朱雀太郎

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朱雀太郎

   加奈子の部屋にお邪魔するのは今日で二度目だ。 真新しいがチープなソファーがとテーブルが目に付いた。   「買ったんだ」   「うん、他人が家に来る事なんてないと思っていたから、別にイイやと思ってたんだけど」 俺の為に備えたのかと思って慶太は胸が熱くなる。 座り心地は、ソコソコだ。   「君の財力ならもっといいやつ買えただろう」   「私は贅沢なんかしない。汗を流して得たお金じゃないから」 不味いことを言ったと思った。   「ゴメン、皮肉で言った訳じゃないんだ。俺ってデリカシーがないよな。もがく〜」   加奈子が笑った。   「慶太のもがく〜って口癖面白い。使い勝手が良さそう。私も真似していい?」    「別にいいけど」   「もがく〜」 二人は爆笑した。 こんなに笑う加奈子を初めて見た。 幸せな気分になる。 この娘を守りたいと思った。   「それじゃあ続きを聞かせてくれるか、朱雀太郎っていう科学者の話から」   「そうね、まず朱雀太郎の事から話さなきゃ」 加奈子は、2025年10月30日の東京ドームの記者会見の模様から語りだした。(*プロローグ参照) 朱雀氏が完成させた再生医療とは人類の若返りだ。 この治療を受けると、70歳の老人が20歳の身体に回帰できるのだという。 それも人間は、6度この治療が可能だという。 要するに50年の寿命が6回、合計300年の寿命が延命できるのだ。 だが誰でもこの治療は受けられない。 朱雀氏は、多くの厳しい制限を設けた。 主な項目は、次のようなものである。 まず、資産の相続と譲渡は禁止し、国へ寄付すること。 これは資本家階級が、長きに渡って権力や富を独占する事を防ぐためだ。 次に治療を受けた政治家が、再度政治家になる事を禁止した。 これも長く権力の座につかせないためだ。 宗教からの離脱を強要した。 宗教から起こる戦争やテロを撲滅するためだ。 科学者を除く同種の職業には付けなくなった。 プロのミュージシャンやスポーツ選手、芸術家が常に高収入を得られる事を危惧したのだ。 反社会的勢力や凶悪犯には再生医療は行わない。 三親等以内の接見禁止。 再生治療を受けたものは自分の家族から支援を受けさせない為である。 当然配偶者とも別れることになり、新しい戸籍ができる。 近親相姦を防ぐためでもある。      「流石に宗教の禁止は反対する者が多かったんじゃないか」 慶太は素直な意見を述べた。   「最初はね。でも百年もすれば殆ど宗教を信じる人はいなくなっのよ」   「宗教ってそんなものなのか?」   「慶太は、宗教を続ける為に三百年の延命を拒否できるの」   「自信はないかな」   「そういう事よ」 続けて加奈子は語ってくれた。 朱雀氏はこの研究が成功した直後に、先ずは日本政府と下交渉した。 朱雀氏の規則は厳しすぎると抵抗されたが、受け入れれなければ、この技術は海外に持ち込み、日本政府とは一切交渉しないと脅しをかけた。 そのような事になれば、政権は吹っ飛び国民から大批判を受けることは目に見えていた。 日本政府は全ての条件を飲むと約束した。 それにより日本は海外に先駆け、かつて経験をしたことのない経済成長を遂げる、 年金資産400兆円が経済対策に使われた。 年金給付の額が極端に減ったためでもある。 その後年金制度も必要なくなった。 金融資産が1900兆円、預金だけでも1000兆円もある日本人は、消費に走った。 当然であろう、相続や贈与ができないのであれば 使わなければ、国に寄付しなくてはいけないからだ。 日本は、世界一位の経済大国になる。 次に犯罪が90%以上減少した。 暴力団や半グレは消えてしまった。 詐欺や窃盗、傷害、談合等の犯罪が大幅に減少する。 それに連なるように、軽犯罪まで減少した。 日本は世界一平和で豊かな国になった。   「凄いな朱雀太郎の功績は」   「彼は科学至上主義者よ。科学の力で全ての問題を解決出来る世の中を創ることを臨んだの」   「なるほどね。だから科学者だけは同種の仕事を許されたわけだ」   「そうなの、それに科学者の知識や経験が豊富になり、いっそう科学が進歩したのよ」   「うまく考えたものだ。それで、日本以外の他の国はどうなったの」   「同じ様な、道を辿るわ」   「アメリカや中国にロシアもか。プライドの高いあの大国もよく受け入れたな」   「300年以上の延命よ。どんなに悪名高い指導者でも長生きしたいのよ。受け入れなければ国民が暴動を興すことは目に見えてるじゃないの」   「どんなにお金を持っていても、権力を手に入れたとしても、長寿の木の実には歯向かえないってことか」   「上手いこと言うわね、確かにその通りよ。でもそのお陰で、戦争やテロに紛争が無くなったの」   「ノーベル賞が10個授けても足りないな」 その後国という概念がなくなった。 世界が同じ価値観で生きているので、国境も必要なくなったのだ。 後に、国際連合も解散された。 元々戦争を起こさないようにする為の機関である為に必要がなくなったのだ。 代わりに世界中央政府が誕生する。 元々の国は、地方政治の役割を担うようになる。 朱雀太郎は世界中の人から感謝され崇められられるようになる。 初代、大統領には満場一致です朱雀太郎が専任された。 それに伴い、朱雀太郎が生まれた1965年が起源一世紀に変更され頭文字からST歴と呼ばれた。   「宗教を壊した朱雀氏が、宗教の教祖になったみたいだな」   「それだけ大きな功績を残したってことね」   世界共通で人間は7つに分けてカテゴリーされた。 親から生まれた世代を0世代、一度再生治療を受けたもの第一世代という具合に0〜6世代に分類した。   「しかし、なんだか妙だな。そんな明るい未来に何の不満があって中川レイコは俺たちにコンタクトを取ってきたんだ」   「それは私も気になっていたの。未来を救う為なのか、それとも」   「それとも?」   「未来を壊す為なのか」 慶太は背中に冷たいものを感じた。 そうなのだ、自分達は人類の為に正しいことをしているのか否かは定かではないのだ。 慶太の中に何となくあった違和感はこれだと思った。 レイコのヒーローになる気はないかと言われて 浮かれていただけだった。   「今後は、慎重に行動しないとな」   「同感ね」 話が一段落した所で、加奈子がラーメンを作ってくれた。   「インスタントラーメンでもチョット手を加えただけでこんなに美味しくなるんだ」   「大袈裟よ慶太、炒めた野菜炒を入れただけじゃない」   「俺、インスタントラーメン作る時そのままで何にもしないからさ」 慶太は、幸福な時を過ごしていると感じていた。 二人で麺を啜リながら会話が続いた。   「ところでさあ。加奈子の両親、まだ顕在してるんだろう」    「うん、今田舎に山を買ってそこで暮らしている」   「山を買って? へえーお金持ってるんだな」   「あら慶太知らないの。山の値段って信じられないくらい安いのよ。聞いたらビックリするくらい」   「そうなんだ。俺って世間の事何にも知らないな」 と言いながら勢い良く麺を啜る慶太。   「でもね、私のお母さん、自分の特殊能力を封印していなかったと思うの」   「どうしてわかるの?お母さんは自分の能力を嫌ってたんじゃないのか」   「私の家は何度も引っ越しをしたでしょう。お父さんもその度に仕事を代えていたから収入は安定しなかった筈なのにお金に苦労する事はなかったの。特別贅沢はしなかったけれど」   「そういう事か。君と似たような事してたんだね」   「それしか考えられない」 慶太は少し考えたあと加奈子にこう言った。   「加奈子がさっき屋上で頼んだこと事覚えてる」   「なんだっけ」   「俺にバイト辞めろって言ったことさ」   「ゴメンナサイ、まだ怒ってる?」   「いや違うんだ、俺の方からお願いするよ。バイト辞める」   「ホントに」   「女の子に面倒見てもらうのは気が引けるけど、大義のためには仕方ないと思ったんだ」   「女の子になんて言ったらレイコさんに叱られるわよ」   「いけない、そうだったな。未来の人に笑われる。兎に角よろしく頼むよ」   「分かった、任せといて。それにしても私達、今から何をするばいいのかしら」   「レイコからの支持待ちだな。でも俺がすることだけは分かっている」   「何なの?」   「バイト先に行って辞表を突きつけてくる」 胸を張ってタンカを切った。   「あらコンビニのバイトに辞表はいらないでしょう」   「折角、カッコ付けて決めたのに。もがく〜」 今後の二人の運命はどうなるのか 未来との戦いになるのか、それとも共闘するのか 朱雀氏との関係性はどうなるのか まだ何も分からないが、世界が大きく変わるまで あと5年だ。
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