心地よいストーリーが好きな日本人、80年たっても変わらず
分かりやすいのが、太平洋戦争だ。開戦前、帝国陸海軍、そして政府のエリートたちが何度分析をしても、「アメリカにボロ負けをする」という結論は変わらなかった。アメリカの石油生産能力は日本の700倍、陸軍の「戦争経済研究班」も「対英米との経済戦力の差は20:1」と白旗を揚げていた。若手エリート官僚などを集めた「総力戦研究所」でも「緒戦は優勢ながら、徐々に米国との産業力、物量の差が顕在化し、やがてソ連が参戦して、開戦から3〜4年で日本が敗れる」とほぼ現実通りの敗戦シナリオまで読めていた。
しかし、この「日本必敗」の分析があるにもかかわらず、「先制攻撃をすれば勝てる」という主張が主流になっていく。真珠湾攻撃を立案した山本五十六は、海軍大臣への意見書でこう述べている。
要は、「先制攻撃を仕掛けて壊滅的な被害を与えれば、アメリカ人は日本人と違って根性がないので、震え上がってすぐに降伏する」というわけだ。冷静に考えれば、なんともご都合主義で支離滅裂なロジックだが、これに軍部も政府も、そして国民もわっと飛びついた。
「何度シミュレーションしても日本は負ける」という話よりもはるかに単純明快で、明るい未来を抱けるので、心情的に支持しやすいからだ。
このように「科学的データより日本人にとって心地よいストーリーの方が好き」という国民性は80年たっても変わらない。
ということは、今の永田町のムードを見る限り、史上空前のバラマキ政策を掲げる積極財政派が自民党内で主導権を握れば、その勢いのまま参院選で大勝して、日本の「バラマキ立国論」をさらに加速していく可能性が高いということだ。
実際、岸田文雄首相との「冷戦」が伝えられる安倍晋三元首相も、「責任ある積極財政を推進する議員連盟」で講演を行うなど、党内の「反岸田勢力」が「積極財政」の旗のもとに続々と集結している。
「上級国民」の間でこういう「勢い」が出てきた政策は、もう誰も止められない。
対米戦争に関しても、当時のエリートたちは内心「負けるよなあ」と思いながら結局、誰にも止められなかった。戦後、昭和天皇は「私も随分、軍部と戦ったけれど勢いがああなった」(初代宮内庁長官・田島道治の『拝謁記』から)と振り返っている。
当時、陸海軍の最高指揮権を持っていた天皇でさえも食い止めることができないほど、心地よいストーリーに飛びついた時の日本人の「勢い」の暴走は恐ろしいものなのだ。
庶民には低賃金を固定化させるだけでなんのメリットもない「バラマキ立国論」だが、ここまで来るともはや覚悟を決めて受け入れるしかないのかもしれない。
(ノンフィクションライター 窪田順生)