魔法科高校の事なかれ主義の規格外(イレギュラー) 作:嫉妬憤怒強欲
2095年八月三日、九校戦は開幕した。
九校戦は、十日かけて本戦、新人戦と行われる。
種目は、男女共通で『スピード・シューティング』、『クラウド・ボール』、『バトル・ボード』、『アイス・ピラーズ・ブレイク』
男子のみの競技として、『モノリス・コード』
女子のみの競技として、『ミラージ・バット』
以上の計六種目。
富士の麓という交通の便の悪い場所で行われるにも拘わらず、直接観覧するギャラリーは1日平均1万人、有線放送での中継の視聴者はその100倍を優に超えるとのことだ。
「1日目は本戦のスピード・シューティングとバトル・ボードか。七草会長と渡辺先輩とは、いきなり真打ち登場だな」
「そうですね! 新人戦では私達が出る競技だし、見逃せません!」
達也の言葉に、光井はグッと拳を握りしめた。
華やかさよりも規律を印象付ける開会式が終わり、現在は選手や観客がそれぞれ目当ての会場へと移動している最中だ。
初日は本戦スピード・シューティングの予選から決勝、本戦バトル・ボードの予選が行われる。
開会式に参加していた司波兄妹と光井、北山、エイミィに合流したオレ達二科生組は、スピード・シューティングの観戦に来ていた。
正しくは、スピード・シューティングに出場する七草真由美生徒会長の試合を観ることだった。
「しっかし、一回戦から優勝候補を出すって大会側は後のこと考えてるのかしら?」
「エリカちゃん?後のことって…」
「あれよあれ…」
エリカが呆れた顔で指を指した方、観客席の最前列には人が殺到していた。
「…あんなに最初から集めたら、後の試合は席がガラガラに空いちゃうんじゃないの?」
「スゲェ人だな…」
「バカな男が多いってだけでしょ」
「青少年だけではないようだが?」
達也の言う通り、最前列には男性が多いが女性の人数も少なくない。
長い髪の上からつけたヘッドセット、透明なゴーグル、ストレッチパンツの上から着る、ミニワンピースと見紛うほどにウエストを絞った襟付きジャケットと、可愛らしさと凛々しさが絶妙に合わさった近未来映画のヒロインのような格好をした七草会長がシンプルな形をした小銃形態のCADを持って射撃位置に立った時『素敵ですお姉様〜』と黄色い歓声を上げていた。
「お姉さまーって、全く馬鹿らしい」
「でも、会長をモデルに同人誌を作ってる人もいますし、あれくらいは普通だと思いますよ」
「美月……貴女、それを如何言う経緯で知ったのかしら?」
「美月がそう言う趣味なら、アタシも付き合い方変えるわよ」
「ち、違いますよ!?」
美月にとって何気無い発言のつもりだったようだが、周りに与える衝撃はそれで済ませるレベルでは無かった。
「そろそろ始まるぞ」
慌てふためいた美月だったが、達也の決して大きくはない、だがよく響いた言葉に冷静さを取り戻した。
それに合わせるかのように、競技開始のため静粛にとの表示と開始の合図を知らせるブザー音が鳴り、観客らは殆ど静まり返っていた。
『スピード・シューティング』の名前の由来はいかに『素早く』正確に魔法を『発射』できるかを競う、いわゆる魔法を使ったクレー射撃競技だ。制限時間内に三十メートル先の空中にランダムに投射されるクレーの標的を魔法でより多く撃ち落とした選手の勝利で、最初は1人ずつフィールドに立つ形式、準々決勝からは相手選手と一緒に立って指定された色のクレーのみを狙う対戦形式に変わるのが特徴だ。
複数の赤のシグナルがカウントを刻み、緑のシグナルが点いた途端にクレーが2つ射出された。
クレーは綺麗な放物線を描いて、有効エリアへと迫っていく。
そして有効エリアにクレーが完全に入った、その瞬間、
『『『『『おおっ!』』』』』
観客たちが感嘆の声を漏らすほどに一瞬で、2つのクレーが同時に破壊された。
七草会長の目の前で小さな白い粒が寄り集まって塊が形成され、クレーが有効エリアに入った途端にそれが射出される。
大気中の二酸化炭素からドライアイスを生成して、それを亜音速で飛ばしているようだ。
ドライアイスの白い塊は寸分違わずクレーのど真ん中を射抜き、ランダムに射出されるクレーをただの1つも取りこぼすことはない。
会長の勝ちだな。
最後の一つを打ち落とし、終了のブザーが鳴り響き、観客席から拍手喝采が起こった。
『九校戦本戦、予選 第一高校三年七草真由美 結果:パーフェクト』
「流石だな」
達也は称賛の言葉を口にしていた。
「お兄様、今の魔法はドライアイスの亜音速弾ですよね?」
「そうだな。驚くべきはその精度だ。知覚系魔法を併用し、情報処理しながらも100%の命中率」
「会長さん、クレーを打つ魔法の他に知覚系魔法まで併用してたんですか?」
驚きの声を上げた美月と、同じような表情をしている周りへの、達也の説明が始まった。
「遠隔視系の知覚魔法『マルチスコープ』。非物質体や情報体を見るものではなく、実体物をマルチアングルで知覚する、視覚的な多元レーダーのようなものだ。会長は普段からこの魔法を多用しているぞ?」
え?
「普段から使ってるのか?」
「ああ、普段から」
マジかよ。それじゃあ悪口も唇読まれたらアウトだな。
「全校集会の時なんか、この魔法で隅から隅まで見張っていたんだけどな。レアなスキルではあるが……肉眼だけであの射撃は無理だと思わないか?」
「確かに肉眼であの射撃は無理」
北山の言う通り、動体視力だけで百発すべて見ぬくのは常人ではほぼ不可能だ。
「エルフィン・スナイパーという二つ名は伊達ではないですね」
「本人はその称号を嫌ってるようだがな」
妖精の狙撃手か……容姿だけならピッタリなのであるが、性格を知っているオレからしてみれば、あまり相応しいとは思えなかった。
性格も含めれば、妖精って言うより小悪魔だよな。リトルデビル……は言いにくいな。悪戯好きの妖精ならピクシー・スナイパーといったところか。
流石にこれを口にすれば、制裁を喰らうのは間違いないので本人の前でそれを口にする勇気は流石のオレも持ち合わせていなかった。
なのだが、ステージから下りた七草会長がゴーグルを外して笑顔でこちら側に手を振りだした。観客たちにではなく個人に向けてるようだ。
会長の浮かべた笑みが優しい笑みではなく、彼女の本来の性格が見えたような何かを企んでいる笑顔に見えたのはきっと気のせいだ。
「シンヤ、あれはお前に手を振ってるんじゃないか?」
「何言ってるんだ達也、この場合普通は交流の多いお前に向けるだろ」
「そうか?そういうお前は懇親会のときも会長と親し気に話してたようだが?」
「へぇ~?シンヤ君やるわね~」
達也に便乗するようにエリカが意地の悪そうな笑みを浮かべながら言い放った。
このシスコンめ、今その話を持ち出すのかってイタイタイタイ
「……エイミィ、なんで抓るんだ?」
「…べっつにぃ」
オレの右隣の席でオレの脇腹を抓るエイミィはそっぽを向きながら、唇を少し尖らせ、少々不機嫌そうな表情をしていた。
いったいどうしたんだ?
♢♦♢
観客席にて真由美の勇姿を見届けた達也達一行はバトル・ボードの会場へと移動していた。本戦では摩利が、新人戦ではほのかが出場する競技だ。
バトル・ボードは人工の水路を全長165センチ、幅51センチの紡錘型ボードを使って走破する競技だ。ボード自体に動力はついていないため、魔法で動かすこととなる。他の選手やボードに対する攻撃は禁止されているが、水面に魔法で干渉して間接的に妨害するのはルールの範囲内である。
元々海軍の魔法師訓練用に考案されたもので、水路自体に統一された規格は存在しない。魔法使用が前提のため、一般に普及しないと考えられているためだ。九校戦用のコースは全長3キロの人工水路を3周走ることになる。直線やカーブ、上り坂やスロープといった変化があり、純粋なスピードだけではなく巧みなペース配分やバランス感覚が求められている。
予選は1レース4人の6試合で1位のみが勝ち上がり。準決勝は1レース3人で行われ、決勝は準決勝の1位同士、三位決定戦は準決勝の2位同士で行われることになる。
バトル・ボードの最高速度は約60km。ボードに乗っているだけの選手に風除けはない。向かい風を受けるだけでも体力はかなり消費するだろう。
こちらも会場は超満員となっており、前の方に観客が詰め掛けている。しかしこちらは先程とは違って、圧倒的に女性の方が多いように見受けられる。
「ほのか。体調管理は大丈夫か?」
「大丈夫です。達也さんのアドバイスしていただいた通りにしていますから」
「お兄様、ほのかも随分と筋肉が付いてきたんですよ?」
「ちょ、やめてよ深雪。私マッチョになるつもりはないよ」
達也は真剣にほのかに聞いていたつもりが、口をはさんできた深雪とほのかの会話に思わず吹き出してしまう。
ほのかは達也の反応を見るとますます顔を赤くする。
「深雪〜。達也さんに笑われちゃったじゃない」
「今のは、ほのかの言い方がおかしかっただけだと思う」
「し、雫まで・・・いいわよ別に。2人と違って私は達也さんに全部見てもらえないもん」
落ち込むほのかに達也がフォローを入れる。
「ほのか。ミラージ・バットは俺が調整してあげるだろ。練習にも付き合ったじゃないか」
だがそれは逆効果のようだったらしく、ほのかはますます落ち込んでしまう。
達也はやってしまったと思ったが既に手遅れ。ちよっと気の毒な気分になる。
すると今度は美月が話に入ってくる。
「……お兄様」
「達也さん、ほのかさんはそういう事を言っているのではないと思いますよ?」
「達也君の意外な弱点発見〜」
「朴念仁」
「なっ!」
美月、深雪、エリカ、雫の集中砲火を浴びせられた達也は言葉が詰まって何も言えなくなってしまう。レオ、幹比古、シンヤは巻き込まれまいと目をそらす。
だが、こんな理不尽な状況でも達也はめげないようにシンヤへ視線を向けつつ言い放った。
「シンヤもある意味同じだからな」
「?どういう意味――」
「ほ、ほらっ皆!渡辺先輩の番だよ!」
シンヤの言葉を遮るようにエイミィが大きな声を上げる。
「ほんとだ……む、相変わらず偉そうな女」
達也とシンヤから視線を戻したエリカは選手の中に摩利を見つけるとなぜか悪態を吐く。
摩利は既にコースの上に待機している。他の3人がしゃがんでいるか片膝をついているのに対し、摩利は腕を組んでまるで女王のように立っていた。
今4人がいるのは水の上。魔法を使っていないので、ボードの上に待機する時に大抵の選手が片膝をつく。しかし摩利は自信たっぷりな顔でボードの上に立っている。これは摩利のバランスを維持する能力が高い事を表している。
アナウンスが選手の紹介を始める。
摩利の名前が呼ばれると観客席が真由美の時同様他の選手よりも応援の声が大きい。
摩利は観客席に手を振ると一高だけでなく他校の女子生徒までが黄色い声を上げた。
「渡辺先輩は女子にも人気なんだな」
「先輩はカッコイイですもの。当たり前です」
「ふん。どうせ作ってるのよ」
摩利の人気に達也達はそれぞれ感想を言っているが、それをよそに試合が始まろうとしていた。
『用意』
スピーカーから流れる声に選手が一斉に構え、空砲と共にレースがスタートした。
そしてその直後、四高の選手が後方の水面を爆破した。おそらく大きな波を作り、自身の推進力にすると同時に他選手の妨害も兼ねようとしたのだろう。
もっとも、自分もバランスを崩してしまっては意味が無い。
だが摩利は何事もなかったかのようにスタートダッシュを決め、あっという間に独走状態に入っていた。直線でもカーブでも滝のような段差でも、一切バランスを崩すことなくコースを走破していく。水面を滑らかに進む摩利は、まるで足とボードが一体となっているかのような安定感でコースを疾走していた。
「……硬化魔法と移動魔法の併用か」
「ん?どういう事だ?」
硬化魔法と呟いた達也に真っ先に反応したのはレオだった。
「硬化魔法は物を硬くする効果もあるが、本来は“パーツの相対位置を固定する”ものだ。今回はボードと術者の相対位置を固定するのに使っている。そうして自分とボードを1つの“もの”と定義したうえで、移動魔法を掛けているんだ。しかもコースの変化に合わせて、持続時間を細かく設定している。面白い使い方だ」
「成程、つまりレオの使い方は正確には間違っていたってことね」
「うっ……事実なだけに言い返せねぇっ!」
いつも通りのエリカの容赦ない指摘に、レオのメンタルにグサリときた。
「いや、魔法はそれだけじゃないな。上り坂では加速魔法も使われているし、波の抵抗を弱くするために振動魔法も併用されている。一度に3種類や4種類のマルチキャストを展開しているのか」
「そんなにたくさんの魔法を使って、よく頭がついていくな」
感心したように呟くシンヤの言葉に、達也も心の中で同意した。
「面白い使い方だな……確かに硬化魔法の対象は、単一構造物のパーツである必要はない。これなら……」
「お兄様?」
技術者の性か、物思いに耽りかけた達也を、深雪の声が引き戻した。
摩利の姿は、スタンドの陰に入って見えなくなってしまっている。
達也は「何でもない」とお茶を濁し大型ディスプレイに視線を戻す。
真由美は芸術的なまでに磨き上げられた魔法で他を圧倒し、摩利は臨機応変に多種多様な魔法をコントロールして最大限の力を発揮する。たった1試合観ただけだが、それでも他の選手との差は歴然であることが容易に分かる。
――いや、これは既に高校生のレベルを超えているな……。
余裕のトップでゴールインした摩利に拍手を贈りながら、達也はそんなことを思っていた。
バトル・ボードは体力の消耗が激しいため何日にも分けて行われるが、スピード・シューティングはそうでないため1日で全ての試合を執り行う。準々決勝からは午後に行われるため、観客達は一旦会場の外に出て敷地内のレストランか屋台で昼食を摂り、再び会場に戻ってくることになる。
昼食休憩が終わった直後辺りの頃、一旦皆と別れた達也が向かったのは、ホテルにある高級士官用の客室だった。
その一室、普通の高校生なら近付いただけで追い返されるような雰囲気が中から漂ってきているのだが、達也は気にせずドアの前に立っている若者(とは言っても達也よりは年上だ)に声を掛けた。
「お待ちしておりました。どうぞ」
声を掛けなくとも同じ反応をしたのだろうが、達也は自分の方が年下で、恐らく中に居る人間に任されたんだろうと理解していたので声を掛けたのだ。
「風間少佐、お客様です」
客などと言った身分では無いんじゃないのか?と達也は思ったが、あえて指摘はしない。余計な口を叩けるほど、自分はこの場所で発言権は無いと思ったのだろう。
「入れ」
中から許可が出たので、立ち番の若者がドアを開ける。
達也を出迎えたのは、数日前にテレビ電話で会話を交わした風間玄信少佐だった。本来この部屋は大佐以上でなければ使えないのだが、彼が率いる“独立魔装大隊”の特殊性、そして過去の職歴が評価され、軍内では階級以上の待遇を受けている。
部屋の中央には円卓が置かれ、そこに風間以外に4人の男女が座っている。
「来たか、まあ掛けろ」
「いえ、自分はこのままで」
風間に掛けろと言われて「では失礼して」と言える間柄では無い。達也もその事を弁えているからこそその場で休めの体勢を取ったのだ。
「達也君、私たちは君を『戦略級魔法師・大黒竜也特尉』としてでは無く、我々の友人『司波達也君』として呼んだんだ。立ったままだと我々の友人関係にまで上下が存在するみたいじゃないか」
「それに、君が立ったままだと話し難いしな」
円卓のテーブルに座っている他の人間も頷き達也に着席を促す。独立魔装大隊のティータイムは円卓と決められているのだ。
「真田大尉、柳大尉……分かりました。失礼します」
部下、または仲間では無く、この場では友人だと風間と同じくテーブルを囲んでいた二人の仕官にも着席を促され、達也は一礼して席に腰を下ろすと、達也たちを出迎えた5人の中でも紅一点、レディーススーツを着こなし、まるで大企業の若手秘書の雰囲気を漂わせる女性――藤林響子少尉がティーカップを達也の前に置いた。
「まずは久し振りですね。ティーカップでは様になりませんが、乾杯といきましょ」
「藤林少尉。ありがとうございます」
「この場は藤林君の顔を立てて、再会の祝杯だ」
「ありがとうございます。山中少佐」
藤林少尉の言葉に賛同したのは、一級の治癒魔法師でもある山中軍医少佐だった。
「山中先生の場合、カップにブランデーを注ぎ足す口実が欲しいのでは?」
「めでたい席に酒精はつきもの」
「……まったく、“医者の不養生”という言葉はもっと別の意味合いだったと思うんだが」
そんな遣り取りの後、6人はそれぞれティーカップを軽く掲げて乾杯した。
久し振りとはいっても、長くて半年、短くて1ヶ月ほどなので、特に積もる話があったわけでもない。互いに近況を世間話レベルで語り合った後は、自然と話題は九校戦を狙う謎の組織へと移っていく。
「……やはり昨夜の侵入者は『無頭竜』の一員だったんですね」
「ああ、だが目的など詳しいことはまだ調査中だ」
実は昨晩、武装した怪しげな三人組が軍の施設に強襲しようとしている所を達也と幹比古が遭遇し、これを阻止している。
「達也君、お手柄だったね。もしかして警戒してたの?」
「いえ、散歩していたら偶々気配を掴んだだけですよ」
「お散歩?あんな遅い時間に?」
「試合用のCADのチェックをしていたんですよ。その後で少しブラブラとしてただけです」
藤林の疑問に達也が答える。
「それにしても、天下の“シルバー殿”が高校生の大会でエンジニアかぁ。レベルが違いすぎてイカサマのような気もするな」
「もう、真田大尉。彼だって、れっきとした高校生なんですからね?」
真田を窘める藤林だったが、そんな彼女も苦笑いを抑えることができなかった。
そしてそれをごまかすように、彼女が達也へと視線を向ける。
「ところで、達也くんは選手として出場はしないの? 結構良い線行くと思うんだけど」
「藤林。たかが高校生の競技会だ、“戦略級魔法師”の出る幕じゃないだろ」
「私だって、そこまで大規模な魔法の出番があるとは思ってませんよ。でも去年だって、十師族の十文字家や七草家がAランク魔法を使用した例があるじゃないですか」
「それとこれとは事情が違う。彼の魔法は“軍事機密指定”だ、衆人環視の競技会で使うべきではない。――達也、分かっていると思うが、もし選手として出場するようなことがあれば――」
秘匿している以上は表に出せない。というか、今ばれると後々で拙いのはよく理解している。それを抜きにしても、三高には「クリムゾン・プリンス」と「カーディナル・ジョージ」、「エクレール・アイリ」の存在がいるので、これぐらいの反則は許してほしいと思わなくもない。
「分かっていますよ。そのような魔法を使わなければならない状況に追い込まれれば、潔く負け犬に甘んじます。――もっとも、自分が選手として出場する事態になるとは思えませんが」
「心掛けの問題だ、ということだ。解っているのなら、それでいい」
♢♦♢
達也と別れ昼食を済ませたオレ達は、スピード・シューティングの会場を訪れていた。
会場内はすでに満員状態。
七草会長が出場するからという理由以外、これほど混み合う理由はないだろう。
対戦相手が気の毒だな……
「吉田君、大丈夫ですか?」
美月の一言で幹比古に視線が集中する。誰が見ても大丈夫かと心配するような顔を浮かべている。
「ちょっと熱気にやられてね。気にしないでくれ」
抑揚のない声で言われても納得する者などいないだろう。それどころか、その言葉は何とか休ませようと美月を躍起にさせた。
「体調が悪い時はちゃんと休まないとダメですよ!」
美月が幹比古にぐっと近づいて説得し始める。幹比古の体調さえ良ければエリカが茶々を入れそうな距離だが、この時ばかりは誰も余計な事を言わなかった。
「ミキ、観念しなさい。それにあんたが倒れたら、それこそ皆に迷惑がかかるじゃない」
「……わかったよ」
それが止めとなったのか、ようやく幹比古は白旗を上げた。
このまま一人で行かせるのもあれなので、オレが同伴を申し出ることにした。
「じゃあオレが部屋まで送る」
「いいのかいシンヤ?七草先輩の試合を見なくて」
「予選で一度見ているからな、別に構わない」
幹比古に肩を貸し、そのまま会場を後にする。
「具合が悪かったのなら、昼食を食べた後そのまま休んでおけばよかったんじゃないか?」
「ごめん……十師族の一人である会長の試合だから、どうしても生で見たくてね」
「まだ初日だ。七草会長以外にも十師族は十文字に一条も残っている。観戦したいなら自身の体調にも気を配った方がいいぞ」
「ははは……確かにシンヤの言う通りだ」
弱々しく答える幹比古。
エリカが言ってた通り、こいつが無理をして会場に足を運んだのには家の事情があるのだろうが、オレがそれを口に出すことはない。
ホテルのロビーに入り、幹比古の部屋があるフロアまでエレベーターで昇る。
「聞きたいことがあるんだけど、良いかな?」
「何だ?」
別れを告げようとしたオレより先に幹比古が口を開いた。
「シンヤはさ、七草会長たちみたいに強くなりたいって思ったことあるかい?」
「……随分と急な質問だな」
「詳しくは話せないけど、僕は去年ある儀式に失敗した影響で魔法力が著しく落ちてしまってね……それから座学や武術の鍛錬に精を出してたんだけど、いつまで経っても前みたいに上手く魔法が使えないんだ」
成程。いつも感じていた焦りのようなものはそこから来てたのか。
だが妙だな。コイツの魔法力はそんなに低くないと思うが。
それとも本人がそう錯覚してるのか?
「その上達也から僕の強さの基準は間違っているって指摘されてね」
「達也が?」
「うん。はっきりそう言われたわけじゃ無いけど……正直へこんじゃって、ハハ」
あいつスランプ気味の相手に容赦ないな。
「それで、もう一つの質問なんだけど、シンヤにとって強さって何だと思う?」
何故オレに尋ねるかは、この際どうでも良い事にしよう。
「そうだな……先に二つ目から答えるがこれはオレにもはっきりとは分からない。オレの持論だが、人の強さなんてそう簡単に杓子定規で測れるものじゃない。一科生のほとんどは魔法力の優劣でその”格”を測りたがる。確かに目安にはなるだろう。だが魔法師の戦いでは生来の力に頼りきった強さなどたかが知れてる」
どれほど魔法力に優れようと、当たらなければ意味がない。どれほど処理能力が高かろうが、どれほどキャパシティが高かろうが、干渉力が高かろうが、生き残った者が勝者だ。
過程は関係ない。
この世は、勝つことがすべてだ。
「そして一つ目の質問の答えだが、オレは会長たち程の強さを求めてない。今の世界の情勢下でそれ以上の力を手にしたところでろくなことにならないのは目に見えている」
特に十師族(面子問題)やら、国防軍(兵器として利用)やら、敵国(お前危険だからぶっ殺すネ的な感じ)やら。
「どうせ望むなら、平穏な日々を過ごすのに支障をきたさないぐらいの強さがオレには丁度いい」
「……シンヤってあんまり欲がないんだね」
「そうか?」
オレにとってはこれでも十分贅沢な願いだと思うが……。
「……ま、そういうわけだからあまり焦り過ぎないように気をつけろよ」
「え、あ、うん……わかった」
その言葉を聞き、オレは幹比古に背を向け歩き始める。幹比古はそれ以上何も尋ねてこなかった。
皆のもとに戻った時には、既に決勝が始まろうとしていた。
「あっ、お疲れさまー遅かったね」
「会場に入るのに少し手間取ってな」
エイミィの隣の席に座る。エイミィの話によるとオレ達が去った後、入れ替わるように達也が来たらしい。
「幹比古は?」
「ホテルに着いた頃には大分落ち着いていた。少し休めば大丈夫だろう」
体調の事かは分からないが、達也も幹比古を気に掛けていたらしい。会場が静まり返りカウントが始まる。シグナルが赤から青に変わると同時に複数のクレーが射出された。
七草会長はスピードと精密射撃で相手を圧倒している。準決勝からは対戦型という事もあり早撃ちの要素が強くなっている。差が広がっていく事に焦りを感じてか、相手のミスが目立つようになってきている。七草会長の優勢は誰の目から見ても明らかだった。
七草会長のスコアが百となり、試合終了のブザーが鳴る。
九校戦初日。一校が男女スピード・シューティング本選を制したのであった。
ちなみにエイミィはシンヤが隣の席にいる間、
(あ、あわわわわわ……!シンヤ君の隣に座っちゃった!どうしようどうしよう!?こ、ここは顔に出さないよう表情筋に力を!)
思考回路がパンク寸前に陥りながらも必死に耐えたりと忙しいのであった。