「彼のようなタイプは過去に何度も見てきた。彼くらいの年齢の者が出世し、会社を任されるようなケースに似ている。自分がその立場にいることが正しいと証明するため、すぐに目に見える形での結果を出す必要があると感じ、変化を急ぎすぎてしまうし、大きな変化を加えすぎてしまう。ビラス=ボアスにもそういう未熟さがある」
スタンフォード・ブリッジで過ごした昨季の256日間を審議の対象とするのなら、35歳のビラス=ボアスにとってこの批判に反論するのは容易ではないだろう。『デイリー・テレグラフ』紙のヘンリー・ウィンター氏も次のように書いていた。
「チェルシーでの彼の最大の失敗は、このチームのロッカールーム内での文化や、そこで待ち受けていた力ある者たちの存在を理解できなかったことだ。彼はチームを進化させるのではなく改革することを試み、結局彼が入れ替えようとした者たちによって追い出されてしまった」
戦術的な面でも、ポルトで成功したものに似たスタイルの導入を急ぎすぎてしまったが、それはチェルシーのメンバーには合わないことが多かった。チーム内で大きな存在感を持つとはいえ、スピードのないジョン・テリーに対して高いディフェンスラインを維持することを求めたのは、ビラス=ボアスが「四角い釘を丸い穴に入れようとした」ことを示す格好の例だった。
だがもちろん、彼にとって情状酌量の理由となり得る状況もあった。全ての監督にはチームの選手たちから尊重されることを望む権利があり、それはビッグネームであろうが長年活躍してきた選手であろうが関係ない。ロマン・アブラモビッチの下で、ビラス=ボアスは長期的にはチームを若返らせることを任務に課されると同時に、短期的にはチームの成功を維持しつつ規律を高めることも求められていた様子だった。これは不可能なことであり、矛盾しているとも言うべき要求の組み合わせだ。3月にチェルシーを離れた時、彼はどうすれば良かったのか分からず苛立っていたような様子で、チームに残った者から惜しまれることはほとんどなかった。彼は純真すぎたかもしれないが、唯一の戦犯だったわけではない。
ホワイト・ハート・レーンの監督に就任したことで、彼には評価の猶予が与えられることになった。だが、悪評を免れるためには過去の失敗を繰り返さないことが必要だ。レドナップがメディア受けの良い監督だったこともあって、トッテナムが開幕からの3試合でわずか勝ち点2の獲得に終わると英国メディアはすぐに批判のナイフを研ぎ始めたが、そこからの4連勝で批判は抑え込まれた。その中には、1989年にギャリー・リネカーが決勝点を奪った時以来となるマンチェスター・ユナイテッドとのアウェーゲームでの勝利も含まれていたし、2-0というスコアが示す以上に試合を圧倒的に支配していたアストン・ヴィラ戦もあった。
まだ就任から日が浅いビラス=ボアスだが、スパーズでの自分自身の仕事や選手たちに慣れてきたようだ。チェルシーで用いていたような、ウインガーを利き足とは逆のサイドの中央寄りに配置するシステムとは異なり、トッテナムの攻撃はあくまでガレス・ベイルとアーロン・レノンのサイド攻撃を特徴としている。用いているシステムは事実上同じだとしても、そのスタイルは彼の新たなチームの能力に適応するように調整されたものだということだ。能力重視的な方針を採ることで、若いスティーブン・コーカーのような選手たちにも公平にチャンスが与えられた。またジャーメイン・デフォーは1トップとして要求される役割に適応し、昨季のチーム得点王エマヌエル・アデバヨールをベンチに追いやっている。試合中のビラス=ボアスはテクニカルエリアから穏やかに指示を送り、選手たちはそれを喜んで受け入れている。ハーフタイムの指示も効果的で、直接的な効果を生んできた。
土曜日に行われた古巣チェルシーとの対戦で、ビラス=ボアスのチームは2-4の敗戦を喫した。この試合でスパーズの監督に批判される部分があったとすれば、2人のキープレーヤーが試合直前に出場できなくなったにもかかわらず、「プランB」が用意されていなかったことだ。代表の試合で臀部を痛めたムサ・デンベレが欠場したことで、トッテナムは守備と攻撃を繋ぐ彼の運動量豊富なプレーを失ってしまった。8月に一旦はクラブを離れそうになっていたトム・ハドルストンは、能力的にも中盤のバランスの面でもその穴を埋めることができなかった。ベイルは恋人の出産という「個人的理由」で試合直前に欠場を認められたが、トッテナムがそれでもピッチを幅広く使おうとする戦い方を変えなかったことを考えると、クリント・デンプシーは代役としては不自然な選手だった。
デンプシーがギルフィ・シグルズソンとポジションを入れ替えた30分頃からは少々状況が改善され、レノンもようやく試合に絡むことができるようになったが、それでもやはり主力欠場の影響が全体的なバランスに表れていることは明白だった。ビラス=ボアスは、この夏の移籍市場で惜しくも獲得できなかったジョアン・モウティーニョや、彼自身が放出を認めたラファエル・ファン・デル・ファールトがいないことを悔やんだのではないだろうか。チェルシーの最初の3ゴールを決めたギャリー・ケイヒルとフアン・マタは彼が連れて来た選手だったという皮肉も意識せずにはいられなかったはずだ。
そうは言うものの、今季のチェルシーは強大な相手である。スパーズがシグルズソンやデンプシーを獲得する一方で、チェルシーは5700万ポンドを費やしてエデン・アザールやオスカルを獲得し、マタと組ませることができた。この日の敗戦は基本的には個人の輝きや個人のミスに起因するものであり、決して恥ずべき類のものではなかった。試合前の報道はビラス=ボアスの古巣との対戦という点に集中していたが、試合後には若いポルトガル人監督に対してメディアからほとんど批判が浴びせられなかったという事実の持つ意味は大きい。AVBの青写真に従い、冷静な戦いを続けることができれば、トッテナムは成長と繁栄を続けていくことができそうだ。
文/ベン・メイブリー(Ben Mabley)
英・オックスフォード卒、大阪在住の翻訳者・ライター。『The Blizzard』などサッカー関係のメディアに携わる。今季は毎週火曜日午後10時よりJスポーツ3『Foot!』にてプレミアリーグの試合の分析を行う。ツイッターアカウントは@BenMabley