ようこそ事なかれ主義者の教室へ   作:Sakiru

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第26話

 

 魔女に問い掛ける。

 偽りの仮面を被っている彼女はいったい、どのような答えを出したのか。それが気になったから。

 

「それで、櫛田(くしだ)はどんな答えを出したんだ?」

 

「うん。それじゃあ言うね──

 

 

 

 綾小路くん──『暴力事件』が起こるって知ってたんだよね?」

 

 

 

 その答えが櫛田桔梗(ききょう)の口から出た瞬間──オレは(わら)っていた。自分でも口角が上がっているのが自覚出来る。

 対する魔女もにこにこと笑みを絶やさない。

 自分に絶対の自信が無いと、そのような表情は浮かべられないだろう。演技だったら大したものだ。

 麦茶を一口(あお)ってから、オレは言う。

 

「確かに櫛田の言う通り、オレは今回の『暴力事件』が起こることを早い段階から知っていた」

 

「あっさり認めるんだね?」

 

「嘘を言ったところで時間の無駄だからな。さて、答え合わせをするとしよう」

 

 オレは出来るだけ(わか)りやすく教えた。

 何故今回の『暴力事件』が生まれたのか、その経緯(けいい)を全て。

 何が狙いなのか、そして最後の光景を──。

 さしもの櫛田も、壮大(そうだい)な計画の前には茫然自失(ぼうぜんじしつ)するしかなかったようだが。

 

「それ、一歩間違えたら失敗するんじゃ……?」

 

「ああ。一人で(おこな)ったらほぼ100%失敗しただろうな。それだけ(もろ)いのは認めよう」

 

 だがそれは、()()()()()()()だ。

『共犯者』が居れば、成功確率はいっきに上昇する。

 

「けど結果的には、計画通りなんだね……」

 

「そうだな。唯一の誤算は佐倉(さくら)愛里(あいり)という目撃者が居たことくらいか。まぁそこは仕方ないとも思っている」

 

「……いつから、考えていたの?」

 

「言っておくが、オレが考えたわけじゃない。櫛田も知っているだろう、Cクラスの実態は」

 

「独裁者による恐怖政治だよね。あくまでも綾小路(あやのこうじ)くんは、巻き込まれたと言いたいんだ?」

 

 事実その通りだ。

 だが櫛田に告げても彼女は信じようとしないだろう。

 彼女の瞳の奥底には恐怖の色がありありと見て取れた。冷静さを懸命に取り繕っているが、(のぞ)けば分かる。

 オレという人間を理解しようとしているのだろうが、それは無理に等しい。何故ならオレだって、綾小路清隆(きよたか)という人間を理解していないのだから。

 

「さて、()にも(かく)にも、櫛田は計画を知ってしまったわけだが。お前はどうする? 計画を誰かに打ち明けるか?」

 

「……」

 

 別にそれでも構わない。もちろん、オレはただならぬ被害を受けるだろう。

 ()()()()()()()()()()

 

「もし私が誰かに言ったら、私のことを言うんでしょ?」

 

「ああ。この世界は等価交換で成り立っているからな。それくらいのことはやらせて貰う。自爆覚悟でもな」

 

 だからこそ櫛田は、誰にも告白することが出来ない。

 

「けどさ、綾小路くんが私のことを言っても、誰が信じるのかな?」

 

「ふむ、それを言われると弱いが……けどそれは、数ヶ月も前のことだ。オレにとっては幸運なことに、そして櫛田にとっては不幸なことに、オレには今、少なくない友人がいるぞ。全部信じる……とまでは流石にいかないだろうが、疑問には思うだろうな。そして彼らの胸の奥底には漂うだろうさ」

 

「……ッ!?」

 

 そう、()()()()()()()()()()()()()()()()()

 三ヶ月間必死になって作り上げてきた『櫛田桔梗』というイメージに(ひび)が走ることを、他ならない彼女が容認出来るはずがない。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 櫛田は唇を()()め、オレを強く(にら)む。せめてもの抵抗だろうが、オレにはそんな攻撃は効かない。

 もう一押しか。手札をもう一枚切るとしよう。

 

「これは言いたくなかったんだけどな。櫛田。オレには、お前が仮面を被っていることをクラスメイトに信じさせる手段がある」

 

「そんなわけ──いや、まさか……あんた、私との通話を録音して……!?」

 

 察しが良いのは助かる。

 しかし──。

 

「それだけじゃない。不思議に思わなかったか? お前がオレに本性を見せていた時、オレは時々、携帯端末を操作していたはずだ。その時の会話も録音してある」

 

 論より証拠。

 オレは櫛田に意識を割きながら、慣れた手つきで携帯端末を操作する。そして再生ボタンをタップした。

 

 

 

『──オレにその「裏」を見せて良いのか?』

 

『綾小路くんにはもう露呈(ろてい)しているから。意味が無いじゃない。それにあんたも、嫌いって言われた人間から愛嬌なんて振られたくないでしょ。って言うか、あんたも人と話しているのに携帯弄るとか、人の事言えないじゃない』

 

『それは悪い事をしたな──』

 

 

 

「……ッ!」

 

 目を見開き絶句する。

 今再生させた録音は、須藤がオレに『暴力事件』のことを説明し、彼が帰った後、オレと櫛田が話していた時のものだ。

 他にもいくつか録音のデータは残っているが、その全てを彼女に見せることはしない。その方が彼女の恐怖心を(あお)ることが出来るからだ。

 殺意が宿された視線と、無機質な視線が交錯する。

 無音のまま数分流れ……彼女は静かに息を吐いた。

 

「分かった、誰にも言わない」

 

「契約成立だな。オレは櫛田の、櫛田はオレの秘密を誰にも漏らさない」

 

 手を差し出す。

 櫛田はオレの手を摑み、すぐに離した。随分と嫌われたものだが、仕方がないと割り切ろう。

 

「……一つだけ聞かせて。私がこうすることも、計画の一部分だったの?」

 

「ああ……と言いたいところだが、あいにく違う。最初は組み込まれてなかった。けど()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 あとは簡単だ、櫛田がそう動くように誘導すれば良い。

 

「やっぱり私を警戒していたんだ」

 

「お互いにな」

 

 櫛田があの出来事以降、オレに今まで以上の接点を持つために動いたことは当然の帰結と言える。だからこそ彼女はオレに目を光らせていた。

 しかし逆に言えば、オレも彼女を観察することが出来た、ということ。

 そして彼女はオレに『表』と『裏』両方をたびたび見せてしまった。彼女の生き方は常時ストレスを抱えるもの、故に、秘密を知っているオレに(さら)してしまう。

 

「どう訴えても、櫛田は疑ってしまうだろう?」

 

「そうだね。100%信じることなんて出来ないかな」

 

「だからお互いの『闇』を共有する必要性を感じていた。この方がお前も安心するだろうと思ったからだ」

 

 櫛田の存在如何(いかん)によっては、オレの平穏な学校生活はそのうち崩壊してしまうかもしれない。

 彼女にずっと意識を割くのは苦労するだろう。

 別に友情を信じていないわけではない。だが人間とはどうしても疑念を抱えて生きる生き物だ。

 だからこそ、()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「はあ……今日、ここに来るんじゃなかったよ」

 

「でも良かったじゃないか。今日から安眠出来るぞ」

 

 そう言うと、人を殺せる目で睨まれた。怖い。

 

「後悔しても仕方ないと思うけどな。だけどそうだな……一つだけアドバイスをするのなら、櫛田、お前はこういったことに向いてない。やるとしてももっと用心を兼ねるべきだ」

 

「……肝に(めい)じておく。それで──どうするの?」

 

「さっきも言ったと思うが、少なくともその時までは、オレは別に何もしないさ。堀北(ほりきた)がどう動こうと、()()()()()()()()。佐倉が目撃者として証言してもだ」

 

「けどこのままじゃ計画は完遂(かんすい)出来ないんじゃない? 一方的に須藤くんが糾弾されておしまいだよ」

 

「そこもちゃんと手は回してある。けど意外だな、やけに結末が気になるんだな」

 

 既に話は終わっている。

 てっきりオレは、契約が成立した時点で自分の寮の部屋に戻るとばかり思っていたのだが……。

 純粋に不思議に思ったので尋ねると、櫛田は何故か閉口し、両腕を組んで悩み始めた。

 

「うーん……なんて言ったら良いのかな。綾小路くんと違って、須藤くんを助けたいというのもあるんだけどさ……それ以上に、上手くいくか気になるんだよね。そして綾小路くんをバカにしたい」

 

「なら、バカにされないようにするさ。オレだって須藤は救いたいと思っているぞ」

 

「いやいや、それは流石に無理があるよ」

 

 片手を振り、冗談はやめろと言ってくる。

 

「須藤が被害者になったのは完全にまぐれ、偶然だ。もちろん、()()()()()()()()()()()()

 

 少なくともその観点に関しては、オレは関わっていない。とはいえ、須藤が巻き込まれたら楽だと思ったのも事実だが……。

 オレの必死な弁明に、櫛田はジト目で見てくるだけだ。

 そんな彼女も可愛いと思わせるあたり、実に恐ろしい。魔性(ましょう)の女だな。口が裂けても言えないけど。

 時計を見ると、かなり遅めの時間帯を指していた。

 女の子をこれ以上長居させるわけにはいかないだろう。彼女もそれは分かっているのか、帰り支度を始めた。

 

「それじゃあ、私は帰るね」

 

「ああ。また明日──」

 

 言葉の途中で、携帯端末が軽く振動する。

 悪いと一言断りを入れてから電源を付けていると、櫛田はバカにしたように鼻で笑って。

 

「綾小路くんにメッセージを送るなんて、余程暇なんだろうね」

 

「ほっとけ──佐倉からだ」

 

「佐倉さんとも連絡先交換したんだ? ここ最近綾小路くんの周りには、可愛い女の子が多くない?」

 

「櫛田も充分可愛いぞ」

 

「うーわ、棒読みで言われても嬉しくないよ」

 

 喧嘩を売ってるの? ドスの利いた低い声。

 しまった、ついつい雑な対応をしてしまった。

 けど今の櫛田とのやり取りはかなり楽だ。彼女も、そしてオレも限りなく素で言っているからだろうな。

 これはこれで楽しいと思う。

 兎にも角にも、メッセージアプリを起動させる。

 そこには衝撃的な内容が書かれていた。

 無言で櫛田に見せる。

 

「えっと──『須藤くんのことですが、もしかしたらお役に立てるかもしれません』──分かっていたことだけど、やっぱり佐倉さんが目撃者だったんだね」

 

 しみじみと感傷に浸る櫛田。

 オレからしたらいまさら何をと思ってしまうが……。

 

「どうするの? 佐倉さんが居ても居なくても計画は進むんだよね?」

 

 無自覚で佐倉を(おとし)める櫛田が怖い。

 いや、これは別にバカにしているとかそういう話じゃないのだろう。

 ただただ、彼女は佐倉を心配しているのだ。

 

「せっかく申し出てくれたんだ。佐倉の意思を尊重しよう」

 

「ならそれで良いけどさ」

 

 櫛田は強くは言ってこなかった。

 彼女を玄関口まで送り届ける。扉を開けると、蒸し暑さが襲撃し、オレたちの体を(むしば)んだ。

 

「おやすみなさい、綾小路くん」

 

「ああ。おやすみ、櫛田」

 

 別れの挨拶を交わし、櫛田はエレベーター乗り場まで向かったようだった。

 オレは自分の部屋に戻り、ベッドの上に仰向けで寝転がる。

 これで中間試験終了時から付き纏っていた目先(めさき)の問題は片付いた。もちろん、今後も注意は必要だが、まず安心出来るだろう。

 明日は月曜日。

 タイムリミットはすぐそこに潜んでいた。

 

 

 

 

§

 

 

 

 タイムリミットまであと一日を切った。

 干からびそうになる体を渾身の力で引き()りながら、学校に向かう。男子一同が暑さに絶望する中、反対に女子一同は涼しそうだ。

 この前も思ったが、女子高生の制服姿にはこう、清涼感がある。とても涼しそうだ。

 ため息を吐きながら校舎の玄関を通過する。

 いつもと違うことに気付いたのは、下駄箱から少し先にある階段の踊り場に出た時だ。

 そこには掲示板があり、かなりの人集りが作られていた。

 

「情報提供お願いします」

 

 透き通った女性特有のソプラノの声。

 Bクラスの一之瀬(いちのせ)帆波(ほなみ)だ。彼女の両手には数枚の紙が抱えられていた。周りにはクラスメイトだと思われる生徒たちが、彼女同様、紙を抱えている。

 

「どうしてBクラスの一之瀬さんが手伝ってるの?」

 

 それはごく素朴な疑問だった。

 とある女子生徒から投げられた質問に答えるべく、一之瀬は迷わず言う。

 

「友達のためかな」

 

「へ? 須藤くんと友達だったんだ?」

 

「ううん、違う違う。他の友達のためにね」

 

「もしかして、男……!?」

 

「それも違うよー」

 

 一之瀬を中心として、人集りは構成されていた。

 オレはその光景を視界に収め、舌を巻いてしまう。正直、ここまでの影響力があるとは思ってなかった。

 掲示板を見てみると、そこには一枚の紙が貼られていた。オレの依頼通り、学校のHPと同じ内容のものだ。

 内容はいまさらのことだった。

 躊躇(ちゅうちょ)したが、意を決して中心部に向かう。

 

「あっ、綾小路くん。おはよう!」

 

 思わず顔が引き()ってしまったオレは悪くないだろう。

 そんな大声で名前を呼ばないでくれ……。嗚呼、大量の矢が飛ばされる……!

 

「……お、おはよう一之瀬。悪いな、Dクラスのためにわざわざやって貰って」

 

「ううん、当然のことだよ。約束したからね、協力するって」

 

「幾ら掛かったんだ」

 

「大丈夫だよ、これくらいはね」

 

 嗚呼……(よど)んだ心が浄化されていくようだ。

 悪いな、池に山内たち『櫛田エル親衛隊』。仮に入るとするならば、オレは一之瀬の方に加入する。

 

「それに、準備したのは私じゃないから。ほら、神崎(かんざき)くん」

 

「……一之瀬、俺はこういったことは苦手なんだけどな……」

 

「神崎くんはもうちょっと積極性を身に付けよう?」

 

「……善処する。済まない、一年B組、神崎隆二(りゅうじ)だ」

 

「一年D組、綾小路清隆だ」

 

 差し出された手を摑みながら、オレはさり気なく神崎を観察する。

 物腰はやや固めだが、雰囲気からして優等生なのがすぐに分かった。高身長、すらりとした体型。平田とはまた違ったベクトルを持つイケメンだ。

 彼は周りの生徒に聞かれないようにするためか、顔をやや近付け(ささや)いてくる。

 

「一之瀬からは、何か特別な理由は説明されていない。綾小路、お前がそうするよう彼女に頼んだと言われたからな」

 

「……それでも協力してくれるのか?」

 

「一之瀬が協力するに値すると判断したのなら、俺はそれに従うだけだ。とはいえ……ここまで手伝わされるとは思わなかったけどな……」

 

 苦虫を噛み潰したようような表情を浮かべる神崎。

 あぁなるほど、彼は多分、オレと似たタイプだ。

 勝手に親近感を湧かせてしまう。

 

「それじゃあ一之瀬に神崎、あとは頼む」

 

「任せて」「ああ」

 

 軽く一礼してから、オレは教室に向かう。

 これでピースは揃った。あとは堀北がどう動くかだが……この状況で彼女はどのような決断を下すのか。

 それが少しだけ楽しみだった。

 

 

 

 

§

 

 

 

「──それでは、今週も頑張ってくれ。SHRはこれにて終了とする」

 

 そう告げるや否や、茶柱(ちゃばしら)先生はもう用はないとばかりに職員室に向かい始める。

 オレは佐倉に声を掛けてから、担任教師を追い掛ける。声を掛けるべきタイミングは彼女が職員室に入る直前だ。

 

「茶柱先生」

 

「うん? どうした綾小路、私に何か用か」

 

 本当はみーちゃんか櫛田を連れてくるのが良かったんだが、ここはオレが引き受けることにした。

 その方が話しやすいし……何より、茶柱先生と会話をすることが出来る。彼女がどのような対応をするか、(じか)で確認したかった。

 

「実は『暴力事件』のことなんですが。ここにいる佐倉が──」

 

 オレは茶柱先生に説明した。

『暴力事件』を目撃していた生徒が発覚したこと。それが一年D組、佐倉愛里であることを。

 茶柱先生はオレの言葉を最後まで聞いてから、佐倉に視線を送る。

 

「綾小路の話によれば、『暴力事件』を見ていたそうだが」

 

「……はい。見ました」

 

 自信が無い……わけではなく、単純に茶柱先生が苦手なのだろう。無理もないか。

 佐倉はびくびくしながらも肯定する。

 彼女は詳細に語った。特別棟の三階で、偶然、喧嘩が勃発するのを見てしまったこと。そこにはD、Cクラスの生徒が居たことを。

 

「お前の話は分かった。が、はいそうですかと素直に聞き入れるわけにはいかないな」

 

 やっぱりそうか。

 いっそ、残酷なまでに告げられた言葉に、佐倉は何も言えないようだった。恐らく理由が分からないのだろう。少し冷静になれば分かることだが、動揺している彼女ではそれは無理か。

 オレが代わりに茶柱先生と会話を試みる。本来なら、話すのは佐倉の役目だが、これくらいは許して欲しい。

 

「先週の時点で佐倉が名乗り出なかったからですか」

 

「そうだ。先週の火曜日の朝のSHRの際、私はお前たち生徒に尋ねたはずだ。『目撃者は居ないか?』とな。佐倉、何故その時に名乗り出なかった」

 

 これで彼女が欠席していたらまだ言い訳は出来た。

 だがDクラスの生徒は、ここ最近は無欠席だ。他ならない担任の茶柱先生がそれを知っている。彼女にしては珍しく褒めていたしな。

 

「それは……その、私は人と話すことが苦手だから……」

 

「これでも担任だ。お前の性格はある程度理解していると自負している。お前は、クラスメイトたちに嘘の証言をするよう脅迫(きょうはく)されたんじゃないか? どうなんだ綾小路?」

 

「さあ。オレに言われても困ります。ただ事実を言うのなら、佐倉がオレに相談してきた。オレは茶柱先生に言うべきだと助言した。結果、彼女はここに居る。それだけですよ」

 

 淡々と答える。

 茶柱先生は一度苦笑してから、改めて佐倉を見つめる。

 どうなんだ? と今度は佐倉に無言で問い掛けた。

 佐倉は一瞬怯んだが、それでも、精一杯に声を出して茶柱先生に強く訴えた。

 

「……クラスの人が、困ってるから……! 私が証言することで助かるなら……そう、思ったんです!」

 

「ほう……。この短い間で、お前は『成長』したようだな」

 

 意外だったのか、軽く目を見張る茶柱先生。

 佐倉愛里が『自我』を持ち始めたことに、驚いているようだ。

 

「分かった、よく頑張ったな……と個人的には言いたいところだが、そうも言ってられない。もちろん私は教師として学校側に報告する義務があり、その用意もある。だが須藤(けん)が無罪を勝ち取れる確率は0%だ」

 

「そ、そんな……私が、躊躇(ためら)っていたから」

 

「それは違うぞ佐倉。確かにお前がこのギリギリのタイミングで名乗り出たのは理由としてあるだろう。だけどな、Dクラスからの目撃者だと証拠能力が減衰する、それだけのことだ」

 

「綾小路の言う通りだ。そこだけは履き違えないように。そして残念なお知らせだ。場合によっては佐倉、お前には審議当日に出席して貰う可能性が高い。人と話すことが苦手なお前に、それが出来るか?」

 

 茶柱先生は試していた。

 ここで佐倉が迷ったら、彼女はもしかしたら目撃証言を受理しないかもしれない。

 教師の義務なんてものは、彼女には通用しない。それは既に露呈している。

 オレが心配する中、ところが佐倉は顔を青ざめさせながらも頷いた。

 

「……昨日、そうなることは言われましたから。だから、大丈夫、です……」

 

「そうか。それでは正式に受理しよう。そしてこれは向こう側からの提案だが、審議当日には最大で二人までの同席を認めるそうだ。人選はしっかりとすることだな」

 

「ええ、そのつもりですよ。それでは、オレたちはここで失礼します。行こう、佐倉」

 

「う、うん……」

 

 授業の開始も近い。

 遅刻したら隣人が怒りそうだ。

 ところが佐倉を引き連れて教室に向かおうとするオレを、茶柱先生は呼び留めた。

 何でも話があるのだとか。この人と二人きりで話す時は決まって面倒臭い。過去の経験から断りたかったが、許してはくれないだろう。

 

「悪いが先に教室に戻ってくれ。堀北や櫛田には、同席者について説明してくれると助かる」

 

「わ、分かった……頑張ってみるね……」

 

 猫のように背中を丸めながら、佐倉は教室に戻って行った。不安だが、頑張って貰うとしよう。

 

「また生徒指導室に行くんですか?」

 

「いや、すぐに終わる」

 

 だとしたら何故このタイミングなのか。

 疑問は湧くが、答えてくれるとは思えない。

 茶柱先生は体重を壁に預け、いつもの冷徹(れいてつ)な瞳でオレを見据える。

 

「先程言った同席者だが、綾小路、お前が出席しろ。もう一人は堀北、もしくは平田だ」

 

「何故オレが出る必要が? 勝つことに専念するのなら、ここは今先生が仰った二人で臨むべきだと思います」

 

「無論、理由はある。一つ目は、佐倉の精神状態のためだ。知らない人間ばかりの空間に放り込む程、私は冷たくないぞ」

 

「だとしたらオレじゃなくて、みーちゃん……(ワン)が適任でしょう。実際、彼女たちは友達になりましたからね。もちろんオレもそうなりましたが、異性より同性の方が彼女の支えになるでしょう」

 

(ワン)は学力面に於いては優秀だが、それでもコミュニケーションに於いては使えん」

 

「そうでもありません。彼女はこの前、見事、ナンパを退(しりぞ)けてみせた実績があります」

 

「大変興味深いが、それでもまだ種子は完全に芽吹いてないだろう」

 

 それを言われると弱い。

 オレは思わずため息を吐いた。

 

「一つ目は分かりました。二つ目は何ですか? あるのでしょう?」

 

「綾小路。お前は今回の『暴力事件』、どこで線引きをするべきだと思う?」

 

「質問の答えになっていませんよ」

 

「良いから答えろ」

 

 有無を言わせない口調で、茶柱先生は迫る。どうやら珍しくも、興奮しているようだ。

 再度ため息を吐いて、オレはDクラス側の総意を告げる。

 

「先程先生も仰いましたが、無罪は勝ち取れないでしょうね。だとしたら、お互いに妥協点を模索するしかないでしょう。例えば、Cクラスは100clのマイナス、Dクラスはクラスポイントの全損失とか」

 

「さらりと恐ろしいことを言うなお前は。そうなれば今月もお前たちはゼロ円生活だぞ。まぁ尤も、お前は被害を受けないだろうがな」

 

「それでも、最悪の結末──須藤健の『退学』は防げるのだから良いでしょう。長い目で見れば、それだけの価値がある。彼はきっと、クラスの財産になりますよ」

 

「本気で言っているのか?」

 

「ええ」

 

 即答する。茶柱先生はオレの返答を予想していなかったのか、僅かにたじろいだ。

 確かに須藤は、今はまだ足を引っ張っている。

 だが今回の一件で、痛い程に身をもって痛感したはずだ。きっと猛省するだろう。

 いや、仮定の話じゃないな。そうでなくてはならない。

 

「そろそろ質問に答えて下さい。どうしてオレに出て欲しいんですか」

 

 一瞬の静寂。

 

「私がお前を買っているからだ」

 

 告げられた答えに、オレは面食らってしまう。

 そんな私情でオレを選ぶというのか、この人は。

 茶柱先生の考えがイマイチ理解出来ない。思えば、不審な点はこれまでにもいくつかあった。

 バカバカしいと一蹴することは造作もない。

 だがオレは、その選択をしなかった。

 むしろ都合が良い。

 

「分かりました、茶柱先生の要望通りにしましょう。ただし条件があります」

 

「私に出来ることなら」

 

「もし須藤健が無罪を摑んだその時には──オレ個人にプライベートポイントを振り込んで下さい」

 

「そんな要求を、私が呑むとでも?」

 

「おかしなことではないでしょう? この学校は実力至上主義の理念を掲げている。ならこの絶望的な状況で『勝利』することもまた実力だ。そうは思いませんか」

 

「一理通っている……と言いたいが、ダメだな。認めるわけにはいかない」

 

「なかなか強情ですね。ならこうしましょう。どのような結末を迎えても、詮索は無しでお願いします」

 

「それはつまり、お前には道を拓ける(すべ)があると言っているのか」

 

「どうでしょう。オレかもしれませんし、堀北や平田(ひらた)かもしれません。だけど先生も分かっているはずだ。正攻法じゃ勝てないことくらいは」

 

「……分かった。お前たちの好きなように動け。ただし、咎められても私は庇わないぞ」

 

 苦し紛れの忠告に、オレはついつい笑ってしまう。

 そんなものは求めていないし、期待してもいない。

 ある程度ながら、茶柱先生の性格も分かり始めている。恐らく彼女は、とことん、自分に被害が無いように動きたいのだ。

 それだけだったら最低な部類に入るだろうが、何か別の目的があると思わざるを得ない。

 ──Aクラス行きでも狙っているのか?

 いや、まさかな。放任主義の彼女がそんなことを望んでいるはずがないか。

 兎にも角にも、彼女にはこれから目を光らせておこう。

 備えあれば憂いなしとも言うしな。

 

「それじゃあオレはここで」

 

「ああ。万が一授業に遅刻してもポイントは引かれないよう手筈しておくが、それでも、道草は食わないように」

 

「了解です」

 

 出来るだけ急いで教室に向かったが、残念なことに遅刻してしまった。

 隣人がとても怖かったが、事情を説明したら納得してくれた。

 危ない危ない。

 人生で二度目の、コンパスの針で痛い思いをするという思い出を作るところだった。

 ちなみに、佐倉は勇気を振り絞って言伝の任務を無事に果たしたようだった。みーちゃんの助けがあったようだが、それでも偉い。そのうち彼女たちは親友になりそうだ。

 

 

 

 

§

 

 

 

 昼休み。

 確認を込め、オレたちDクラスは作戦会議を開いていた。一応、出席するかどうかは自由になっていたが、なんと驚くべきことに、全員が参加した。

 高円寺(こうえんじ)長谷部(はせべ)幸村(ゆきむら)といった一人を好む人間が参加したことには意外に感じてしまったが、高円寺は多分、ただの気紛れだろうな。

 先導者が登壇し、この一週間に起こったことを再確認する。そして、目撃者が見付かったこと、それが佐倉愛里であることを発表した。

 先導者は目撃者を公表するか、それとも匿名にするかどうか迷っていたが、佐倉が了承したためその名前を出すことを決めたようだ。

 

「茶柱先生が言うには、明日の審議会には同席者が最大二人まで認められているらしい。これは向こう側……つまり、Cクラスからの提案のようだね」

 

「うーわ、腹立つ。私たち舐められているんじゃない?」

 

軽井沢(かるいざわ)さんの言う通りだ。僕たちは見下(みくだ)されている。だからこそ、これを最大限に利用させて貰う。そして二人のうち一人は、清隆くん……綾小路くんに決まっている」

 

 先導者の意向に、室内はざわついた。

 どうしてお前が? そのような意味が込められた視線がオレに送られた。

 すぐに助け舟が出される。それは櫛田からだった。

 

「私は賛成かな。須藤くんと仲が良いしね。それに佐倉さんともここ最近は仲が良いみたいだしね」

 

 その瞬間、男子陣の殺気がオレに向けられた。

 本当に仲が良いのはみーちゃんだと声を大にして言いたい。

 Dクラスの女神がそう言うのならと、多くの生徒が納得した。恐ろしい、これが信者か。

 とはいえ、櫛田には助けられた。後で礼を言うとしよう。

 

「綾小路くんが同席するのに異論はないね。あともう一人可能なんだけど……僕は、堀北さんが良いと思う。彼女が須藤くんのために頑張っていたのは皆知っていると思うし、須藤くんも安心出来ると思うんだ。どうかな?」

 

「私は賛成ー。逆に堀北さんじゃないと出来なくない?」

 

「そうだよな……だって『先生』だもんな 」

 

「期待しているぜ堀北!」

 

「頑張って!」

 

 投げられる声援の数々。

 堀北は最初戸惑っていたが、やがてゆっくりと頷いた。

 入学前の刺々しさはかなり無くなっている。とはいえ、相手を罵倒(ばとう)することはしょっちゅう。しかしそれも、個性として認められている。

 良くも悪くも彼女には『裏』がないからな。

 まぁ本人は不服そうだが。

 彼女の兄が見たらどんな反応をするのだろうか。少しずつ変わり始める妹の姿に、何を思うのだろうか。

 そんなことを考えていると、須藤が席から立ち、佐倉の元に近付いた。席は近いから、すぐの距離だったが……。

 生徒が見守る中、須藤は静かに頭を下げた。

 

「巻き込んじまってわりぃな、佐倉。けど頼む、俺を助けてくれ……!」

 

「……は、はい。私に出来ることなら……」

 

 ぎこちなく頷く佐倉。

 須藤と佐倉。性格は似ても似つかないし、恐らく、今回の出来事が無かったら三年間、接点は皆無だっただろう。

 だがその二人はこうして交わった。

 人生とはとても面白い。何が起こるのかは誰にも分からないのだから。

 須藤は佐倉から離れ、堀北とオレの元にも近付く。

 

「明日は頼むぜ、二人とも」

 

「正直、どこまで善戦出来るかは保証しかねる。けれど、ベストを尽くすわ──約束する」

 

「オレが居たところで戦力になるかは分からないけど、堀北同様、出来る限りのことはするさ」

 

「ああ!」

 

 やれるだけのことはやった。

 もしこれで須藤が何らかの処罰を受けても、誰も文句は言わないだろう。

 それどころか、一生懸命に戦った彼らを褒め称えるかもしれない。

 あの状況から良くやったと、良く戦ってくれたと……。

 戦に身を投じた彼らを、誰もが労うだろう。そしてこれを機会に、須藤は晴れてDクラスの仲間入りを果たし、堀北も仲間の大切さを学び始めるだろう。

 

 

 

 だが彼らはついぞ気付かない。

 

 

 

 全てが、虚偽で満たされていることに。

 

 

 


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