「やり直し令嬢は竜帝陛下を攻略中」第4部
リアタイ更新おつきあい有り難うございますSS
*公開期間:エピローグ更新まで*
※第4部のネタバレを含んでおりますので、未読の方は閲覧にご注意ください
※私的利用の範囲であれば保存可
「――演習は終了した! 全軍攻撃を中止!」
凛とした声を真っ先に張り上げたのは、ルーファスでもなければハディスでもない。なぜかローザに騎乗したリステアードだった。
ジルの意図を正確に汲んでくれたらしい。ほっとして地上におりたジルは、まず深呼吸した。
再会が再会だったので有耶無耶になってしまいそうだが、小言くらいは言っていいだろう。できるだけ素っ気なく、ハディスに振り返る。
「で、陛下――」
「僕の! 僕のお嫁さんがかっこいい!」
「……あの、陛下」
「僕のお嫁さんが! 僕のお嫁さんがっ……」
ハディスがごろごろ地面を転がったあと、だんだんと拳で地面を叩き始めた。
ジルは頬を引きつらせる。
「あの、陛下……まだそんな場合ではなくてですね」
「僕のっ……僕のお嫁さん……っ息っ……息が……ラーヴェ、息が……くるし……!」
「よしよし、確かこういうときはひっひっふーだ。ひっひっふー」
「ひっひっふー」
「へー、普段の竜帝君はお茶目さんなんだねえ」
竜帝の威厳など皆無だ。そんなところを敵であったルーファスにまじまじと観察されて、ジルはいたたまれず赤面する。ジェラルドに至っては、縛られているのに汚物でも見るような凍えた眼差しを向けていた。
「へ、陛下ってば! もう、語彙力と理性を取り戻してください!」
「僕の……かっこいい……僕のお嫁さん…………」
「昇天もしないでください、まだ後始末が山のように残ってるんですよ!」
「ジル嬢! ハディスも……何をしてるんだ」
「リステアード殿下!」
ローザに乗ってこちらにきてくれたリステアードに後光がさして見えた。
「すみませんリステアード殿下、陛下がもうだめです!」
「……的確な被害報告だな。まぁそうなる気はしていた」
冷静なリステアードが頼もしい。
「クレイトス国王陛下、初めてお目にかかります。リステアード・テオス・ラーヴェと申します」
ローザからおりたリステアードは、当然のようにルーファスの前に跪いた。一瞬ジルはぎょっとしたが、リステアードの立場では当然だ。ルーファスが鼻を鳴らす。
「レールザッツの子飼いか。君のおじいさんにはお世話になったよ。お元気かな、あの二枚舌の狐ジジイ、ラーデアに僕を快く送り出してくれたけれど」
「この度は軍事演習をご許可くださり、有り難うございました。クレイトスの魔術戦略を学ばせていただきました。何よりこの交流は、今後の両国にとって有意義なものとなると確信しております」
目を細めたルーファスに、リステアードは優雅な笑顔を向ける。
「ご子息も、ラーヴェ帝国で有意義な時間をおすごしになるでしょう。安心しておまかせください」
「君の首を斬り落としたら復讐と怨嗟が蔓延しそうだね。楽しいだろうなぁ」
つい身構えたジルの懸念を、当のリステアードは一笑に伏した。
「過分な評価を有り難うございます。ですが、私ごときをなくした程度で、ゆらぐ竜帝でも、ラーヴェ皇族でもございませんよ」
「……その竜帝は地面に転がっているようだけど?」
「気のせいでしょう」
まだ悶絶しているハディスを笑顔でばっさり切り捨て、リステアードは立ち上がる。そしてジルと、ジルの持った竜妃の神器に縛られているジェラルドを見た。
「ジェラルド王子。善は急げとも言う。すぐラーヴェにご案内しよう」
「……ご配慮、痛み入るな」
嘲笑したジェラルドに向かって、無言でルーファスが歩を進めた。ジルは低く警告する。
「近づくな、護剣をなくしたいのか」
「わかっているよ。留学にいく息子への手向けだ」
「……何?」
肝心のジェラルドのほうが警戒して、ルーファスを凝視している。ジェラルドから二歩分ほど離れたところで足を止めたルーファスは、にっこり笑った。
「寝ていなさい、ラーヴェまで」
「は? ……っ!」
ジェラルドがいきなりルーファスの魔力圧に押しつぶされた、と思ったらそのまま意識を失ってしまった。
「これで二、三日は目をさまさないだろう。せいぜい丁寧に護送してやってくれ」
「……やけに協力的ですね」
「息子の体調を心配するのは当然じゃないかな? だいぶやせ我慢していたはずだよ。女神の聖槍を振り回して天剣とやり合っていたんだ」
ジェラルドは聖槍の正当な持ち主ではない。ジルも天剣で女神の聖槍と戦ったとき、魔力の消耗が激しかったことを思い出した。
(そうか、不意を突けたにしてもやけにあっさりつかまったと思ったが……)
竜妃の力を奪う際にも、ジェラルドは聖槍を使っていた。そしてハディスとも戦い出したのだ。おそらく相当消耗していたのだろう。だからもう、自力で竜妃の神器を振りほどく力も残っていなかった。
それでも顔色ひとつ変えずこちらに気取らせなかったのだから、敵ながらあっぱれというか、苛立たしいというか。ルーファスがそれを見抜いて眠らせたことも、立派だと思うべきかはわからない。
「さて、僕はどうしたらいいかな。息子を取られた以上、調印には協力するよ」
「……サーヴェル家の本邸にお戻りください。そちらで細かい打ち合わせを」
「了解した。ではまずサーヴェル家の陣営にお邪魔しようか。転移する力が残ってないんだよね、案内を頼めるかな」
頷いたリステアードが、近くにやってきた部下を歩き出したルーファスにつける。
負けた上に息子を人質をとられたというのに、飄々とした態度は変わらない。
「……大丈夫ですかね」
「竜妃が、何を弱気な」
笑ったリステアードが、横に並んでこちらを向いた。
「ジル嬢。つらい選択をさせたと思う。だが――ありがとう、ハディスを選んでくれて」
「……リステアード殿下」
「戻ってこない覚悟はしていた。最悪、君と戦うこともだ。……そうならなくて嬉しいよ」
正面からの感謝と歓迎の言葉に、ジルも微笑む。
「……わたしも、リステアード殿下たちと戦うことにならなくて、よかったです」
「本当に、なんとかおさまってよかった」
「ですね」
「で、ハディス。今度はなんだ、僕の背中に張りついて」
気づいたらハディスがリステアードの背中に隠れていた。
「なんでジルと兄上が仲直りしてるの……」
「そもそも喧嘩などしていないがな、僕とジル嬢は」
「へー、そういう無責任なこと言うんだ……僕とジルが勝手に喧嘩しただけで自分は関係ないみたいに言うんだ、へー……」
「うっとうしい絡み方をするな。正気に戻ったなら働け。僕はジェラルド王子の護送に取りかか――っなんだ、服を引っ張るな!」
「無責任だよ兄上、ここにいて! ジルにどんな顔したらいいかわからない!」
「地面に転がる姿を見せるのはいいのにか。難しいことなどないだろう、まずジル嬢に謝罪でもして――」
「なんで!? 僕は悪いことしてないよ! 間違ったこともしてない!」
「どうしてお前はそう、変に強情なんだ……なら話し合いからしろ。いいか、僕はやることが山積みなんだ。仲直りは自分でしろ」
「こんな僕を置いてくとか兄上の風上にもおけな……待って待って兄上待ってええぇぇぇ」
「……陛下」
リステアードにすがりついていたハディスが、びくっと動きを止めた。そして急いでリステアードの背中に隠れる。リステアードはしかたなくといった体で、ハディスの盾になっていた。
(さっきまでかっこよかったのになあ)
でも、謝りたくないというハディスの気持ちはわかるのだ。ジルだって自分が悪かっただなんて先に認めるのは癪に障る。
「どうです、苺のケーキで手を打ちませんか」
でもちゃんと、自分たちなりの仲直りのしかたがあるはずだ。
目を丸くしたハディスが、リステアードの肩越しに顔を出した。
「……それって僕が、作るの?」
「わたしが作っていいんですか?」
「……。だめだね」
「でしょう。それでお茶も用意して、ふたりで向かい合って、たくさん、話すんです」
お互い、違う人間だ。大事にしてるものも、叶えたいことも、食い違ったりする。言えないことがあるのも当然だ。
でも、今だから言えることだって、きっとあるはずだ。
リステアードがハディスを背中から押し出して、倒れたままのジェラルドを担ぎ、歩き出した。
向かい合ったハディスが、苦笑い気味に嘆息する。
「サーヴェル家の厨房を借りられればいいけど」
「わたしと陛下が仲直りできずにいたら、また戦争が起こりますよって脅せばいいです。すなわち一刻も早く苺ケーキによる補給が必要です!」
「そういえば君が急に結婚していいって言い出したときも、苺のケーキだったっけ」
くすくす笑ったハディスがジルと目線の高さを合わせるようにしゃがんだ。
「抱きあげていい?」
「ちょっとなら許してあげます。凱旋ですからね」
「……まだごめんねとは言いたくないけど、これだけは言えるよ」
いつもどおりジルを抱きあげたハディスが、微笑んでささやく。
「ありがとう、ジル。僕を、選んでくれて」
スポンサーリンク