100万ダウンロードを狙う「みずほWallet for iOS」とは?

みずほ銀行と東日本旅客鉄道(JR東日本)は2018年8月1日、東京都内で開かれた記者会見で「Mizuho Suica」の提供開始を発表した。「Mizuho Suica」は、同日リリースされたiOS(iPhone)対応版の「みずほWallet for iOS」の機能の一部として提供されるもの。そして「みずほWallet for iOS」は2018年春からみずほ銀行がAndroidスマートフォン向けに提供している「みずほWallet」のiOS(iPhone)対応版だ。

Android版みずほWalletでは、みずほ銀行の口座を登録することで誰でも「スマートデビット」と呼ばれる銀行口座直結のデビットカード機能が利用できるほか、店頭での非接触決済用に「QUICPay+」の機能が自動登録され、財布を手元から取り出さずにスマートフォンだけで"タッチ決済"が可能となっている。



「みずほWallet for iOS」でも同様の銀行口座登録を行うことで残高照会を含むウォレット機能のほか、店頭決済用の機能として「Mizuho Suica」が利用できるようになる。SuicaやPASMOなど「IC」と呼ばれる交通系ICカードが使える店舗での決済のほか、機能自体は普通の交通系電子マネーなので「Express」設定を行うことで電車などの公共交通機関でも利用できる。

Mizuho Suicaへのチャージは、みずほWalletでの銀行口座経由で行えるうえ、Apple PayのWalletを通じて登録済みのクレジットカード(デビットカード)からのチャージも可能だ。チャージ金額は最小1000円から最大1万5000円まで、Suicaのチャージ上限である2万円まで自由に設定できる。オートチャージ機能はないものの、モバイルSuica会員のような会費も不要のため、カジュアルにSuicaを使うのには便利だろう。


▲みずほWallet内の「Mizuho Suica」。チャージを行うことで、通常のApple Payに登録されたSuicaと同様に利用できる。

今回の「みずほWallet for iOS」と「Mizuho Suica」リリースは、みずほ銀行側も銀行が提供する"ウォレット"アプリの利用促進の起爆剤となることを期待しているようで、同社常務執行役員の向井英伸氏は「今春リリースされたばかりのAndroid版みずほWalletだけで20万ダウンロードを達成しているが、iOS版の登場により、両者合わせて100万ダウンロードを見込んでいる」と述べており、非常に大きな期待を寄せていることがわかる。

バンキングアプリが決済機能を搭載することで、より使い勝手の向上したモバイルウォレットとして活用する動きが進んでいるが、みずほWalletではQRコード決済をあくまでオプションの1つとし、既存の電子マネーやクレジットカード事業者(JCB)と組むことで利用可能な加盟店を全国規模へ一気に拡大した点が特徴と言えるだろう。

みずほWalletはそれ自体も興味深いサービスなのだが、本稿ではむしろ「初のサードパーティへのApple Pay開放事例」として少し掘り下げてみたい。

実質的に初のApple Payのサードパーティ開放事例


▲サービスの背景や狙いを説明するみずほ銀行 常務執行役員の向井英伸氏。

通常、Apple Payにおける決済用のカードはAppleの制御下にあり、iPhoneに内蔵されたNFCアンテナやセキュアエレメント(SE、「Secure Enclave」とも呼ばれる)にサードパーティ製アプリが直接タッチすることはできないようになっている。クレジットカードやデビットカードの追加は、標準のWalletアプリを通じてカードをカメラでスキャンしたり、あるいは番号を手入力したりする形で登録する。これはフランスで展開されているブランドデビットの「Orange Cash」や、カナダで利用されている独自のデビットネットワーク「Interac」のような仕組みにおいても例外ではない。

唯一とも呼べる例外がJR東日本がiPhone向けに提供している「Suica」アプリで、Apple Payの標準機能ではSuicaの物理カードの吸い出しを前提しているのに対し、記名/無記名式Suicaの新規発行のほか、定期券や特急券のモバイル発行など、より豊富なSuica機能に対応している。

こちらはAndroid向けに提供されている「モバイルSuica」と同様に会員登録が必要なものの、「カジュアルに利用するならApple Pay」「よりSuicaを使いこなすならSuicaアプリ」という形で棲み分けがされている。このように、他のサードパーティ製アプリではできない、iPhone内のセキュアエレメントへのアクセスが可能な点がSuicaアプリの特徴となる。「Suicaの機能を使いこなす」という性質上、この外部開放されていないAPI利用が特例的に認められているのではないかと筆者は考えている。


▲なぜJR東日本はSuica技術をみずほ銀行に提供するのか。その狙い。

そして今回の「Mizuho Suica」。みずほWalletからSuicaの残高照会やチャージ制御が行えるため、実質的にAPIを通じてセキュアエレメントのアクセスが可能になっているようだ。このMizuho SuicaはWalletアプリに登録され、Apple Payで登録済みのクレジットカードを通じたチャージも可能となっている。

このあたりはSuicaアプリで発行されたSuicaのバーチャルカードと同様だ。ただし「Mizuho SuicaにはSuicaアプリからはアクセスできず、同様にSuicaアプリで作成されたSuicaバーチャルカードにもMizuho Suicaからはアクセスできない」という仕組みになっている。関係者によれば「(2つが相互にアクセスできないのは)Suicaの仕様制限」とのことで、ポリシーなど何らかの理由でJR東日本が何らかの制限を加えていることによるのかもしれない。

例えば、Suicaアプリで作成した定期券に"みずほWallet"を通じてチャージすることはできないため、Suica定期券を利用するユーザーはMizuho Suicaの仕組みを用いる場合、2枚のSuicaを1台のiPhone内で運用する必要がある。その場合、Suica定期券側は交通系、Mizuho Suicaは物販メインという扱いで、2枚を適時使い分ける形になるだろう。実際、JR東日本が解説したスライドでも両者の使い分けによる棲み分けが明示されており、同社はMizuho Suicaに"Suica経済圏の拡大"を期待しているようにも思える。

ちなみに今回の「みずほWallet for iOS」を実現したのは、大日本印刷(DNP)が開発したクラウド型の「DNPモバイルWalletサービス」の機能拡張によるもの。DNPが提供する「スマホ決済プラットフォーム」をハブとしてオンラインバンキングやSuica機能、そしてDNPが開発を担当したアプリを相互に連携させている。

みずほ銀行側ではアプリそのものはスクラッチから開発したと説明しているが、DNP側では今後、関係各社と協議しながらこのアプリをひな形として決済プラットフォームを組み合わせ同業他社へ水平展開していきたいと語っている。みずほ銀行もトレンドをリードする形でのプラットフォーム拡散に好意的であり、今回の仕組みをうまく軌道に乗せて実行に移していきたい考えだ。


▲大日本印刷(DNP)が提供する「スマホ決済プラットフォーム」の役割。

このあたりはApple Payのサードパーティ開放の初の事例としても十分に面白い。ただ、筆者がここ最近の一連の取材を経た感触からは、今後こうした事例が比較的近いタイミングで登場する兆候が随所にみられた。

「iPhoneのNFC開放」について触れた話題もそうだが、今回のMizuho SuicaについてもApple側が積極的にバックアップしていた様子があり、表にこそ出さないものの、同社としてこうした事例を多く作っていきたいという意思が感じられる。

また、みずほ銀行の向井氏によれば「みずほWalletはまだ完成形ではなく先がある」と明言しており、今回のMizuho Suicaも「Apple Payの仕組み上、iDやQUICPay+は使えないから」という消極的な理由でJR東日本をパートナーに選んだのではなく、「1年以上の開発期間を経てリリースにこぎつけた」と、かなり周到に準備と手間をかけて実現したもののようだ。



ある関係者によれば、Apple Payそのものも、現在の「iD」+「QUICPay」+「Suica」という姿がすべてではないとのこと。"次"を見越した開発や交渉が水面下で行われているようで、おそらく今回のみずほWalletを含む新しいサードパーティの新サービスとして、そう遠くないタイミングで何らかの動きがあると述べている。

なお、Appleは7月31日(米国時間)に同社会計年度で2018年第3四半期(4-6月期)決算を発表したが、その席で同社CEOのTim Cook氏は今秋にドイツでApple Payのサービスが開始されることを報告している。

ドイツで25ヶ国目となるApple Payの展開地域だが、決済インフラが比較的整った国のほとんどはすでにカバーされている状態であり、今後は地域内での利用可能店舗拡大と利用ユーザーの拡大、そしてそれを促すための"テコ入れ"が必要な段階に達しつつある。

米国ではこれまで、競合的理由からApple Payの利用"のみ"を拒否していたCVS Pharmacyのほか、米国でも最初期にNFC対応決済端末を導入しながらPOSリニューアル時に「NFC機能を無効化」してしまった7-Elevenのような店舗があったが、これらは間もなくApple Payの受け入れを開始する予定だという。"ウォレット"の機能拡充にともない、決済以外のサービスを取り込む動きも進んでおり、Apple Pay自身もこの変化に対応していく必要があるだろう。

2014年10月のサービスインから間もなく4年が経過しようとしているApple Payは、間もなくさらなる普及に向けた第2ステージへと足を踏み入れつつある、という段階なのかもしれない。