ようこそ事なかれ主義者の教室へ   作:Sakiru

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第12話

 

 テスト週間。学生の間では『地獄』という認識をされているこれは、けれどそう言われる程過酷なものではない。

 というのも、勉強するのもしないのも結局のところは本人の自主性に委ねられるのだから。もちろん、将来のことを考えれば勉強して良い点数を取るのが理想だが、たかが十数年しか生きていない高校生にとっては勉強とは苦痛でしかない。

 だから結局のところ、上記に述べた通り『自由』となる。

 とはいえ、それは普通の高校ならという話に限定されるが。

 日本政府が主導して創立したこの東京都高度育成高等学校は、幸か不幸か、その『普通』の枠組みには収まらない。

 何せ、たった一教科でも赤点を取れば即退学──厳密には自主退学扱いらしいが──の罰を与えられるのだから。

 現代日本で高校を卒業することは当たり前となっているし、また社会に出てからもそうである者とそうでない者には差が出てしまう。分かりやすく述べるのなら、生涯を通して得られる総所得額の差だろうか。

 ()にも(かく)にも、東京都高度育成高等学校に在籍する生徒たちは死にもの狂いで勉強をする必要があるということだ。

 須藤(すどう)(いけ)山内(やまうち)の三バカトリオに沖谷(おきたに)を加えた堀北(ほりきた)主催の勉強会。それは櫛田(くしだ)の支援もあって順調に回っていた。

 そう、()()()()()。過去の話だ。

 

「……テスト範囲の大幅な変更か……」

 

「ええ。茶柱(ちゃばしら)先生にさっき確認したけれど、そう告げられたわ。甚だしいのは何故変更されたその日……先週の金曜日ではなく今日報告したのか、その点に尽きる。それに、Dクラスの誰かが彼女に問い合わせをしなかったら、最悪変更されたことを知らないままテスト当日を迎えていた可能性も高い」

 

 堀北が教えてくれた情報を纏めると以下のようになる。

 勉強会組は昼休みの時間、いつものように図書館でテスト勉強に励んでいた。

 須藤や池たちの勉強意欲は期間限定だと思われるがとても高く、その時間では堀北が出した課題の答え合わせをしていたそうだ。

 自分が出した解答が丸だったら喜び、間違いだったら悲鳴を上げる。

 池と山内が一喜一憂(いっきいちゆう)している中、数人の生徒が彼らに声を掛けた。

 曰く、声が大きいからもっと静かにしてくれと苦言を呈されたらしい。

 この時期の図書館は一年生から三年生まで大勢の生徒が利用している。九割がたの生徒が勉強目的で訪れている館内は、ある程度の喧騒は仕方がないと言えるだろう。

 ただ池と山内はその許容範囲を超えてしまった。それだけのこと。

 全面的にこちらが悪いため、彼らはすぐに謝った。文句を告げた生徒は受け入れた。

 ここまでは良い。問題はここからだった。

 その生徒は堀北たちがDクラスであることを知り、喧嘩を売ってきたのだ。

 曰く、『不良品』のお前らの何人が退学するか見ものだ、そのような言葉を吐かれたらしい。

 これに反発したのは沸点が低い須藤だった。堀北もAクラス以外の生徒はどんぐりの背比(せいくら)べだと表現した。自虐も混ざっている気がするがスルーしよう。

 喧嘩を売ってきた生徒は皮肉なことにCクラスの生徒だった。正しくどんぐりの背比べ。

 大声で怒鳴り合うD、Cクラスの両生徒たち。さぞかし他の生徒にとっては迷惑だっただろうな。

 このままではいずれ殴り合いの本当の喧嘩に……そんな時だ。ある一人の生徒が場に躍り出た。

 その生徒はBクラスの女子生徒。一之瀬(いちのせ)と名乗った彼女は言葉巧みに頭に血が上っている両者を(いさ)め、諍いを収めてみせた。

 一之瀬という苗字に、オレは一つだけ心当たりがある。以前星之宮(ほしのみや)先生に何やら相談を持ち掛けていた人間だと思われるだろう。

 Cクラス側は分が悪いと判断したのか一之瀬に謝ってから図書館を去って行った。

 その際、彼らは捨て台詞を残したのだ。

 

『はは、お前らは本当に馬鹿だな。テスト範囲が変えられたことすら分からないなんてよ』

 

 茶柱先生が配布したテスト範囲のプリントが間違っていた、その線は無いだろう。

 となると考えられることは二つ。

 一つ目。クラスごとに受けるテストの内容が変わっており、またそれに呼応してテスト範囲も違っている。

 だがそれは違う。というのも、中間、期末テストで受けるテストの内容が違っていたら不公平だからだ。

 いや、中には違う学校もあるだろう。だがこの学校には独自のシステムがある。そう、ポイント制度だ。

 五月一日に学校側は、支給されるポイントはクラスの成績がそのまま反映されると告知した。それを考慮するのなら、テスト問題は同じにしなくてはならない。そうでなければポイント制度の基準も曖昧なものになってしまう。

 二つ目。Cクラスの生徒たちの嘘。負け犬の遠吠えらしいと言われればそれまでだが、すぐに判明される脆い嘘を言うとは考えられない。

 堀北たちは真偽を確かめるために職員室に赴いた。茶柱先生は最初は面倒臭そうに対応していたそうだが、彼女がテスト範囲のことを問うと思い出したように新しいテスト範囲をメモ帳に書き出して渡したという。

 放課後のSHR前。茶柱先生が到着するまでの時間を使ってオレは堀北から一連の流れを聞いていた。

 

「それでこの惨状か……」

 

 Dクラスの教室内はどんよりとした雲に覆われた時の天気のように暗く、漆黒の闇に染まっていた。

 殆どの生徒が顔を俯かせ、中には嗚咽(おえつ)を漏らす生徒も。確か赤点候補者の一人だったはずだ。自分が退学する姿を想像してしまっているのだろうか……。

 堀北はそんなクラスメイトたちを一瞥(いちべつ)する。

 

「けれど無理もないわ。だって、この一週間の彼らの努力が泡となって消えたことを意味しているのだし。って言うかあなた、随分と余裕なのね。携帯を呑気に使って遊んでいるなんて」

 

「別に遊んでるわけじゃないぞ。ちょっと友達とメールのやり取りをしているだけだ」

 

「笑えない冗談ね」

 

 端末の液晶画面から顔を上げることなくそう弁明したら、鼻で笑われた。

 これ以上弄っていたら後が怖いのでブレザーのポケットに押し込み、話題転換に挑む。

 

「中間テストまで残り一週間か……。修正、出来そうか?」

 

「露骨すぎだと自分で思わないの?」

 

「…………良いから教えてくれ」

 

 言葉にしながら自分でも思う。かなり難しい、と。

 この一週間培ってきた技術が全て消失した、これだけならまだカバー出来るだろう。恐らく堀北や櫛田なら問題はないはずだ。

 だが須藤や池たち、赤点候補者たちは? いくら勉強意欲を出したところでそれは急拵(きゅうごしら)えのものでしかなく、やる気があっても体……脳が付いていけないだろう。これまでは二週間という充分な期間があったためにまだ余裕があった。

 だがどうだろうか。すぐ目の前にあるのは『絶望』だ。心が折れてしまっても誰にも責められないだろう。

 

「……当然よ。私は彼らに約束したわ。赤点者を決して出させないとね。なら私には彼らを導く義務がある」

 

 僅かばかりに浮かぶ不安の色。流石の堀北も動揺はするだろうし、焦りもするだろう。

 

「率直に聞かせてくれ。今の須藤たちのポテンシャルで、中間テストは乗り越えられそうか?」

 

「だから言っているでしょう。私には彼らを導く義務が──」

 

「違う。オレが聞きたいのはそうじゃない。客観的な事実を知りたいんだ」

 

 訪れる沈黙。

 しばらく経って、堀北はようやく口を開いた。

 

「……かなりギリギリね。須藤くんたちが挫折せず勉強した状態でよ…………」

 

 その言葉に偽りはないだろう。

 この一週間生徒と──態度こそ度々問題はあったようだが──接してきた教師がその評価を降したのだ、堀北を信じたい。

 

「お前たち、席に着け──どうした、私をそんな親のかたきを見るような目で睨んで」

 

 茶柱先生が教室に踏み入れる。彼女は今、人間の負の感情に襲われているだろうな。

 最初は(いぶか)しんでいたが、やがて気付いたようだった。軽い調子で、

 

「テスト範囲の変更のことか。確かに伝え忘れたのは私のミスだ、それについては謝罪しよう。済まなかったな」

 

「感情が込もっていませんよ!」

 

 池が糾弾するように悲鳴を上げる。それに追従する生徒たち。

 

「そう言われてもな、忘れてしまったことは仕方がないだろう。安心しろ、中間テストまであと一週間はある。()()()()()()()()()()()()

 

「その根拠はどこから出てくるんですか?」

 

 平田(ひらた)が席から立ち上がり尋ねる。彼にしては珍しく、顔にはいつもの柔和な笑みは浮かんでいなかった。

 それも当然か。せっかく自分が率先して勉強会を開いていたというのにこの状況だからな。

 茶柱先生は一貫して無機質な表情で。

 

「担任としてお前たちを信じている。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「しかし先生、それでもこれはあまりにも……!」

 

「なら言葉を変えようか。いいか、()()()()()()()()()。お前たちが社会に出たら、想定しなかった、想定し得なかったトラブルに必ず一度は遭遇する。その時お前たちはただ泣き叫ぶだけなのか? 違うだろう、そんな時間があるのなら頭を使え。他者に助けを求めるのも一つの手だ。──連絡事項は特に無い。明日も元気に登校するように。解散」

 

 五分にも満たないSHR。

 茶柱先生は一方的にそう言い切った後、強引にSHRを終わらせて退室した。

 誰も居ない教壇をオレたち生徒は呆然と見ることしか出来ない。

 本当は分かっているのだ。彼女の言う通りだと、すぐに次の行動を起こさなくてはならないと、頭の中では分かっている。

 けれどこのやるせない気持ちをどうすれば良いのか。どう向き合えば良いのか。それを図りかねているのだ。

 

「──皆、聞いて欲しい」

 

 無人の教壇に上がるのは先導者である平田。相変わらずの行動力の高さだ。

 (にご)った目が彼に向けられる。しかし彼は物怖じすることなく、むしろより一層、覚悟を決めたようだった。

 

「中間テストまで残り一週間。新しいテスト範囲は金曜日のそれとは大幅に異なっている。今回僕たちは赤点者を出さず、ポイントを得る算段だった。最初に言うけどこれは提案だ。──今回の中間テスト、()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 先導者が出した結論。

 それは来月の六月一日に得られるかもしれないポイントを捨てる代わりに、生徒全員が生き残る道を選ぶことだった。

 メリットもある。だがデメリットもある。

 どちらも捨ててはならないもので──けれど、どちらかを捨てなくてはならないもの。

 この世界は常に等価交換で成り立っている。どちらも得る、そんな物語のような話は非情なこの世界では起こらないし、起こってはならない。

 

「平田、それがどういうことか本当に分かっているのか!?」

 

 幸村(ゆきむら)が信じられないとばかりに目を剥き、平田に抗議する。あの日の再現だな。ただ違うとすれば、櫛田が止めていないところか。その櫛田は今回は傍観の姿勢を取るらしい。正解だ。

 彼は堀北と同様、自身がAクラスであることを当然であると考えている人種だ。だからこそDクラスであることに不満を持っていて、Aクラスに上がりたいとも思っているはず。

 興奮している幸村とは違い、平田は終始冷静だ。

 

「もちろんだよ幸村くん。もし来月もポイントが得られなければ、ますます他クラスとの差は出てしまうだろうね」

 

「だったら……!」

 

「でも何よりも、まずはこの最初の試練を皆でクリアする必要があると僕は思うんだ。退学者が出たらどれだけポイントが引かれるか分からない」

 

「でも俺たちのポイントはゼロだ。引かれる要素なんかない」

 

「本当にそうかな? 確かに僕たちのポイントはゼロだ。けど、もし見えない側面……つまりマイナスがあるとしたら? 幸村くん、聡いきみならそれが分かっているはずだ」

 

 やはりというか、平田もその可能性には勘付いていたようだった。想像以上に優秀だ。

 だからこそ分からない。

 どうして彼が『不良品』の巣窟であるDクラスに配属されたのかが。恐らく……相応の理由があるのだろう。まぁただの憶測だが。

 幸村は平田の主張に折れたようだった。彼も薄々気付いてはいたのだろう、渋々ながらも引き下がる。

 

「あなたはどう思う?」

 

 堀北が尋ねてきた。少し考えてから答える。

 

「どう思うって、平田の意見か? そうだな……個人的にはかなり良いと思う。やることは何も変わらないが、それでもポイントを得るというハードルは下がったからな。とはいえ、平田は最初からポイントについては度外視していたみたいだったけど」

 

 そう、やることは何も変わらない。

 ただひたすらに勉強あるのみだからだ。

 違うとすれば、それは心の持ちようだろう。作戦会議でDクラスは『中間テストの結果によって、ポイントが得られる可能性が高い』という結論を出した。

 貧乏生活を余儀なくされているオレたちからしたら是か非でもポイントは欲しいところだし、無いよりは有った方が良いに決まっている。必然的に、クラスはポイントを得ることを第一目標にしてきた。

 だが今回のアクシデントで、裏の目的を表に出さなくてはならなくなった。

 本当に上手いものだ。

 平田洋介(ようすけ)という男は恐ろしい程に人間の人心掌握(じんしんしょうあく)に長けている。

 

「これはクラスの今後を左右することだ。多数決で決めたい。皆、机の上に顔を伏せて、賛成か反対か挙手をして欲しい。それで良いかな?」

 

 真剣な表情で確認を取る平田に、全員が首肯する。

 纏まりがないDクラスが今、奇跡的にも一つになろうとしていた。

 

「今このクラスでは主に三つのグループに分けられていると思うんだけど、それぞれ代表者を出して集計役を僕と担って欲しい。これは公平性を求めるために必要だと思う」

 

「堀北さんっ」「堀北」「堀北」「堀北」「ほ、堀北さん」

 

 櫛田、池、山内、須藤、沖谷が真っ先に堀北鈴音(すずね)という人間を推挙した。即答だった。

 とはいえ当の本人は嬉しそうではなかったが。まぁ無理もないか。彼女もオレと同様、目立つことは嫌う性質だし。

 しかし彼女は応える義務がある。櫛田はそれが分かっているからこそ指名したのだろう。残りの四人は、多分、深く考えてはいない。

 

「……私が代表として出るわ」

 

 嫌そうながらも堀北は椅子を引いて立ち上がり、平田の元に向かう。

 殆どの生徒たちがきっと驚いているだろう。特に櫛田が推薦したことは彼らに衝撃を与えたに違いない。

 

「もう一人はそうだね……綾小路(あやのこうじ)くん、どうかな?」

 

 まさかの平田直々の指名に、オレは嬉しさよりも、面倒臭さが上回るを感じた。

 だから最大限に顔を歪めることにする。

 

「どうしてオレが……?」

 

「きみはこのクラスだと中立の立ち位置に居るからね。どのグループ……派閥にもある程度属しているきみなら、その資格があると思うんだけど……。もちろん、強制はしないし、彼以外に名乗り出る人が居たらそちらを優先するよ。──どうかな?」

 

 途中からはクラスメイトへの確認だった。当然というか、平田が推しているこの状況では誰も名乗り出ることは難しい。

 幸村でさえも頷く有様だ。まぁ無所属の連中は基本的には自分さえ守れればそれで良いと思っているからな。

 

「…………分かった、責任を以て集計役を務めさせて貰う」

 

「ありがとう、綾小路くん」

 

 平田は笑顔を浮かべてオレを手招きした。

 緩慢(かんまん)な動きで登壇すると、クラスメイトたちの視線を浴びることになる。……嗚呼、世界は残酷だ。

 池と山内がこの場に似合わない人間に対して失笑しているのを極力目に収めないように注意していると、先導者の演説は続いた。

 

「皆、僕たちがやるべきことは決まっている。テスト勉強を必死にやることだ。そしてポイントを得ること。けれど今回、僕たちは予想外の事態に襲われている。何度も言うけど、ポイントを得ることは捨ててでも、赤点者を出さないことだけに専念しよう」

 

「俺らからしたらそれは有難いけどさ、赤点扱いの点数が分かるのかよ?」

 

 池が平田の救済措置に感謝しながら、しかし疑問の声を上げる。

 彼の言う通りだ。

 この場の全員が思っていることだろう。すなわち、学校側は赤点者をどのような基準で判断するのか?

 平田は池に軽く頷きを返してから、自論を主張する。

 

「この前の小テスト、Dクラスの平均点は64.4。それを割る2すると、32.2になるよね。そしてあの日、菊池(きくち)くんの名前の上で茶柱先生は赤線を引いた。これから出されることは一つだ。つまり、クラスの平均点割る2に達していない点数所持者が赤点となるんじゃないかな」

 

「けど平田くん、それはかなりリスキーじゃない? この前の算出方法はそうかもしんないけどさ、今回もそうなるとは限らないんじゃ……」

 

 発言したのは平田の彼女の軽井沢(かるいざわ)だった。意外だ、てっきり頭の中はお花畑だと思っていたのだが。いや、それは流石に失礼か。心の中で謝るとする。

 彼女の主張も正しい。

 そもそもの話、オレの記憶違いでなければ茶柱先生は一度たりとて赤点の算出方法を口にしていなかった。

 

「軽井沢さんの言い分も分かるよ。確かにこれは相当のリスクが伴う。だけどおかしいと思わない? 優秀な生徒はAクラスに、不出来な生徒はDクラスに配属されている。例えばAクラスの点数を基準に赤点のボーダーラインが引かれるのだとしたら、どれだけの生徒が退学になるか、見当も付かないんじゃないかな。堀北さんはどう思う?」

 

 意見を求められた堀北はやや考える素振りを見せてから。

 

「これに於いては平田くんが正しいと思う。そもそもの話、テスト範囲が大幅に変更されているこの状況、多分学校側は意図的にやったと見るのが妥当でしょうね。茶柱先生が伝え忘れたのは教師として失格だけれど」

 

 人付き合いに難があるとはいえ、堀北の学力は学年でもトップクラスだ。

 その彼女の援護が加わったら、いくら女王の軽井沢と言えど引き下がるを得ない。

 

「だけど何度も言うけど軽井沢さんの懸念も尤もだよ。だからクラス全体で五十点に点数を調整しよう。これならまず赤点者が出ることはないはずだよ」

 

 結局のところ、それが無難なところか。

 これなら赤点者が出ることは防げる。が、須藤や池たちにとっては厳しい戦いとなることは必須。

 平田もそれは分かっているだろう。ただ現状打てる手はこれしかない。本質は何一つとして変わっていないが、言葉巧みに生徒たちを自分が思い描いている結末に誘導しているのだ。

 

「話が長くなったね。今から多数決を取ろうと思う。皆、顔を机の上で伏せて欲しい。僕の案に賛成する生徒は手を挙げてくれないかな。もちろん、挙手しないからと言って誰も咎めたりはしないし、僕と堀北さん、綾小路くんは結果について『誰が手を挙げた、誰が手を挙げなかった』そんな話は絶対にしないから安心して欲しい」

 

 Dクラスの生徒全員が顔を机の上に伏せる……かと思われたその瞬間。

 

「私は失礼するよ。これ以上ここに居ても意味はないからねえ。それでは諸君、精々頑張り給え。アデュー」

 

 今まで大人しくしていた高円寺(こうえんじ)が教室から出ていった。

 流石は『自由人』。ある意味で期待を裏切らないな。ちょっとだけ憧れてしまう。

 

「高円寺、あの野郎……!」「自由にも程がある……!」「協調性無さすぎだろ!」

 

「ま、まぁ彼は無効票とするから。それに赤点を取るとは思えないしね」

 

 これには平田も苦笑を禁じ得ない。

 成績は常にトップ近いからな。一番謎に包まれている男だ、高円寺六助という人間は。

 

「それじゃあ始めようか」

 

 今度こそ多数決が行われる。

 平田と堀北は無言で票数を数えるているようで、オレも倣って挙げられている手をカウントすることにした。

 一人、二人、三人、四人、五人────。

 圧倒的大差と言うべき結果と言えるだろう。オレ、平田、堀北、無効票扱いの高円寺を除いた現在のDクラスの生徒数は合計三十六人。

 26対10で、平田の案は可決された。

 顔を上げるように先導者が指示を出す。それに従う民衆。

 

「結果を発表するよ。多数決の結果、僕の案が通った。中間テスト、僕たちは赤点者を出さないためだけに行動する。それで良いね?」

 

 平田の最終確認に、全員が首肯した。

 こうして一年D組は貴重なポイントを得る機会を自ら放棄することで、最初の試練に臨もうとするのであった。

 会議は終わった。

 すぐに生徒たちは行動を開始する。勉強会に参加する者、一人で勉強をする者、あるいは勉強をしない者と多種多様だ。

 特に何もしなかったオレだが、こう、凄く疲れた。

 対人恐怖症になるかもしれないレベルだ。いや、それは流石に盛りすぎか。

 

「ごめんね綾小路くん」

 

 平田が申し訳なさそうに頭を下げてきた。

 

「いや、平田の判断は的確だったと思う。けどこれからはやめてくれ、ストレスで髪の毛が抜けそうだ」

 

「あはは……うん、これからはやめるよ。綾小路くんはテスト勉強、どうするんだい? もし良かったら一緒にやらないかな」

 

「……オレからしたら渡りに船だが、良いのか?」

 

「もちろんだよ」

 

 参加するかしないか、少々迷ってしまう。

 恐らく平田のこの誘いは善意百パーセントのものだと思われる。ここは承諾して親交を深めるとするのが吉か……?

 激しい葛藤(かっとう)の末、オレは決めた。

 

「悪いな、参加させて貰う。ただ自分勝手で悪いとは思うんだが、明日からで良いか? この後はちょっと用事があるんだ」

 

「うん、分かった。軽井沢さんや他の皆には僕から説明しておくよ。それじゃあ綾小路くん、また明日」

 

「また明日」

 

 自分の席に戻り、スクールバッグを肩に担いだ。堀北や須藤たちの勉強会連合は既に教室にはおらず、図書館に移動しているようだった。

 兎にも角にも、オレも出来ることをやるとしよう。

 

 

 

 

§

 

 

 

 寮の自室に帰ったオレはテスト勉強をすることも、元々から備え付けられているパソコンを開いて暇潰しすることも、趣味である読書をすることもなく『その時』を待っていた。

 約束の午後五時三十分。

 机の上に放置していた携帯端末が小刻みに震動し、誰かからメールが届いたことを示唆した。

 

「来たか。取引成立だな……」

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 返信は来なかった。

 だがそれで良い。そうでなくてはならない。

 オレは一度頷いてから今メールのやり取りを交わした相手の連絡先と、その全ての履歴を迷うことなく廃棄した。

 ポイントの取引が行われたことは履歴として残り消せないが、誰と取引したかはこれで分からなくなる。

 全ては闇の中に葬り去られた。

 だがまだやるべきことがある。オレは画面を操作し、ある人物に電話を掛けた。

 幸いにも、その人物はすぐに出てくれた。何かを言われる前に、オレは素早く話を切り出す。

 

「頼みがあるんだ」

 

 

 

 

§

 

 

 

 時は流れ、テスト二日前の水曜日。中間テストは金曜日に実施され、カウントダウンが確実に迫りつつあった。

 SHRを終え、茶柱先生が用済みとばかりに教室を出ていく。彼女はオレたち生徒の実情に対して何も興味がないのだろう。まあ、教師に限らず人間とは厄介事(やっかいごと)に首を突っ込みたくないものだからそれも当然といえば当然か。

 とはいえ、この数週間にわたって生徒たちから彼女への好感度は大きく下降しているが。

 

「皆、帰る前に聞いて欲しい」

 

 入れ替わるようにして登壇した平田が、帰り支度を進める生徒たちに呼び掛けた。

 

「平田くん、それは今聞かなくちゃいけないものかしら。残り二日という状況で、くだらないことに時間を割く理由は──」

 

「とても大事なことなんだ」

 

 堀北の言葉を平田にしては珍しく遮って、神妙な面持ちで彼は答えた。

 これ程に真剣な表情を浮かべているのは初めて見るので、流石の堀北も聞く姿勢を取る。

 そこで彼女はようやく、彼が手に持っている大量の印刷物に気付いたようだった。

 

「明後日の中間テスト、力になれることがあるんだ。まずはこのプリントを見て欲しい」

 

 列の一番前の生徒に先導者は流れるようにしてそのプリントを配っていく。

 当然オレの元に届いた。目を通すとしよう。

 

「これって、問題集……?」

 

 誰かの呟きが響いた。

 そう、配布された紙には黒インクで文字の羅列がぎっしりと焼かれており、それは国語、英語、数学、理科、社会の問題があった。

 

「見て分かると思うけど、これはテストの問題集だ」

 

「そんなの見れば分かるぜ。けどよ、俺らは堀北から同じようなモンを貰ってンだけどな」

 

「流石は堀北さんだね。でも須藤くん、これはただの問題集じゃないんだよ。これは──過去問だ」

 

 過去問。特定の試験で過去に出題された問題を意味するものだ。

 つまりこれは、東京都高度育成高等学校に於いて、数年前に嘗ての生徒が受けたテストで他ならない。

 

「実は一昨年の中間テスト、これと同じ問題だったみたいなんだ。だからこれを軸にして勉強すれば、高得点を得ることが出来ると思う。そして、昨日可決された僕の案は無効だね。これなら最高の結果を手に入れられるよ」

 

「うおおおお! マジかよ! ごめんな平田、俺、お前のことを誤解していたぜ!」

 

「俺もだぜ。ごめんな、内心、イケメンハーレム野郎とか思っていて!」

 

 池と山内が感極まったようにテスト用紙を抱き締め、平田の手を摑んで激しく上下に振るう。平田は彼らの都合の良さに苦笑いを浮かべていたが……。

 でも他の生徒も同じようなものだ。突如舞い降りた幸福に興奮を隠せない。

 そんな中、一人の生徒が平田に近付いた。須藤だ。

 

「平田……。その、これまで悪かったな……」

 

 不器用ながらも謝罪を口にして頭を下げる須藤。

 平田は一瞬突然のことにきょとんとしてしていたが、すぐに破顔した。

 

「須藤くん、これを有効活用して一緒にテストを乗り越えよう!」

 

「おう! ……本当に、サンキューな」

 

 一ヶ月前、須藤は一方的ながらも平田に対立した。そしてそれは今日まで続いていた。

 だがたった今、彼らは一応は手を取り合った。

 須藤健という人間が、人間として成長している証でもあるだろう。とはいえ、すぐに激昂したり態度が悪いのは変わっていないが。

 それでも成長は成長だ。もし本格的にDクラスが脱却するために行動を開始したら、彼の力は必ず必要になるだろう。

 そしてもう一人、平田に近付く生徒が。堀北だ。

 

「平田くん」

 

「堀北さん。ごめんね、狡をするような手を提案して」

 

「いいえ。あなたの行動は正しいと思う。だから教えて。その問題用紙、誰から貰ったの?」

 

「部活の先輩からだよ。僕はサッカー部に所属しているからね、先輩に無理を言って──」

 

「違うわね」

 

 平田の言葉を断ち切り、堀北は否定した。

 

「あなたは、少なくとも昨日まで、私と同じように過去問を入手するという案が頭の中に浮かんでいなかった。当然よ。だからこそこの前、あの多数決を取ったのだから。つまり能動的では無く、受動的……()()()()()()()()()()()()()()()()()()。違う?」

 

「……正解だよ堀北さん。確かに僕は過去問なんて単語は微塵も思い付かなかった。そして堀北さんの言う通り、これは偶然の産物だ」

 

「誰があなたにその過去問を渡したの?」

 

「ごめんね、それは言えない。クライアントがそう指示してきたんだ。けど安心して欲しい、その人はDクラスの生徒で、仲間だから」

 

「……分かったわ。改めてありがとう、平田くん。その生徒にもお礼を言っておいて 」

 

「うん、分かったよ」

 

 会話を終わらせた堀北は須藤や櫛田を集めて図書館にと移動を開始した。

 オレは平田と共に彼女たちの背中を見届ける。

 

「綾小路くんはこれからどうする? この過去問があれば自分でも勉強は出来ると思うんだけど……。それでも、皆でやることに意義があるからね、きみの意思を尊重するよ」

 

「是非とも継続的に参加させてくれ」

 

「うん!」

 

 それから二日間。オレたちDクラスの生徒たちは一心不乱に勉強を再開させた。

 過去問の存在はとても有難く、大半の生徒が平田に感謝をしただろう。だが例外はもちろんいて、高円寺は過去問を受け取らなかった。

 とはいえ、彼に関しては誰も心配していなかった。成績だけは良いし、何度も述べるが、結局のところは自分しだいなのだから。

 平田グループの軽井沢や他の生徒は突然の来訪者であるオレの参加に最初は戸惑っていたが、それでも先導者の事前の説明のおかげで追及されたりはしなかった。

 まぁでも、平田グループの中でオレが話せるのはその中心人物だけだったから必然的にオレと平田の会話率は上昇し、女子から邪魔者扱いの目で見られたが……それは全面的にオレが悪いため仕方がないと割り切ることにした。

 そして二日後の金曜日。

 オレたち一年生は最初の試練に臨むことになる。

 

 

 

 

§

 

 

 

「欠席者は無し。全員居るようで何よりだ。もし欠席していたら一教科につき十点……つまり合計五十点最初から差し引いた点数になっていたからな。先生は嬉しく思うぞ」

 

 金曜日。とうとうこの日がやって来た。一学期中間テストの実施日だ。

 茶柱先生が数分前に教室に足を踏み入れ、愉快そうに小さく笑みを浮かべる。

 そして登壇し、オレたち生徒を見下ろした。

 

「お前たち落ちこぼれの『不良品』にとって、最初の試練になるわけだが。どうだ、しっかり勉強してきたか?」

 

「僕たちはこの数週間机に齧りつきながら勉強に向き合ってきました。他のクラスは兎も角として、このクラスから赤点者が出ることはありません」

 

「ほう。やけに自信があるようだな平田。それが虚勢か、はたまた……。しっかり見極めさせて貰うとしよう」

 

 茶柱先生の煽りにも、誰も反応を返すことはしない。

 口で語る必要はないと分かっているからだ。

 そして四十人全員が自信に満ち溢れている。

 彼女はオレたちの反応を面白そうに眺めてから、テスト開始のチャイムに間に合わせるために問題用紙、解答用紙を裏向きにして配り始めた。

 一時限目は社会。暗記教科だ。ここで(つまず)くようでは正直厳しい戦いとなるだろうし、最初の出来が悪かったら後の教科にも影響が出るかもしれない。

 

「もし今回の中間テストと七月に実施される期末テスト。どちらでも退学者を出さなかったら、お前たち全員夏休みにバカンスに連れて行ってやる」

 

「バカンス、ですか? バカンスって、あの伝説の……?」

 

「お前が何を以て伝説と判断しているのかは知らないが、バカンスなんて一つしか無いだろ。そうだなあ……青い海、白い砂浜、そして照りつく()の光。夢のような生活を送らせてやる」

 

 茶柱先生が言った言葉に反応して、オレたちはその夢のような生活を頭の中で想像する。

 青い海、白い砂浜、照りつく陽の光。何よりも──可愛い女の子の水着が見れる合法的な機会。

 

「先生、言質(げんち)は取りましたよ!」

 

「池、まさかお前の口から『言質』なんて単語が聴けるなんてな……」

 

「そりゃ勉強しましたからね! ──お前ら、死ぬ気で赤点を回避するぞ!」

 

「「「おおおおおおおっ!」」」

 

 池の台詞に呼応するクラスメイトの咆哮。特に男子が凄い。そりゃあ凄い。

 反対に女子たちは冷ややかな目だ。無理もないな。

 

「普段からこれくらいの覇気を出してくれると嬉しいんだが……」

 

 茶柱先生が一歩後退る。そしてため息を一つ零した。

 やがて始業のチャイムが校舎中に鳴り響く。

 

「中間テスト──始め」

 

 一斉に問題用紙、解答用紙を表にする。

 まずやるべきことは解答用紙の名前の記入欄に自身の名前を書くこと。もし満点を取っても、名前の記載が無ければ採点されないからだ。

 シャープペンシルが紙の上を走る音を聞きながら、オレは問題に目を通した。過去問と同じ、あるいは類似した問題がどれだけ残っているか。

 その有無の差で、一般生徒は兎も角として、赤点候補組の未来が決まるといっても過言ではない。

 ────良し。

 オレは内心ガッツポーズを作った。怖いくらいに過去問と一致している。

 さり気なくを装って教室内を見渡すが、見たところシャープペンシルを止めている生徒は居なかった。須藤、池、山内、そして沖谷。誰もが真剣極まる表情で問題用紙と睨めっこして、時には笑顔を見せる。

 恐らく解答を忘れてしまったが、自力で思い出すことに成功したのだろう。彼らの努力が実っている証でもあり、また指導した堀北の凄さが伝わるな。

 二時限目は国語、三時限目は理科が続き、現在は四時限目の数学だ。

 数学に関してはほぼほぼ実力となるが、過去問を入手していたオレたちの敵ではなかった。

 昼休みに入る。四十五分の昼休み、生徒たちは昼食を教室で済ませ、復習を油断なくして最後の教科である英語に対応出来るようにしていた。

 堀北の周りにも須藤や池たちが集まり、最後の授業が開かれている。

 

「英語は重要単語が分かればそんなに難しくない。けれど中には複数の意味を持つものもある。例えばこの“will”。一般的には未来形としての助動詞として使うけれど、文脈と、“will”の配置場所からそれがおかしいのが分かるわよね? 沖谷くん、品詞は?」

 

「ええっと、未来形じゃないなら、名詞かな。意味は『意志』だったよね……?」

 

「正解よ。つまりこれは──」

 

 これなら本当に安心だな。

 隣に居るのは堀北たちにとって邪魔だと判断し、オレは平田たちの元に向かう。

 彼は笑顔でオレを輪に入れてくれた。軽井沢や取り巻きの女子連中も異物の混入を受け入れたのか、笑顔……とは言わなくても声を掛けてくれる。

 

「綾小路くんやっほー」

 

「お、おう……」

 

 現役女子高生の相手は正直疲れるな。いや、言い訳をするのなら普通に話すことは良いのだ。

 椎名(しいな)や堀北は一般的な女子高生とは言い難いし、これまで接してきた中でまともなのは櫛田だった。

 とはいえその櫛田とも近からず遠からずの距離感なのが実情だ。

 そして女子高生とは時にして意味が分からない単語を連発するのが多い。なんて言うか、脳が処理出来ないのだ。

 

「それじゃあ僕たちも始めるとしようか。まずだけど、配点が多い所を狙っていって──」

 

 時間ギリギリまで復習をして、オレたちは最後のテストに臨んだ。

 英語は基礎が出来ていないと解けない。殆どの生徒が穏やかな気持ちで取り組む中、赤点候補組は最後まで気が抜けないだろう。

 ただ、オレは確信していた。

 彼らがこの最初の試練を無事に達成することが出来ると。

 

 

 

§

 

 

 

 土日を挟んだ月曜日。朝のSHR。

 チャイムと同時に教室にへと足を踏み入れた茶柱先生は、驚いたように生徒を見回す。それもそのはず、室内には緊張した空気が余すことなく蔓延(まんえん)していたからだ。

 今日は中間テストの結果発表が聞かされると告知されていたため、オレを含めた全一年生は固唾を呑んでいる。

 

「先生。今日結果発表が行われると伺っていますが、それはいつでしょうか?」

 

「おいおい、どうした平田。お前だったらあれくらいのテストは余裕なはずだ。違うか?」

 

「……良いから答えて下さい」

 

「喜べ、今からだ。放課後のSHRでは手続きが間に合わないからなあ」

 

 手続き、という言葉に敏感に反応する一部の生徒。

 言わずもがな、赤点候補組。

 池や山内は神頼みなのか手を合わせ、沖谷は不安そうに身動ぎし、そして一番の退学候補である須藤は──唯一、真正面から茶柱先生を見ていた。

 それは、彼がスポーツをする時に見せるただひたすらに真摯な目。

 生徒の名前と点数の一覧が載せられた大きな白い紙がホワイトボードに貼られ、オレたちは凝視する。

 

「正直なところ、私は感心している。国語、数学、並びに社会では同率一位……つまり、満点が十五人以上居た。……どうしたお前たち。やけに静かだな。嬉しくないのか?」

 

 誰も歓声を上げないのを、茶柱先生は訝しんだ。

 池が盛大な音を立てて席から立ち上がり、必死な表情で彼女に問い詰める。

 

「先生、そんなことより赤点者は!? 赤点者は居るんですか!?」

 

 訪れる沈黙。

 茶柱先生はわざとらしく一度真意の読めない笑みを浮かべてから、ゆっくりと口を動かす。

 

「おめでとう。──今回の中間テスト、赤点者は誰一人として居ない。つまり、全員合格だ」

 

 再度訪れる沈黙。

 そして────。

 

「「「やったあああああ!」」」

 

 一気に爆発した。

 誰もが皆歓声を上げ、生き延びたことを喜んでいる。中には友達と抱き合う者も。

 堀北は笑みを浮かべることはしなかったが、それでも安堵していることは誰の目にも明らかだった。

 

「今回のDクラスの成績は学年トップ……と言いたいところだが、残念なことに二位だ。一位はCクラス。三位はAクラス、四位はBクラスとなった」

 

 だがその安堵も、すぐに疑惑にへと変わってしまう。

 殆どの生徒はクラス成績なんて聞いてはいないだろうが、平田や櫛田、堀北をはじめとした生徒はすぐに異常性に気付いた。

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 今回の中間テスト、オレたちのクラスは過去問という手段を使って臨んだ。当然、テスト勉強も誰一人として怠らなかった。

 だからてっきり学年トップの成績を収められると、誰もが内心は思っていただろう。そうでなくとも、少なくともワースト一位という成績にはならないと考えていたはずだ。

 もし仮に負けるとしたら、Aクラス。そう思考するのが普通であり、だからこそ、Cクラスが首位になったことが異常だと勘付く。

 

「……どういうこと? どうしてCクラスが……」

 

「Cクラスも過去問を手に入れたんだろうな。そうとしか考えられない。恐らく、オレたちより早い段階で手に入れていたんだろう」

 

「……だとしたら、侮れないわね」

 

「それでは各々、今日も真面目に授業を受けるように。朝のSHRはこれで終わりだ。それと綾小路、この前の続きの個別相談を行うので、今から私と共に来い」

 

 喧騒に包まれる教室から出るその間際、茶柱先生はそう言ってオレを名指しした。

 堀北が意外だと言うように怪訝な目を送ってくる。

 

「あなた、個別相談なんてやっていたのね。ぼっちであることを相談していたのかしら」

 

「……まぁな。けどそれは一ヶ月も前の話なんだけどな。どうして今更蒸し返すのか……」

 

「茶柱先生も一応は教師、ということでしょうね」

 

「違いない」

 

 短く答え、オレは茶柱先生が待っている廊下に足を動かす。

 道中、須藤や池たちとすれ違う。全員がオレの肩を叩き、勝利の余韻(よいん)を共有しようとしてくる。オレはそれに返しながら先生の元に向かった。

 

「黙って付いてこい」

 

 そう言い残し、茶柱先生は足早に廊下を渡る。オレは彼女の要望通りにした。

 彼女が案内したのは屋上だった。昼は食事中に解放されているが、朝や放課後は施錠されている。

 とはいえそれは、生徒だったらだ。同伴者は教師。彼女は施錠用の鍵を用いて屋上に通じる扉を解錠し、オレを屋上にと促した。

 背後で扉が閉まる音が響き、また施錠される音が響く。

 どうやら会話を聞かれたくないらしい。

 

「嘘まで言ってオレを呼び出したのには、何か理由があるんですか?」

 

 こちらから話を切り出す。

 

「今回の中間テスト、Dクラスは好成績を残した。職員の間でもお前たちを称賛する声は少なくない。このまま順当に行けば、来月にはポイントが入るだろう」

 

「そうですか。それは何よりです。餓死したくないですし。それより先生、早く本題に入って下さい。すぐに一時限目が始まりますから」

 

「安心しろ。教師の私が生徒を呼び出しているんだ、このことでポイントは引かれない」

 

 逃がすつもりは毛頭ないらしい。

 校舎の中から始業のチャイムが鳴るのを、オレの耳が拾った。

 茶柱先生はスーツのポケットから煙草を一本取り出し、ライターで火を点ける。

 生徒の前で何をやっているんだと思うが、指摘したところで何も変わらないだろう。

 彼女は冷徹な瞳をオレに向け、そして言う。

 

 

「それでは本題に入ろう。Dクラスが過去問を手に入れたこと、そしてCクラスが学年トップになったのは全て、綾小路──お前の仕業だな」

 

 

 


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