個人が失意に呑まれていたとしても集団はそんなこと関係なしに行動する。それが社会ってものだ。
 全国各地に
 高校生活最初の日は授業は無いのか、
ちなみに、SHRでは敷地内の簡単な説明と、明日からの日程についての確認だけ。
たった半日程で学校は完了したのだ。
七、八割方の生徒は一種の流れのように学校側が用意した寮にへと向かう。自分がこれから三年間過ごすことになる部屋を確認したいという意味合いも当然あるだろうが、それ以前に他にやりたいことが見つからないのだろう。
娯楽施設がそこら中にあるとはいえ、貰った十万ポイントを消費するのに抵抗を感じているようだ。
 けれど少数派……一、二割方の生徒は仲良くなった友人とショッピングに勤しむのか、賑やかに笑いながらあれこれと雑談を交わせながらショッピングモールに向かうようだ。会話を盗み聞きすると、中には男女でカラオケに行く
さて、これからどうしたものか。
気付けば教室内に残っているのはオレだけになっていて、とても虚しい。
 隣人の
願わくばお誘いの言葉が来るかもしれないと思っていたのだが、やはりあの最悪の自己紹介のおかげで根暗い奴だと判断されてしまったらしい。
以前から興味があったコンビニ……コンビニエンスストアにでも行ってみようか。
でもなあ……。
「
廊下から控え目な声がオレの耳に届いた。
 その正体はバスで偶然知り合った
 最初は
「……椎名か」
「朝以来ですね、こんにちは。突然で申し訳ないですが、一緒に図書館に行きませんか?」
椎名の誘いの言葉にニヤついてしまうのを懸命に堪えながら、茶柱先生から受けた説明を思い出した。
ここ東京都高度育成高等学校は何度も述べるが国主導で作られた高校だ。
 国の威信を見せるべく、あらゆる施設は
当然それは敷地内にある図書館も同様らしく、何十万冊もの蔵書が保管されているらしい。中には世界で一冊しか存在しない幻の本があるとか無いとか。
「分かった。一緒に行こう」
「はいっ」
オレの頷きに、椎名は嬉しそうに少しだけ顔を綻ばせた。
スクールバッグを肩に担ぎ、オレたちは学校が誇る図書館にへと移動を開始する。
「ところで椎名」
「何でしょうか? おすすめの本を紹介して欲しいですか?」
「いや、それは興味はあるがまた今度にしてくれ。──何でオレを誘ってくれたんだ? クラスメイトは誘わなかったのか?」
「……Cクラスはちょっと、私には合わないクラスだと思いまして」
それ以上は語る気は無いのか、椎名は口を閉ざした。
彼女の言葉を分析してみよう。そうは言っても、得ている情報は限りなく少ないが。
この半日で──一緒に過ごした時間はもっと少ないが──彼女の性格はある程度は察しはつく。
オレと同じく、彼女は争いを好まないはずだ。それは纏っている雰囲気から分かる。
本に関してだけは例外だが、彼女は大人しめの性格のはず。
それらを考慮するに……。
「Cクラスは不良の集まりだったのか?」
「そのような解釈で問題ありません。Dクラスでも、自己紹介は行われましたか?」
「ああ」
「私のクラスでも開かれたんですけど……個性的な生徒がとても多くて。趣味が合いそうな人もいませんでした」
「だからオレのクラスに来たのか」
「はい。正直、綾小路くんが教室に残っているとは思っていませんでしたが……。迷惑、でしたか?」
「いや全然。むしろ本当に助かる。自己紹介でちょっと……いやかなり失敗しちゃってな。早速ぼっちになりそうなんだ」
椎名とは末永く付き合いが出来そうだ。
同じぼっち街道を歩く同士であるが故に。
新入生が入学したその日に図書館を訪ねるなんて、かなり珍しいことだと思う。
隣を歩く彼女とあるミステリー小説についての見解を話し合いながら移動し、数分後にようやくオレたちは図書館の出入口前に到着したのだが……。
「……休館、ですか」
まさかの休館だった。
近くに立てられている掲示板を見ると、そこには一枚の紙が貼られていた。
 今日は休館扱いの
「……本当に残念です」
無念そうに顔を暗く彩らせる椎名。何とかしたいとは思うが、学校側運営なのだから流石に無理だ。
「どうする?」
「……寮に帰ります。綾小路くんはどうしますか?」
このどうする? は、オレも寮に帰るかの『どうする』だろう。
特にやりたいことも思い浮かばないし、椎名に付いていくのが無難──いや待て。
「悪い。ちょっとコンビニに行ってみたいんだ」
「コンビニ、ですか?」
「どんな商品が売られているのか気になってな」
椎名は最初は訝しげな顔だったが、オレの返答に納得したのか小さく首を縦に振る。
「私も同行しても良いですか? 思えば、寮に日用品がどれだけ備わっているのか知りませんし、もう一度外出するのは控えたいです」
「もちろん。それじゃあ行こう」
学校から配布された携帯端末をブレザーから取り出し、近くのコンビニを検索。
この携帯は生徒に無償で配布されており、インターネットにも繋がっているが、この学校の制限として外部との連絡は如何なる手段によってかは知らないが不可能。
連絡を取り合えるのは生徒間だけであり、予め電話番号を登録する必要がある。
「綾小路くん。連絡先を交換しませんか?」
「それは構わないが……良いのか?」
「はい。綾小路くんとは仲良く出来そうなので」
それは同感だ。
椎名ひよりの名前が電話帳に載せられ、俺は内心ガッツポーズを取る。これで三年間、空白の電話帳を所持するという最悪の展開は防げた。
コンビニの中に辿り着くと、そこでは何やら揉めているようで……怒鳴り声が響いていた。
カップラーメンの麺と汁が散乱してしまっている。あれは後片付けが大変そうだな。
三人の男子生徒が一人の男子生徒に絡んでいるようだ。
というか、その一人の男子生徒はクラスのヒーロー、平田に対峙した不良少年だった。
「二年の俺たちに随分な口のききようだなぁオイ。今年は生意気な一年が入ったもんだ」
「あ? いい度胸じゃねぇか!」
どうやら二年生が一年生を煽っている、という構図のようだ。さて困った。
オレとしては無視でも構わないのだが──というか、スルーしたい──、流石に不良少年が可哀想だと思わなくもない。
それに彼はクラスメイトだ。助けて然るべき場面なのか……?
「おー怖い怖い。お前クラスはなんだ? あー悪い。……当ててやるよ──Dクラスだよな?」
「だったら何だよくそが!」
「聞いたかお前ら? Dクラスだってよ!」
 ゲラゲラと
店員や他の利用客は困ったような表情を浮かべているが特に何もしない。
流石に暴力沙汰になれば店員も対応せざるを得ないだろうが、今のところは無視を決め込むようだ。
「あの絡まれている赤髪さんは綾小路くんの知り合いですか?」
「まぁそうだな。知り合いというか、クラスメイトだが……」
「助けに行かないんですか?」
「行かないな。オレが行ったところで彼の助けにはならないだろうし。それに二年生も、ここで殴ったりはしないだろう」
「そうですね」
「ガッカリしたか?」
「いえ。私が綾小路くんだとしても助けには行かないでしょう。あの上級生の方たちも悪いですが、あの赤髪さんも些か態度が悪いですから。それよりも気になるところが……」
 椎名はそう言いながら、遠慮がちにオレを見つめる。正確には、
ああいった絡みが行われることはオレも入学前に想像していた。もしそうなったら嫌だな、という意味で。
しかしあの二年生たちは獲物を限定して狙っているように窺える。不良少年がDクラスだと分かった瞬間浮かんだ蔑みの笑みが何よりの証拠だ。
「可哀想な『不良品』のお前らには、特別に今日はここを譲ってやるよ。感謝するんだな」
「逃げんのかオラ!」
「弱い犬程よく吠える。せいぜい最初で最後の楽をするがいいさ。地獄を見るのはお前らだからな!」
『不良品』? 地獄を見る?
気になるな。
それは椎名も同じようで首を傾げているが、やがて嘆息してから。
「それでは買い物をしましょう」
「先に物色してくれ。オレはあれを片付けるから。……すみません、雑巾ってありますか?」
店員から雑巾を借りたオレは椎名にそう告げてから、床にしゃがみ込んで掃除を開始した。
カップラーメン特有の濃い匂いが鼻を刺激する。幸い雑巾は布がかなり厚いから液体でびしょびしょになることは無かったが、それでも布越しに感じる不快感。
重たいため息を吐きながら床を拭いていると、隣で人の気配が。
「私も手伝いますよ」
「良いのか?」
「はい」
短いやり取りを交わす。
他クラスの椎名に尻拭いをさせてしまうとはなんとも情けない話だ。
店員に雑巾を返してから、ようやくオレたちはショッピングを開始した。
俗世間から離れていたオレからすれば、視界に映るもの全てがとても珍しい。
顔を近付けて商品を一つ一つ吟味していると、椎名が声を掛けてきた。
「さっきはどうしてあのようなことを?」
「この店には監視カメラが二個ある。後で問題になったら色々と困るだろうからな」
カップ焼きそばの観察に意識を割きながら、オレは言葉少な目に答える。
「良く分かりました。監視カメラには私たちの姿も映っているでしょうし、どうして何もしなかったのかと後日聞かれたら困りますもんね」
「特にオレの場合は一応クラスメイトだからな。面倒事にはなるべく巻き込まれたくない」
「同感ですね」
会話が途絶える。
まぁここからは各々の自由行動で構わないだろう。
それにしても……凄い種類の量があるんだな、インスタント食品は。店内の一角を堂々と占領するその様はとても圧がある。まるで王様のよう……。
カップラーメンか、カップ焼きそばか。あるいはカップそばか……。
まずは王道のカップラーメンが無難か? むむむ……これが究極の選択ってヤツか。違うな。
「決まりましたか?」
「もうちょっと待ってくれると助かる。……なあ、女の子にこんなことを聞くのはどうだと自分でも思うんだが」
「何でしょうか?」
「どのインスタント食品が良いと思う?」
オレの質問に、女の子は無表情な表情のままだ。どうにも椎名は感情をあまり表さない。そんなことを言ったら、オレだってそうなのだが。
 
女の子に何でそんな質問をするの! といった具合に怒っているのか、あるいは呆れ返っているのか。
びくびく怯えているオレを他所に、彼女は棚から一つの商品を取り出し見せてくる。
「これはどうでしょうか? 私も時々ですが食べますから、味は保証しますよ」
おぉ……! どうやら真剣に考えてくれていたようだ。
椎名の器の大きさに感動しつつも例のブツを受け取る。これで買う物は決まったが、まだ一個目だ。
彼女が持っているカゴの中を確認すると、シャンプーや洗顔料、櫛や手鏡といった物で一杯だった。やっぱり女の子だから身嗜みは整えたいのだろう。
それにしても困る。
オレ独自の調べの結果では、女性は買い物の時間が長いと出ていたんだが。
しかしこれではとてもみっともない。
男の俺が女を待たせるなど、世間一般では笑われる対象では……?
「先に外で待っていますね」
「…………悪いな」
「いえいえ。綾小路くんはどうやらコンビニに慣れていないようですし。それでは」
コンビニに慣れていない事実を馬鹿にしている、というわけではなく、椎名は思ったことをそのまま口に出したようだった。
オレが言うのもなんだがかなり変わっているな。
彼女の言葉に甘えることにして、数分後、ようやく買う物を選んだオレはレジに並んだ。
 てっきり店員からが話し掛けてきて、短い数秒の間に世間話でもするのだと思い
というのも金の支払いは機械に学生証カードを翳すだけで良かったからだ。1ポイント=1円の価値を持つポイント制のおかげで、お釣りが出ることも無く円滑に支払いは終了した。
ちょっと期待していただけに残念だ……。
店外では待ち人がオレを辛抱強く待ってくれていた。
「遅れて悪い」
「大丈夫ですよ。それじゃあ帰りましょうか」
帰途に着く中、オレは貰ったレシートを何となく眺める。レシートには各商品の値段(ポイント)と、残高ポイントが記されていた。
「椎名」「綾小路くん」
声が被る。
世の中にはレディーファーストという言葉があるらしいので、オレはそれに倣うことにした。
それに多分、話題は同じだろう。
椎名は一言謝罪してから口を開く。
「無料商品があることに気付きましたか?」
「ああ。日用商品限定だったが、『一ヶ月につき三個まで』といった商品がいくつかあったな」
「そうです。……おかしいと思いませんか? どうしてそのような物が売られているのか」
「普通に考えるのなら、ポイントを全て消費した無計画な生徒の救済措置なんだろうけど……」
それにしてもおかしい点が多々ある。
まず、一年生は一クラス四十人。そして四クラスあるため百六十人。二年生三年生も同じはずだ。
つまり東京都高度育成高等学校の全校生徒は、単純に考えるのならば、四百八十人。
仮に毎月一日に十万円が振り込まれるのだとしたら、月四千八百万円。年間五億六千万円。
そんな大金を、国が運営しているとはいえ払ってくれるのか?
茶柱先生は毎月一日に振り込まれるとは言ったが、特に条件らしい条件は言っていなかった。これは間違いない。そして他クラスでも同様のはずだ。
「……節約した方がいいかもしれないな」
「そうですね。万が一のことがいつ起こるか分かりませんから。でも残念です、本を沢山購入する予定だったのですが……」
「数冊だったら問題ないんじゃないか? そうだな……半分残せばまず大丈夫だと思う」
少なくとも最初の一ヶ月は様子見が無難なところか。
午後の二時を少しばかり過ぎた頃、オレと椎名は寮にへと到着した。
一階フロントで管理人から寮に関するマニュアルとルームキーを貰い受け、エレベーターに乗り込む。
「……男女共用なんですね」
狭い室内故に、オレは椎名が漏らした呟き声を拾うことが出来た。
管理人曰くこの学校の寮は男女共用に作られているとのこと。現代社会ではかなり異質なのではなかろうか?
オレと椎名が並び立っているのを管理人は勘違いしたのか、高校生らしく節度を保つようとに言ってきたが、そんなことを言うのなら男女別に分けるべきだと思う。
いやそれ以前に、オレと彼女はそのような浮ついた関係では無いのだが。
男子が下層なのに対して、女子は上層に部屋が設けられているらしい。セキュリティの面を考えれば妥当か……。
オレが割り当てられた部屋は401。つまり四階だ。
ピポン! エレベーターが軽快な音を立てて止まる。
「それじゃあオレはここで」
「はい。また今度、一緒に図書館に行きましょう。それではごきげんよう」
小さく手を振る椎名に軽く手を挙げて、オレは自分の部屋にへと入った。
まずは渡されたマニュアルを確認。
 てっきり電気代やガス代は所持ポイントから差し引きされるのだと
部屋は僅か八畳だが、別段買いたいものも特には思い浮かばないから部屋の狭さで困ることはないだろう。
ベッドの上に寝転がり、窓から覗き見える青空に目を向ける。
今日からこの寮で暮らし、楽しい高校生活を送れる。
外部との接触は不可能だが、そんなものに興味は無い。むしろ好都合……というか、そのためにオレはこの高校を受験したのだから。
 初日のクラス内での自己紹介は失敗してしまったが、それは後からでも
嗚呼──自由は素晴らしい。
もう誰の目も、誰の言葉もオレには届かない。
やり直せる……いや、ようやく始まるのだ──人生が。
茶柱先生の言葉を借りるわけでは無いが、良い学生ライフを過ごしたいものだ。
当面の目標は、クラス内で友達を作ることだな。隣人の堀北とはある程度の関係を築きたい。
明日からの生活が楽しみで、オレは珍しく心の底から笑みを浮かべていた。