幼馴染に婚約破棄を言い渡されましたが婚約をした覚えがありません。どなたかとお間違えではないですか? 〜学園一の間抜け(笑)、いえ美男子と噂の侯爵家嫡男のアーサー様は何故か私にかしずいている〜
「シャーロット・サフォーク!」
ベンチで読書をしていると、突然誰かが大声をあげるので顔を上げてみれば侯爵家嫡男のアーサー様(笑)ではありませんか?
一体何を言っているのでしょうか?
彼は同じ学園のアーサー様、ユングリング家特有の美しい青い瞳とサラサラのプラチナブロンド、端正な顔の造形は美男子と評して差し支えないだろう。だが、そのそそっかしさや勘違いの多くが彼の造形美の全て台無しにしている。
黙っていれば誰もが見惚れる美丈夫でしょうに。そんな彼が唐突に放った言葉は……。
「お前とは婚約破棄させてもらう! お前は、私の愛するソフィアに身分を笠に着て数々の嫌がらせを行った! 非道なる所業の数々目に余る! お前はユングリング家嫡男である私の婚約者にふさわしくない!」
「どなたかとお間違いではないですか? アーサー様?」
人気の少ない学園の中庭とはいえ、まばらに人がいたので俄然注目を浴びてしまう。
だが、私の放った一言で途端に周りが静粛に包まれるのだった。
☆☆☆
「す、すまない、シャーロットではないのか?」
「良く見て頂ければわかるとは思いますが、シャーロット様ではなく、アーサー様の幼馴染で男爵家の娘、アリスです。一学年下で最近入学したばかりなのですが……」
あわてんぼうで、他力本願のアーサー様(笑)はよりにもよって間違えた相手である私に確認を取って来た。
良く見ろよ(笑)。見ればわかるだろう? 婚約者と幼馴染を間違えるとかありえないだろう。
どちらも良く知っている人間を一体どうやったら、見てわからないことがありえるのか……。
いや、そこがアーサー様(笑)か?
「すまない。君と婚約者を間違えた。大変申し訳ない。君の家には何か詫びの品を贈ろう」
「……はあ」
思わずため息が出る。まあ、ほんの一瞬のことだが、事態はだいたい飲み込めた。
彼は婚約者に婚約破棄を言い渡そうとして、婚約者と私を見間違えたのだ。
確かにこの中庭にはよくシャーロット様もいらっしゃる。それに彼女も私もストロベリーブロンドで背格好も良く似ている。
しかし、仮にも婚約者と私を間違えるか? どうもいつものあわてんぼうで、息せき切って走って来て、ろくに確認もせずに婚約破棄などという重大事を間違えた相手に言い渡したのだろう。侯爵家の嫡男ともあろう者が……? 言い渡された私はいい迷惑である。
しかも、全くの他人でもないので、この重大事を見逃す訳にもいかない。
「申し訳なかった……この埋め合わせは必ず、今は急ぐのでこれで!」
「ちょ、ちょっとお待ちくださいアーサー様! とんでもないことしようとしていません?」
「とんでもないこと?」
やはりこの顔だけの間抜けはとんでもない勘違いをしている。
子供の頃に少し遊んだことがあるだけの仲とはいえ、彼とは遠縁の親戚筋でもあり、我が男爵家の本家筋の嫡男でもある。アストレイ男爵家の娘としては見過ごす訳にはいかない。
本音は関わりになりたくないのだが、アストレイ男爵家にとっても一大事な案件なのだ。
我が男爵家の後ろ盾はアーサー様のユングリング家なのだ。後ろ盾の権威の失墜は我が男爵家にも影響する。
アーサー様が落ち着いて来たので、先ずは婚約破棄をするに至った理由を聞くことにした。
「それで、何故シャーロット様に婚約破棄など?」
「……嫌がらせが、あったんだ」
「誰が誰に対してですか?」
「いやいやいや、シャーロットが! 嫉妬に狂ってな。ああ、いや、順を追って話さないと君に理解ができないか。私が悪かった。すまない」
「いえ。だいたいの察しはついているのですが、ご自身で順に追ってお話しになれば、事態の理解も出来ると思いますよ?」
「ああ、そうだな。確かに、私は少々気が急いていたようだ」
気が急いていただけで大貴族のご令嬢に婚約破棄などという暴挙に出られたらたまったものじゃない。
アーサー様は少しずつ話し始めた。正直、噂は耳に入っていたので、察しはついていたが、ここはアーサー様に論理的に事態を理解して頂く必要がある。故に自身から語ってもらうことにした。
で、まあ、アーサー様の話したことを要約すると。
好きでもない相手と政略結婚で婚約者が家の都合で決められる。当然、好きでもない相手に最小限のお付き合いではあるが、それ程不満もなく学業に友人との友好関係にと充実した日々を送っていたそうだ。
そんなことは大して意味はないにもかかわらず、既に午後の授業が始まってしまった。真面目に聞かなければならない身と言えど、もう少し要領よく説明して欲しい。
それで、ここは長丁場になると何かを諦めた。
アーサー様はそんなある日、困っていた平民の少女を助けたと言う。これがシャーロット様に嫌がらせをされているというソフィアさんだ。平民で特別入学生なので、私も名前を知っている。いや、かなり有名なので知らない人はいないだろう。平民でこの学園に入学できるなど異例のことなのだ。
アーサー様は、このソフィアさんの貴族の令嬢方に対する毅然とした態度に感銘を受け、彼女の物怖じなく、貴族の令嬢にはない自由で快活な姿に興味を持ったそうだ。
……その後、アーサー様のソフィア様への印象は……可憐だの、何にも染まっていない天使だの――。延々とどうでもいいことに優に1時間。私は途中、また何かを諦めた。
それからも運命だったんだと熱く語り、ソフィアさんと話す機会が多くなると、どんどん彼女に惹かれていったそうだ。そのうち、婚約者がいるにも関わらず、デートの約束を取り付けて距離をどんどん縮めようとしたそうだ……婚約者がいるにも関わらず……にだ。
彼にとってそれは人生がまるでバラ色に染まったかのように思えていたそうだ。
頭にお花畑が咲いていただけだろうということは察しがついた。ようは、初恋だったのだ。
……ここまでで、さらに2時間が経過した。流石にこの他人の色ボケの話で5限目の授業をふいにすることに抵抗を感じるが、ツッコミどころ満載でこれを正さない訳にはいかない。
ちなみに、さっきまで私のアーサー様の認識はおっちょこちょいのあわてんぼというものだったが、今は残念過ぎる世間知らずという認識だ。この件が片付いたら、二度と関わりになりたくない。その美形な顔立ちへの印象も残念過ぎる頭脳に木っ端みじんに粉砕されている。
彼女を慕う男子は多く、彼女とのデートの約束をとりつけようと必死になっていたそうだ。だが、そんな中、青天の霹靂とも言えることが起きる。それが、ソフィアさんに対する虐めだった。
アーサー様をはじめ、他のソフィアさんに想いを寄せる貴族令息共は密かに行われているこの陰湿な虐めに対して、誰が犯人なのかと奔走した。
その捜査がどれほど困難で大変なものだったかを熱く語るアーサー様(笑)。
いや、ソフィアさんに想いを寄せる貴族令息の婚約者全員だろう?
何故そんな簡単なことがわからない?
婚約者がある身の貴族令息とのデートの約束を受ける? いや、それ自体が不敬罪になりかねない。アーサー様の婚約者シャーロット様も他の貴族令嬢の婚約者達も平和裏に問題を解決したかったのだろう。
にも関わらずアーサー様は捜査の過程でのことを熱く語る。同時に他の貴族令息との結束も硬く、友情も芽生えたとか……。
結婚できるの一人だけだぞ? こいつら頭大丈夫か?
そんな形で私の大切な5限目の授業は儚くも終了のチャイムがなったのである。
「俺は気が付いたんだ!」
「何をですか? アーサー様?」
「犯人はシャーロットだ!」
いや、もっと大勢いる。そのうちの一人にすぎない。この間抜けも他の貴族令息も自分が不貞に等しい行為を働いているという自覚はあるのだろうか?
婚約者への失礼……を通り越して倫理に反する行為、もちろん相手のソフィア嬢も同罪だ。
シャーロット様が主犯だという点はおそらくそうだろう。シャーロット様は侯爵サフォーク家の令嬢、上下関係が厳しい、いや、上下関係しかない貴族社会で国王の信任の厚いサフォーク家の令嬢が最高位にあることから簡単に推理することができる。
詳しいことを知らない私達1年の学友たちも普通に考えてそうだろうと思っていた。
もちろん、捜査も推理もしてはいない……単なる常識の範疇だろう。
「シャーロットが配下の貴族令嬢に命じてソフィアの教科書を焼却機で焼かせたという確かな情報を得たんだ!」
「それでどうされたのですか?」
「もちろん、配下の令嬢をみなで問い詰めて自白させた。そして命じたのがあのにっくきシャーロットだったのだ!」
問い詰められた配下の令嬢が可哀そうだ。今頃シャーロット様に真摯にお詫びをしていることだろう。だが、シャーロット様は理知的で聡明な方と聞き及ぶ。アーサー様をはじめ、この国の有力な貴族令息達に問い詰められれば身分から言って話さざるを得ないことは重々理解されていると思う。
そもそも虐められる方に落ち度がある。貴族間の婚約は家と家の契約だ。結婚に等しい関係なのだ。その貴族令息とホイホイとデートをするなど、貴族令嬢ならありえない。
全てはソフィアが平民で、貴族社会に疎いことが原因だろう。
私はここで聞いてみることにした。聞くことでアーサー様の話が更に長くなることは想定済だが、確認しておきたかった。
「で? アーサー様はソフィアさんとデートしたことがあるのですか?」
「……そ、それは……ない」
ないんかい! どんなけヘタレだ! その顔で何故女の一人位落とせん?
本気ではなく、遊びで平民の女へ手を出すけしからない貴族令息もいるが、アーサー様はアーサー様で、デートすら一度もしておらず、ここまで一途にソフィアさんのことを想うとか……ヘタレが過ぎる!
「では、デートはしたことはないのですね?」
「ああ、何故かそこそこの名がある貴族とはソフィアはデートしてくれないんだ」
いや、ソフィアさんもさすがに身分の高い貴族令息とデートすることが危険なことに気が付いてるのだろう。もしかしたら、婚約者がいる貴族とはデートしていないのかもしれない。
ならば、悪いのはこの頭のねじが緩いアーサー様達貴族令息達だけだ。
まあ、婚約者がいなくてもあちこちの男とデートするとか相当尻軽なんだとは思うが……。
「私がもっと早く気が付いていれば」
「はは、そうですか。ええっとそれでですね、順番に質問をしていっていいでしょうか?」
「ああ。ソフィアのことで、こんなに親身に私の話を聞いてくれた女性などいなかった。君だけは私達の味方だ。みな何故か途中でそそくさと逃げてしまって最後まで話を聞いてくれたものなどいなかったのだ。それに引き換え、君は親身に私の話を聞いてくれた。で、何だったのかな?」
みな逃げたのは話が長いからだろう。というか、アーサー様はこんなんで大丈夫なのか?
もう少し、自分の話を整理できた方がいいと思う。ましてやそもそもの相手の質問を忘れてしまうなど、大人の貴族社会に出てから大丈夫なのだろうか?
「私が順番に質問をさせて頂きたかったのですが?」
「ああ、もちろん構わん。それに君ならシャーロットめを問い詰めるいい方法を教えてくれそうだ」
「では、遠慮無く申し上げます……婚約者のいる身でデートの約束を取り付けるなど、どうシャーロット様に弁解なさるおつもりですか? 不貞ですよね?」
「えっ?」
本当に、アーサー様(笑)は大丈夫か?
今まで直球で指摘されたことがないのだろうが、たった一言で狼狽し始めた。
「それでは、シャーロット様に誠心誠意心からのお詫びをなさってください」
「……い、いや、だが!」
「だが?」
まだわからないのか? アーサー様は? そこまでに重症? というか頭のねじが緩いのか?
「だが、シャーロットはソフィアを虐めたではないか!」
「そうでしたね。それについても質問をさせて頂きます。少々侮っておりました。申し訳ありません」
「いや、そんなことは気にしなくてもいい」
かなり無礼で失礼なことを言ったつもりだが、流石アーサー様だ。気が付かれなかった様だ。
「では、次の質問です」
「……うむ」
まあ、既に5限どころか6限が過ぎようとしている。
私の4限から6限が無駄にされたのだ。最後まで私のツッコミを聞いて頂いてから、シャーロット様に弁解していただこう。
「虐めの実行犯は誰だったのですか?」
「ああ、あの女はラッセル家のオリビアだ」
「男爵家の?」
「ああ。間違いない」
「それは妙ですね、ラッセル家はシャーロット様のサフォーク家とは仇敵ですよ?」
「はっ? そんなバカな! いや、確かに」
やっぱりね。そんな簡単に自分の派閥の主の名を出す筈がない。
どちらにせよシャーロット様が拘わっているから間違いでもないが……というか貴族令嬢全員敵に回していると見て間違いない。
「不自然ですよね。では、次の質問に行きます」
少しずつ私の態度はアーサー様に対して意地悪なものになる。
「ソフィアさんを好きな貴族令息方は多いのですか?」
「ああ。伯爵家のレオンも、子爵家のエリオットも、公爵家のガブリエルも、それだけでなく王子殿下の……」
「それ以上は話さない方が……よろしいかと……」
「……あ、ああ」
「では、ソフィアさんは誰をお慕いしているのですか?」
「そ、それは、私に決まっ……」
「一度もデートしたことないのに?」
「君はいじわるすぎないか?」
「失礼いたしました。婚約破棄を決断するくらいなのですから、当然、アーサー様のことを一番に慕っておられるのですよね?」
「……いや、その、まだ告白はしてないだけで」
「伯爵家、侯爵家、果てには王族の方まで恋敵なのに?」
「この想いのたけを真摯に伝えればソフィアは……」
「他の皆様も同じなのでは?」
「……」
ようやく黙ってくれた。4限から6限のお返しだ。
「では次の質問です」
「……あ、ああ」
力なく首を垂れるアーサー様。いっそ私は顔がいいから想いは叶うとでも言えばいいものを。
凄く感じの悪い殿方と思われることになりますが……。
「では、ソフィアさんがシャーロット様に虐められたという証拠は?」
「えっ? だから、男爵家のオリビアが白状した!」
「誰が信じます? 少し考えただけでおかしいですよね。そもそも、そんな証言では証拠能力が不十分です。後は仮に教科書の件がシャーロット様が行ったこととしましょう。他の件の証拠は?」
「し、しかしあの女は散々みなの目の前でソフィアに罵声を!」
「婚約者を誑かす相手を牽制するなと?」
「いや、あの女は君とそっくりな意地悪な顔でソフィアに嫌味の限りを!」
「婚約者がいる男に愛想を振りまく女に、嫌みの一つも言うなと?」
「……」
本当に失礼ですね。シャーロット様に対して……それに何故私まで巻き添え?
確かに似てますが……。
ああ、もうアーサー様(笑)にユングリング侯爵家を任せるなんて無謀のレベルでは?
まあ、それより一番大事なところです。
「では、それでは一番大事な質問をしますが、よろしいでしょうか?」
無言になったアーサー様に止めを刺しに行くつもりの私。
だが、私の4限から6限を奪ったのだから相応に良くわかっていただかないと。
「アーサー様はこれからさしたる証拠もなく、婚約破棄をシャーロット様に言い渡しにお行きになる? シャーロット様は侯爵家とはいえ古くから王家に仕える名家、実際にはアーサー様より高貴なお身分です。こんなおかしな婚約破棄に納得しますか?」
「……」
「な・っ・と・く・し・ま・す・か・?」
「……しないよな」
全く、名家の令嬢相手に自分勝手な婚約破棄など。
ソフィアさんのことを随分熱く語ってくれたが、それが浮気だと何故に気が付かないのか?
もし、婚約破棄など実行されたら名家同士の遺恨となり、王家の手を煩わせるような大事件に発展したかもしれません。
「わ、私は……浮気をしていたのだな」
質問と私がはっきりと指摘してあげたらアーサー様はようやく客観的に自分のしていることがわかったようだ。
「ようやくお気づきに?」
「そんな意地悪な顔で見ないでくれ……。いや、それより君には心から感謝する」
「私は大したことはしておりません。それより早くシャーロット様に真摯にお詫びをしてくださいませ」
「そうだな」
「そこまでお気づきになられたのなら、もう、私に用はないでしょう。さあ、早くシャーロット様の元へ」
そう言ってアーサー様に笑顔を向ける。
「君はあの頃のままだな」
「誉め言葉と取らせていただきます」
アーサー様は立ち上がると私の方を向き、深く頭を下げた。
「君には感謝する。危うくとんでもない間違いをするところだった」
「いえ。素直に私の言葉を聞き入れて頂いたのはアーサー様の美徳ですよ。私も少し意地悪になりました。だって……」
「子供の時にお嫁さんにするなんて言った相手にこんな相談をしたからかな?」
「あ・ー・さ・ー・さ・ま・それは絶対口外しないでください!」
ニコっとほほ笑んだアーサー様は踵を返そうとしていた。でも、心なしか肩が下がっていて、覇気が全くない。自身の過ちを認める度量は良い点だけど、ここまで落ち込まれると……。
私はつい口走ってしまった。
「アーサー様は素敵ですよ。あの頃も、今も……新入生への挨拶をして頂いた時のアーサー様は本当に私達を歓迎してくれてるんだろうなって……素敵な笑顔でしたよ」
「……ああ、ありがとう――そんなことを言ってくれるのは君だけだよ、アリス!」
そう言って、顔を上げて微笑むと、今度こそ踵を返してシャーロット様の元へ向かう。
まあ、アーサー様がたくさんの人にとって輝く眩しい存在なのは事実だ。
何もしなければなんだけどね。
生徒会や学業、運動……みんなずば抜けて優秀だ。これでおっちょこちょいで、そそっかしくなくて勘違いが大きくなければ私だって……。
まあ、私にとってはできるだけ関わりたくない初恋の人。それがアーサー様。
身分なんてことを知らなかった子供の頃の私と今の私は違う人間と言っても差しつかえない。
男爵家なんて身分だと嫁ぐ相手は商人だ。我がアストレイ男爵家の娘は代々この王都の有力な商人の元へ嫁ぐ。
我が家は商人でもある。尊い血筋なぞより有力な商人と縁を結んだ方がメリットが大きい。
そもそも男爵令嬢なぞという身分できちんと魔法学園を卒業させてもらえるのも我家の財力がそこそこだからだ。
平民のソフィアはずば抜けた魔法の才能で入学した。学費は多分免除だろう。
何せ、魔法学園を卒業することはステータスであり、学費は当然高い。
私がこの学園を卒業できるのも、不自由なく暮らせるのも家のおかげだ。
私は自身の役割を果たす。有力な商人に気に入ってもらえるよう努力しよう。
その為に私は学業で努力を重ね、自分を磨く。
☆☆☆
「アリス、アリス、聞こえないのか?」
「……はい?」
春になってあのベンチで本を読んでいたら、どうもあまりの心地良さにうつらうつらしてしまったらしい。しかし、私を呼ぶこの声は?
「ア、アーサー様?」
顔を上げてみれば侯爵家嫡男のアーサー様(笑)ではありませんか?
今度は一体何を言っているのでしょうか?
「なんだ無視されているのかと思ったよ」
「そんな理由がございませんでしょう?」
「いや、私は新しい婚約者を探していてね。ちょうどいい遠縁の男爵家の娘がいるんだ」
「へ?……」
あれ? おかしいおかしい。なんか嫌な予感がする。
「婚約して欲しい」
「はい?」
あまりの急な一方的な展開に驚かずにはいられない。
「アーサー様にはシャーロット様という婚約者が?」
そうなのである。あの無茶な婚約破棄は無事告げられずに済んだ。なのに何故?
「私はシャーロットの信用を失ってしまってね。シャーロットの婚約者は弟がなることになったよ。それで困ったことになってね」
そりゃ困るだろうけど、身から出た錆だし、仕方ないような。いや、それよりそれが何故私との婚約につながる?
「あの、アーサー様。シャーロット様との縁談が壊れたとは言え、アーサー様は侯爵家の令息、良く考えて行動なさいまし。お父上の了承は得ていられましたか? 貴族に自由な結婚なんてあり得ないでしてよ」
「父も了承している。1週間前に君に諭されたことを伝えたら、たいそう気に入って頂いたし、それが君をユングリング侯爵家へ招く最大の理由だ」
「一体何を?」
男爵家風情の娘が侯爵家へ嫁ぐなど信じられないことだ。
「まあ、シャーロットへのことで父をいたく怒らせてね。それで新しい婚約者はそうとう優秀な女性でないといけないと。そんなことを言われたので君を推薦させてもらった」
勝手なことしないでください。迷惑です!
しかし、どうせアーサー様の勘違いかそそっかしいところの誤解。
「私は今、婚約者はいない。だが侯爵家の嫡男だ。シャーロットのこともあって選択肢も限られる。そこで父上は君も含めて考えられるご令嬢の中からね、君を選んだ」
「家柄は? ユングリング侯爵家ともあろう家系がアストレイ男爵家程度では問題が?」
「問題は家柄ではなく、能力だよ。君は入学試験は一位、現在も学年首席、そうだろ?」
「……そ、そうですが」
アーサー様が外堀を埋めに来ている。これがあのおっちょこちょいのアーサー様?
「し、しかし、私のお父様は何と言って?」
私は藁にもすがる思いでお父様が既に婚約者を見つけていることを祈った。
先日「そろそろ婚約者を探さないとな」とおっしゃっていた。
いくら相手が侯爵家嫡男とはいえ、先約優先は商売の原則。いや、人としての義だ。
「幸い君の婚約者は未だ決まってないそうだ。随分と喜んでおられたよ、君のお父上は、あはっ」
あはっじゃないでしょ? 何ですか? この悪辣な敏腕ぶりは? それでもアーサー様ですか!
「そ、そんな~」
「そんなに私との婚約は嫌なのか?」
「撤回してくれないと国外に逃亡します!」
「そこまで?」
当たり前でしょう? このおっちょこちょいで間抜けの嫁になぞなったら家を背負って大変な人生しか見えない。私はできれば素敵な普通の旦那様に守られてひっそりと普通の幸せな暮らしがしたいのだ。
しかもアーサー様は事実上浮気をしていたのだ。信用できるか? 何を好き好んでこんなヤツと結婚せねばならないのだ。
アーサー様にはその顔だけで全てを許容してくれる信奉者が大勢いるだろう?
私である必要なぞないだろう?
そうだ、そもそもソフィアさんはどうしたんだ?
「あの、ソフィアさんは? 告白はされたのですか?」
「いや、君に正されてすっかり私も目が覚めたよ」
目を覚ますのはもうちょっと先で良くないですか?
例えば私の婚約が決まった後とか?
「でも、アーサー様とソフィアさんならお似合いじゃ?」
「君はとっても綺麗だよ」
「ふえっ!?」
アーサー様にそっと髪を撫でられた。なんでそんな簡単に異性の身体の一部に触れることができるんですかぁ? ソフィアさんとのデートすら取り付けられなかったヘタレはどうした?
「私のことが信じられないんだね? シャーロットという婚約者がいるにも関わらずソフィアという他の女性に目を移してしまった私が信じられないのだろ? なら、私は君の信用が得られるまで待とう、何年でもずっと待っていよう。君が納得できたら、その時は返事を聞かせて欲しい」
「ほえ!?」
アーサー様は何処に言ったの? あのそそっかしさや勘違いは何処へ?
今まで変なこと一言も言ってないぞ。そんな! アーサー様が変なこと言わないなんて!
目がクルクル回る私をよそに素早く私の目の前に跪いて、片手を取り、触れるか触れないかの手慣れたキス。優しそうなその顔には迷いなどないように見える。
「そ、そんなこと急に言われても!」
ささやかな抵抗を試みるが、外堀を埋められた上、内堀も既に埋められそうになっている私。
だから、この人誰? ほんとにあのアーサー様?
「こんなやり方をしたことは謝罪しよう、だが、私は気が付いたんだ。いつまでもそそっかしいことや勘違いをしていることはできない。好きな人を守るためには私は必ず成長する。君を一生守る。絶対君を幸せにする」
「え? あ、でも?」
「私に君を幸せにする権利をくれないか?」
「え、ええっと、あの?」
だからこの人誰?
いや、本当にだれ?
「アリス……私は君を愛している」
低く男らしい甘い声。
「私は君の優しさに惹かれた……好きな人とは結ばれないと諦めていた。でも、もう諦めない」
強い眼差しで私をしっかりと見つめる……私だけをアーサー様の瞳が映している。
優しく私の手を取り、離してくれない。
「か、考えさせてください」
「私は君だけを愛し続ける。誓約する。私に生きる希望を与えて欲しい。君がいれば私は希望を持てるんだ。いつまで考えてくれても構わない」
はにかみながらも精悍な顔つきで、笑みを浮かべる。
この人、勘違いとそそっかしい間抜けなアーサー様だよね?
あれ? この男の人って誰だっけ?
え? アーサー様? 本人? あれ?
「私の婚約者になってくれないか?」
「はひ」
気が付くと私は小さな声で返事をしていた。
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