、40ポイントの支出だ。

 ここでさらに、今日分の夕食をポイントで賄うとなると、試験初日から50ポイント、つまり、全体の六分の一を失うことになる。

 ポイント保持派に限らず、皆、出来るだけ多くのポイントを残したいと考えるのは当然のことだ。

 ただでさえ、Dクラスは貧しい生活を送っているのだから。

 しかし、背に腹は返られない。

 怖いくらいの静寂が場を支配する──そんな時だった。

 

「HAHAHAHA!I have just came back here(私はここに戻ってきた)!」

 

「この声は──」

 

「私さ!」

 

 高笑いしながら、森の奥から現れたのは高円寺だった。

 相変わらず、無駄にネイティブな発音をする奴だ! という突っ込みは誰も出来そうになかった。

 というのも、上半身裸だったからだ。

 だが、一番驚愕したのはそこではない。

 彼は脱いだジャージや体操服、はてには下着すらも活用して、それらの口を結んで簡易的なバッグを制作し、中に大量の荷物をひきつめ、さらにどうやったのかは知らないが、それらを体に装着していたのだ。

 

「こ、高円寺くん……。その中には何が入っているんだい?」

 

「ふふふ。平田ボーイ、まずは落ち着きたまえ」

 

 高円寺は笑みを浮かべ、一つ一つバッグを降ろした。

 皆が何だなんだとざわつくなか、彼はもったいぶるように、結んであった部分を解いた。

 

「こ、これって──!?」

 

 誰かが息を呑んだ。

 それもそのはず。

 バッグから出現したのは食料だったからだ。

 色とりどりの木の実や果実、中には、数本だがトウモロコシなんかもある。

 オレたちが唖然(あぜん)としていると、

 

「これで私のミッションはコンプリートだねえ」

 

 彼は誇ることもなくそう言った。

 これが高円寺六助の実力、その片鱗とでも言うのだろうか。

 不良品と蔑まれているDクラス。

 それぞれが何らかの欠陥を抱えている生徒たち。

 しかしどうだろう。

 今年のDクラスは一味違う。

 茶柱が期待する──期待してしまうのも頷けるってものだ。

 

「ありがとう、本当にありがとう高円寺くん!」

 

「俺はお前のことを勘違いしていたよ!」

 

「私も! これからは高円寺様って言うね!」

 

「なら俺は高円寺さんだな!」

 

 感謝の言葉が救世主に届けられる。

 高円寺は白い歯をきらりと輝かせながら愉快そうに笑った。

 

「諸君! 今日は優雅なディナーにしようではないか!」

 

「「「うおおおおおおお──!」」」

 

 夕食──いや、宴の準備が始まる。

 結局、浮いた10ポイントはすぐに無くなった。

 簡単な調理器具一式に5ポイント、シャワー室に5ポイントとして代替されたからだ。

 これには反対意見も出なかった。

 二つとも必要なものだと全員が納得したからだ。

 やがて、宴が始まった。

 皆、仲が良い友人たちと食べ始める。

 最初、オレは洋介の所に行こうとしたのだが、流石はイケメンなだけあって、人気は絶大だったので断念することに。

 健、池、山内、沖谷(おきたに)や櫛田は堀北の元に集まっているようだ。先生は嫌そうな顔をすることもなくただただ流れに任せているようだ。

 あれは諦観しているな……、と思った瞬間、先生から強烈な睨みが飛ばされてきた。今、あそこに入ったら殺される気がする。

 佐倉やみーちゃんと食べるという線もあるけれど、彼女たちは比較的おとなしい同族たちと食べていて、オレが邪魔しては駄目だろう―

 

「おや綾小路ボーイ。Are you free(ひまかい)?」

 

「……Yes(はい),I am(そうです)

 

 高円寺はオレの返答に満足そうに笑い、「付いてきたまえ」と言った。

 焼きトウモロコシが一本ずつ片手に握られているから、夕食の誘いだろう。

 思えば、一学期に彼とランチを共にしたときにオレは、機会があれば一緒に食べる約束をしていたな。

 せっかくだ、ここは約束を果たすとしよう。

 彼の案内の下辿り着いたのはベースキャンプから程よく離れた川辺だった。

 耳を澄ませば、Dクラスの皆の賑やかな声が聞こえてくる。

 

「座りたまえ」

 

 促してきたので、オレは彼の隣に尻を地面に着けた。

 すると、高円寺は「食べたまえ」と一本手渡してくる。

 礼を告げてから、オレはまじまじと黄金色の長棒を眺める。

 鼻腔をくすぐる良い匂いだ。

 刹那、空腹感が体全体に襲い掛かった。

 朝、客船内での朝食以降、胃の中に何も入れてないのだから当然だ。

 勢い良くかぶり付く。

 

「おお、美味いな……!」

 

「無論だとも。何せ、この私が採ってきたのだからねえ」

 

 実を食い尽くすまで、そこまでの時間は掛からなかった。

 本音を言えばもっと食べたいけれど数も限られている。

 未練を断ち切ったオレは、仰向けになって夜空を眺めている高円寺の方を向いて、

 

「それにしても……、どうやって見付けたんだ?」

 

 と尋ねた。

 ところが高円寺は──

 

「なに、簡単なことさ」

 

 と言うだけで、教えてはくれなかった。

 

「綾小路ボーイ、サービスタイムはここで終わりだ。あとはきみがやるべきことだろう」

 

「そうだな。まあ、ここまで助けてくれるとは思っていなかったけど」

 

「私は約束は守るのだよ」

 

「なら、お礼といってはなんだけど、お前を楽しませるとする」

 

「HUHUHU! HUHAHAHAHAHA! 楽しみにしているよ、綾小路ボーイ! 結果しだいでは、また気が向いたら遊ぶとするさ」

 

 特別試験を『遊び』と断言出来るのは素直に凄いと思った。

 高度育成高等学校、第一回特別試験初日の八月一日。

 一年D組の残存ポイント──250ポイント。

 

 


▲ページの一番上に飛ぶ
Twitterで読了報告する
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。