【壱】薄暮に霞む朝焼け
第1話 赦された殺人
コックピット閉鎖完了 ヴェトロニクスオンライン IFF正常 FCS適合 機動認証用生体データ取得 ライダー適正を確認 戦闘補助AI・NV-73-A4-LL91〈セラーナ〉のインストール完了 オペレーション開始── 3 2 1 ……。
ブゥン、と音がしてコックピットに光が灯る。尻と背中が保持される程度の座るわけでもない操縦席の周囲、前後左右上下三六〇度のスクリーンに外の映像が表示された。コンソールを叩いて戦闘補助AIセラーナにアクセス。呼び出し中におかしな嵌め心地だったヘルメットを少しいじって、伸びているチューブから蜂蜜とレモンの風味のドリンクを飲んだ。糖分と塩分、カロリーと糖質のカクテル。その他カフェインやビタミン、諸々の栄養素の類が山ほどてんこ盛りだ。こんなものを紅茶がわりに飲んでいては、あっという間に内臓が悲鳴を上げるだろうし、カフェイン中毒待ったなし。パックのドリンクが尽きたら水に切り替わる。このハイ・エナジードリンクを飲めるのは最前線で戦うライダーの特権だ。
「ライド準備完了です。レド様、ご指示を」
円環が連なったようなトレースフレームに通される腕と足。太いコードで繋がった操縦桿を両手に握る。フットスティックペダルの感触を確かめて手足を軽く動かした。問題なし。
インナースーツとVARSASの感覚フィードバック神経回路が同調し、自分と機械が一つになったような感覚。ヒトが──
「セラ、アンリアル・トランスヘッド・クリアウォーターの第二アルバムの四番のトラックをリピートして」
「『カニバル・キャンディ』ですね。……それで、ご指示は?」
モニターに映る黒い
「ああ。指示は……音量は控えてくれると助かるかな」
「そっちじゃありません。そんなことは学習済みです」
「……まったく。
「仕事は仕事です。あとで一杯付き合いますよ。もっとも私は酔いませんが」
「わかった、わかったよ。──ライドオン。起きろ、〈ネメシス〉」
黒い凶星が静かに唸る。アストロンリアクターに火が入り、瞬間的な最高推力が十九万キログラムを超える出力を発し始める。甲板の隔壁が開き、高度九二〇〇メートルの空に輝く太陽が藍色のサブカラーと黒いボディをうっすらと照らした。逆光の中、青いカメラアイが闇に煌めいた。それは星のようにさんざめいて真っ直ぐに前方を見据えた。突き抜けるような青空へ向けて、発艦準備が完了。
背中のバーニアが点火、スラスターノズルが予備噴射を開始。カタパルトのロックが解除。そして固定されたレールが加速し、火花を散らすレーンから一機のVARSASが飛び立った。
フライア級アストロン融合炉搭載型空中空母ドローミ号から発艦した黒いVARSAS──〈ネメシス〉は、バーニアを噴射してさらに加速。最高巡航速度の秒速七三六メートルに達し、それは未だに暗い薄暮の空を切り裂いて、戦場へと翔け抜けていく。バーニアスラスターから噴射されるアストロンが青い尾を引き、〈ネメシス〉は死を告げる彗星のような軌道を描いた。
コックピット内のライダー──レド・ロペスは、その後ろの座席に座る虚な目のオートマタを恋人と呼んでいる。
×
星霊暦一八八四年に終息した内乱から八年。星霊暦一八九二年現在、大陸に名だたる大国家・コルネルス王国は、激しい内乱とテロによる復興を掲げて政策を執り行い、様々な政治的外交と国内の治安維持を行なっていた。
内乱の主だった組織であった黒い揺籠は、軍事戦略的には壊乱に至ったとされているがその残党は多数。また、黒い揺籠の遺志を継ぐと標榜する組織まで勃興しており、現在はそうした不特定多数の反乱勢力との局地的な紛争が日常化している。
コルネルス王国南東のドワレベス地方空域にいたフライア級ドローミ号から発艦した〈ネメシス〉とその僚機、合計四機がフィンガー・フォーの編隊を組んで飛行していた。機種を下げて地上を睥睨する。全天候型の高感度センサーとHUDに表示されるAR情報、コックピットのモニターに映し出されるその他様々な視覚情報を視認し、処理していく。
「〈ミョルニル〉より第四小隊各位。敵実効支配地域に侵入。既に浸透している地上部隊に通達完了。敵主要基地、ワーロッカル東部沿岸基地制圧作戦開始」
「〈ベラトリックス〉了解」「〈ハルモニア〉了解」
山吹色に朱色の差し色のVARSAS、〈ミョルニル〉からの命令に、赤と水色の〈ベラトリックス〉と、ダークバイオレットに黒というカラーリングの〈ハルモニア〉がそれぞれ男女の声で応じる。遅れて、黒と藍色──〈ネメシス〉が応じた。
「〈ネメシス〉了解」
「また売れないバンドのロックナンバーか? 好きだな」
「次の休暇は、そのバンドのライブに行く。セラとね。バンドの名前は、アンリアル・トランスヘッド──」
「クリアウォーターだろ、〈ネメシス〉。各位、レーダーに敵機の反応は?」
隊長機の〈ミョルニル〉からの通信に、各々反応なしの返答。
「こちら地上作戦部隊、爆薬のセットが完了。気をつけろ、対空砲火がオンラインになってる!」
レドは舌打ちした。即座に左手に握る操縦桿のグリップトリガーを握り込む。するとアストロンバリア・ジェネレーターが起動。物理弾頭を用いる対空砲が火を噴いた。次々に地上から火線が伸び上がり、四〇ミリ砲と八八ミリ高射砲、対空迎撃ミサイルが飛び込んできた。青い燐光を発するアストロンバリア──アストロン粒子が圧縮された斥力フィールドがそれらを防ぎ、火花と爆炎を撒き散らす。もうもうと舞い上がる煙を振り払って、〈ネメシス〉が降下。僚機も即座にバリアを張って防御していた。
特定進行方向へのエネルギーを吸収、分散させる撹乱アストロン粒子パターンのバリアによる絶対的な防御。しかしこれには大きな穴があり、閾値を超える集中砲火を浴びると粒子そのものが拡散パターンに乗っかり霧散する。つまり、防御できる限界を超えた火力が前ではバリアが消える。さらに、特定進行方向からの攻撃しか防げないので、全面を守れるわけではない。そしてエネルギー供給そのものには問題はなくとも、パーツや回路が連続稼働の高熱で焼き切れるため、連続使用時間には限度があるのだ。
バリアの展開は一瞬。一度激しい波を防いだら、あとはライダーの操縦技術で回避に徹する。放熱を挟まねば、次のバリアは使えない。
レドは〈ネメシス〉のフットスティックペダルを踏み込んでジグザグの軌道を描きつつ加速。慣性をねじ伏せるような、物理法則を無視している動きだ。当然、ライダーへかかる負荷は凄まじい。コックピット内の圧力と適応環境化は済まされているが完全ではなく、激しい重力移動に全身の細胞が悲鳴を上げて血が怒鳴り声を張り上げていた。その全身の至る所が沸騰しているかのような痛みと不快感を精神力で無理矢理に黙らせ、レドはトレースフレーム越しにアストロン・ビームライフルを構える。帰ってくるのは、本物のライフルを握っているかのような重量感と感触。
スコープのレティクルがコックピットのメインモニターに表示された。地上に聳える対空設備、その動力源となっているアストロンタンクを狙う。
と、被照準のアラート。レドは瞬時に左斜め前へ加速。エイム補助でレティクルが自動補正され、レドは〈ネメシス〉の姿勢制御を一瞬で体感的に行なった。背中と腰の動きは座席の回路が神経を流れる電気信号で読み取り動作を模倣、背部と翼部の架空器官の動作は訓練で身につけた特殊な感覚で補う。その他細々としたフラップの角度はセラが補助し、スラスターの噴射はほとんど勘で出力を変えていく。
まさに神業。そんな操縦技能を、レドは今年で十六になるという若さで身につけていた。
凶星が再照準。スコープの乗る、敵アストロンタンク。
右手に握る操縦桿のトリガーを絞った。ビームライフルから圧縮されたアストロン粒子が放たれる。一直線に飛翔した青い閃光が、メロンのようなアストロンタンクに直撃して内部の液化アストロンを攪拌、直後、凄まじい轟音と衝撃波をぶちまけさせた。余波で周辺の施設が吹き飛び、キャットウォークがポップコーンのように宙を舞う。破片と瓦礫が敵歩兵を踏み潰し、飛散した窓ガラスが敵軍科学者の全身に突き立てられる。
このビームもバリアと同じだ。アストロン・ビームライフルはアストロン粒子の特定進行方向へのエネルギー効果、その性質を吸収・分散に用いるバリアとしての運用から、集中・圧縮に向けて放つ方面への仕様にいしていた。バリアにも用いられるアストロン粒子のそのままの性質を発想の転換で攻撃兵器として用いた武器である。
僚機も次々ビームを放ち、予備動力に切り替えた対空設備を砲撃。地上攻撃部隊が戦車と自走砲の砲弾と榴弾を叩き込み、パワードスーツを着込んだ歩兵が重突撃銃を抱えて進撃。
周囲に味方がいないことを確認し、レドは〈ネメシス〉を着陸させた。当然だが、あらゆる機甲兵器は自走させていない方が故障しない。VARSASも飛ばない方が故障が少なく、止まっていればなおさらだ。
〈ネメシス〉の到着に、自軍──ドローミの傭兵たちは歓声を上げた。やや遅れてきた〈ハルモニア〉、〈ミョルニル〉、〈ベラトリックス〉が各々ライフルを構えて敵基地を睨む。
「浸透していた工作員によれば、この基地では新型兵器の試験運用をしていたそうだ。前線で単独演習が可能なレベルまで完成していたとしたら、実戦配備も遠い未来ってわけじゃなさそうだが」
〈ミョルニル〉のライダーがそう言った。レドは相手がなんであれどうでもよかった。政治的思想だとか、宗教だとか、民族だとか心底どうでもいい。自分達は傭兵だ。お国のために戦う正規軍ではない。名誉や遣り甲斐では飯など食えない。国の未来を語るだけでは、腹は膨れないのだ。敵がどれだけいてどんな装備をどれだけ持っているのか。進行方向は、軍事的目的は──そういった情報以外にレドは興味がないし向けるつもりもない。馬鹿げている。相手の正義などには、欠片も目を向けない。なんのメリットもないからだ。
ヘルメットの下の藍色の目がコックピットのスコープ越しに敵を睨む。地上戦力の要であり、腕部を持つ戦車とでも形容すべきそれを照準、砲撃。アストロン粒子が装甲を食い破って削り、融解させる。駆け抜けた閃光が抜け、爆発が起こって戦車の砲塔が吹っ飛んだ。
レドは静かに息を吸って、吐く。口に滲む甘酸っぱい、吐瀉物混じりの唾液。それをハイ・エナジードリンクと共に飲み下した。血中カフェイン濃度が危険水域に達したことがアナウンスされる。
「経口補水液に切り替えて、セラ。カフェイン中毒一歩手前だ」
「恐れ多くも申し上げますが、どう考えても既にカフェイン中毒です」
「……。余計なことは言わないでくれ。敵情報の更新は?」
「切り替え完了。敵戦力は事前評価通りです。ドローミ軍の方が優っていますが、地の利は敵軍にあるでしょう。力任せな進軍は悪戯に損害を増やすだけであろうと予測します」
「だろうね。背広の連中には通用しないんだろうけど……。アストロンのパッシブセンサーにはVARSAS思しき敵影はなし。アクティブは……だめだ、ここまで粒子が散ってると意味がない」
「こちらの波動が拡散、消滅しますね。センサーとしての機能はほぼ停止でしょう。パッシブもほとんど反応が鈍いです。熱源、音源などのセンサーを解析しましたがVARSASの反応はありません。機甲戦闘車両、ヘリコプターが精々です」
敵もまさかVARSASが四機も送られてくるとは思ってもいなかったのだろう。それを察したからこそ試験機を抱えて逃げ、決死の遅滞戦術のため部隊を残したのかもしれない。
作戦はつつがなく進み、砲撃が繰り返される。基地内部に入った歩兵部隊が各部屋の制圧を宣言。敵兵士を射殺、降伏した兵士の拘束を伝えてきた。どのみちテロに加担した兵士と科学者だ。拷問の末に豚の餌のような死に様を晒すのである。それを学んでいる捕虜は、奥歯を噛んで脳に仕込んだ爆薬で自決しているのか、それらしき報告も上がっていた。
事前評価の割にすんなりとことが進むのは、ここを敵が事実上放棄したことを意味していた。同時に、ここ以外に要衝となる重要な拠点を持っているという意味でもある。
「〈ネメシス〉より各位。敵はみんな自害する。拘束しても国が殺す。ならこっちが反撃されて死ぬリスク犯す意味、あるのかな」
「やめろ〈ネメシス〉。そんなことを認めれば、それは戦争じゃなくて虐殺だ」
「戦争に法的正義を持ち出す方がおかしいんだ。人権を無視した人殺しを政治家ぐるみで正当化してるんだろう。人権大好きな慈善団体も、都合が悪い奴を殺す分には騒がないのも、結局は──」
「繰り返す。やめるんだ、〈ネメシス〉。黙っていろ。そんなことを言いたいのならインターネットで政治評論家の真似事でもしていろ」
〈ミョルニル〉がきつく重い、どすの利いた声でそう言った。レドは小さく舌打ちしてから「了解」と答える。
「レド様は正直であらせられますね。嘘をつけとは言いませんが、言葉を濁した方がいいかと」
「それで余計な誤解を生んで痴話喧嘩になるから人間っていうのは嫌いなんだよ。機械みたいなシンプルなやつの方が、付き合いやすいよ」
敵戦車へ砲撃。飛び立とうとするヘリを撃墜し、ドックから爆薬を満載して突っ込んできたジープをチェーンガンで紙切れのように引き裂く。
「お前たち機械は、人を殺す道具じゃないのに。どうして俺は、お前たちを使って人殺しをしてるんだろ」
矛盾している発言だとは理解している。だが、レドはそう言わずにはいられなかった。
殛閃のエクスアステラ ─Record of Automatiphilia ─ 御淵頼咬 @Thukinohra0707
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。殛閃のエクスアステラ ─Record of Automatiphilia ─の最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
参加中のコンテスト・自主企画
関連小説
御淵蕾雅之怪画日誌/御淵頼咬
★0 エッセイ・ノンフィクション 連載中 2話
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。