安倍晋三元首相によるコラムの第3回。安倍氏は緊迫するウクライナ情勢を巡り、「ロシアによる現状変更の試みは許されず、日本政府は主要7カ国(G7)と協力して対応することが重要だ」と指摘した。その上で、ロシアとの平和条約交渉をにらみ、ロシアとの対話のパイプを維持できるようG7の議論で主導権を発揮すべきだと主張する。
今回は緊迫するウクライナ情勢について私の見方を記したいと思います。
ロシアはウクライナ国境付近に10万人超の兵力を集結させ、ウクライナの隣国であるベラルーシで大規模な合同軍事演習も実施しました。ロシアが近くウクライナに侵攻するのではないか、との警戒感が高まる中、日本を含む各国は自国民の待避を呼び掛けるとともに、米欧中心に緊張緩和に向けた外交努力を続けています。
ロシアのプーチン大統領が求めているのは、隣国であるウクライナが欧米主導の軍事同盟である北大西洋条約機構(NATO)に加盟しないとの確約です。ロシアは昨年12月、NATOの東方拡大停止などを盛り込んだ欧州安全保障に関する合意案を米国とNATO加盟国にそれぞれ提示しました。米とNATOは1月下旬に拒否する旨を書面で回答しています。
プーチン大統領の狙いとは?
そもそもなぜロシアのプーチン政権は国際社会から批判を浴びながら、ウクライナにこだわるのでしょうか。それを読み解くカギが歴史的経緯です。
ロシアとウクライナは同じ東スラブ民族で、中世にウクライナで栄えたキエフ公国(キエフ・ルーシ)を源流としています。当時の中心地は現在のウクライナの首都キエフでした。
ウクライナはほぼ20世紀を通して旧ソ連の一部で、国家としての歩みは1991年のソ連崩壊で本格化しました。政権は親欧米派と親ロシア派とが交互に担い、2014年に親欧米派による政変で親ロ派政権が倒れると、ロシアは「ロシア系住民を守る」との名目でクリミア半島を一方的に併合し、ロシア系住民の多い東部にも侵攻しました。
国の成り立ちに加え、ロシアと欧州の中間に位置するウクライナが欧米陣営に加わるのを容認することは、ロシアにとって安保上も国民感情の面からも極めて難しいのでしょう。
また、1990年、旧ソ連が統一ドイツのNATO加盟を容認する見返りとして、当時のベーカー米国務長官など西側の要人が「これ以上NATOの東方拡大はしない」とソ連側に約束したと、プーチン氏は認識しています。だが、その後東欧諸国の加盟が続き、「裏切られた」との思いが彼にはあるのです。
こうした経緯を踏まえると、プーチン氏としては、今回の緊張を高める行動により、米国のバイデン政権やNATO側からNATOの拡大について何らかの制限を勝ち取りたい、譲歩を引き出したいとの狙いがあるのだと思います。
現在、ウクライナのゼレンスキー政権が弱体化し、バイデン氏も支持率低下に直面しています。欧州でもドイツは政権交代から間もなく、マクロン仏大統領は大統領選を控える状況です。さらに英国のジョンソン首相も支持離れで苦境にあります。欧米主要国のこうした状況を見定め、プーチン氏が間隙を突いて仕掛けたと言えるかもしれません。
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9件のコメント
MAD_DEMON
機械器具設置工事業社長
もうちょっとネタを開陳してくれてもいいんじゃないかなぁ。
もっと分かりやすく言えば、東欧の局地的なトラブルですまされてしまえば、両岸問題は言わずもがな、場合によっては日中軍事衝突ですら極東の瑣事と片付けられてしまうでしょうね。
仮想敵に一定
の遅滞行動を強いる程度の打撃力を保持することは、国家の根幹であり、自衛の範囲と言えるでしょう。さて、この自衛策に、他国の戦力を組み込んでよいものか、組み込むとしたら片務的な協定で機能するかを今一度問い直してもらいたいですね。...続きを読むしかし、安倍晋三という政治家は一線を引いてなお、これだけの怨嗟を集めるというのは、誇っていいのではないかと思い始めました。
ys
安倍さんて、総理やっている時から「外交は上手だな」と、(僭越ながら)思っていたのだけれど、この記事を読んで、「本当によく分かっているんだな〜」と改めて思った。
幸か不幸か、米国との良好な関係は日本外交にとって絶対だけれど、ロシア側の立場
というのもよく理解していて、「毅然とした態度を取りつつ、逃げ道も残しておかなければ」と考えながら行動していたのね…。まあ、日ロ平和条約交渉は、安倍政権にとっての最重要課題の一つでもありましたものね。...続きを読むほかでも聞いたことはあるけれど、台湾問題との関連の話も興味深かった。
米、ロ、欧州+背後には中国という、複雑な国際関係の中、岸田ニッポンは上手く立ち回れるのか。中国が絡む以上、「お手並み拝見」とか言っているほど、お気楽にしてはいられないのかもしれない。
いずれにしても、総理時代にはあまり聞くことができなかった、安倍さんの「外交観」が分かって面白い記事だった。
谷守
自営
安倍晋三/元首相、衆院議員「日本はロシアと海を通じて国境を接し、平和条約交渉を前進させようとしています。つまり、日本としてはG7のロシア対応の枠組みの外に出ることは避けつつ、対話のパイプを維持することが求められているのです。」
→日本の現
状をよく踏まえた、国益を損なわない、安倍議員の独自性のよく現われた見解である。...続きを読むM
安倍元総理が仰るように、ウクライナは台湾と繋がっていると思います。だからこそ、軍事力による現状変更には断固抗議をしないといけません。それに、ミンスク合意にある、『ウクライナ法「ドネツク州及びルガンスク州の特定地域の自治についての臨時令」の
導入に伴う地方分権。』という箇所がロシアによる併合に繋がる可能性はないのか懸念されます。...続きを読むただ、ロシアとウクライナが開戦するというのは、なんとしても止めないといけないと仰ることもその通りだと思います。いまG7には、プーチン大統領と既知の安倍元総理もメルケル元首相もいらっしゃいません。難しい交渉の仲立ちをする役割を岸田首相がはたされる為に、安倍元首相が特使としてプーチン大統領と会談するということが可能ならば、戦争回避の為にご尽力いただけると幸いです。
アイスマン
安倍元総理の言われることは、ウクライナについて米国、EUと共同歩調で日本も強い対応が必要ということですね。一方、ご指摘の通り、日本はロシアと直接国境を接しており、領土問題も抱えています。ロシアはそちらの方面で何らかの外交的攻勢があることを今
から想定して対応を練る必要ありますね。中国の出方はよくわかりませんが、台湾方面でロシアと連携した動きがあった場合の米国との協調方法もよく考えておく必要があると思います。こちらは日本が当事者になりますから、EUの支援も得たいところ。これは現在のEUへの日本の協力度合に関係するでしょうね。...続きを読むこの記事は有料会員限定です。リゾーム登録いただいた日経ビジネス電子版有料会員のみコメントいただけます。詳細今すぐ会員登録(有料)
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