コミカライズ版「十三歳の誕生日、皇后になりました。」2巻と「茉莉花官吏伝」4巻の発売おめでとうございます現パロSSです。
高校三年生の暁月には、中学一年生の婚約者がいる。
家同士の仲が良くて親同士が盛り上がって、本人の知らぬ間に婚約が決まっていたという、テレビドラマだとかご都合主義のマンガだとかでよく見るあれである。
かつては「おれに人権はないのか!」と叫んだこともあったけれど、五歳年下の婚約者も高校生になれば「人権がほしい!」と援護射撃してくれるはずなので、双方の意思が揃ったところで改めて婚約破棄することにした。その方が慰謝料問題に発展しなくて済むはずだ。
しかし、そこまで婚約が嫌なのかと問われると、少し困る。婚約者の中学生と一緒にいたところで、親の友人の娘の世話をしているという感覚にしかならないからだ。今日だって「デートしてくる」と親に言っておいたけど、現実は「ピアノのレッスンのお迎えに行って家まで送ってやる」である。
「聞いてください! 練習していた曲が合格したのです!」
暁月がピアノ教室の前で待っていたら、婚約者は出てくるなり満面の笑みで抱きついてくる。
はいはい、と言いながら、楽譜の入っている鞄を受け取って肩にかけ、逆の手で婚約者の手を握った。
この世間知らずのお人好しで誘拐されやすそうな婚約者とは、彼女が生まれたときからの付き合いである。一緒に歩くときは両親から口うるさく「急に走り出さないように手を繋いでおきなさい」と教育されていたので、婚約者が中学生になっていてもつい手を繋いでしまった。
しかし、中学生になっても急に走り出しそうなところは変わっていないので、子ども扱いしないでと言い出すまでは手を繋いでおいた方がいいだろう。眼の前で交通事故なんていうことになったら大変だ。
(しっかし、……妙な組み合わせだよなぁ)
いかにも良いところのお嬢さまである婚約者とガラの悪い自分は、もう少し年齢差があったら、通報される。
(いや、来年は大学一年と中学二年だ。完全に駄目だって)
もう少しこの婚約者が大人っぽい顔立ちであれば……と自分たちが映るショーウインドウをぼんやり見ていると、視界の端に知り合いの顔がちらりと見えた。
――って、おい!?
咄嗟に婚約者を連れて物陰に隠れる。なぜかというと、その知り合いと挨拶をすることさえ嫌だからだ。
「どうしたのですか?」
「いや、……ちょっと、……」
「あっ! あの方は白楼学院の生徒会長さんです!」
暁月は必死に誤魔化そうとしたけれど、婚約者は誤魔化されてくれなかった。
以前、白楼学院の生徒会長である珀陽と一緒にいたところを、婚約者に見られたことがある。どうやらそのときに教えた珀陽の名前と顔をしっかり覚えていたらしい。
「生徒会長さんはお友達さんと一緒みたいですね。……うん? ……あっ、いいえ! あれは恋人さんです! デートです、絶対にデート中です!」
婚約者は珀陽の隣にいる薄ぼんやりした顔の女を見て、恋人さんがいたんだと頬を染める。
暁月は目を細め、珀陽と傍の女のやりとりを観察した。
(女の方は頭をよく下げていて、妙に遠慮がちで……)
なるほど、と頷く。
「あれはただの先輩と後輩だろ。デート中なら手ぐらい繋ぐって」
「きっとまだ付き合いたてなのです! 初々しくて恥ずかしいのです! 生徒会長さんの表情を見てください! あれは完全に恋をしています!」
自信満々に言い切る婚約者に、そうかぁ? と首を傾げてしまった。
(珀陽は絶対に手が早い。付き合う前から腰を抱くような男だろ……って、こいつにそういう話をしたくねぇ)
まだ世の中の男は全員紳士だと思わせたい。いや、逆にもうそろそろ世の中の男は全員最低野郎だという現実を教え、男を警戒させた方がいいかもしれない。なにしろ、この婚約者の顔は、総選挙一位を取るアイドルの顔より凄いのだ。
「移動するみたいです! ついていきましょう!」
暁月は婚約者に引っ張られ、珀陽たちを追いかける。
珀陽たちは書店が入っているフロアに足を踏み入れ、『参考書』と書かれているコーナーで立ち止まった。
暁月は婚約者と共に『英会話』と書かれているコーナーの棚からこっそり二人を見守る。
「本屋の参考書の棚でデートとか、最悪すぎるだろ……」
「一緒にお勉強をするのって、とても素敵ですよ!」
「勉強ねぇ……。あの赤い分厚い本は赤本って言って、大学の過去問集なんだよ。あいつが進路に悩むはずがないんだ。なのに、後輩の女をそこに連れ込むってことは、相手の進路を探っているってことだろうな」
――つまり、と暁月はため息をついた。
「あれは珀陽の片想いだろ。はい、引き分けってことで」
「ええ〜! ……あっ、でも片想いも素敵です!」
婚約者はデート未満の二人に興味津々で更に近づこうとする。しかし、これ以上近づけば、勘のいい珀陽が振り向きそうだ。
暁月は、婚約者と一緒にいるところを珀陽に絶対見られたくないので、さっさとこの場から離れることにした。
「どっか入ろうぜ。喉が乾いた」
繋いでいる手を強引に引っ張り、繋いでいない方の手でこのフロアの中にあるカフェを指さす。
わざとらしいとわかっているけれど、これ以外の方法が見つからない。
「あれが飲みたいです!」
ありがたいことに、婚約者の気分はすっかり変わったらしく、ご当地フラッペと書かれている看板を見て目を輝かせてくれた。
小倉ソース、コーヒー、チョコレートチップ、ホイップクリームを組み合わせたご当地フラッペは、写真を見るだけで口の中が甘くなる。
「……うわ、甘そう〜。あんた、できる限り頑張れよ」
婚約者が飲みきれない分は、暁月が飲んでやらなければならない。これもまた小さい頃からの習慣であった。
「おれはアイスコーヒーで……あ〜いや、ホットの紅茶にする」
こんなものを飲めば、舌や身体が冷える。こいつも飲めるものがいいだろう。
小さい頃から「寒かったら着せてあげてね」と必ず婚約者の上着を持たされてきた男は、温度管理に敏感なのだ。
(完全に兄と妹だろ、これ。もう少し婚約者同士らしくなる日がくるのかねぇ)
こいつとは一生こんな感じだろうな、と大人になった自分たちを想像する。
婚約者が高校生になったら婚約破棄するという決意は、今だけうっかり忘れ去られてしまっていた。