放課後に突入した。
この時間から本格的に
とはいえ、Dクラスの生徒全員が参加するわけではない。
話を聞く限りでは、自分たちの足で地道に目撃者Xを捜すようだ。
東京都高度育成高等学校に在籍している生徒は、どんなに低く見積もっても四百五十人は居るだろう。最大値は四百八十。
そんな大勢の生徒相手に一人一人聞き込み調査をするというのは……非常に効率が悪いし
まあ、オレが参加するわけではないから、偉そうに口を挟むことはしない。
自由にやって貰うとしよう。
「あなた、どこに行く気?」
スクールバッグを肩に担ぎ教室から出ようとすると、隣人に呼び止められた。
珍しいこともあるものだと思い、彼女に視線を向ける。
「どこって……図書館だけど……」
「
「逆に
「……ええ、最初はするつもりはなかったけれど……」
「須藤が充分に反省しているから、協力する気になったのか」
だとしたら驚きものだ。
堀北も良い具合に角が取れ始めているのだろう。
「まあ、綾小路くんが居ても役に立つとは思えないけれどね」
前言撤回。相変わらずの毒舌だ。
けど助かる。
堀北の言う通り、オレが居たところで出来ることは何もない。逆に彼女が居たら心強いだろうが。
……なんだが悲しくなってきた。
「そういうわけだ。それに安心しろ堀北。
「そんな見え透いた嘘を吐かれても困るのだけれど……」
「じゃあ、また明日」
肩を
幸いと言うべきか、まだ教室にはかなりの生徒が残っている。生徒Aが消えたところで誰も気付かないだろう。
あと一歩で境界線を通過する……そんなタイミング で、堀北の声が背に届いた。
「Cクラスの
……どうにも今日の堀北は
顔だけ振り向かせて彼女の質問に答える。
「そうだ、一年C組椎名ひより」
「良くもまあ、敵対しているクラスの生徒と会おうと思えるわね。理解しかねるわ」
呆れた調子で彼女は
だが別に理解して貰おうとは思わない。
そんな気持ちは微塵も湧かない。
「別にオレと椎名が喧嘩したわけでも、敵対しているわけじゃないからな。それに堀北だって知ってるだろ? オレの信条は事なかれ主義だ」
その言葉を残し、今度こそオレは教室をあとにした。
最初は人口密度が低かった廊下も、昇降口に辿り着く頃にはしだいに高くなっていく。
友人と遊びに行く者、寮に帰る者と多種多様な用事を持つ生徒と一杯だ。
「
「うーん、そうだなぁ……。食材切らしているから、途中、デパートに行きたいかも」
「うわぁ凄い! 私も自炊しようかなー。けど料理出来ないし……」
「だったら一緒に作ろうよ!」
「えっ、良いの? なら一之瀬先生、ご教授、お願いします!」
「ええっ!? せ、先生なんてそんなやめてよー」
昇降口で相手を待っていると、そんな会話が聞こえてきた。
青春を
彼女がグループの中心人物なのだろうことは想像に難くない。
美しいストロベリーブロンドのロングヘアに、非常に整っている
下の名前は知らないが、上の苗字は俺でも知っている。一之瀬という名の、Bクラスの生徒だ。
なんでもBクラスの実質的なリーダーなようで、優秀な生徒らしい。どれくらいかは詳しく知らないが、噂になるくらいには成績を収めているのだろう。
「こんにちは、綾小路くん」
壁に寄り掛かりぼんやりと過ごしていると、少女の声が聞こえた。
待っていた友人、椎名ひよりだ。
軽く手を挙げて挨拶を返す。
「それじゃあ行きましょうか」
行く場所はもちろん図書館だ。
ここ最近オレと椎名は、一緒に図書館に行くようにしていた。最初は待ち合わせ場所を図書館にしていたんだけどな……
だが今日はその前にやるべき事がある。
オレは先陣を切ろうとする彼女を引き止めた。
「悪いけど少しだけ時間を貰えないか? ちょっと行きたい場所がある」
「それは構いませんが……いったいどちらに?」
「特別棟だ」
幻覚が見えそうになる程に暑い特別棟に、オレと椎名は訪れていた。
本物の事件が起こったら黄色いテープが貼られ、立ち入り禁止の文面を見ることが出来るのだろうが、別に殺人事件が起こったわけでもないため、入ることは普通に可能だ。
調理実習を行う家庭科室、科学や地学、生物といった実験を行う理科室など、この棟には普段は使用しない施設が
何らかの部活が活動の際に使うわけでもないため、放課後のこの時間、特別棟はとても静かだ。恐らく誰も居ないだろう。
「そう言えば綾小路くん。
「
「ごめんなさい。彼が教えろと言ってきたので……」
「責めてはないから安心しろ。あぁだけど、代わりと言ってはなんだけど、龍園の連絡先を教えて欲しい」
使うかは分からないが、持っておいて損はしないだろう。
「はい、大丈夫ですよ」
龍園
フリーメールアドレスを作ったところで、彼女がオレの瞳を下から覗き込んで聞いてきた。
「
「どうかな。彼らがどれだけ聡いか、その全容がまだ明らかになってないから何とも言えない」
「綾小路くん」
「どうかしたか?」
「私は──いえ、なんでもありません。それより、この階ですよね? 『暴力事件』が起こったのは」
いつの間にか三階に登っていた。この階にあるのは……確か、理科室だったか。一年生はまだ数回しか利用していないから記憶があやふやだ。
遮蔽物が何も無い廊下に出る。
「……暑いですね……」
「……そうだな。室温何度あるか想像もしたくない……」
「四十度以上あるかもしれませんよ」
否定出来ないのが辛いところだ。
はっきり言って特別棟の室内の暑さは異常だ。
夏場の学校なんてこんなものだと言われたらそこでおしまいだが、オレたちが通っている学校は、校舎の中は快適さを追求しているからな。
「……どうしましょう。夏服、買うべきでしょうか」
「難しいところだよな。
「…………はい」
隣で歩く椎名はとても辛そうだ。正直言ってオレもキツい。
こんな事になるのなら、道中、飲料水をどこかで購入すべきだったか……。
「今、窓を開けるから……」
「──待って下さい、綾小路くんっ」
「……!?」
椎名の焦り声が廊下に大きく反響したその時には遅かった。
オレは既に窓を全開に開放していて、突如、体を
絶え間ない
視界が点滅する……。
「だ、大丈夫ですかっ」
「…………大丈夫じゃないかも」
倒れそうになる体を無理矢理に動かし、廊下の壁にもたれ掛かる。そのまま
ボーっとしていると、椎名がスクールバッグから下敷きを取り出し、パタパタと扇いでくれた。
自分も辛いだろうに……。
「……悪いな」
「いいえ、私もごめんなさい。もっと早く気付くべきでした」
このままだと際限なく互いに謝る気がするから、これ以上はやめよう。
過去に戻りたい
室内の温度が僅かずつだが低くなり、新鮮さを取り戻していく。
オレの体力も徐々に回復してきた。
「椎名は座って休んでいてくれ、すぐに戻るから」
「……分かりました。お気を付けて下さいね」
何に気を付ければ良いんだろう。
そんな疑問を持ちながら椎名から離れる。とはいえ、目と鼻の先の距離だ。
須藤と
遮蔽物が何も無い廊下。あるのは並べられている窓に……特別教室へと通じる扉。だがこの扉は授業以外は鍵が掛けられている。中には刃物や薬品類が常備されているからだ。
これがオレたちがいつも視界に収めている光景だ。
オレは無言で視線を上……天井に向けた。あるのは、電気を通すためのコンセント。そのまま瞳孔を動かすと、いくつものコンセントが放置されていた。殆どが放置されているようで、埃を被っているのが圧倒的に多い。
今度は下……床に向ける。あるのは
待たせている椎名の元に急ぐ。片手を差し伸べて彼女の手を取り立ち上がらせた。
「ありがとうございます」
「気にしないでくれ。むしろ謝るのはオレの方だ。悪いな、想像以上に時間を使った」
「今日の私たち、謝ってばかりですね」
「言われてみればそうだな」
互いに苦笑いを零す。
窓を施錠すると、すぐに、引いていた暑さがまた蘇ってきた。
オレと椎名は急いで特別棟から出て、外界に逃亡を図った。
今日は図書館の利用は控えることにして、代わりに、ケヤキモールの中にあるカフェに向かうことにした。
辛い思いをさせてしまった椎名にお詫びをするためだ。幸いと言うべきか、オレの所持プライベートはそこそこあるから、これくらいなら
「好きなものを頼んでくれ」
「お言葉に甘えさせて頂きますね。それではこれをお願いします」
椎名が選んだのは軽食用のサンドイッチだった。
オレも彼女のものと同じものを選び、ちょうど近くを通り掛かった店員にオーダーを告げた。
空いている時間帯なのか、すぐに届けられた。
それにしても……彼女とこうして、図書館以外で過ごすのは初めてだ。
まあ、場所が変わってもやることは何一つとして変わらないのだが。
互いにスクールバッグから一冊の本を取り出し、黙々と活字の羅列に目を通した。
──一時間後。
集中力が途切れ、オレは
犯人が誰かということを思考しながら読んでいくのは中々慣れるものではない。
軽く伸びをしていると、オレの様子が視界に映ったのだろう、椎名もまた読書をやめた。開いていた
「オレに気を遣わなくても良いぞ」
「いえ、私も疲れましたから。そうですね……お喋りでもしましょうか」
その意見には賛成するけれど、改まってそう言われると何を話したら良いか分からない。
雑談ってものは意識してつくるものじゃないんだな……。
これで同じクラスだったら話はまた違ったんだけどな。
オレの表情を読み取ってくれたのだろう、椎名が話を切り出してくれた。
「以前も少し触れましたが……あと数日で夏休みですね」
オレにとってはその存在があるだけで嬉しいものだ。
とはいえ──。
「……これといった予定は埋まってないけど……」
自分で言ってて悲しくなってくる。
部活をやっていたら、それこそ本物の青春を謳歌出来るのだろうか。
「椎名は茶道部、活動あるのか?」
「無いですね。余程のことがない限り、文化部は活動がありません」
そうなのかと
「どうでしょう。もし予定が合えば、一緒に過ごしませんか?」
「もちろんだ──って言いたいけど、良いのか?」
オレからしたら願ったり叶ったりだが、これが同情からくるものだとしたら申し訳ない。
そんなオレの浅はかな考えを撃ち破るかのように、椎名は一度頷いた。
「なら頼む」
「はいっ」
そう言って、椎名は微笑を浮かべた。
良し、これで約一ヶ月間、寮の自分の部屋に引きこもるという最悪の展開は防げた。
『約束』を交わす。必ず守るとしよう。
ちょうど良い時間になったので、カフェから出る。支払いは当然オレだ。
彼女と連れ立って帰路についていると、大勢の生徒が纏まって歩いていた。
つい数時間程前に昇降口で見掛けた、一之瀬たちのグループだ。
ビニール袋が吊るされていることから、オレたちと同じように、彼女たちもまた、ケヤキモールに居たのだろう。
集団行動の弊害と言うべきか、歩くのが遅い。彼らを抜き去ると、「あっ」と声が出された。
「椎名さん、こんばんは!」
「一之瀬さん、こんばんは」
どうやら椎名と一之瀬は顔見知りらしい。
正直なところ意外だった。まぁけど、挨拶くらいだろう。現に、二、三回程言葉を交わして会話は終わった。
自分のグループがあるからな、人気者も大変だ。
……勝手に嫉妬するのは醜いからやめるようにしよう。
一之瀬は椎名から視線を逸らし、ここで初めてオレを認識したようだった。
「はじめまして。一年B組、一之瀬
「一年D組、綾小路
『一年D組』の部分で、何人かの生徒が嘲笑を浮かべたのをオレは見逃さなかった。無理もないか、学校公認の『不良品』だからな。
だが一之瀬はそんな気配を
「ごめん皆、今日は先に帰ってくれないかな。どうしても綾小路くんに……ううん、
そんなことを言い出した。
一之瀬の急な要望に、友人たちは不満さを出すことなく、笑顔で了承する。
「えー、って言いたいけど帆波ちゃんの言葉なら別に良いかー」
「じゃあな一之瀬委員長ー」
「また明日ー」
「ごめんね皆。また明日」
別れの挨拶を交わし、一之瀬の友人たちは去っていった。耳をそばだてるが、彼女の悪口を言っている気配は感じられない。変わらず、楽しそうな雰囲気を維持していた。
確信する。
彼女は絶対、櫛田と同じタイプだ。つまり──コミュニケーションの塊。
友人たちを見送った彼女は、オレと椎名に頭を下げて、まずは謝罪した。
「デート中に邪魔をしてごめんなさい」
そして反応が困ることを口にする。
冷静に客観視すると、確かに赤の他人から見たらオレと椎名はデートの真っ最中なのだろう。
しかしオレも、多分椎名も、デートだとは思ってない。
椎名にアイコンタクトを送り、対処を求める。
「いえ、大丈夫ですよ一之瀬さん。それより綾小路くんに何の用でしょうか?」
「……やっぱり気にしてるよね」
「……? ただ私は、一之瀬さんらしくないなと思って尋ねたのですが」
「にゃはははー……」
困ったように頬を掻く一之瀬にオレと椎名は怪訝な表情を浮かべているだろう。
微妙な空気が流れるが、それも刹那のこと。
一之瀬はこほんと咳払いしてから、用件を告げた。
「今朝のSHRで、担任の
茶柱先生が告げたように、全クラスで事情が説明されたのだろう。
一之瀬の用件が、もっと踏み込んだ情報を知ることだと思えば、多少の強引さも納得出来る。
オレは一歩前に出て彼女に向き合った。
「あー……一之瀬が何を望んでいるのかは分かったんだけどな、でもどうして他所のクラスのことを?」
Bクラス側からしたらこの展開は望ましいはずだ。
下手に首を突っ込んで被害を蒙るくらいなら、傍観の姿勢を取った方が良いだろう。
少なくともBクラスのリーダーならば、そうするのが最善だ。
「やっぱり疑ってる?」
「悪い言い方をすれば、一之瀬の言う通りだ。裏があるようにしか思えない」
「心外だなあ……って言いたいところだけど、まっ、それが普通だよね。うーん、困ったなあ……」
苦笑する一之瀬。
個人的には話しても良かったが、最悪──計画に支障を来す可能性も捨てきれない。
視線が交錯する中、椎名がオレのブレザーの袖を軽く引いた。
「綾小路くん。一之瀬さんなら大丈夫ですよ。
椎名が言うことも一理あるか。
明日あたりにも、DクラスがXを探していることは大衆の目に留まるだろう。
オレは
Cクラスの三人が須藤に呼び出されたこと。でも事実は逆で、須藤がCクラスに呼び出され喧嘩を売られたこと。撃退したら学校側に虚偽の申告をされ、一部始終を見ていたと思われるXを探していること。
彼女は真面目に話を聞き入っていた。そしてなるほどとばかりに一度頷く。
「だからDクラスの人たちが教室に来たってことかー」
「そうなのか?」
「あれ、知らなかったんだ? 実はそうなんだよね。さっき連絡が来たんだけど、何人かの生徒がBクラスの教室に足を運んできたの」
一之瀬はそう言いながら、オレに自身の携帯端末を見せるために体を近付けた。
距離感が近い……。無意識だったら恐ろしい……!
当たりそうになる大きな果実から強引から視線を外し画面を眺める。
そこには確かに、彼女が言った内容が書かれていた。
櫛田や池たちがBクラスの教室を訪ねてきたこと、そしてXを捜していること。とても細やかに書かれている。
彼女はオレが見たことを確認してから、距離をあけて悩む素振りを見せる。
「ねぇこれってさ、かなりの
「そうだな。だから櫛田たちも動いているんだろう」
「きみは違うの?」
「もちろんオレだって動いているさ」
「そうには見えないけどなあ……」
訝しげな視線をオレに寄越してくる。
まぁ無理もないか。一之瀬はオレと椎名を交互に見てから、部外者が口を挟むことではないと考えたのか、それ以上の言及はしてこなかった。
「でもこの時期に騒動かー。ううん、この時期だからこそかな?」
「どういう意味だ?」
「綾小路くんと椎名さんは、夏休みの噂、知ってる?」
夏休みの噂?
何の事だとオレが困惑する中、椎名はどうやら知っているようだった。
「南の島でバカンス、ですか?」
「うん。椎名さんは知っていたんだ。綾小路くんは?」
「言われてみれば……担任がそんなことを言っていた気がする」
必死に記憶を辿ると、思い出した。
あれは確か……中間試験当日だったか。生徒を激励するための嘘だと思っていたのだが、他クラスの椎名と一之瀬が知っていることを考慮するに、
「良かったですね、綾小路くん。夏休みの予定がまた一つ埋まりましたよ」
「……」
「綾小路くん?」
「……悪い、過去にちょっとあってな。旅行はあんまり好きじゃないんだ」
「よ、余程の事があったんだね……」
オレの虚ろな目から察したのか、若干引く様子を見せる椎名と一之瀬。
乾いた笑みを張り付かせながら、当時を思い出す。
旅行といって思い出すのは、幼い頃家族と一緒にアメリカのニューヨーク市を観光したこと。一ミリも楽しくなかったな……。
「えっと……だ、だけどさ! 仲が良い友達と行くからきっと楽しくなるよ!」
「でもそれも、仲が良い人たちならですよね……。クラスに特別親しい人が居ない私はどうなるんでしょうか……」
「し、椎名さんも!」
無視すれば良いのに、毎回反応を返してくれる一之瀬は面白い。
「と、兎も角! 私が言いたいのは、そのイベントでクラスポイントが大きく変動するんじゃないかなってことなんだよ」
負のオーラを消し去り、冷静に考える。
東京都高度育成高等学校は贅の限りを尽くしている。そんな理想郷なら夏休みのバカンスなんて充分に可能だろう。
だがこの学校の異質さを考えれば、何か目的があるのだろうことは想像に難くない。
入学当初だったら無邪気に期待出来たんだけどな、また一つ不安の種が生まれたか。
「一之瀬さんのその推測は正しいでしょうね。普通の学校生活ではどんなに頑張っても、稼げるクラスポイントは微々たるものですし」
「椎名さんもそう思う? 私の予想だとね、いきなりAクラスにのし上がることは無理でも、それに近いことは出来ると
「まぁその前に、今は『暴力事件』で手一杯だから、未来のことを考えても仕方がないな」
Dクラスにとって、あるかもしれない未来なんてものはどうでも良い。
一之瀬はそれもそうだねと首肯してから、やや
「んー、その事なんだけどね。もし良かったら私も手伝おうか?」
「……理由を聞いても良いか?」
「失礼かもしれないけど、今のきみたちのやり方じゃ目撃者は見付からないんじゃないかな」
「ご尤もな意見だけど……」
そんなことは誰だって分かっている。それこそ三バカトリオだって気付いているだろう。
じゃあだからといって、「えっ、マジで良いの? 助かるわー」なんて言えるものでもない。
「一之瀬には悪いけど、オレが決められることじゃない。洋介……
「やっぱり即決は出来ないよね」
「ああ、オレにそんな決定権は皆無だからな。代わりと言ってはなんだけど、橋渡しは出来ると思う。一之瀬、明日の放課後、予定は空いてるか?」
突然のオレの質問に、一之瀬は困惑しながらも律儀に答えた。
「明日? ……うん、大丈夫だけど……」
「明日オレが平田や櫛田たちに事件現場に行くように仕向ける。だから一之瀬は偶然を装ってそこに行けば良い。そして……」
「協力申請を申し込めば良いんだね? けどなあ……うーん……」
思案する一之瀬。
短い時間ながらも、彼女の性格はある程度分かった。多分彼女は、裏表がない善人タイプ。
洋介や『表』の櫛田すらを軽々と超えている。
そんな彼女だからこそ、オレが提示した条件を呑むのに躊躇う。茶番劇を披露しろと言っているようなものだからな。
激しい葛藤の末、一之瀬は
「──分かった。それじゃあ綾小路くん、頼めるかな」
「ああ、任せてくれ」
「何かお礼がしたいんだけど……」
「別にそんな、気にしなくて良いぞ」
だが一之瀬は首を横に振った。
「そうだ、プライベートポイントを譲渡するってのはどうかな?」
「……良いのか?」
「うん、流石に高額は無理だけどね。幾ら欲しい?」
「あー、そうだな……。じゃあ1000pr頼む」
「それじゃあ少なすぎるよ。5000prでどうかな?」
「……好きにしてくれ……」
なんかもう、色々と面倒臭く感じたので投げやりに答える。
一之瀬はオレのぞんざいな態度に文句を言うこともなく、携帯端末を操作する。
が、すぐに戸惑いの声を上げた。
「どうやってポイントを譲渡すれば良いのかな? 椎名さん知ってる?」
「ごめんなさい。存じ上げません」
「……代わりにオレが教えようか?」
「本当にごめんね綾小路くん」
「いや、大丈夫だから頭を上げてくれ」
なんだかオレが悪さをしているような錯覚に陥るから。
メールアドレスを伝える。
「これで合ってる?」
一之瀬は間違いがないかとまたもや身を寄せて、携帯端末を見せてきた。
椎名とはまた違った意味での天然だな……。
って言うか、出会って一時間も経っていない異性同士が、普通こんな距離感で良いのか?
「次はどうすれば良いのかな?」
「ポイントの送金画面を開いてくれ。左上に自分のIDがあるはずだ」
素早い手付きで指を液晶画面の上で走らせる。
堀北
僅かなラグの後、送金画面が表示された。
その瞬間、一之瀬は「あっ」と声を上げる。そして不自然さを隠しきれないで、オレから距離を取った。
しかしそれもすぐに打ち消す。
「おー、あったあった。これだね?」
「ああ。あとはそのIDからオレのメールアドレス先に、一時的なトークンキーが発行出来るんだ。それをオレに伝えてくれれば正式な譲渡が可能になる」
「なるほどねー。助かったよ綾小路くん。説明上手だね」
そんなことはないと思うが、ここは素直に称賛を受け取っておこう。美少女から褒められるという観点からみてもチャンスを逃す手はない。
「それじゃあ私はもう行くね。これ以上邪魔しちゃ悪いし」
一之瀬は微笑んでから、走って寮に向かっていった。
取り残されたオレと椎名はしばらく呆然としてから、顔を見合わせる。
「帰るか」
「はい」
並行して歩く。
通学路の並木道を通過する道中、オレは隣を歩く椎名に尋ねた。
「椎名」
「何でしょう?」
「Bクラスのクラスポイントってどれくらいか覚えているか?」
「650clですね」
「……」
「綾小路くん?」
椎名が怪訝そうに見つめてくる。
だがオレは、彼女に配慮する余裕がなかった。
数分前オレが見た、一之瀬の携帯端末に表示されていた、ある部分が脳裏に焼き付いて離れない。
──何をどうしたらあんな事が出来るのか。
頭の中で何度も算盤を打つが、ついぞ答えは導き出されなかった。