挿入話〜幕開け〜
駆け込みでやってくる来場者が相次いで、魔法学園の講堂は壁際に立ち見が並ぶほどの大盛況だった。
「こちらです」
模擬店も盛況だったため調理をギリギリまでやっていたミハイルが、急ぎ足で講堂に入ってきたのを目ざとく見つけて、糸のように細い目の細身の青年、ルカが大きく手を振る。ミハイルのために、席を確保してくれていたのだ。
彼も観客席に座っていて、隣に空席を確保しているので、ミハイルと並んで劇を観賞するつもりらしい。これだけ混んでいても、皇室のお仕着せを着た従僕が席を取っていれば誰のためかは察しがつくわけで、ミハイルの前には人々が身を引いて出来た道が開いた。
「ありがとう、ルカ。……で、お前も劇を観るのか」
「御身をお守りいたしませんと。でもユールノヴァ嬢の劇に興味はありますので、役得ですね」
細い目をにんまりとした笑みでさらに細くして、ルカは言う。
「公爵閣下と側近の方々もいらしていますよ」
ルカが示す先を見ると、確かにアレクセイと彼の部下たちが、ミハイルの席にほど近いあたりに固まっているのが見て取れた。あちらもアレクセイの隣に従僕のイヴァンがいて、彼が席を確保したらしい。
イヴァンがアレクセイに何か告げ、アレクセイがミハイルに会釈をよこした。ミハイルも会釈を返す。言われるまで気付かないあたり、アレクセイはエカテリーナが心配で気もそぞろなのだろう。
イヴァンが一瞬ルカに鋭い視線を向けたようで、ミハイルは苦笑した。ユールノヴァ領でミハイルがエカテリーナと二人きりで話した時に、時間稼ぎをしてもらったことで、ルカは未だに警戒されているらしい。もしかするとそれだけでなく、妖狐の血を引くルカを嫌うような、獣人系の魔物の系譜なのかもしれない。戦闘力が高く
「それにしても盛況ですね。エカテリーナ嬢への注目は、大変なものです」
「そうだな。彼女が出演するのだったら、これ以上だったかもしれない」
それも当然だと、ミハイルは思う。
学園内だけでも、エカテリーナのクラスの劇は前評判が高かった。
さらに、エカテリーナ自身の知らないところ、皇都の社交界などでも彼女への注目は高まる一方だ。
三大公爵家を敵対視していたセレズノア侯爵家がユールノヴァ公爵家に従ったことは、皇国の政界では大ニュースだった。詳細は知られていないが、リーディヤに先んじて音楽神の招きを受けた若き音楽家たちを引き立てたのが、エカテリーナであることはそのニュースと結びついてすでに社交界に知れ渡っている。
才能ある芸術家を見出して後援することは、貴族の美徳。推す芸術家が大成すれば、後援した貴族にとっても誉れとなる。十五歳という若さで神に招かれるほどの才能を見出した慧眼は、人々を驚かせた。
エカテリーナにまつわる話題は、『天上の青』、ガラスペン、音楽と相次いでいる。それでいて、本人は皇都の社交界には姿を現したことさえない。
学園祭という機会に彼女を見てみたい、本人は出演しないとしても彼女の作品を観てみたい、と思う貴族が数多くいるのは当然なのだ。
そして……エカテリーナがミハイルの
ミハイルはもちろん、皇帝皇后たる両親も、それについての情報操作などはしていない。
ミハイルの配偶者情報は、人々が喜んで群がる一番人気のゴシップだ。真偽取り混ぜてあっという間に話が広がるため、制御はあまりにも難しい。操作などできたものではないのだ。
情報操作などなくとも、ミハイルの挙動を見ていればそう判断される。そういうことだ。隠せるものなら隠したいけれど、それではエカテリーナ本人には、毛虫扱いされたままだっただろう。毛虫から友人になっただけで、意識などしてもらえてはいないけれど。
ミハイルとしては、周囲が勝手に盛り上がっているのにエカテリーナ本人はちっとも気付いてくれない、という状況に、憮然とするばかりなのだった。
「今の学園にはご家族が在籍していないはずの、名だたる大貴族の方々をお見かけしました。……ユールマグナ公爵閣下も、お見えでしたよ」
「マグナが?」
思わず鋭い声音でミハイルが言った時。
会場にどよめきが上がった。
幕が降りたままの舞台に、舞台袖から現れた少女。
誇り高く背筋を伸ばし、楚々としながらも堂々とした足取りで、舞台の中央へと歩いてゆく。藍色の髪、ぬけるような色白の肌、美しい横顔は大人びていて、制服姿でなければ生徒には見えないほどだ。
もちろん、エカテリーナだった。
観客席はざわめいている。彼女を知る学生たちが驚きの声を上げたり、一緒にいる家族にあれがエカテリーナ・ユールノヴァだと教えたりしているようだ。
(エカテリーナ……どうして君が?)
さすがのミハイルも、朝から模擬店の準備や調理にかかりきりで、学園に音楽神が降臨したこともオリガが招きを受けたことも知らない。だから、なぜエカテリーナが現れたのか、見当が付かずにいた。
舞台の中央で、エカテリーナは観客に向き直る。微笑んで、淑女の礼を取った。
「ご来場の皆様、ようこそお越しくださいました。わたくしは、この後に劇を上演させていただくクラスの者。エカテリーナ・ユールノヴァと申します」
再び、会場がどよめく。
講堂へ来た人々の多くが一目見ることを望み、しかしここで見ることはないと思っていた話題の人物。それが、目の前に立っているのだ。
その反応に動じることなく、エカテリーナはにこやかによく通る声で続けた。
「上演に先立ちまして、皆様に喜ばしいお知らせがございます。我がクラスの誇る歌姫、オリガ・フルールス様が、今朝ほど音楽神様に二度目のお招きを受けられました。今は神の庭にて、愛し子の皆様に歌声をお聴かせしておられることと存じます。
そのため、ただ今からの劇へのフルールス様のご出演は、叶わぬこととなりました。歌姫のお声を楽しみにご来場くださいました皆様に、お詫び申し上げます」
優雅に、かつ真摯に一礼したのち、エカテリーナは顔を上げた。
「ですが、音楽神様のありがたきご神慮により、クラスの今一人の天才音楽家レナート・セレザール様が残ってくださいました。劇中ではセレザール様の演奏がございます。必ずやお楽しみいただけることと存じます。
そして、フルールス様に演じていただく予定でありました役は」
言葉を切って、エカテリーナは自分の胸に手を置く。
「わたくしが、演じさせていただきます」
三度目のどよめき。それは、歓声に近かった。
出演しないとは残念、と誰もが思っていたエカテリーナ。彼女が劇に登場するというのだ。
「歌姫の足元にも及ばぬ非才の身ではございますけれど、精一杯に努めさせていただきます。お楽しみいただけましたら、心より嬉しゅうございます」
ミハイルは息を呑み、思わず拳を握った。こんなに急に出演することになったエカテリーナが、心配だった。彼女は賢く大人びていて、けれど無邪気でお人好しで世間知らずな、どこか放っておけない一人の少女だ。内心はさぞ、緊張しているのではないか。
自分でもこう思うのだからアレクセイは――と思ってちらりと目をやると、立ち上がりかけたアレクセイを、側近たちが必死で引き止めている様子だった。
そこに、エカテリーナの凛とした声が響く。
「皆様、どうぞごゆるりと、お楽しみくださいまし」
彼女らしい古風な口調で言って、エカテリーナは再び淑女の礼をとった。
実に優雅で、すでに劇中であるかのように舞台に映えていた。
その背後で、ゆっくりと、舞台の幕が上がる。
焦るでもなくエカテリーナは身を起こし、湧き起こる万雷の拍手の中、舞台袖へと下がって行った。
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