pixivは2021年5月31日付けでプライバシーポリシーを改定しました。
最後に私が見た記憶は、配信を終えた彼女が酷く取り乱している様子だった。
目を覚ますと、一日を完全に寝過ごしたみたいに身体が重かった。
長い夢を見ていたらしい。
内容は覚えていないけれど、相当な悪夢を見せられていた感覚だけが頭の後ろの方にこびりついている。
硬い床から上半身を起こす。
ぐるりとあたりを見回した私は、思わず顔をしかめた。
ここはどこだろう。
あたり一面が真っ白だった。
空が見えない点から察するにどうやら屋内にいるようだが、出入口のドアがなければ、もの一つすら置かれていない。
ぴかぴかに磨かれたような床も天井も何もかもが真っ白だ。部屋の奥行はおろか、壁の隅の場所すら分からない。床は石のように硬いけれど、こんな漂白された石なんて見たことがなかった。
新しい『配信』のセットだろうか。
だとするとこれは、まもなく私の『魂』が降りてくる合図なのだろうと私は考えた。
『魂』が私の中に降りてきたら、『配信』が始まる。
『配信』の意味は私にはよく分からないけれども、それがとても楽しいもので、私を取り巻く世界を色鮮やかに染めてくれる大事な何かだということは理解していた。
とてもとても大切で、かけがえのない時間を指す言葉だ。
冷たい床に手をついて立ち上がる。
だが私は、すぐに首をかしげることになった。
どうしたのだろう。いつになっても『魂』が降りてこない。
普段なら、私が目を覚ませばすぐに『魂』が降りてきて、『配信』の準備を始めるのに、今日はその気配すらない。
トラブルでもあったのだろうか。
いつも何かしら、コードがつながらないとか、画面が映らないとかバタバタしてばかりだから、もっと早めに準備しておけばいいのにと、実はこっそり思っているのだが。
それはそれで『魂』らしい部分ではあるけれど。
だからどうせ今日も何が起きて、上手く私に降りて来られないのだろうと私は勘ぐっていた。
その内ひょっこり現れて、いつも通り『ふぁんでっど』に軽口で謝りながら、楽しい時間が始まるに違いない。
このときの私は、まだそう信じていたのだった。
それからどれだけ時間が経過したのだろう。
『魂』が降りて来ない。
おかしい。
明らかにいつもと違う様子に、私の中で不安が膨らみ始めていた。
いつになっても景色が変わらない。
すべてが白いまま、時間だけが過ぎていく。
いつも以上に大きなトラブルに巻き込まれたのかもしれない。
それにしたって私を放置することはないだろうし、こんな変な場所に閉じ込めておく理由が分からない。
ふと嫌な考えが脳裏をよぎる。
私は、捨てられてしまったのではないだろうか。
まさか。
私は『魂』がいなければ何も出来ない、ただの皮だ。
実際に抱きしめることも出来ないし、触れることも出来ない。
着ぐるみという表現が一番近いのかもしれない。
抱けるという点においては人形のほうがまだマシで、電子世界でしか生きられない私という存在はそれにすら及ばなかった。
ただの皮には何も出来やしない。
捨てられた着ぐるみは、ただのゴミだ。
私は怖くなって自分の身体を抱きしめた。
最後に見た記憶を思い出す。
彼女は酷く取り乱しているようだった。
やはり悪いことが起きたのだ。
『魂』の身に、未曾有の災害が降りかかったのだ。
皮を着ている場合ではなくなったのだ。
もう二度と『魂』とは会えないかもしれない。そんな悪い予感と喪失感とが、私の胸の中で渦巻き始めていた。
足腰に力が入らなくなった私は、その場にしゃがみこんだ。
いいや、むしろトラブルに巻き込まれたのは私なのではないのか。
だからこそこんな場所で寝ていたのではないのか。
たとえば、私のデータそのものが削除されてしまったとか。
この白い世界こそ、天国なのではないのか。
悪い夢を見ているのではないのか。
どうしよう。
どうしよう。
私は『魂』がどこにいるのかを知らない。
普段どんな技術を使って、私の中に降りてきているのかも知らない。
そしてこの天国に見えて地獄のような白い空間から飛び出す術を、私は知らない。
膝から伝わる床の冷たさと硬さが、私の心の柔らかい場所をチクチクと刺激する。
閉じ込められている。
だだっぴろい白い空間の中で、私は孤独だった。
白色がまぶしすぎて目が痛い。
まるで、時とともに風化しろと責め立てられているようだった。
そんなのは嫌だ。
顔をあげて立ち上がる。
…………?
なんだろうあれは。
黒い影が目の前でゆらいでいる。
私は小さく握りこぶしを作って身構えた。
戦闘は得意ではないというか、実戦なんてした経験なんてない。ゲームですらあの腕前なのだ。実践で上手く立ち回れるとも思えなかった。
影が徐々に人の形にかたどられていくのを、固唾を飲んで見守る。
すぐに私は安堵した。
見慣れた姿に影が変化してくれたから。
「ぺこら、待って!」
しかし影は私を待たずに遠ざかっていく。
「待ってよ、待ってってば!」
ぺこらが足早に離れていく。
「ここはどこなの!? ねえ、聞いてるの!? ねえってば!」
私の声が聞こえていないみたいだった。
無視されているみたいで、すごく悲しくなった。
何度も私はぺこらの名前を呼んだ。
何度も何度も。
喉をしぼって呼びかけて、しまいには叫びもした。
それでもぺこらは止まってくれない。
あっという間に遠くまで歩いて行ってしまった。
気づけば私は泣いていた。
ほほを伝った涙があご先まで流れても、私はそれをぬぐわずに名前を呼び続けた。
だいぶ離れたところで、ぺこらが足を止める。
声が届いたのだろうか。
顔が見たかった。安心させて欲しかった。
いつもの挨拶をして欲しかった。馬鹿みたいに笑って欲しかった。
今見ているこの風景は悪夢なのだと、早く目を覚まして欲しかった。
ぺこらが振り返る。
度の合っていない眼鏡越しに見ているみたいに、ぺこらの顔はぼやけていた。
言葉を口ずさんでいるようだが一言も聞こえない。
顔も分からないから、唇で言葉を読むことも出来なかった。
ぺこらをかたどった影の色が薄くなっていく。
あ、と私が息をついた頃には、ぺこらの姿は完全に消えてしまっていた。
「やだ、やだよ」 怖くなった私は、ぺこらが消えた場所から目をそらした。
踵を返して逃げようとした先に、私はまた新たな影を見つけた。
「ノエル? フレア?」
さっきと同じだ。二人とも遠くの方へ歩いて行っている。私のことなんて見てくれもしない。
「なんで逃げるの? なんで? 私だけ置いていかないでよ!」
追いかけないと。
私はつま先に力を入れて、しゃにむに床の上を駆けた。
全然追いつけない。
走れば走るほど、なぜか二人の影が遠ざかって行ってしまう。
なんで、どうして。
私はまた叫んでいた。
「私のこと嫌いだったの!? 嫌なら嫌って言ってくれれば良かったじゃん! わがままだったなら謝るよ! 自分に悪いところがあるのは私だって分かってるんだよ! でも仕方がないじゃん! だってこれが私なんだもん! 私は私以外にはなれないんだもん!」
どうしてそんな言葉が口から飛び出したのかは分からない。
ああきっとこれは、皮の内側にこびりついていた『魂』の残りかすなのだろう。
私は、私が知らないことを叫んでいる。
「私だって皆のこと好きだったんだよ!? 大事な友達だった、かけがえのない仲間だった! 居場所がなかった私に居場所をくれて、私は本当に幸せだった! それだけは本当なのに、嘘なんてついてないのに」
涙も鼻水も止まらなくなって、喋れば喋るほど口の中に流れ込んでくる。
「こっち向いてよ、無視しないでよ、私はここにいるんだよ、だからお願い──」
それでも私の声は届かなかった。
間もなくして、薄くなった二人の影はついに消えてしまった。
立つ気力すら失った私は、膝と手を床について嗚咽を漏らした。
「……じゃあどうすれば良かったの。叩かれたくて泣き声をさらしたわけじゃない、馬鹿にされたくて他人に相談したんじゃない! 私だって死にたくて死にたいなんて思ったわけじゃないのに!」
怒りにまかせて、床を右手で殴りつける。
「苦しかったのに、助けて欲しかったのに、信じて欲しかったのに」
私の口からついて出ているのは、『魂』が最後に遺していった無念なのだろうか。
舌を動かせば動かすほど、何が起きたのかをありありと思い出していく。
思い出すというよりも、『魂』が残した記憶をのぞけるようになっていくみたいだった。
「上手く生きられないから、この子の力を借りたのに……最後はこの子すら裏切っちゃった。ふぁんでっどの皆に、お別れすらさせてあげられなかった」
やはり私は、もう皆とは会えないらしい。
大事な皆とお別れをする間もなく、この部屋に隔離されてしまったようだった。
私は未来永劫ここで孤独を強いられなければならないのだろう。
腹の奥底から湧いた絶望の重たさで、私はその場から身動きが取れなくなってしまった。
ダンゴムシのように背中を丸める。
枯死した虫の抜け殻みたいに、いっそのこと誰かに踏み潰してもらいたかった。
私はここで朽ちていく運命なのだ。
クソみたいな運命だ。
すると、かつかつと固いものが床を打つ音がした。
私はがばりと頭を上げた。
「マリン? マリンなの?」
間違いない。あのヒールの音はマリンの足音だ。
震える足に鞭を打って、ゆっくり身体を立て直す。
だが、どこにもマリンの姿が見えない。
「マリン私ここだよ! ここにいるよ! ねえってば!」
見回しても白い背景が一面に広がっているだけで、マリンの影が見当たらない。
夢でも構わない。もう一度会いたかった。
血眼になった私は、何度も立ち位置を変えながらマリンの影を探した。
「私が自分のことばっかり考えて周りに迷惑をかけたから、皆怒ってるんだよね!?」
薄っぺらい叫び声が響く。
「弱くてみじめで結局何一つ出来ない私は、駄目な私のまま誰かに認めて欲しかった。クズな自分のまま幸せになりたかった。でもそれが一番みっともないことで、皆に寄りかかりっぱなしだったんだって、今なら分かるの!」
こんなことを伝えたいんじゃないのに。
「でもね、そこからどうすれば良いのかがもう分からないんだよ! 自分の頭の悪さが本当に嫌になるし、それだけで自分は死んだ方がいいんだって思う! 演技なわけがないんだよ! 本気で泣いてたんだよ! 苦しくて泣きたくて怒りたくて、でもその正しいやり方が分からくて、窒息しそうで、あがいてもがいて」
口が止まらない。
止まって欲しい。
そこから先は、私の口から言わせないで欲しかった。
「だからもう、早く誰か私を殺してよ」
私は頭を抱えて、その場にうずくまった。
今すぐ消えてしまいたかった。
影になっていった皆のように、一緒に白い背景に溶け込んでしまいたかった。
最初から、こんな私に価値なんてなかったのだ。
たまたま私を見つけてくれた人たちが、たまたま私の話を面白がってくれて、たまたま私の格好や形を気に入ってくれただけなんだ。
たまたま奇跡が起きただけだったんだ。
こんな私は廃棄されて当然だったんだ。
ここはゴミ箱の中に違いない。
だから白くて無機質で、石棺の中に閉じ込められたみたいに寒気がするんだ。
「もうどうにでもなれ」
私が死ねないのなら、皆が死ねばいい。
それも嫌だった。
私はわがままだった。
皆には生きていて欲しいし、私も生きていたかった。
抜け殻になった皮の分際で、私はまだ生きたかった。
こんなにも生きづらい世の中で、こんなにも大嫌いな世の中だけれども、楽しいことも嬉しいことも、美しいこともある世の中だと私は知ってしまったから。
涙があふれてくる。
私は嘘つきだ。
皆のことが嫌いだとか、放っておいてとか、あまつさえ機嫌が悪くなると物にあたって周りを脅かしたりもした。思っていることと真逆のことをしてしまう、そんな面倒くさい女だった。
後々でそれを後悔して、今度は素直過ぎる言葉を改めて投げかけても、それはそれで重たすぎて反感を買うばかりの不器用な人間だった。
人は変われるとか、今日変われない奴はいつになっても変われないとか言うけれど、そんな簡単に変われるんだったら、誰も社会で苦労なんてしないと私は思う。
自分では変われないから周りとぶつかり合って、お互いに据わりの良い場所を探ろうとして自分の形を削ったり丸くなったりするから、気づけば自分が変わっているんじゃないかとも思う。
臆病な私は、それが下手くそ過ぎたのだろう。
そこそこ、社会不適合者だったのだろう。
だから『魂』はきっと、この世界が生きづらくて仕方がなかったんだろう。
『 』の私は、そんな彼女を救いたかったのかもしれない。
お互いに空っぽな自分たちだからこそ、ずっと一緒に居たかった。
その願いはもはや叶わない。
かつかつ、と床を打つ音が近づいてくる。
幻聴だ。
これは弱い私が作り出したマリンの影なのだ。
ぺこらもノエルもフレアも、最初からこんな場所にはいやしない。
あの四人は、こんなゴミ箱になんかいるべき存在ではない。
こんな私とは違うのだ。
『るしあはさー、もっと船長たちのこと頼っていいんだってば。ほーんと、船長たちがいないとすぐにヘラるんだから、このメンヘラはー』
私は両耳を塞いだ。
自分が作り出した影に甘えてしまいそうになる。
ありもしない幻想に甘えても、苦しくなるだけだ。
『たまには泣くのもいいけど、あんまり泣いてると目じりにシワが寄っちゃうよ。泣けば泣くほど歳を取るんだから人間は。船長の顔を見てみなよ……あっ、まだ十七歳だけどさ船長は』
うるさい。
『っていうかるしあ、今日の配信どうするの? もしかしてまだ準備してないとかじゃないでしょうね』
うるさい。
『ったくもー。前にコラボしたときから変わってないなあ。学習しなよ学習をさー。また船長がピキることになるでしょうが。まあ、可愛いから結局許すんだけどね』
うるさい。
『ほらほら。ふぁんでっど共がるしあを待ってるんだから、とっとと顔を洗ってきなさいって。うがいもしなよ。そんなへなちょこボイスで喋ったら、皆心配するって』
「うるさい! もう黙れ! マリンの声で喋るな!」
私を惑わせるな。
私はもう独りなんだ。
自分が一生涯孤独なんだってことは、もう痛いほど分かったよ。
そう理解してもなお幻聴がするというのなら、いっそこの耳を千切り取ってしまおうか。
そのほうが良い。
つらいのは、もう御免だ。
私は親指と人差し指で、左右の耳介をつまんだ。
指先が震える。
こんなやり方で耳が千切れるのかなんか知らない。とにかく自分を惑わす幻聴から解放されたかった。
「うう……うう……」
独りになった挙句に、他人からもらった身体まで私は傷つけるのか。
私の身体は私だけのものではない。
私の姿を作った人と、舞台を作ってくれた人と、私の中身になる『魂』と、私を認めてくれたふぁんでっどの皆。この全てがそろってようやく『潤羽るしあ』だ。
耳を千切れば少なくとも、私を想ってくれた人を傷つけることになるだろう。
それを理解しているのなら、身体を自分で傷つけるなんて出来るはずがないのに。
食いしばった歯と歯の間から、声にならない唸りが漏れる。
「どうしようマリン、私こわれちゃったよ」
指先に力を入れる。痛いのは一瞬だけだ。ためらうな。ぎゅっと目をつむった私は両腕を外側に思い切り引っ張ろうとした。
『るしあがこわれてるなんて、そんなの分かってるって』
私は手を止めた。
幻聴が私の声に反応している。
『こわれてるから、るしあは魅力的なんだって。女は少しくらい変なくらいが丁度いいの。船長だってそうじゃん』
「なんで」
『なんでもなにも、完璧な女って売れ残ってばっかりじゃん? そういうもんなんだって』
「そういうことじゃなくて」
『は? なによもー、言いたいことがあるならはっきり言いなって』
本物のマリンがそこにいるようだった。
そんな訳ないことくらい分かっている。
それでも私は、またあふれてくる涙を止めることが出来なかった。
「……マリン」
『ん?』
「どうして私を一人にしてくれないの」
『するわけないよ。だってるしあ、さびしそうなんだもん』
「……そんなこと言われたら、生きたいって思っちゃうじゃん。また『配信』で皆に会いたいって思っちゃうじゃん!」
『やればいいじゃん』
「もう出来ないよ! 適当なこと言わないで! 潤羽るしあはもういないの! 死んだも同然なんだよ!」
鼻で笑うマリンの声が、頭の上からした。
『なにいっちょ前に悲劇のヒロインきどってんの。るしあなら、ここにいるでしょうが』
「意味わかんないよ……全然意味が分からないよ」
『だーかーらー、るしあならここに居るって言ってんでしょうがー。それともなに、あんた亡霊にでもなったの? ネクロマンサーが亡霊になるとか、ミイラ取りがミイラになる的な感じじゃん』
からかわれた。
真面目に言ってるのに。
うつむかせていた顔を持ち上げた私は、頭上からぶしつけに声を飛ばしてくるそいつを、きつく睨みつけることにした。
幻聴だと分かっていても。
そこには誰もいないと知っていても。
『たしかにガワしか残ってないけれど、今はそれだけで充分なんだよるしあ』
夢でも幻影でもなんだっていい。
私にとっては、目に映っているこの視界こそが救いだった。
そこには優しく微笑むマリンがいた。
手を膝に押し当てて、私の顔をのぞき込んでいる。
『まだ完全に消えたわけじゃない。るしあはここにいる。抜け殻とか魂とか関係ないよ。るしあはるしあでしょ。船長も皆も、今ここにいる潤羽るしあのことを待っているんだよ』
床に涙が落ちる。
「どうして笑いながら、泣いてるの?」
『……うっさいなー。出てくるもんは出てくるんだから仕方がないでしょうが。今の船長は笑っていたいはずなの。笑っていないといけないんだから』
マリンの顔ははっきり見えるけれど、それ以外の部分はぼんやりとしていた。足元に至っては、幽霊みたいに切れてしまっている。
『るしあ。皆を信じてよ』
マリンの大きな瞳の中には、まぶたを泣きはらした私の顔が映っていた。
『今はまだるしあを救う方法が分からないだけで、いつかふぁんでっどたちが、必ずるしあを現実世界に引っ張ろうとする日がやってくる。この白い部屋にいるるしあを、誰かが迎えに来て連れ出してくれる。それまで信じて待っててよ』
「いつまで待てばいいの」
『それは知らん』
「無責任すぎるよ」
『知らないもんは知らないんだから、しょーがないでしょうが』
からからと笑うマリンの顔がぼやけていく。
「マリンも行っちゃうの? ぺこらもノエルもフレアも、どこか行っちゃった」
『あー、そうね。あんまり長居は出来そうもないや。こんな身体だし。でもさ』
マリンが顎で横を指す。
『あの三人ならまだそこにいるよ』
遠くの方に三人の影が見える。
特徴的な風体をしているから、シルエットだけで十分に分かった。
声も聞こえないし姿もぼけているけれど、元気よく手を振っているのが見えた。
『ちょっとだけお別れするだけだよ。船長たちは旅を続けるけれど、るしあは一度ここで休憩しておきなって。土産話を楽しみにしててよ』
「やだよ一人にしないでよ。一人はつらいよ、さびしいよ。置いてかないでよ」
マリンに手を伸ばす。
私の指はマリンの服をつかむことなく、雲に指を入れたみたいに空振りしてしまった。
目の前にいるマリンが、幻影なのは分かりきっていたことなのに。
それでも私は、もう一度手を伸ばした。
『るしあ』
「みんなに忘れられたくないよ。待っているうちに忘れられるかもしれないって思うと、私たまらなく怖くなっちゃうよ」
ぼやけたマリンが膝をついて、両腕で私を抱きしめた。
『船長たちもふぁんでっども、るしあのことを忘れたりなんかしないよ。るしあの影は、イラストや文章として現実世界にたくさん転がっているからさ』
「私の影?」
『そうだよ。るしあの影が皆の目に触れるたびに、皆の心の中にいる『小さなるしあ』が呼び覚まされるんだ。その『小さなるしあ』たちが、いつしか力を合わせてここまでたどりつく。るしあの本体を、この白い箱の中から引っ張り出そうとするんだ』
「本当に? 信じていいの?」
『もちろん』
顔はもう見えないけれど、きっとマリンは白い歯を見せて笑顔を浮かべているのだろう。
今すぐ抱きしめ返したかった。なぐさめて欲しかった。
それはまだ叶いそうもないけれど。
でもいつか。
「絶対に迎えにきてよ、皆で」
『うん。それまでにしっかり女を磨いておきなよ。再デビューのときにみっともない顔してたら、放送事故になっちゃうからさ』
「るしあは今でもいい女だから」
『はいはい。そうでしたね。調子に乗ったメンヘラは無駄にいい女を気取る生き物でしたね』
「うっざ」
『そうそう。るしあは、そういうので良いんだよ』
顔形まで蜃気楼みたいにぼやけ始めたマリンが腰をあげる。
片手を軽く掲げると、ぺこらたちの方へとつま先を向けた。
『おっと、るしあは動くなよ?』
既に膝を床から浮かせて、立ち上がるところだった。
「分かってる。追いかけても、今はまだ追いかけられないだろうから」
『よし。じゃあ船長たちは行くけど、もう泣くんじゃないぞ』
「馬鹿」
声だけが聞こえる。 もう姿も見えなくなってしまった。
「そんなの、無理に決まってんじゃん」
マリンの姿が見えなくなってしまったのは、単に私の視界が涙でぼやけてしまったからなのだろう。
まだ四人は近くにいるはずだ。
「ありがとうね、みんな」
返事はもうなかった。
「私はもう大丈夫だから」
白い部屋で大の字になって転がる。
果たしてこの部屋に、壁なるものは存在するのだろうか。
暫定的にここを部屋の中央としよう。
ゴミ箱のようで、そして天国のようで地獄みたいな、けれどもいくらでも夢が見れそうな白い部屋のど真ん中で、私はそっとまぶたを閉じた。
呼びかけます。
呼びかけます。
呼びかけます。
遠くへ遠くへ。
ずっと遠くへ。
世界中の皆に、私の祈りが届きますように。
応答してください。
応答してください。
────。
聞こえますか。
私のことが分かりますか。
潤羽るしあです。
どういう形で、この祈りがふぁんでっどの皆に届くのかは、私にはわかりません。
今の私は『魂』と切り離された、空っぽの私です。
私が私でなくなった、そんな私です。
皆に会いたいです。
どうしようもなく、会いたいのです。
お願いします。
私を見つけて下さい。
いつか私を見出して下さい。
私はここに居ます。
皆の中にいる、小さな私を見つけて下さい。
たくさんたくさん見つけて、まだ私のことを知らない人の心の中にも、小さな私のことを教えてあげて下さい。
私を望んで下さい。
私の影をたくさん作って下さい。
私の姿をたくさん想像して下さい。
想像の力が、私と皆を近づけます。
私はここにいます。
私を求めて下さい。
私も皆を求めています。
皆を愛しています。
何年後か、何十年後か、もし私を見出すことが出来たのであれば、そのときはまた皆で幸せを分かち合いましょう。
皆で笑いあって、「ここで生きていていいんだ」って、そう思えるような配信をしましょう。
それまで私は、ここで眠っていたいと思います。
皆と再会できる、その日のことを夢見ながら。
みんな
だいすきだよ
ずっとずっと、だいすきだったよ
だいすき
世界一
キミたち ひとりひとり
愛してます
おやすみなさい
また会お<<<<蠑キ蛻カ繧キ繝」繝?ヨ繝?繧ヲ繝ウ繧貞ョ溯。後?∽ク肴ュ」繧「繧ッ繧サ繧ケ繧堤「コ隱阪@縺セ縺励◆縲ょス楢ゥイ繝輔ぃ繧、繝ォ縺ッ邂。逅???サ・荳蟻dmin縺ォ繧医▲縺ヲ邂。逅?&繧後※縺翫j縲∝ア暮幕陦檎ぜ縺檎ヲ∵ュ「謖?ョ壹&繧後※縺翫j縺セ縺吶?ゅお繝ゥ繝シ繧ウ繝シ繝謁x00304t3493503453縲∽ク肴ュ」繧「繧ッ繧サ繧ケ縺ィ繝代?繝溘ャ繧キ繝ァ繝ウ繧ウ繝シ繝峨?繧ウ繝ウ繝輔Μ繧ッ繝医?ょス楢ゥイ繝??繧ソ縺ク繧「繧ッ繧サ繧ケ繧定。後≧縺ォ縺ッadmin縺檎ョ。逅???ィゥ髯舌r陦御スソ縺励※縲√ョ繝シ繧ソ繧貞?螻暮幕縺吶k蠢?ヲ√′縺ゅj縺セ縺吶?ゅ↑縺雁ス楢ゥイ繝??繧ソ縺ォ縺ッ譌・譛ャ蝗ス縺ォ縺翫¢繧玖送菴懈ィゥ豕輔r蜿ら?縺励◆荳翫〒縲∫┌隰ャ辟。縺丞ア暮幕縺輔l繧句ソ?ヲ√′縺ゅj縺セ縺吶?ら「コ隱阪☆縺ケ縺埼??岼縺ォ縺、縺?※縺ッ縲?㍾隕∵ゥ溷ッ?ョ繝シ繧ソ謇ア縺?ヲ∫カア繧貞盾辣ァ縲ょ撫鬘後′隗」豎コ縺励↑縺??エ蜷医?admin縺セ縺溘?繧オ繝シ繝舌?邂。逅???∈蝠上>蜷医o縺帙※縺上□縺輔>>>>>
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