講員さんの子供さんで発達障害や鬱病や引きこもりのお子さんも少なくない
そういうお子さんを祈祷一発で治すというのはあり得ない
ゆっくりと長い時間をかけて薄皮を剥ぐように一枚ずつ剥がしていき、それと同時にその子が受けているその家の業を慰霊や先祖供養で浄化していく
それは年単位で行う事
スレッド
会話
返信先: さん
お子さんに対して親と言えどもいつも正しくいれるわけもない
親自身が精神的に辛かったり子供に向き合う気力がなくなったりもするだろう
そういう時こそ信仰を持っている人はそれが人生の修行だと思うべきだし、修行なんかしたくないと思うと余計辛いことが起きる
神仏の力を受けて生きて欲しいと願う
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どうして私にこんな子供ばかり授かるのだろうと思う人もいるだろう
どうして私ばかりがこんな目にあわないといけないのかと涙にくれる日もあるだろう
そうであっても、あなたは生きていかねばならない
神も仏もそのためにある
辛い苦しい人を救う力が神であり仏である
観念の遊びであれば神仏は不要だ
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目の前の人を全員救う事はどんな宗教でもできないだろう
どんな人であっても救ってあげたいと思う心が神の御心であり仏の御心であると信じて生きる
また、神の道や仏の道に生きる者であれば、目の前の人を何とか救おうと思わずして、何の神職か、何の僧侶か
自分も他人も救われたいからこそ救うのだ
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救う手段は、人それぞれ
募金でもいい
ボランティアでもいい
社会貢献でもいい
念仏でもいい
題目でもいい
真言を唱えても読経して功徳を回向してもいい
祝詞で世界平和を祈ってもいい
どんな手段であっても、自分も他人も共に救われたいと神仏に祈ることを毎日コツコツと地道に続ければよい
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人のために祈るのに何の資格も修行もいらない
作法があった方が良いのであればその作法で祈ればいい
ただ手を合わして祈るだけでも良い
3歳の子供でも出来る
祈りに何かを唱えたければ好きな言葉を唱えよう
そうして祈りを自分の中に構築できたら
自分の心惹かれる神や仏の祈りを覚えると良い
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人のために祈れると自分のためにも祈れるようになる
自分と他人という心の壁がなくなり、自分も他人も皆幸せになりますようにという境地になる
そこまで心の底から思えるのは大変なことだが、市井の俗人であってもそういう菩薩のような人は少なくないし、宗教家の肩書があっても自分の欲だけの人もいる
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だから全ての宗教家はこう思うべきだと思っている
宗教家こそ業が深いからこそ神仏の特別養護学級に入れられているのだから、それを誇るのではなく、自分こそ普通の人以下なので謙虚に生きなければと覚悟して生きる
そうすれば、思い上がりもなくなる
それが出来るようにと微力ながら努めている
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