ディスクシステムとは?
人気への陰り ~崩壊への軌跡~
好調な滑り出しに見えたディスクシステムだが、その人気に陰りが見えてきた。
1988年末、ディスクシステム発売から2年目のことだった。
主な理由として下記のようなことが考えられる。
任天堂ディスクシステムの敗因
半導体の量産化体制が整い、半導体供給が安定化、コストが安くなってきた
ディスクメディアは子供にとって扱いにくく、非常にデリケートで壊れやすい
ディスクカードを裏返すわずらわしさがある
RAMアダプタのRAM容量不足のため、何度もロードしてイライラする
開発費が抑えられるため技術を持たない未熟メーカーが多数参入し劣悪ソフトが乱立した
技術の進歩によりROMカートリッジの容量がディスクシステムを上回ってしまった
etc...
発売以来急上昇したディスクシステムの人気は見る見るうちに急下降し、一方では店頭で叩き売りされ、一方では大量に
廃棄処分された。それでも余るディスクシステムは問屋を悩ませた。
また、構造が単純うえコピーも容易に行うことができ、ただでさえ粗利が少ない上、市場へのコピーツールの氾濫や、
任天堂非公認メーカーからの成人向けソフトの発売、任天堂非公認マシンでの玩具屋店頭デュプリケート行為の横行など
末期のディスクシステム市場は荒れに荒れていった。
万全かのように思われた刻印によるコピー対策も、刻印部分を全て削ったディスクや、市販クイックディスクに取り付ける
通称「ワッカ」と呼ばれる器具の登場などであっけなく破れた。
しかし、ディスクシステムは個人レベルで解析できる単純な構造ゆえ、開発ツールやパラメータ変更ツールの発売など
マニア向けの製品も多数リリースされたのは特筆すべきで、今でも根強い人気がある理由がそこにもある。
上記の理由の他にも任天堂の主力商品がファミコンからスーパーファミコンに
シフトしており、その影響も少なからず受けたのかも知れない。
時間とともに破られていったディスクシステムの利点の数々だが、最大の
アドバンテージであった
「ゲームの進行状況を記録する機能」
もSRAMを使用したバッテリーバックアップ技術の登場によりあっけなく崩れ去った。
森田将棋(C) 1987 SETA
ファミコン初のバッテリーバックアップ機能搭載のゲームソフトは「森田将棋」だった。(1987/04/14発売)
記憶容量に至っては、拡張ができないディスクメディアに対して、バンク切り替えという新技術で次々と拡張がなされた
ROMカートリッジに最終的に軍配が上がった。
あっと言う間に市場に広がった夢のマシン「ファミリーコンピュータ ディスクシステム」。
想像をはるかに上回る技術の進歩と、市場からゲームメーカーへ求められる高度な要望を背景にディスクシステム開発を
撤退するメーカーが一社また一社、扱いをやめてしまう小売店の発生など、ユーザー離れなどを食いとめる術はなかった。
【参考資料】ディスクシステム ソフト発売本数推移
(1986年2月~1992年12月)
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