今回の侵攻は軍事力以外のさまざまな手段を講じるハイブリッド戦争の性格が薄い。プーチン大統領は焦っているのか(写真:代表撮影/Russian Look/アフロ)
今回の侵攻は軍事力以外のさまざまな手段を講じるハイブリッド戦争の性格が薄い。プーチン大統領は焦っているのか(写真:代表撮影/Russian Look/アフロ)

プーチン大統領がウクライナ侵攻に踏み切って7日目となる。ウクライナは最前線の都市ハリコフすら陥落させることなく健闘している。それに対してプーチン大統領の動きがおかしい。同大統領らしい周到さはなく、進め方が雑だ。ロシアの軍事戦略に詳しい小泉悠・東京大学先端科学技術研究センター専任講師に聞いた。

(聞き手:森 永輔)

ロシアが2月24日にウクライナ進行を始めてから7日目を迎えました。ウラジーミル・プーチン大統領のこれまでの行動をどう評価しますか。

小泉 悠・東京大学専任講師(以下、小泉):進め方が非常に雑だな、と感じています。

 プーチン大統領は2月24日、今回の「特別軍事活動」を承認しました。このとき「ウクライナの非軍事化と非ナチ化を目指す」と発言しています。プーチン大統領はウクライナのゼレンスキー政権を「ネオナチ」とみなしているわけです。これはあり得ない話です。ゼレンスキー大統領は、ナチスに迫害されたユダヤ系ですから。プロパガンダであるにしても、もう少しばれないプロパガンダはできないものでしょうか。

小泉悠(こいずみ・ゆう)
小泉悠(こいずみ・ゆう)
東京大学先端科学技術研究センター専任講師。専門はロシアの軍事・安全保障政策。1982年生まれ。早稲田大学大学院政治学研究科を修了。外務省国際情報統括官組織の専門分析員などを経て現職。近著に『「帝国」ロシアの地政学 「勢力圏」で読むユーラシア戦略』『現代ロシアの軍事戦略』など。(写真:加藤康、以下同)

 さらにプーチン大統領は「ウクライナのゼレンスキー政権は核兵器を製造する意図と能力がある」とも主張しました。どう見てもウソと分かる話を突然言い出したのです。

 振り返ると、昨年7月の時点で既におかしな行動がありました。「ウクライナの真の主権はロシアとのパートナーシップがあってこそ保持できる」との論文をロシア大統領府のサイトに掲載したのです。これは、ウクライナはロシアの属国であると言うに等しい表現です。

 同11月には、ロシアのセルゲイ・ラブロフ外相がドイツとフランスの外相に宛てた書簡を勝手に公開してしまいました。「ミンスク2合意をウクライナに履行させるための会合を開こう」という内容のものです。これは外交のプロトコルに反する異例の行為。秘密交渉の余地がなくなってしまいますから。ロシアには機微な交渉をする気がないのでは、とすら思わされました。

 いずれもKGB出身のプーチン大統領とは思えない雑さです。

* ソ連時代の秘密警察、国家保安委員会。治安維持活動や対外諜報(ちょうほう)活動を担当した

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