魔法科高校の事なかれ主義の規格外(イレギュラー) 作:嫉妬憤怒強欲
急性虫垂炎にかかってしまいしばらく入院してました。
第一高校の三日目の成績は、男女ピラーズ・ブレイクで優勝、男子バトル・ボード二位、女子バトル・ボード三位。
第三高校が男女ピラーズ・ブレイクで二位、男女バトル・ボードで優勝と言う結果なので、前日よりは両校のポイントは接近していた。
シンヤと別れた後、達也は深雪と共に一高幹部が揃っているミーティングルームへ来ていた。
怪我で療養中の摩利の姿もある。今は鈴音から、呼び出された説明を受けている所だ。
「今日の成績は二人も知っていると思います。アクシデントもありましたが、当校の今日のポイントはプラスマイナスでほぼ計算どおりです。しかし、三高が予想以上にポイントを伸ばしている為、当初の見込みより差が詰まっています」
達也と深雪は、理解した標しに頷く。
「本戦ミラージ・バットの成績次第では逆転を許してしまう可能性もあります。本戦のポイントは新人戦の二倍。そこで、私たち作戦スタッフは、新人戦をある程度犠牲にしても本戦のミラージ・バットに戦力を注ぎ込むべきだという結論に達しました」
(新人戦を犠牲にしても? まさか!?)
「ええ、そうよ、達也くん」
達也の僅かな表情の変化を鋭く読み取って、真由美が質問を先取りする。
「深雪さん。貴女には、摩利の代役として本戦のミラージ・バットに出場してもらいます。達也くんは引き続き、深雪さんの担当エンジニアとして九日目も会場入りしてもらうことになります」
本人の発言に反して、真由美の台詞は相談ではなかった。
決定事項の通達だった。
「しかし、先輩方の中にも一種目にしかエントリーされていない方々がいらっしゃいます。何故わたしが新人戦をキャンセルしてまで代役に選ばれるのでしょうか?」
「ミラージ・バットには補欠を用意していなかった。それが最大の理由だな」
説得――だろう――の言葉を重ねたのは、本来の選手だった、摩利。
「空中を飛び回るミラージ・バットにぶっつけ本番で出場しろというのはいくら本校の代表選手でも酷な話だ。それより、一年生であっても、事前に練習を積んでいる選手の方が見込みがある。それに――」
言葉を切ったのは、意図的な「間」だろう。摩利は意外と芝居気のある少女だ。
「達也くん。君の妹なら、本戦であっても優勝できるだろう?」
些かあざとい論法のような気もするが、達也に謙遜する理由は無い。
「可能です」
「お兄様……」
「そのように評価して下さってのことなら、俺もエンジニアとして全力を尽くしましょう。深雪、やれるな?」
「ハ、ハイ!」
ただでさえ美しい背筋を更にピンと伸ばし、深雪は上ずった声で達也に答えた。
それは、代役を引き受ける返事でもあった。
♢♦♢
深雪の代役が決まったころ、三高は食事の時間で、摩利と七高選手の棄権により予選通過となった結果予選を通過し、見事優勝して見せた水尾を祝っていた。
「水尾先輩、バトル・ボード優勝おめでとうございます!」
「やりましたね、会長」
「みんな、どうもありがとう……」
しかし、みんなから賛辞を受ける水尾はどこか元気のない様子だ。そんな水尾をよそに周りが浮かれ始める。
「バトル・ボードで事故にあった渡辺はミラージ・バットの花形選手でもあったし、棄権になったのは天啓というべきじゃないか」
「あまり他人の怪我を喜ぶものではないがこれはツイているぞ」
「今年は新人も総合も我が三高の優勝だな!」
「この意気で一高を逆転するぞ!」
明日から始まる新人戦に向けて三高全体が追い上げムードになっていた。それも仕方のない事だろう。今年は一年に『二十八家』から二人、『十師族』からは一人の精鋭が加わったのだ。それに加え、優勝候補の一高の主力選手が怪我でリタイア。これを逃す手はない。
周りの後輩達が醸し出す雰囲気にいまいち乗り切れていない水尾に愛梨が声をかける。
「先輩、浮かない顔ですね」
「一色……いやー、優勝できたのは良かったんだけど、あんなことがあってからの勝利だと正直心からは喜べなくてね」
「相手が怪我をされたから……ですか?」
「うん、できれば高校最後の舞台でちゃんと競い合いたかったよ」
「先輩……」
しみじみと語る水尾に、愛梨はどう声をかけたらいいか迷っていると、不意に三高が食事をとっている部屋の、巨大モニターに電源が入る。
『ただ今、第一高校から選手登録の変更が申告されました。本戦ミラージ・バットに出場予定だった、三年生の渡辺選手に変わりまして、一年生の司波深雪選手が、新人戦ミラージ・バットをキャンセルし、本戦に出場します』
「一年生を本戦に!?」
「一色さんと一緒じゃないか!!」
「そんな選手が一高にもいるのか!?」
突然の発表に、一同が驚いている。
「司波深雪って………懇親会の時の……!」
「おっ、アイツか」
「やっぱり、ただ者じゃなかったのね、いきなり本戦に抜擢されるなんて」
愛梨の漏らした呟きに、沓子と栞がそれぞれ感想を述べる。
「一色」
懇親会の際に彼女の姿を目に収めた時に感じた本能的な恐怖が本物だったのではないかと戸惑ってる愛梨に、水尾がさっきまでと違う、力強い声で話しかける。
「渡辺の交代選手だから……っていうんじゃないけど、一色にはあの選手に勝って必ず優勝してほしい。そのためなら私は全力でサポートするよ。一色は三高の誇りだからね!」
(先輩……自身も一高を打倒して真の優勝を掴むチャンスだというのに……なんてお人好しなんですか!)
愛梨が水尾の手を取って、力強い目で水尾の瞳を覗き込む。
「いえ水尾先輩、手伝いなんて言わず、本戦ミラージ・バットは私達で三高のワンツーフィニッシュで飾りましょう!」
そう訴える愛梨が本気なのを感じ取り、水尾もしっかりと頷く
(素直に優勝を喜べなかった先輩の気持ちも、司波深雪に畏怖を感じてしまった私の怯懦な精神も、あんな覇気のない男の言葉にムキになったあの時の自分もまとめて吹き飛ばしてみせるわ。三高の圧倒的な勝利でね!!)
ライバルとの決戦を前に新たに決意を固める愛梨であった。
♢♦♢
九校戦4日目。
本戦はミラージ・バットとモノリス・コードを残した形で一旦の区切りとなり、今日から5日間、1年生のみで勝敗を競う新人戦が行われる。
新人戦のポイントは本戦の二分の一ではあるが、新人戦優勝は出場する一年生の栄誉となるため、気合いの入り方は本戦にも劣らない。
新人戦と一口に言っても、その人気は本戦と何ら変わりない。むしろ現地に足を運ぶほどの九校戦ファンの中には、既に知られたスターよりも未来のスター候補を誰よりも早く見つけることに躍起になる者もいるくらいだ。
競技順は本戦と変わらず、初日は『スピード・シューティング』の予選と決勝、『バトル・ボード』の予選が行われる。
だが、開会式があって午前中に余裕がなかった本戦とは違い、新人戦は午前中を女子、午後を男子と分けて一気に決勝まで行う形式をとっている。
『スピード・シューティング』に限らず、試合中にCADを調整することはできないが、選手の希望を聞いて試合の合間に細かな調整を行うのは、エンジニアの重要な仕事だ。
よって、この期間中は達也は選手に付き添わなければいけないため、一緒に観戦することができない。
達也が担当する競技は、男子からの反発が強かったこと、そして、何より深雪の担当エンジニアに達也を外せないことから、『女子ピラーズ・ブレイク』、『女子スピード・シューティング』、『女子ミラージ・バット』になった。
彼の実力を認めている面々の中で代表選手に選ばれた三人、エイミィと雫は『スピード・シューティング』と『アイス・ピラーズ・ブレイク』、ほのかは『バトル・ボード』と『ミラージ・バット』、そして深雪は『アイス・ピラーズ・ブレイク』と本戦『ミラージ・バット』に出場することになっている。
そのため、他の友人たちは彼女たちの活躍と達也の手掛けた魔法を心待ちにしていた。
「隣空いてる?」
「あら、深雪。空いてるわよ。どうぞどうぞ」
深雪はエリカに対してそんなやりとりをしているが、実際のところは深雪とほのか、エイミィの座る場所取りをしていただけである。
態々両端にレオと幹比古がいるにも拘らず、そんなことも露知らずに下心見え見えの連中が訊ねて来たので、事あるごとに殺気込の視線プラス嘘八百でエリカが追い払って確保していた席だ。
「今日からいよいよ新人戦ね!雫もほのかもエイミィも、どんな活躍を見せるのか楽しみだわ!」
「エ、エリカ! 緊張してるんだから、あんまりプレッシャー掛けないで……!」
「もう、ほのかはもう少し肩の力を抜くべきだよ。私なんてこの前夜遅くまでスバルたちと大富豪してたんだから」
「……エイミィ、それはそれでどうかと思うけど」
「アハハ…」
見るからに緊張しているのがバレバレであったほのかの様子を見て深雪がほのかに視線を向けつつも落ち着くように諌めた。
「ほのか、今から緊張してて身体はもつの? 少しリラックスしたらどう?」
「そうね……すー……はー……よし! 落ち着いた」
深雪のアドバイスで平常心を取り戻したほのかは、漸く周りを落ち着いて見る事が出来るようになったようだ。
「何処も必死ですね」
「半分とはいえ、新人戦の結果が総合優勝を左右する結果になる事だってあるからね」
「特に、ウチは渡辺先輩の怪我で影響が出てるから」
「そうだよね……私たちが頑張らなきゃ……」
「また緊張してる」
エリカと深雪の言葉に、再び身体を強張らせるほのかを、傍に居る二人が呆れながら見ていると、美月が止めを刺した。
「頑張って下さいね!新人戦はウチにとって重要になってますから」
「う、うん……」
「あれ?」
「まあ、これが美月よね……」
「そうね……これが美月よね」
「あ、あの……如何言う意味でしょう?」
自分が余計なプレッシャーをかけた事に気付いていない美月は、エリカと深雪がつぶやいた言葉に意味が分からず、しきりに首を傾げていた。
「ほのか、今から緊張していたら試合までもたないわよ?」
「うっ……分かってはいるんだけれど」
「大丈夫よ、ほのかなら。お兄様も仰っていたでしょう? あんまり考えすぎないようにってこちらの応援に来たのだから、今は雫の応援をしましょう」
ほのかに対する気遣いは達也の考えと深雪の考えが一致したものだった。前者は技術スタッフとして、後者は同じクラスメイトとしての視点の違いだが、生真面目で自信がなさすぎるほのかのことを考えれば、気を紛らわせるのがよいと考えたからだ。
ほのかも一応は納得して席に座った。
「…ねえ、ところでシンヤ君はどこにいるの?」
「アイツなら雉撃ちに行ってるぜ」
「え?キジ?」
「あー……あれだよ。女子で言う”お花を摘みに行く”の男バージョンだよ」
「「あー」」
「レオの癖にそんな言葉よく知ってたわね。レオの癖に」
レオの答えに、エイミィは何言ってんだこいつと言った感じの困惑の表情を見せるも、その後の言葉で一同は納得する。
エリカの一言にレオが『何だとコンニャロ。あとなんで二回言った?』みたいな視線をエリカに向けているが、当然ながら彼女はそれをガン無視だ。
「それにしても~エイミィがシンヤ君の居場所を聞いてくるなんてねぇ~?」
「べ、別にちょっと気になっただけだからね」
「あらあら?”気になる”っていったいどういう意味なのかしらぁ?」
「~~~~っ!!」
ニヤニヤと嫌らしい笑みを浮かべるエリカの言葉に、エイミィは顔を真っ赤にするのだった。
♢♦♢
もうすぐ北山の予選試合が始まろうかという頃、万全の体調で試合を観戦するためにトイレへと向かっていたオレは、観客席へと続く通路を歩きながら考え込んでいた。
ここまでの総合ポイントは第一高校と第三高校が競っており、その差は70ポイントで第一高校がリードしている。とはいえ、新人戦の成績次第では第三高校に逆転優勝される恐れも出てくる。
新人戦の得点は本戦の2分の1(小数点以下が出た場合は切り下げ)とはいえ、総合優勝を狙うとするなら新人戦の結果が直結すると考えていいだろう。
だが昨日の事故を仕組んだ第三者の件がある。
目的はわからないが、その第三者は第一高校の優勝を望んでいないようだ。
今後の出方次第では、点数操作のために事故に見せかけて妨害してくるだろう。
大会運営委員会にどれだけ工作員が紛れ込んでいるのかも今の段階では分からない。
……さて、どう仕掛けようか。
いずれにしても敵はすぐにまた仕掛けることはないだろうから時間はたっぷりある。
それまでに今後の試合をいくつか観ておくとするかと考えていると、人混みの中でふと視界の右端に誰かが立っていることに気が付いた。
「君、少しいいかね?」
ちらりと横を向くと顔ははっきりとしなかったが老齢の男性と思われる人物が立っていた。
認識阻害系の魔法か?
「ああ、失礼。声をかけたのだからちゃんと顔を見せないとな」
その言葉と共に、男性の顔がハッキリと見えるようになると、オレは思わず啞然としかけた。
「オレになにか用でしょうか?」
「なに、少々時間が空いたのでね。先日のことについて直接話す機会に丁度良いと思ったまでだ」
「大会委員はあなたがいなくなって混乱していると思いますよ」
「問題あるまい。少々席を外すと言っておいた。少し遅れても向こうも五月蠅く言わないだろう」
「良いんですか?それにあなたほどのお方がここにいれば目立ってしまいますよ、九島閣下」
なんと目の前にいたのは懇親会でちょっとした悪ふざけを披露した”老師”。世界最強と目されていた九島烈閣下だった。
「心配はいらない。先ほどから私に気付いておる者など一人もおらんよ」
確かに目の前のご老体は誰にも気付かれずにここに立っている。本来ならそれはおかしいのだ。魔法に携わる者であれば知らぬ者無しと言われるほどの魔法社会の重鎮である九島烈を目にして何も反応がないというのはおかしな話なのだ。
今使っているのは先日のような特定のモノに意識を向けさせる魔法ではなく、一定の範囲において自分の存在を相手に認識させない精神干渉魔法だろう。
やはりトリック・スターの異名は伊達じゃない、と言うことが理解できる。
「……それで、閣下の言う先日のこととはなんのことでしょうか?」
「とぼけなくていい。懇親会での私のちょっとした力試しに、君は気付いていただろ?」
「……やはりあれはオレたちの力量を測ることが目的でしたか」
「ははは……いやあ、確かにあの時に伝えた思いは本心ではあるが、それ以上に今の子供達がどの程度対応できるかを見たい側面が大きかったのもあった。七草や十文字の子らや一条のせがれも予想通り見抜いておったよ」
他にもいたと記憶していたがな。オレの見立てではあとの二人はあいつらだろう。
「だが君だけは少し違った」
「?」
「そもそも君は”最初から見失っていなかったのだろ”」
「……なぜそう思うのですか?」
「私のかつての教え子に君と同じ目をした男がいてね。以前も同じような悪ふざけをした際、彼だけはすべてを見通していた。君のその目はまさしくその時の彼と瓜二つだったよ」
……まさかな。
「―――で、一つ問いたいんだが、彼らと同じく私の魔法を見破れるほどの実力を持った君が何故九校戦に出場していないんだ?」
そんなことをわざわざ聞くために持ち場を離れてきたのか。
とんだ人物に目を着けられたものだ。
よし、ここは適当に誤魔化すか。
「閣下がオレをどう評価してるかわかりませんが、残念ながらオレみたいな平凡な人間には九校戦に出場する資格がありません」
「君ほどの実力者にしてはいささか謙遜のしすぎではないのかね?」
「いいえ、実力主義を掲げる第一高校においてオレは―」
オレは腕章を見せながらの説明する。
「この通りの二科生――補欠止まりです。各校の魔法力の優れた優秀な選手たちが真剣に競い合うこの大会に出ることなんて到底無理な話ですよ」
閣下は「……ふむ」と考え込むように顎に手をやる。
「……成程。君にもいろいろと表に出れない事情があるということか。いやはや、実に残念だ」
いや、今のをどう解釈したらそうなるんだ?なんかものすごく残念そうな顔してるし。
閣下の真意はまだわからないが、あまり関わり過ぎると目立つ。
試合も始まるしそろそろ切り上げるか。
「閣下、時間を割いていただいたところ大変申し訳ありませんが、そろそろ試合が始まるので……」
「ああ、そうだな。では、私はここで失礼するとしよう。今度はゆっくりと話し合いたいものだ」
正直それは勘弁だ。だがそんなことは絶対に口に出せない。
「機会がございましたら」
「では、その機会が訪れる事を楽しみにしてるよ」
そう言い残して、生きる伝説はここから去っていく。
結局、周りの人々は誰一人、彼の存在に気付くことはなく席についているのだった。
♢♦♢
シンヤがエリカたちのいる観客席に座ったのと同時に、北山雫の出番がやって来た。遠視機能のあるゴーグルを掛け、銃身の長いライフルのような形をしたCADを構えている。
「いよいよ雫の出番だね」
「ええ」
「雫はお兄様と新しい魔法を随分練習していたけど、それがついにお披露目になるのね。きっと皆さん驚くんじゃないかしら」
やがて雫の前に設置されたランプがすべて灯り、クレーが射出された。
そして有効エリアに入った途端、そのクレーは粉々に砕け散った。
矢継ぎ早に、次のクレーが射出される。今度は有効エリアの中心辺りで破壊された。2つ同時に射出された次のクレーは、それぞれエリアの両端で破壊された。
雫の視線はまっすぐ前を向き、クレーが射出されてもそれがぶれることはない。有効エリア全体を見渡しているようであり、クレーそのものには目を向けていないようにも見える。
「うわっ、豪快」
エリカが漏らしたその言葉は、雫の魔法を見た率直な感想だった。
「……もしかして有効エリア全域を魔法の作用領域に設定しているんですか?」
「そうですよ。雫は領域内に存在する固形物に振動波を与える魔法で、標的を砕いているんです。内部に疎密波を発生させることで固形物は部分的な膨張と収縮を繰り返して風化します。急加熱と急冷却を繰り返すと硬い岩でも脆くなって崩れてしまうのと同じ理屈ですね」
「より正確には、得点有効エリア内にいくつか震源を設定して固形物に振動波を与える仮想的な波動を発生させているのよ。魔法で直接に標的そのものを振動させるのではなく標的に振動波を与える魔法力の波動を作り出しているの。震源から球形に広がった波動に標的が触れると仮想的な振動波が標的内部で現実の振動波になって、標的を崩壊させるという仕組みよ」
ほのかの説明を引き継ぐ形で、深雪も説明を加える。だが、二人共視線はシューティングレンジに固定したままだ。
「なるほど、そう言った仕組みなんですね」
二人から聞かされた丁寧な説明に、美月はしきりに頷いた。
少し離れたところの、生徒会プラス風紀委員長の三年生トリオが陣取っている空間で、同じような説明が鈴音によって行われていた。
「……と、言う訳ですね」
「なるほど……」
説明役は、達也から内容を聞かされていた鈴音、摩利も真由美も今の説明を興味深そうに聞いていた。
「ご存知の通り、スピード・シューティングの得点有効エリアは、空中に設定された一辺十五メートルの立方体です。司波君の起動式は、この内部に一辺十メートルの立方体を設定して、その各頂点と中心の九つのポイントが震源になるように設定されています。各ポイントは番号で管理されていて、展開された起動式に変数としてその番号を入力すると、震源ポイントから球状に仮想波動が広がります。波動の到達距離は六メートル。つまり一度の魔法発動で震源を中心とする半径六メートルの球状破砕空間が形成される事になります」
「……余計な力を使ってるような気がするが、北山は座標設定が苦手なのか?」
「確かに精度より威力が北山さんの持ち味ですが、この魔法の狙いは精度を補う事では無く、精度を犠牲にする代わりに速度を上げる事にあります」
「つまり、その気になればもっとピンポイントな照準も可能と言う事よね? 如何言うことかしら?」
「この魔法の特徴は、座標が番号で管理されていると言う点です」
鈴音の説明を聞きながら、視線を試技中の雫に戻す。未だ打ち漏らしは無く、説明通りの魔法が、有効エリアに入ったクレーを破砕していく。
スピード・シューティングの有効エリアは、試合開始から終了まで一度も動くことはない。つまり細かい座標を変数として毎回入力する必要は無いということであり、よってあらかじめ大まかなポイントを選択式で設定しておいて、発動時にその番号を入力するだけで事足りる。
さらにこの魔法は、威力や持続時間を考える必要が無い。制御面での操作が必要無いので、魔法の発動そのものに演算領域をフル活用できる。連続発動もマルチキャストも思いのままだ。
鈴音の説明が終わったタイミングで、試合終了のブザーが鳴った。
撃ち漏らしはゼロ。文句なしのパーフェクトだ。
「魔法の固有名称は“能動空中機雷(アクティブ・エアー・マイン)”。司波くんのオリジナルらしいですよ。色々詰め込んでいるために大きな起動式ですから、北山さんのように優秀な処理能力を持っていないと使えませんが」
「……私の魔法とは、まるで発想が逆ね。よくこんな術式を考えつくものだわ」
真由美が感心しながら頷いていると、その横で摩利が興味津々な様子で雫を――正確には彼女が先程まで使っていた魔法を見つめていた。
「しかし面白いな……。自分を中心とした円を想定してその円周上に震源を設置すれば、有効なアクティブ・シールドとして使えそうだ。そうなると問題は持続時間だな。短すぎるとタイミングが難しいし、長すぎると自滅しかねない。いや、それこそ術者の腕次第だな。――よし! さっそく今晩にでもあいつを捕まえて、私のCADにインストールしてもらおう!」
「……試合の邪魔にならないようにね」
試合前に1年女子に対して苦言を呈していたのは誰だっけ、と真由美は思いながら、呆れの表情を浮かべてそう言った。
雫の試合を観戦した三高の天幕では、泡を食ったように狼狽していた。
「どうなってるんだいったい!?」
「あんなの見たこと無いぞ!」
一高幹部でさえ驚愕するほどの雫の魔法とパーフェクトという結果は、他校をも震撼させるほどだった。
同じ天幕内にいた愛梨も動揺こそしたものの、冷静にこの後にこの競技の試合を控えている栞へ尋ねる。
「栞、今の戦法はわかった?」
「ええ」
栞の眼は雫の魔法の特性を的確に捉えていた。
「おそらく北山選手はフィールドをいくつかに区分して、クレーが飛来したエリアに対して振動魔法を発動させているわね。区分するエリアを細分化せずおおまかにする事で振動魔法の出力のみに集中出来る。機雷のように見えるのはそのプロセスの速さゆえね。見事な戦術だわ」
「そう。さすがいい目をしているわ。貴女と対戦した時、どうなるかしら?」
わざわざ問うまでもない事を、愛梨はあえて問うた。
「そうね。おそらくこの戦法からいって北山選手は細かな範囲指定が苦手なタイプのようだから、二種のクレーが飛び交う対戦形式ではそれが致命傷となる。何故ならそこは、私のテリトリー」
栞は控えめながら不敵に、静かに笑みを浮かべた。
「私の演算能力を駆使すれば、彼女の魔法など脅威ではない」
♢♦♢
「予選突破おめでとう雫!!」
「まだ決まったわけじゃないよ」
「あれだけパーフェクトを出したら予選突破は確実だよ!」
全ての試技を終え、控え室に戻ってきた北山の元に、光井が労いの言葉をかける。観戦していたオレ達は、同じくスピード・シューティングに出場していたエイミィと合流し、祝福ムードが漂っていた。
一同が落ち着いたところで達也が北山とエイミィに声をかけた。
「お疲れ様、凄かったよ」
「ありがとう、これもみんな達也さんのお陰だよ」
「そんなことはない。雫の実力だ」
「また達也さんはそう言う」
「それより予選突破は確実だろう。準々決勝からは対戦形式だ。CADの調整は朝のうちに済ませてあるから、落ち着いたら感触を確かめておいてくれ」
「分かった」
「明智さんもだからな」
「おっけ~」
新人戦の予選突破ラインは、例年通りであれば命中率八割程度。北山とエイミィは余裕でクリアしているため予選突破は確実といえる。
「俺は滝川さんの所に行ってくる」
滝川とは北山やエイミィと同じく新人戦女子スピード・シューティングに出場している三人目の女子生徒とのことだ。
彼女はまだ予選の試技が残っており、エンジニアの達也が補佐につくようだ。
達也は新人戦女子スピード・シューティングに出場する三名の選手のエンジニアを務めている。一年生がエンジニアを務めるだけでも異例のようだが、達也はそれをそつなくこなしている様子がうかがえる。
ブラック企業でも生き残れそうだな。いや、流石に無理か。
『まもなくスピード・シューティング第二ブロックの予選です』
アナウンスが流れ、今度は本戦のハイライト映像へと切り替わっていた。
「第二ブロックの試合見に行ってもいい? 気になる選手がいるから」
「それって三高の?」
「うん。そのうち当たるかもしれないし」
「よしじゃあ行こう!!」
目を輝かせながら光井は北山と手を繋ぎながら部屋を飛び出していった。
思い出したように美月が「えっと……ほのかさんは午後から試合なんじゃあ……」と呟くが、その声が本人に届くことはなかった。
ま、本人にはかえって気分転換に良かったのかもしれない。後でどうなるかは知らないが。
『お待たせしました。それではこれよりスピード・シューティング第二ブロック予選を始めさせていただきます。一人目、第三高校十七夜栞選手の登場です!』
その後全員で試合会場に行き、何とか席は確保できたが、北山たちが試技していた時よりも会場の席は埋まっていた。これから試技をするのが三高の選手ということもあるのだろう。
『先ほど第一高校の北山雫選手がパーフェクトを記録して会場を大いに沸かせましたが、こちらは優勝候補ナンバーワンと前評判の高い十七夜選手。いったいどんな魔法で我々を沸かせてくれるのでしょうか!!』
十七夜はシューティングレンジで単発小銃のようなCADを構えながら開始の合図を待っている。
会場内のざわめきが収まるとスタート開始のランプが点り、会場の大型スクリーンに『START』の文字が表示された。
「おおっ!!」
「これはっ!?」
開始と同時に複数のクレーが射出され、クレーが得点有効エリアに飛び込むと栞はCADの引き金を引いた。
「クレーが次々に!?」
一つのクレーが破壊され、その破片によって周りを飛ぶクレーが粉砕されていく。
パズルゲームの連鎖のように、一個のクレーの破片が周りのクレーへ、そしてその破片によって壊されたクレーの破片が、またその周囲のクレーへと飛び散った。
ただの偶然ではないのは火を見るよりも明らか。
「一つ目の魔法は振動魔法として、どうして破壊された破片が他のクレーに飛ぶんだろう?」
疑問を口にしたのは、この後別グループで競技を控えているエイミィ。
「移動……かな?」
「でも破片の数を把握してそれぞれ移動させるって、可能なのかな?」
「仮に可能だとしても、それってコンマ何秒の世界じゃん! 余程空間把握能力が無ければ難しいよ! それこそスーパーコンピュータでもないと!」
そこまで考えて、北山も光井も、そしてエイミィもハッとした。
三人の考えを代弁するなら、仮にではなく、あの選手はそれをしっかり把握しているのだ。
「ねえシンヤ君、エイミィたちが言ってることって可能なのかな?」
「エリカ、なぜそこでオレに聞く」
「え~?だってシンヤ君実は頭の中にスーパーコンピューターが搭載されてそうだし」
「……オレは○ーミネー○ーかなにかか」
「どっちかというと○カ○○ットかな」
殆ど人類の敵じゃん。レオや達也なんか否定できないといった表情をしている。解せぬ。
「……まあ、100パーセント不可能とは言えないな。古式魔法に”数秘術”があるくらいだからな」
「数秘術って…あれ誕生日で運勢を占うやつじゃなかったっけ?」
「一般的なやつはそういう占いの類として広まってるが、本物は既存情報を組み合わせた結果、予想される未来を観測するのが主流だ。現代魔法でそれを再現するとした場合、それを個人で利用するとしたら、おそらく”自分の目に映るあらゆる事象・現象・具象を脳内で数値化・数式化して取得”してるんだろうな」
「じゃあ、十七夜選手は今も頭の中で計算しながら未来を観測してるってこと?」
「人間の脳は一種のスーパーコンピューターだからな。専門の魔法開発研究所で調整でも受けてれば脳内で破片の弾道と角度をビリヤードのように瞬時計算することも理論上可能だろうな」
オレの仮説を聞いていたエリカやエイミィは驚きを隠せずポカンと口を開け、北山は静かに十七夜の試技を見つめていた。
「パーフェクトだ!」
「新人戦で二人もパーフェクトを出すなんて今年はいつもと違うぞ!!」
「今年の新人戦はレベルが高いなー!」
観客たちは十七夜の試技に魅了され、満開の拍手の花を咲かせる。
「達也さん、今の魔法も『魔法大全』に載ったりするんでしょうか?」
「いや、あの選手が使った魔法は彼女の空間認識能力ありきのものだから、載ることはないだろう。ただ、シンヤの仮説が正しければこの個人特有の能力を突き詰めるやりかた―――恐らく、金沢魔法理学研究所の訓練を受けているだろう」
金沢魔法理学研究所?
「なんだその研究所は?金沢の第一研と関係があるのか?」
「金沢魔法理学研究所は閉鎖された魔法技能師開発第一研究所の跡地に作られた施設だ。中身がそのままとは言い難いが、元第一研の息が掛かっているのは間違いないだろう」
地理的に第三高校に近い魔法技能師開発第一研究所、通称第一研の研究テーマは「生体への直接干渉」―――とりわけ人体への干渉をメインに取り扱っていた。魔法師の人体実験は禁止されている(非合法では黙認されている部分も存在する)が、その流れをその研究所が受け継いでいても不思議ではない。
「達也さんはそんなことまでわかっちゃうんですか?」
「ああ、少し伝手があってな」
達也の言う伝手がどんなのか少し気になる。
それにしても十師族の一条ならまだしも三高からああいった顔ぶれが出てくるとは……
……面白い。