ようこそ事なかれ主義者の教室へ   作:Sakiru

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第17話

 

 金曜日の放課後。

 翌日は土曜日なために学校は休日を控えている。部活動に所属している生徒は各々(おのおの)の部活の練習に行かなくてはならないが、それを抜きにしてもこの『休み前の放課後』は学生にとって味方であり、また至福の一時だ。

 オレがこの東京都高度育成高等学校に入学を果たしてから、あと残り数日で三ヶ月が経とうとしていた。

 月日の経過というものはオレが考えていた以上に早く過ぎるようで、七月中旬に行われる期末テストを無事に突破すれば夏季休暇となり、約一ヶ月は自由な時間を過ごすことが可能になる。

 五月一日にこの学校独自の理念を説明され、オレたち生徒は戸惑うしかなかった。

 ここで改めて、東京都高度育成高等学校が採用している異質なもの……Sシステムについて復習するとしよう。

 学校から無償で提供されている携帯端末にはおよそ子どもが使う分には困らない機能がある。そういった分野に詳しい友人から聞いたのだが、市販で売られている最新機種と同等以上の性能らしい。

 オレはすぐ隣で黙々と読書に勤しんでいる少女を軽く一瞥(いちべつ)してから、彼女を邪魔しないように配慮しつつ、制服のブレザーのポケットから端末を取り出す。そのままプリインストールされているアプリを起動させた。

 ちなみにプリインストールとは電子機器に予めインストールされているもののことだ。

 アプリを起動させると、学籍番号とパスワードを入力するように指示がされ、オレは曖昧ながらも覚えつつある長い記号の羅列を打ち込んだ。

 ログインすると様々な項目が画面に表示される。学校側からの連絡事項や、学校公認の掲示板など多岐に渡る。

 その中の一つである『残高照会』をタップする。

『残高照会』からは様々なことが出来る。自分が現在保有しているポイントの確認や、クラスが保有しているポイントの確認。さらには、ポイントを誰かに譲渡することすら可能だ。

 上記に述べたポイントは二つに分けられている。

 一つ目が末尾に『cl』と明記されている。これはクラス……つまり、英単語の“class”の略称だと言われており、クラス単位が保有しているポイントのことだ。

 二つ目が末尾に『pr』と明記されている。これはプライベート……つまり英単語の“private”の略称だと言われており、個人が保有しているポイントのことだ。

 毎月一日にクラスポイントが振り込まれ……クラスポイント×100がプライベートポイントに反映されている。つまりこれら二つは連動しているのだ。

 プライベートポイントとは学校の敷地内だけで使えるお金であり、このお小遣いを使って初めて、オレたちは楽しい学生生活を送ることが可能になる。日用品を買ったり、電化製品を買ったり、映画やカラオケといった遊びにはこれが必需品だ。

 オレが所属している一年D組のクラスポイントは0cl。この状態が五月から続いており、Dクラスの生徒は数ヶ月に渡ってゼロ円生活を余儀なくされた。

 とはいえ、入学当初は1000cl──十万円が支給されていたのだ。

 この学校は生徒の実力を測ることで評価している。オレたちDクラスは『評価ゼロ』というあまりにも情けない評価が与えられ、結果、0clとなった。

 ポイントの減少の要因は様々だ。授業中の居眠りやお喋り、朝登校の遅刻、さらにはテスト結果が悪ければどんどん削られていく。

 逆にポイントが増える要素は、まだはっきりとは解明されていない。どうしたらポイントが増えるのかを模索(もさく)することが、クラスポイントが増える最大の近道と言えるだろう。

 そしてクラスポイントには学生へのお小遣い以上に重要な役割を担っている。ポイントが高い順からAからDクラスへと割り振られるのだ。

 例えばDクラスがCクラスより多くクラスポイントを保有していたと仮定しよう。その場合DクラスはCクラスになり、クラスが変動される。そして三年後の卒業時に、Aクラスの生徒だけが、自分が望む進学先及び、就活先への道が叶えられるのだ。

 長々と語ってしまったが、これさえ分かっていればそれで良い。

 

 クラス争奪戦が、この学校の真髄だ。

 

 

 

 

§

 

 

 

「──来月はポイント、貰えると良いですね」

 

 携帯端末を空中に(かざ)して、五月から何一つとして変わっていない数字を眺めていると、少女が声を掛けてきた。

 赤の他人だったら無視を決め込むところだが、少なくともオレにとっては彼女は大切な友人だ。

 一年C組、椎名(しいな)ひより。この学校で初めて出来た友人。クラス争奪戦が本質のこの学校で、オレたちは友達付き合いを続行していた。お互い読書という共通の趣味を持っているために、ほぼ毎日のように放課後は図書館で時間を共有している。

 端末を制服のブレザーのポケットに戻してから、オレは体全体を左に向けて彼女と向き合う。

 

「中間テストの結果が上手く反映されていると助かるんだけどな」

 

「きっと大丈夫ですよ。Dクラスは学年二位の成績を残しましたし、授業態度も改善されたのですよね?」

 

「最初の一ヶ月と比べたら雲泥(うんでい)の差だ」

 

 特に三バカトリオの改心ぶりが凄く、それは担任である茶柱(ちゃばしら)先生でさえも認める程だ。

 

「なら皆さんは限りなくベストを尽くしたことになります。学校側もそれは分かっているでしょうし、後は待つだけです」

 

 椎名はそう言って、オレを安心させるかのようにして、少しだけ微笑(ほほえ)んでくれた。入学当初、彼女は滅多に感情を顔に出さなかったのだが、現在は少ないながらも見せてくれるようになった。

 彼女との付き合いがより深くなっている証拠だろう。

 

「ところで綾小路(あやのこうじ)くん。差し支えなければ教えて欲しいのですが……()()()()()()()()()()()()()()?」

 

「五万と少し。幸い、まだ残っているから生活には苦労していないけど、それでもかなり苦労する」

 

 だからこそ来月はポイントが欲しいところだ。長期休暇が目と鼻の先にあるから、最低でも二万円分は残さなくてはならない。

 椎名はオレの返答に驚いたようだった。

 

「節約していますね」

 

「特に意識はしていないんだけどな……。読書以外特にこれといった趣味がないから、必然的にあまり使わなくて済む。ああ……だけど、寮の部屋に絨毯(じゅうたん)を買う予定だ。この前は辛い思いをさせちゃったし」

 

「そうでもありませんよ?」

 

「椎名はそう言ってくれるけど、他の連中……クラスの友人が多少なりとも文句を言ってきたんだ。だから内装を鮮やかにしたい」

 

「確かに寂しかったですものね……」

 

 何よりも、あの居心地悪い沈黙をなくしたいところだ。割と切実に。

 とはいえ、この計画がいつ果たされるかは分からないのが正直な感想だ。貧乏生活を強いられているDクラスにとっては、どんな些末なことにもポイントは消費したくない。

 オレは余裕があるからまだマシだが……池や山内といった奴らは血涙(けつるい)を流しているからな。

 

()()()()()()()()()()()()()()()?」

 

「そうですね……少しお時間を下さい」

 

 椎名は断りを入れてから、スクールバッグの中に手を入れ携帯端末を取り出した。端末ケースはオレと同様にデフォルトのままで、こう言っては失礼だが、花の女子高生らしくない。

 いや、そんなことを言ったらどこぞの隣人もそうなのだが……。

 端末の上で走る指の速度は遅かった。彼女の性格からして、普段は必要な時以外は使用していないのだろう。

 

「えっと……わっ、十三万ポイントはありますね。これなら何冊、本を買うことが出来るのでしょう」

 

「まさかとは思うが、自分がどれくらい持っているのか認識していなかったのか?」

 

「分かりましたか」

 

「いやいや、流石にその反応を目の前で見せられたら誰でも分かると思うぞ」

 

 視線を横に流す椎名に呆れてしまう。後先考えて浪費するよりは格段に良いが、それでも、自分がどれだけ使ったのかを気にすることは大切だ。

 ある意味で金銭感覚が出来ていないな……。

 

「かなり残しているんだな。てっきり、本を沢山買っていると思っていた」

 

「どうしても手元に置いておきたい本は書店で買っています。けれどここの図書館は蔵書(ぞうしょ)数が数え切れない程にありますから、使わなくて済むんです」

 

「そうだな……。出来れば卒業までに読破したい」

 

「良いですねっ。一緒に頑張りましょう」

 

『本日の閉館時間となりました。当館をご利用していらっしゃるお客様はお忘れ物がないよう確認をしてからお帰り下さい。またのご利用をお待ちしております』

 

 天井にあるスピーカーから館内放送が響く。現代では珍しく、案内の声は機械じゃなくて人間のもの。柔らかい女性の声だった。

 そしてオレと椎名は発生源に心当たりがあった。というのも、彼女はオレたちが日頃から良くして貰っている、図書課の先生だったからだ。

 どうやら今日の当番は彼女らしい。

 オレたちは後片付けをしてから椅子から立ち上がる。スクールバッグを肩に掛けて出口に向かう。

 自動ドアを潜り西空を一瞥する。夏が本格的に近付いている証拠として、太陽はまだ碧空(へきくう)に浮かんでいた。

 

「夏ですね」

 

 横に並んで歩いていると、椎名が小さく呟く。

 地球温暖化が進むその影響か、年を跨ぐ度に気温は上昇していた。夏の本番である八月に突入したらどうなるのか……、考えるだけで憂鬱(ゆううつ)だ。

 その気分のままため息を零してしまう。

 

「せめて衣替えがあると助かるんだけどな」

 

「この学校はありませんからね」

 

「学校の敷地内はエアコン完備だから、仕方がないのは分かるんだけど……」

 

「私たちはスカートですからまだ楽ですが、男の子たちは苦労しそうですね」

 

 悟られない程度に椎名を盗み見る。

 改めて思うけど、肌が凄く白いんだよな。彼女の綺麗な髪色と合わさって、肢体がとても輝いている。

 それに……上手く表現出来ないが、こう、清涼(せいりょう)感がある。うら若い女性が着ることによってその効果は何倍にも跳ね上がるのだ。

 ……性犯罪者が考えそうなことを考えていた。暑さにやられたのかもしれない。

 

「でも綾小路くん。部活の先輩が以前教えてくれたのですが、制服にはなんでも、様々なバリエーションがあるようですよ」

 

「……バリエーション?」

 

「例えば……夏服でしょうか。基本的には私たちが着ているこの服を着るのが義務付けられていますが、どうしても嫌な場合はそう言った商品が売られているようです」

 

「売られているってことは、ポイントを支払うってことか」

 

「それもかなり高額のようですよ」

 

 ならオレが買うことはまずないだろう。

 確かにブレザーは熱が(こも)りやすく、比例して暑くなりやすい。だが先程会話したように、学校の校舎内はエアコン完備だ。

 学寮から学校までは徒歩で数分の距離。精々が二十分くらい。その二十分(往復四十分)の時間に、わざわざ大金を叩く必要は現時点では感じられない。

 

「あとはそうですね……冬服でしょうか。この制服の上に羽織るものとして、登校用のスクールコートが売られるようです」

 

「夏のオレたちとは違って、女子は苦労しそうだな」

 

 女子生徒はスカートを穿()かないといけないから、下半身は、それはもう極寒の地となるだろう。

 反対にオレたち男子生徒はズボンだから、ある程度の風や冷気は守ってくれる。

 この学校に入試したのが四月。現在は七月。あっという間に春から夏に移り変わろうとしている。だから多分、夏から秋に、秋から冬になるのも束の間だろう。

 未来に何が起こっているのかは分からない。もしかしたら隣に居る少女は居ないのかもしれない。

 ただ……雪を見てみたいと思った。今までの人生で、オレはまだ一度たりとも本物の雪を見たことがなかったから。

 寮に入り、管理人に軽く会釈をしてから椎名と共にエレベーターに乗る。オレの部屋が四階なのに対して、彼女の部屋は十六階。必然的にオレの方が早く降りることになる。

 

「それじゃあ椎名。良い週末を」

 

 浮遊感が四階で終わる。エレベーターのドアが開く。

 廊下に一歩足を踏み入れた瞬間、制服の(そで)が弱めに……けれど、確実に握られた。

 振り返ると、そこには手を伸ばしている椎名の姿があった。数秒見つめ合っている間にドアが閉まろうとする。

 片手を添えることで押さえ、彼女の言葉を待った。

 

龍園(りゅうえん)くんからの伝言です。『契約は成立した。だから綾小路、俺の邪魔をするな』とのことです」

 

「ならオレからも頼めるか?」

 

「はい、もちろん」

 

「『分かった。お前の邪魔は、オレはしない』」

 

「確かに受け取りました。それでは綾小路くん。あなたも良い週末を過ごして下さいね」

 

 椎名は(あわ)く微笑んでから、ドアの閉会を妨げているオレの手を優しく手に取って離させた。

 そして軽く手を振りながらドアを閉めて、エレベーターを再稼働させる。乗り物はゆっくりと音を立てながら上昇して行った。

 エレベーターの中を映すモニターをしばらく眺め、オレは自分の部屋に向かう。

 彼女が図書館内や帰途(きと)についている最中に龍園からの伝言をオレに伝えなかったのは、誰かに聞かれるかもしれないリスクがあったからだろう。

 どうやらCクラスの『王』は何かしらの行動を起こそうと……いや、()()()()()()()()()

 だからこその、このタイミング。

 これは警告だ。もしオレが彼の行動の邪魔をしたら……彼と対立することになるという。

 そして多分。

 近いうちに彼が何をしたのか分かるだろう。

 彼の性格からして……東京都高度育成高等学校そのものを巻き込む可能性が高い。

 

 

 

 

§

 

 

 

 土日を有意義(ゆういぎ)に過ごし、月曜日が訪れた。週明けの朝というのは人間の天敵だ。

 今日は、クラスメイトの須藤(すどう)とのジョギングは、中止となった。昨夜彼からメッセージが届き、そう言った旨の内容が書かれていた。

 早起きは三文の徳だが、たまには遅刻しないギリギリの時間に起きるのも良いかもしれない。そう思っていたのだが、いつものように覚醒(かくせい)してしまった。ふわぁと欠伸を漏らし……どうしたもんかと頭を捻る。寮を出るにしても早すぎることは言わずもがな、朝食を取るにしても同様だ。

 

「散歩でもするか……」

 

 真紅(しんく)と純白に彩られたジャージに着替え、携帯端末を片手に寮から出る。朝日は既に昇っていて、照りつく陽の光が眩しい。

 須藤といつも走っているコースを歩く……というのも一手だが、たまには違う風景を見てみたいと思い、海沿いの道を歩くことにした。

 海面に視線を向ければ、そこには程よく透き通った清流がある。だが、よくよく目を凝らせばプラスチックゴミといった人間の負の遺産が漂流していた。

 海はこうして、利己的な種族によって穢されていた。

 どんなに外見を取り繕っても意味はない。

 オレたち人間はこうして、『後の世代の人間がやってくれるだろう』と勝手に判断し、勝手に託していく。

 それを何十、何百回と繰り返し、過去の所業を悔い改める。だがその時は致命的に遅く、取り返しがつかない。

 そしてそれは、他ならないオレもだ。

 

「──まさかお前がここに居るとはな」

 

 後ろから声を掛けられる。聞いたことがある声だった。鋭く、低い声。

 オレは嘆息してからそちらに目を向ける。そこには予想通り、生徒会長堀北(ほりきた)(まなぶ)がオレ同様、学校指定のジャージ姿で立っていた。

 

「それは逆にオレも言いたい。その姿……ジョギングか散歩か?」

 

「そうだ。しかし綾小路、どうしてお前のような奴がこの時間に外に居る。俺はてっきり、お前はこういったことに無頓着だと思っていたが」

 

「随分な言い草だな」

 

 まるでオレのことを知り尽くしているような口振りだった。

 奴との接点はたった一度、しかもその一度もせいぜいが数分の時間だったはずだ。

 

「これでも生徒会長を任されている。ある程度の性格は分かるというものだ。綾小路、お前はこういった非生産的な行いは率先してやらない男だ。何か理由があるのだろう。違うか」

 

「確かにあんたの言う通り、友人との付き合いだけどな」

 

「ならその友人はどこに居る」

 

「昨夜メールが届いて、今日はやらないことになったんだ。習慣となったからか目が冴えて、現在に至っているところだ」

 

 一呼吸置いて。

 

「なら俺と付き合うのはどうだ」

 

 突然の申し出に面食らってしまう。

 堀北学はオレのクラスメイトである堀北鈴音(すずね)の実の兄で、妹に関して暴力を振るおうとしていた男だ。幸いその場に居合わせたオレが介入出来たおかげで一大事にはならなかったが、あの時オレが受けた印象を語るとするならば、彼はもっと冷酷な性格だと思っていた。

 それに何よりも、何故『不良品』のオレにアプローチをしてきたのか。妹には散々な罵倒を浴びせたのにも拘らずだ。

 

「分からないな。オレとあんたの妹は同じDクラス。けど対応に差がありすぎるだろ。あいつの方が遥かに優秀なはずだ」

 

「確かに鈴音の方が総合的には優秀だろう……データ上では」

 

「この前も言ったが、入試試験の点数の一致は偶然だ」

 

 堀北学は無表情でオレを見つめるだけだった。

 着けている眼鏡を外し、次の爆弾を投下する。

 

「今ではもう騒ぎは鎮まっているが、中間テストでは面白い結果となった。下位クラスの下克上(げこくじょう)はこの学校全域に広まっただろう。良くも悪くもな」

 

「オレは何もしてないぞ。ああ……あんたの妹は率先して勉強会を開いて、赤点候補組を救済していたけどな」

 

「だが、通常ならその救済は間に合わなかったはずだ。大幅な試験範囲の変更。鈴音は対応出来ただろうが、学力が芳しくない生徒は絶望していただろう」

 

「あんた、妹を褒めているのか貶めているのか分からないぞ」

 

「仮にも家族だ。身内の実力は把握している」

 

 堀北学はそう告げてから、ゆっくりと歩き出した。

 オレが彼の背中を追わなくても文句は言われないだろうし、彼はそのまま朝の日課を続けるだろう。

 逡巡してから、オレも同じ方向に動く。彼の一歩後ろを付いていくことなった。

 

「お前の勘違いを訂正しておこう。別段俺は、Dクラスだからといって、彼らが愚かだとは思っていない」

 

「その理由を聞いても?」

 

「これ以上は語れない。だがそうだな……俺が優秀だと考えている生徒を一人、例に挙げるとしよう。──鈴木(すずき)玲奈(れいな)

 

 知っている女性の名前が挙げられ、オレはしばらくの間、言葉を失った。

 中間テストの際、オレは彼女と取引をした。それは過去問を譲渡して貰うことであり、オレはその代償として少なくないポイントを喪失することになった。

 

「話を戻すとしよう。綾小路、お前は鈴木と接触し過去問を入手、それを自分のクラスメイトと共有した。結果、DクラスはCクラスには一歩及ばなかったが、B、そしてAクラスを押し退けて学年二位の成績を残した」

 

 鈴木先輩が堀北学と繋がっていたとは思いもしなかった。それが正直な感想。

 彼女は様々な『顔』を持っている。その数は計り知れない。高円寺(こうえんじ)六助(ろくすけ)とランチを共にしていたのも、やはり明確な理由があったのだろう。

 もし敵に回したら面倒だ。とはいえ、オレと彼女が今後関わりを持つことはないだろう。

 

「あんたが鈴木先輩を評価しているのは分かった。もしかして交際相手だったりするのか?」

 

「鈴木とは同盟相手に過ぎない。大まかな内容は言えないが……彼女は役に立つ。それだけだ」

 

 堀北学は淡々と言葉を並べる。一瞬、変な勘繰りをしてしまったが……彼の態度からして、オレの邪推は当たらないだろうと察した。

 

「だが腑に落ちないことがある。今回、一年生が上級生にアクションを掛け、そして過去問を入手した功績を持つのはお前だけだ。となると──何故Cクラスが学年一位になった?」

 

「単純な学力の問題だと思わないか?」

 

「いや違うな。Cクラスの生徒は、ほぼ全員が全ての科目に於いて九十点以上を取っていた。実力の善し悪しだけで所属クラスは振り分けられていないが、それを抜きにしても異常だ」

 

 どうやらこの学校の生徒会は、オレが想像していた以上の権力があるらしい。

 そして生徒会長の言葉から、一つ重要な事実が告げられた。うっかり漏らしたことはないだろう。

 話せば話す程に分かる。

 この男は、堀北鈴音の完全上位互換だ。

 

「お前の周囲を調べてみると、答えはすぐに出た。一年C組、椎名ひより。──お前は自身のクラスだけじゃなく、Cクラスにも過去問を流した。それも相当早い時期……恐らく、鈴木から取引をした直後……Dクラスよりも早くに。結果、決定的な『時間のズレ』によってCクラスが学年一位となった」

 

 嘘だと言い張ることは難しい、か……。

 

「正解だ。あんたの推論に間違いはない」

 

 パンパンとわざとらしく手を叩き称賛する。

 堀北学は送られた賛辞に誇ることはなかった。それだけの自信があったのだろう。

 東京都高度育成高等学校に入学してからもう少しで三ヶ月。必然的に、彼の情報は一年生の間に浸透している。

 当然と言うべきかAクラスで、一年時に行われた生徒会選挙で上級生を倒し、圧倒的な支持を得て生徒会長に就任。彼の手腕はそれはもう見事なもので、曰く『歴代最高』らしい。

 

「綾小路清隆(きよたか)という人間が暗躍したことを知っている人間は少ない。お前の担任、椎名ひより、鈴木玲奈、俺……あと二、三人は居るだろうが、ごく限られている。そして恐らく、その全員がお前のことを口外しないだろう。──実に見事だ」

 

「あんたはどうなんだ」

 

「綾小路、俺はお前を買っている。だからこそ俺はお前との友好的な付き合いを望もう」

 

「過去問を手に入れたその閃きが、偶然だとは思わないのか」

 

「思わないな。そうでなければお前と話そうとは思わないし、何より、不必要な情報をリークしていない」

 

 堀北学は立ち止まり、オレの瞳を覗き込んできた。

 彼がオレのことを買っているのは分かった。どうやら先日の一件、そして今回のオレの裏の動きで、完全にマークされてしまったらしい。

 だがここで一つ疑問が生じる。

 

 何故一年生のオレにそこまでして目を掛ける?

 

 

「……何が狙いだ?」

 

「言っただろう。友好的な付き合いを望むとな」

 

 友好的な付き合い、か……。

 生徒会長がわざわざそうまで言う理由。考えても現段階では分からないが……。

 

「その友好的な付き合いとやらには、どこまでが範囲内に該当するんだ?」

 

「俺個人で出来ることならなるべく叶えよう。例えば……そうだな、今ここでお前に五十万ポイントを譲渡しても構わない」

 

「…………見返りは?」

 

「反対に綾小路。お前は俺に協力して貰う。具体的な内容はまだ口には出せないが、恐らく二学期中に判明するだろう」

 

「そこまでオレがこの学校に居る保証はないぞ。下手したらテストで赤点を取って退学しているかもな」

 

「そんな愚かな行動を起こす可能性がある人間に、こうして交渉は持ち掛けていない」

 

 冷静にメリットとデメリットを分析する。

 メリットは言わずもがな、堀北学という人間を仲間に入れられる点だ。生徒会長という役職に就いているこの男が味方になれば、万が一のことが起こったら頼りになるだろう。彼の影響力はそれだけ絶大だ。

 デメリットは、彼からの協力要求が何か分からないことか。無理難題を押し付けられる可能性も高い。

 

「分かったと言いたいが……保留させてくれ。オレがあんたを頼ったら、その時はあんたに協力しよう。今はまだ口頭での約束しか出来ないな」

 

「構わない。むしろ即決されたら、逆にこちらから断るところだった。──綾小路、携帯を出せ」

 

 脈絡の無い話題転換にオレが戸惑っている間に、堀北学は自身の携帯端末をズボンのポケットから出し、オレを待っていた。

 無言で送られてくる視線の圧力に耐えられくなって、オレも携帯を出す。

 

「貸して貰っても大丈夫か?」

 

「あ、あぁ……」

 

 おずおずと携帯端末を差し出す。奴は特別何か礼を言うことはしなかったが、受け取った瞬間、素早く両方の機械を操作した。凄まじい速度だ、椎名の比じゃないぞ……。

 オレの携帯端末はすぐに返された。

 画面に目を落とした瞬間、オレは思わず、目の前で佇む彼に目を向けてしまう。

 

「……これはなんの真似だ?」

 

 オレが所持しているポイントは、五万ポイントから一気に上昇し、十五万ポイントに変貌していた。

 オレの残高が十万ポイント増額したのだ。

 困惑の表情を浮かべている中、堀北学は、大金を手放したのにも拘らず、無表情のままで言った。

 

「俺からの投資だと思えば良い」

 

「……あんたが何を抱えているのかは知らないが……オレのこと、買い被り過ぎじゃないか?」

 

「さて、な……。俺はもう行く。なかなかに有意義な時間だった」

 

 徐々に遠ざかる背中。携帯端末の電源を付けると、時刻は程々に良い時間帯だった。かなりの時間、オレたちは話し込んでいたらしい。

 真逆に方向転換し、一旦寮に帰ろうとしたその時だった。

 堀北学がオレを引き留めた。

 

「そう言えば先週の金曜日の放課後、ある報告が生徒会に届いた」

 

「そうか」

 

「恐らく学校中を巻き込むだろう。今回は完全に悪い方向でだ」

 

「オレには関係ないことだけどな」

 

「渦中に居るのが同じDクラスの生徒だとしてもか?」

 

 オレはその問いに答えない。今度こそ寮に帰るために足を動かした。

 堀北学はオレの行動を想像していたのか、食い下がることはしなかった。興味が尽きたのか、彼の気配が消失していく。

 もし仮に彼が言ったことが事実だとするのならば、非常に面倒臭いことが起こっているのだろう。

 彼の性格からして余計な嘘は言わないはずだ。

 

「学校中を巻き込む、か……」

 

 心当たりがある。

 謀略を巡らす邪智暴虐(じゃちぼうぎゃく)の『王』に、誰が餌食になったのか。それが堀北学の言う通りDクラスの生徒なのか。

 その全てがオレにとってはどうでも良い。

 

 何故なら──どう足掻こうと結末は変わらないのだから。

 

 たとえ洋介(ようすけ)や堀北、櫛田(くしだ)がどう動いたとしても、最後の景色は変わらない。

 賽は投げられた。あとはひたすら、前に進むことだけに専念しよう。

 




氏名 椎名ひより
クラス 一年C組
部活動 茶道部
誕生日 一月二十一日

─評価─

学力 A
知性 A
判断力 E+
身体能力 E
協調性 D

─面接官からのコメント─

物静かな生徒。提出された情報によると、幼少期の頃から独りで過ごす傾向が強い。親しい友人も殆ど居らず、また彼女自身、必要と思っていないように感じられた。しかしその反面、自分が好きなこと……読書に対しては積極的な姿勢が見られる。
高い知性が感じられ、中学生とは到底思えなかった。聞かれた質問に対してのレスポンスも悪くない。
友人関係の構築を頑張って欲しい。

─担任からのコメント─

クラスに対する協調性は皆無であり、クラス内での話し合いの際も出欠こそしているものの自分の意見を言うわけでもなく、ただ黙っているだけで非常に残念である。
しかし放課後は一年D組の綾小路清隆と日頃から会っているようで、それは図書課の先生から報告が上がった際に、職員の間で話題になる程。この学校の異質さを踏まえれば、クラスを越えた友人付き合いは難しいが、彼らは至って普通に続行している。
中間テストは全科目百点という偉業を残したが、学年では同一一位という結果になった。
体育の授業では身体能力が極端に低いため、最低評価を付けるとする。
他クラスの生徒との付き合いも良いが、自分のクラスの学友とも交友関係を築いて貰いたい。

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