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画像ファイル名:1645371290315.png-(2761181 B)
2761181 B22/02/21(月)00:34:50No.899485035そうだねx2 02:00頃消えます
※完全幻覚注意

ふと、目が醒めてしまった。
夏合宿を行う、海沿いのトレセン合宿所。窓の外はまだ薄暗く、微かに海の底の太陽が起き出したような明かりを感じる程度だった。枕元の時計に目をやる。
「早朝と言うべきか、まだ夜と言うべきか……」
雑魚寝していた隣を見ると、ラヴズオンリーユー……ラヴちゃんの布団は空になっていた。
「どこに行ったんでしょう?」
お手洗い? 早いお散歩?
そんなことを考えているうちに、私も目が冴えてしまった。せっかく起きたし二度寝するのもなんだから、浜に出てみよう。そう決めて、寝間着代わりのジャージ姿のまま、部屋を出たところで。
「っとと」
廊下に出てすぐ、何かに躓いた。慌ててバランスを取って転ばぬよう堪えてから足元を見るとそこには、寝相が悪いのか布団どころか、隣室から足が出ていた私たちのトレーナー。
「邪魔くさいですね」
私の歩みを邪魔したトレーナーの右足を八つ当たり気味に蹴り飛ばす。ぐむ、と呻く声が聞こえたけれど、そのまま再び寝息を立て始めた。

https://youtu.be/s0SGmKQ6apU [link]
このスレは古いので、もうすぐ消えます。
削除された記事が1件あります.見る
122/02/21(月)00:36:00No.899485424+
「……しまった、起きたら面倒でしたね」
やっぱり私は大概気性が荒いな、と思いながら、年季のとおりに軋む廊下を歩いていく。

まだ春は訪れぬ冬の終わり。
ラヴちゃんの海外遠征前の最終調整のため、『普段と違う環境で走ろう』というトレーナーの提案で、私たちは合宿所へ訪れていた。
調整自体は昨日で終わり、日が昇れば今日はトレセンへ帰る日。
数日間のハードトレーニングの疲れが残る中、折角だから最後に海を見ようと思った。

合宿所を出て、海を見る。するとすぐ目の前の浜、波打ち際に、よく知る人影があった。私は歩み寄り、声をかける。
「ラヴちゃん、おはようございます」
朝の挨拶をすると、ラヴちゃんは一瞬びくりと驚いたように肩を跳ねさせてから、ため息を吐いて振り返った。
「ああ、ロレーヌか……驚かせるなって」
「ごめんなさい。でも、ならなんて声をかければ?」
「そりゃ、名前を呼ぶとか肩を叩くとか……いや、名前は呼ばれたし肩はもっとビビるな」
ははは、とラヴちゃんは笑った。
222/02/21(月)00:36:37No.899485655+
みんなはよく、私をマルシュと呼ぶ。でもラヴちゃんは『マルシュって行進曲って意味だろ? なら曲名で呼んだほうがいいんじゃない?』と言って以来、ずっと私をそう呼ぶ。
なんだか、親友だけの特別な呼び名、という感じがして心地良い。
「こんな朝から何してるんですか?」
「目が醒めちゃってさ。何となく海を見てたんだ」
そう言ってラヴちゃんはまた海を見始めた。私は、彼女の隣に流れ着いていた丸太に腰を下ろす。
押し寄せる小さな波の子どもたちは、私たちよりも少し手前で海へと還っていった。
「よく海、見てますよね。好きなんですか?」
「海が? んー、いや、別に」
夏合宿やお出かけのときも、ラヴちゃんは暇なとき、海を眺めていることがある。てっきり海が好きなのかな、と思っていたのだけれど。
「なら、どうしていつも海を?」
「そう言われると困るな……特に理由はないんだけど……」
答えに困ったように少し顔をしかめて考え込んで数秒、ラヴちゃんは、ああ!と納得の声を上げた。
「なんか呼ばれてるような気がするんだよな」
「呼ばれてる? 海にですか? まさか入水とかしないですよね?」
322/02/21(月)00:37:15No.899485871+
「違う違う! んなことするワケないだろ!」
このあたしに限ってさ!とラヴちゃんは笑う。
確かに、いつでも溌剌として前を向いて輝いているラヴちゃんに限って、そんなことはないと思った。そういう人が内心崩れてるときが一番怖いのだけど。
「時々、ふと声みたいなものが聞こえるんだよな。さあ、こっちへおいでよ、とでもいうか」
「それ怖いやつじゃないですよね」
「違うと思うよ」
「今年、海外遠征を中心に考えてるのもそのせいですか?」
私はついでに、去年末から抱いていた疑問を口にした。

年末、ラヴちゃんはトレーナーに直談判していた。
『あたし、来年は海外でやりたいんだ!』
トレーナーは顔面蒼白になった。気持ちは分かる。自分で言うのもなんだけれど、私たち二人はそれぞれ違うタイプの言うことを聞かない暴れウマ娘。
仲のいい私たちのことだから、その片割れがこんなことを言い出したらもう片割れも味方をして暴れて、まず真っ当な説得はできない。

ラヴちゃんは去年一年、勝ち星は無し。二年前のオークスで、いま世を騒がせている名だたるウマ娘たちを押し退けて、光を放ったのが最後。
422/02/21(月)00:38:00No.899486134+
世間ではピークを過ぎたんじゃないか、なんて声もあって、その真偽はさておき、海外に挑戦するような雰囲気でないことは確かだった。

私は、憧れの対象で親友でもあるラヴちゃんが望むなら否定するつもりは欠片もなかったけれど。
直談判したときのラヴちゃんの気迫は、何が彼女をそうさせるのか私ですら困惑するくらいには圧が強かった。
「海外遠征の理由な……そうかも。ずっとずっと前……それこそトレセンに入るどころか物心ついて走るようになった最初の頃から、何かに呼ばれてたんだ」
今以上にずっと海を見てたらしいぜ、自分でも何でそんなに執着してるのか分からないや、とラヴちゃんは笑った。
「ラヴちゃんは、怖くないんですか?」
「怖い?」
「海外の、それも大きなレースへ今の評判で挑戦して、もし勝てなかったら……」
そうなったときの世間の声は手に取るように分かる。
まずは国内で勝て。身の程知らず。案の定負けたな。

私たちが生涯持ちうる全力で走れる期間はそう長くない。
この一年を終えたらいくらラヴちゃんでも、もう大きな挑戦はできないだろう。
522/02/21(月)00:38:46No.899486385+
そうなったとき、批判の声は落ち着いたとしても、その後の進路に関わる評価は下がる一方だとも思う。
「別にいいんじゃない? その時はその時でさ。ロレーヌは応援してくれるだろ?」
「それはもちろん……親友で、憧れのラヴちゃんが走るなら……」

ラヴちゃんは、私の憧れ。
私自身、中央でも地方でも決して恥ずかしいほどの成績ではないけれど、さりとて数多のウマ娘の中で一際輝いているわけでもなく。もし私が海外遠征なんてしようものなら批判どころか、『この子、誰?』という声が多いだろう。

それに比べて、ラヴちゃんはここ一年勝ち星から遠ざかってるとはいえ、オークスウマ娘だ。ファンも多いし、私には今なお、眩しい光を放っているように見える。

それだけに、怖い。そんな憧れの光が挑戦によって打ち砕かれ、人々から後ろ指をさされないかが。
「お前、性格荒っぽいくせに時々卑屈すぎるよ、ロレーヌ」
「ぴっ?!」
ピンッ、と額をを指で弾かれた。いたた、とそこを抑えると、ラヴちゃんはまた、ははは、と笑った。

ラヴちゃんはいつも笑っている。レースで負ければ勿論悔しそうだけれど、しばらくすればカラッとして次を見据える。
622/02/21(月)00:39:25No.899486606+
私たちの眼前でいつもと変わらず寄せては返す波が、少しラヴちゃんと重なって見えた。

どうして、そんなに強くいられるのでしょうか。
どうして、そんなに目を輝かせていられるのでしょうか。

そんな私の複雑な思いは、とっくに見透かされていたようだった。
「あたしさ、みんなみんな、大好きなんだ。愛してるんだよ」
この名前が語ってくれるようにさ、とラヴちゃんは言う。
「ファンのことは大好きだ。家族や友だちも勿論。トレーナーのことだっていつもうぜえなって思ってるけど、アレはアレであたしらのために必死になってくれてる。大好きだぜ」
「なら、もっと優しくすればいいのに」
私は性格が悪いからトレーナーとかにはきつく当たるけれど。
「なんか、誰かにだけ優しくしたりするのって不公平な気がしてな。ファンみんなに一人残らず平等に接してやれるわけでもないし」
そんな言葉を聞いて、つい口をついて想いが漏れ出してしまった。
「じゃあ、どうして私にはいつも……」
しまった、と思った。こんなこと人に聞くものじゃない。それに、もしこれで愛想笑いや社交辞令のような言葉を返されたら、私の、彼女への友情や憧れは――。
722/02/21(月)00:40:17No.899486872+
「あっはっはっは! そんな怯えた顔でビビるなって!」
でも、私の危惧は杞憂だった。ラヴちゃんは、いつものように笑ってくれた。
「一番のマブダチなんだから当たり前だろ? そりゃ家族にだって愛想はいいぜ」
そう言いながらひとしきり笑っていたのが、数秒後にぴたりと止まって。ラヴちゃんは顔を青くしてこちらを見た。
「……待てよ、ロレーヌ、まさかこの友情一方通行とかじゃ……」
「……」
「おい待て、待ってくれよ! 何だその沈黙!?」
「……どっちだと思います?」
「お前時々卑屈だけど時々意地悪だよなあ! 頼むから言ってくれって!」
「ふふ、一番の親友ですよ」
そう答えてから、私は拳を差し出す。ラヴちゃんは安堵の息を吐いてから、やれやれ、といった表情で拳を合わせた。

再び、二人で海を見つめる。
ラヴちゃんはどこへ、どんな想いを馳せているのだろう。もうすぐ向かうドバイだろうか。それともこの国から最も近い香港だろうか。まさか、芝の王者を目指す者がひしめく欧州?
そこで勝つ自分をイメージしているのか。それともそれより手前の、好敵手たちとの激戦を思い浮かべているのだろうか。
822/02/21(月)00:40:55No.899487072+
「曾祖母ちゃんはさ、あっちですげえウマ娘だったらしいんだ」
「海の向こうで?」
「うん。G1クラスを十勝だってよ」
「す、凄いですね……もうそれ、歴史的なウマ娘じゃないですか」
「そうとも、小さい頃から母ちゃんに何度も聞かされたよ。欧州生まれだけど、米国でも歴史に名を刻んだ凄い人だったんだ、って」
そう語りながら、ラヴちゃんはポケットに手を入れ、ごそごそと何かを探して取り出した。小さな、手のひらサイズの箱。そこから細長い何かを取り出すと、口に咥えて……。
「ら、ラヴちゃん!? 流石にそれは……!!」
「ん? これココアシガレットだぞ?」
「っ……あーもう!」
私はやり場のないむしゃくしゃを拳に込めて、ラヴちゃんの太ももを突いた。あうち、と冗談交じりな呻き声が聞こえた。
「はっは、こういう話をするとき、雰囲気あるだろ?」
「びっくりするからやめてくださいよ!」
「信用されてないなあ」
「私たち気性難ズを信用してる人の方が少ないですよ」
違いない、とラヴちゃんは笑いが収まらないようだった。
922/02/21(月)00:42:28No.899487566+
ひとしきり笑ったあと、ラヴちゃんは水平線の彼方へ視線を向けた。そこから立ち昇る光は先程よりとても強く、僅かに赤い太陽の輪郭の一部が見えるような気がした。
「もしかしたら、曾祖母ちゃんが呼んでるのかもしれないな」
「え……?」
ラヴちゃんはココアシガレットを咥えたまま、その右手を前へと掲げて。人差し指で、水平線の向こうに見えているであろう、開拓の大陸を指さした。
「だからあたしは、あそこへ行くんだ」
「……あそこって、まさか……!?」
ドバイでも、香港でも、ましてやトレセン生が時折人生をかけて挑む、欧州ですらなく。
ずっとずっと、海の彼方を見つめてきたラヴちゃんの目に映っていたのは。

「あたしは、行くよ。曾祖母ちゃんが待ってる米国、ブリーダーズカップへ」
「そんなの……!?」
私はいつもの、勝てるよ、頑張って、という言葉を口にできなかった。

米国、ブリーダーズカップ。
仏国の凱旋門賞とも双璧をなす――ある意味ではそれ以上に高く、越えられないと言われている壁。各分野最強のウマ娘を決める、王者決定戦。この国から挑戦し、戴冠したウマ娘は、一人としていない。
1022/02/21(月)00:43:06No.899487761+
この私でさえも。頭を過ぎった直後に自らを殴りたくなったけれど。とてもじゃないけれど、ラヴちゃんが先頭で駆け抜ける姿は、浮かばなかった。
「ま、そうなるよな」
そんな私の心を、ラヴちゃんは見透かす。
「あたし自身、何言ってんだろな、と思うよ。こんな負け続きなのにな」
「なら……」
「でもな」
ラヴちゃんは笑っていなかった。その目は真っ直ぐ、ここから見えない彼の地を見据えていて。その顔は、オークスを蹂躙する直前に、全てを越えてやると叫んだときと同じで。
「多分、あたしは今年がピークなんだ。感覚で分かる。去年は魂を充電するための時間だった。今年、あたしは全てを使い切る」

波が押し寄せる。先程よりも徐々に強まっており、時折少しの飛沫が私たちまで飛んでくる。
少しずつ、景色がスローになっていく。浮世絵が描かれたときはこんな感じだったのだろうか。見つめていたら、波が止まって、固まったようにも見えた。
その次の瞬間だった。

「あっ!」
私は立ち上がって手を伸ばしたけれど、その手は届かず。ラヴちゃんは、海に向かって走り出した。
1122/02/21(月)00:43:34No.899487904+
口から落ちたココアシガレットが、私の足元に転がる。腰から下が海に染まるのも厭わず、ラヴちゃんは二本の足で立って駆けることができる限り、深い青の世界へと飛び込んでいく。

そして、あのオークスの日と同じように、水平線の彼方へと向かって。

「あたしは! 走るんだ!」

額のサングラスが落ちて、海面を漂う。

「あたしは! 勝つんだ!」

その短い髪にも、彼の地から届いたかもしれない水がかかる。

「あたしが! 勝鬨をあげてやる!」

その後ろ姿は、初めて会ったとき、私が憧れた英雄の形。何を目指し、どこへ走ればいいか分からなかった私を導いてくれた、救世主の勇姿。
1222/02/21(月)00:43:53No.899488005+
「世界よ! 歴史よ! あたしを見つけてみろ!!」

その咆哮を聞きながら。私はどうしてか、涙が止まらなかった。

私はもう、ラヴちゃんの暗い未来が何一つ見えなくなっていた。
勝つ? 負ける? そんなこと、私は神様じゃないから分からない。世界中から強者が集まる場所で、彼女がどれだけ走れるかも分からない。
でも、私は唯一つだけ、確信できた。きっとそのとき、ラヴちゃんは、他の何よりも、眩く輝いているって。
「なあ、ロレーヌ」
ラヴちゃんは再び私へ向き直って、優しい笑顔を浮かべていた。私の涙には触れない。理由も聞かない。手を伸ばして、その先端で拳を握りしめて、ただ、一言。
「一緒に来てくれるか?」
私は浜辺に立ち尽くしたまま、涙を拭うこともせず、同じように手を伸ばした。
でも、なかなか拳を握ることができない。

一緒についていって、私に何ができるでしょうか。
どこにでもいるウマ娘の私が、目の前の英雄のために、何かしてあげられるのでしょうか。
1322/02/21(月)00:44:20No.899488153+
「深く考えるなよ、ロレーヌ」

ラヴちゃんは、ニカッと笑った。その笑顔に私は、いつも救われてきた。

負けて悔しいときも。
思い詰めて泣いたときも。
思うようにタイムが出ないときも。
自分が走っている意味は、成し遂げたいことは、一体何なのだろうと道に迷っていたときも。

いつも、いつでも。ラヴちゃんはその笑顔で、私のことをどこかへ連れて行ってくれた。

「お前に隣にいて欲しいんだよ。どんな形であっても構わない。ただ、あたしが何かを成し遂げるとき、一番近くで見ていてほしい」
ラヴちゃんは、私を格下だとかそんなことは、何も考えてはいない。一人の、一番の親友として、私のそばにいてくれた。そんなラヴちゃんが眩しすぎて、私は直視できなかった。

だから、せめて伸ばした手だけは下げないように。拳を握る勇気はないけれど、せめてこの開いた手のひらが届くといいな、と。
1422/02/21(月)00:44:38 おしまいNo.899488242+
「ずっと一番近くで見てますから、ラヴちゃんのことを」
「頼むよ、親友」
例え、あなたのように前へ進むことができなくても、その影をいつまでも支えますから。
例え、私の未来が暗いものだったとしても。

私は手を下げると踵を返して、合宿所の方へと戻っていった。
1522/02/21(月)00:44:59No.899488347+
最近教えてもらった歌なんだけど聴いた瞬間ラヴちゃんマルちゃんで脳内埋められて涙が止まらなくなったのでお出しする
幻覚初めてなのと普段幻覚スレ出勤してないから既存幻覚と乖離があったらごめんね…
1622/02/21(月)00:45:05No.899488383そうだねx5
ラヴマルいい…
1722/02/21(月)00:47:34No.899489137そうだねx2
モーメントオブザイヤー来たな…
1822/02/21(月)00:48:22No.899489400+
最強牝馬世代いいぞ
1922/02/21(月)00:48:30No.899489440+
👻見せてみな。お前の愛を
2022/02/21(月)00:56:22No.899491813+
ラヴマルだァァァァァァ!!
2122/02/21(月)00:56:53 マルシュロレーヌの嘘No.899491931+
合宿所へ戻ろうと歩みを進めると、前方のベンチに誰かの姿があった。
それは、トレーナー……ではなく。私たちと同じ、獣の耳をもったウマ娘。
「……いいですね……青春、素晴らしいじゃないですか……」
そのウマ娘は足を組みながら、ぱちぱちと拍手をした。あなたは……。
「……カフェ先輩?」
目の前に現れたのは、マンハッタンカフェ先輩。
菊花賞、有馬記念、天皇賞春と、長距離の激戦を尽く制してきた生粋のステイヤー、漆黒の摩天楼。

違和感を覚えた。
おかしい。このシーズンに合宿所を使うウマ娘など滅多におらず、今回も私たちだけだったはず。
お陰で、三人が泊まるためだけに使うのはどうか、と揉めたくらいなのだから。少なくとも今日、他に使う予定の人がいないのは間違いない。
トレセンからも距離があり、こんな時間にわざわざ訪れるようなことも、ない。
「海外へと挑む憧れの英雄……そんなウマ娘に親友と呼ばれ、隣にいてくれと……これはこれは、絵に描いたような感動の物語じゃないですか……」
「あ、あの……」
カフェ先輩がベンチから立ち上がる。その所作一つ一つに、どこか畏れのようなものを感じる。
2222/02/21(月)00:57:17No.899492044+
違う。カフェ先輩ではない。あの人はもっと物静かで、丁寧で、穏やかで。
目の前のウマ娘は、むしろ私たちと同類――どころか、暴れ癖のある私たちをも喰い殺しかねない、狂気を放っている。

一歩、一歩と私へと近づいてくる。

「マルシュ……アナタは、それでいいんですか……?」
「それでいいんですか、って、どういう……」
脂汗が滲む。目の前のウマ娘が一歩進むたび、私は一歩後ろへと下がる。けれど私の足は恐怖で大きくは動かせず。その間にも、ウマ娘は大股で笑みを浮かべながら歩み寄ってくる。
「英雄のあとをついていく小間使いで、アナタは満足ですか……?」
「ッ……!!」
ぷつん、と。頭の中で、何かの糸が切れた音がした。それまで感じていた恐怖はどこかへと消え去って。私は歯を噛み締め、歪んだ笑みを湛え続けるウマ娘へと激情に駆られて走り寄り、その胸ぐらを掴んだ。
「小間使い……?!」
「へえ……いい顔できるじゃないですか……」
「私とあの子の絆を、莫迦にするなよ……!!」
言葉を普段のように操ることもできず、この耳が似合う獣のような形相の私を見て、ウマ娘は一際大きく笑った。
2322/02/21(月)00:57:46No.899492183+
そして、少し仰け反ると。
「オラッ!!」
そのまま勢いよく、私の額に自身の額をぶつけた。
いきなり強烈なヘッドバットを受け、私は衝撃に手を放し、そのまま後ろへといくらか吹き飛ぶ。
砂浜に尻もちをつくと、少し遅れて強烈な痛みが額を襲った。
「いったあ……!」
「こういうときは先手必勝なんだよ、覚えときなお嬢ちゃん」
先程まで形ばかりでもカフェ先輩のふりをしていたウマ娘は、もう被ってた皮を脱ぎ捨てたようだった。
外見だけは双子のように瓜二つだけれど、その表情、所作、そして声色と口調は、どれをとってもカフェ先輩とは似ても似つかなかった。

「よおマルシュ、お前ラヴに帯同して、ブリーダーズカップを観に行くんだって? 何のために?」
座り込んだまま痛む額を手で抑えて堪えるように俯く私の髪を、ウマ娘は片膝をついて荒っぽく掴む。
そのまま力任せに引っ張って私の顔を上げさせると、ずいっと自身の顔を寄せてきた。
私は抗うことができず、でもせめて心は負けないようにと、私たちを侮辱したウマ娘を睨みつける。
2422/02/21(月)00:58:15No.899492311+
「ラヴちゃんが、隣にいてくれと言ったんです。私もラヴちゃんが勝つことを信じ、祈っています。彼女の一番近くにいて、その勝利を見届けるために――」
「そうじゃねえだろ」
ウマ娘は歪んだ笑みを消した。大一番に挑む前のカフェ先輩のような、強い意思の籠もった目で私を射抜く。

放たれる、私に有無を言わさぬ圧力。
決して負けてなるものか、などと息巻いていたのに。まるで呼吸が難しくなったかのように、私は口をパクパクとさせて何もできなかった。
「ラヴを応援する。ラヴの闘いを見届ける。ラヴの勝利を目にして喜びを分かち合う。幸せを胸に帰国する」
ウマ娘は言葉を並べる。
「そうじゃねえだろ。マルシュ、お前の本心は」
その言葉を聞いた瞬間。

閃光か、電撃か。視界が白黒にチカチカと点滅して、頭の中を何かが駆け巡った。
そのまま頭の中だけでなく。腕を。背筋を。腰を。脚を。
そして全身をジグザグに走り、この心臓をも。
私の全身を、ウマ娘の走りを生み出す全てを、ここじゃないどこかの世界から来たのかもしれない衝撃が駆け巡った。
2522/02/21(月)00:59:36No.899492679+
「お前が本当に望んでいることは、なんだ?」
「私が……私が、望んでいることは……」
ラヴちゃんに勝ってほしい。私の憧れの英雄、救世主に、その光を保ったまま前に進んでほしい。そのためなら、私はなんだって――。

「なあ、マルシュ」

そんな私の思考を、ウマ娘の言葉が遮る。その声は相変わらず荒っぽくはあったけれど。
少しだけ。ほんの少しだけ。カフェ先輩が後輩を思いやるときのような……いえ、もしかしたらそれ以上に。
私のことを思い遣るような、心配するような、優しく言い聞かせるような。そんな母か祖母か何かのような、穏やかな色が含まれているように感じた。
「憧れってなんだ?」
「憧れ……」
憧れは、その人が凄いと思ったり、そばにいたいと思ったり、追いかけていきたいと思ったり――。
「違うんだよ、マルシュ。憧れってのはな、その横に並びたい、越えたいってことだ」
「あ……」
ウマ娘は言い聞かせるような目で、私を見る。その言葉に、私はラヴちゃんと出逢ったときのことを思い出した。
2622/02/21(月)01:00:05No.899492791+
確かに突然綺羅星のように目の前に現れたラヴちゃんは、笑いながら迷っていた私の手を引いてくれた。
その後ろをついていけば、私はもう迷わずに済むと思った。でも、そのとき、私が本当に思っていたのは――。
「私……」
「……ああ」
「私、ラヴちゃんみたいに、なりたかったんです」
いつも笑ってるとか、何があってもへこたれないとか。そういう表面的なことではなくて。
「何かを目指して、可能性も何も越えて、それを掴み取りたいって」

手が、震える。
口が、震える。

「大好きなラヴちゃんの隣にいても恥ずかしくないような……互いに対等に称え合えるような、喜び合えるような……」
あの日夢見た、私たち二人の姿を思い浮かべて。そこで誇らしげにラヴちゃんと拳を合わせる私は、周りの誰よりも堂々と、胸を張っていて。
「世間に恥ずかしい成績とかじゃなくて。ラヴちゃんと親友だって叫んでも恥ずかしくないような」
口の震えが、どんどん強くなる。
2722/02/21(月)01:00:35No.899492939+
「……私、自分に嘘をついていました」
「知ってる」
「私、私、は……」
ついさっきまで敵だと思っていたウマ娘に、何故でしょうか。どこか、母に感じていたような温もりを覚えて、胸にすがりついて。
「応援したいんじゃない……ラヴちゃんと一緒に勝って、二人で互いの勝利を笑い合いたかったんです……!」
ぼろぼろと、先程とは違う涙が溢れ始めて、もう止まらなかった。
私は、ウマ娘の胸の中で震えた。そのまま嗚咽を漏らし続ける私を、ウマ娘は優しく抱きしめて……。

なんてことはなかった。

「何女々しく泣いてんだテメェも気性難のくせに!」
「あだっ!?」
再びヘッドバットが額を襲う。とはいえ先程のような攻撃的なものではなく、ラヴちゃんのデコピンのような。あれよりは確実に痛いけれど。
「ほら立て、マルシュ」
「は、はい……」
2822/02/21(月)01:01:45No.899493261+
一転して母というよりオカンとでもいうような勢いに、私は涙も吹き飛んで恐る恐る従うことしかできなかった。
「クスクス……気性難とはいっても思春期の小娘か。まあいいだろ」
ウマ娘は私を立たせるとパッパと軽く砂を払い、先程と比べればまだまともな表情で笑みを浮かべた。
「お前はやりゃあできるんだよ。卑屈すぎるだけで」
「そうでしょうか……」
「当たり前だろ。お前ら二人とも、俺の……」
そこまで言いかけて、ウマ娘はゲホンゴホンとわざとらしい咳をした。

そのまま私の肩を掴むと、ガッと海の方へと体を向けさせて。
「あー、何でもねえ。とりあえずラヴに喰らいついてこい。日本も米国も驚かせてやれよ。そしたら俺もちょっと気分いいしな」
クスクス、と笑い声が背後から聞こえる。
あなたは誰? さっきから時折何を言っているんですか?
色々と言いたいことはあった。でも、なんだか聞いてはいけない気もした。それに何も聞かなくても、少し分かる気がする。

ラヴちゃんを幼い頃から呼んでいた声。もしかしたらその声と似た、何かなのではないでしょうか。
2922/02/21(月)01:02:39No.899493484+
「ラヴだけじゃねえ。お前のことも、この国に、あの国に、世界に。広い広いこの星の中でちっぽけなお前を、見つけさせてやれ」
バン!と大きな音ともに、背中を叩かれた。
その衝撃とともに、私の中で何か歯車のようなものが動いて。両の脚が、これまでにない熱を放って。

「マルシュロレーヌ、ここにあり、ってな!!」

その叫び声に振り返ると。そこには、誰もいなかった。
「……何なんですか、あなたは」
ため息をつく。と同時に、先程の涙がまだ目元や頬にへばりついているのに気づいた。それをジャージの袖で拭って。

私は海の方へとまた目を向けて。そこには、まだ波打ち際で水平線を眺めるラヴちゃんの姿があった。
私はまだ冷たい、沈み込むような砂浜を走る。
芝を中心に走る子たちは、合宿のときなどによく足を取られているのを見る。
でも、私は僅かも体幹がぶれない。確実に、間違いのない足取りでラヴちゃんのもとへと走っていく。
ざぶっ、ざぶっ、と砂を踏み抜く音に、ラヴちゃんは近づく私に気付いたようだった。
3022/02/21(月)01:03:05No.899493592+
「ん、ロレーヌ。合宿所に戻ったんじゃなかったのか?」
「あの……私、ラヴちゃんに言いたいことがあって」
えっ、なんかやっちゃった?
そんな表情をしながら、ラヴちゃんの体が緊張で固まる。それを見て私は、クスクスと笑う。……あんな短時間の会話なのに、笑い方が感染っていることに少し嫌気が差す。

私の笑いに緊張が解れたラヴちゃん。ふーっと息を吐く彼女と向き合い、私は少しだけ迷ったけれど、すぐに思いを口にする。

「私も走りたいんだ、ブリーダーズカップ」

少しだけ、勇気を出した。ラヴちゃんに限ってないとは思うけど、少しだけ、お前が?と言われないかが怖かった。
でも、ラヴちゃんは。

多分、出逢ってからこれまでで一番の。
オークスを勝ったあとよりも何よりも嬉しそうに大きな、特大の笑顔を全身で表していた。
3122/02/21(月)01:04:07No.899493859+
「ロレーヌぅ!!!」
「わっ!? ラヴちゃん!!」
ラヴちゃんは満面の笑みを浮かべながら私を抱き上げ、嬉しそうに何度も何度もぐるぐると回った。その間中、ずっと同じことを口にしていた。

「ロレーヌが一緒に走る! 同じ世界最高の舞台で! 私とロレーヌが! 世界中が見てる前で!!」

何度も何度も口にする。その声は、最初はいつもの明るさの何倍か、というもの。
それが次第に少し震えて、目尻に雫が溜まって。一方の私は、ぐるぐると目が回っていた。
それはラヴちゃんも同じで、しばらくして目を回して尻もちをついてしまった。私は砂浜に放り出され、顔から砂に落ちる。
「どへ!!」
「あぶ!?」
数秒、痛みに耐えるように互いに沈黙して。砂を払って立ち上がると、二人で顔を見合わせて笑った。
「そういうロレーヌの言葉さ、ずっと待ってたんだ」
「でもラヴちゃんと同じ舞台で走れるチャンスなんてなかったし」
「そりゃそうだ、芝とダートだもんな」
3222/02/21(月)01:05:10No.899494135+
そういう意味で言うと、ブリーダーズカップって私たちのために用意されていたのかもしれない。
……流石にそれは言い過ぎか。先人たちにも失礼だ。
私たちはたまたま二人の想いを重ねられる、その場所に運良く出逢えただけ。

ラヴちゃんと並んで、再び水平線を見つめる。
足元に押し寄せる波も、空を飛び始めた水鳥の鳴き声も、夜の漁から戻ったらしい遠くに見える船も。
全ての景色が、先程までとは違う色に見えた。
「これが、ラヴちゃんが見てた景色……」
「あたしの?」
「あの海の向こうへ行こうって思える景色」

水平線から、今日もまた、全てを照らす光が昇る。
昼間の青空に光る白とは違って、背後に燃え盛るような緋色が広がる。
宇宙の群青とのグラデーションが、私たちが渡ろうとしている水面に映る。
さっきまでの私だったら、どんな風に見えていたのだろう。
3322/02/21(月)01:05:46No.899494278+
「ロレーヌ」
「うん」
「二人であの太陽をぶち抜いて、ずっと向こうまで飛んでいこうぜ」
「びっくりするでしょうね、みんな」
「おうよ、世界中が『だれー?!』って叫ぶだろうな」
「それが歴史に刻まれたら、とっても気分がいいでしょうね」
「いいねいいね! そうだよロレーヌ、お前それくらい前向きな方がモテるぜ!」
「……別にモテたいわけじゃないですけど」
会話を交わしながらも、互いに互いの顔は見ない。見なくても、どんな表情をしているかよく分かるから。
「でも、トレーナーがまた卒倒しそうだな」
「あ」
「多分あたしの比じゃないぞ。胃薬くらい手向けに持ってってやろうか」
「え? お金勿体ないですよ」
「……お前ほんと、あたしよりいい性格してるよな」
3422/02/21(月)01:06:11 今度こそおしまいNo.899494375そうだねx1
「……っぷ。あはははは!!」
「だーっはっはっはっは!!」

そんな話をして、私たちは世界中に響くんじゃないかってくらい、大声で笑った。
ずっとずっと二人で笑い続けながら、昇る光を見ていた。
目が醒めて外の空気を吸おうと浜へ出てきたトレーナーが、二人になにかあったんじゃないかと血相を変えても。私たちは二人で、ずっとずっと笑い続けていて。
前を向いたまま、握った拳を互いにガツンとぶつけ合った。

水平線の彼方、光を放つ太陽よりも更に向こう。

蜃気楼のようにこの目に映る大陸に、宣戦布告の視線を向けながら。

私の瞳はきっと、隣でまだ見ぬ好敵手たちへ戦意を向ける英雄と同じように。
眩く、世界を照らす輝きを放っていた。
3522/02/21(月)01:06:48No.899494506+
SSお前…
3622/02/21(月)01:07:11 sNo.899494600そうだねx6
隙を生じさせぬ二段構え
実はロレーヌちゃんは嘘をついていたんだね
ここから二人は歴史に名を刻むんだ…尊いよ…
3722/02/21(月)01:08:10No.899494843そうだねx1
深夜だと言うのにすごい勢いで尊みをぶつけられて死にそ
3822/02/21(月)01:10:58No.899495413+
この二人だとGReeeeNの愛し君へも好き
https://music.youtube.com/watch?v=9XifO27De4Y [link]
3922/02/21(月)01:14:30No.899496118+
待ってくれたまえ 尊みの洪水をワッと いっきにあびせかけるのは
4022/02/21(月)01:15:55No.899496419+
夜中になんてもの見せるんだ!
眠れなくなったじゃないか!
4122/02/21(月)01:16:23No.899496521+
アグネスデジタルは生命活動を停止
死んだのだ
4222/02/21(月)01:18:35 sNo.899496983そうだねx4
だってあんなに仲良くて片方がいなくなると寂しがっちゃうような二人が揃ってBC下して歴史に名を残すなんて尊みしかないじゃん…そりゃ幻覚も見るよ…
4322/02/21(月)01:20:15No.899497313+
ラヴちゃんは来れる希望あるけどマルシュはどうだろうなぁ…
4422/02/21(月)01:20:17No.899497319+
ラヴマルはDMMが言ってるからな
4522/02/21(月)01:21:23No.899497569そうだねx3
ラヴちゃん現役最後の仕事がマルシュとの併せなの良すぎた
4622/02/21(月)01:29:20No.899499153+
サンデーサイレンスの3×4いいよね…
4722/02/21(月)01:34:15No.899500155+
あっあっあっ尊みがすごい
4822/02/21(月)01:37:57No.899500921+
友情って尊いんだな…恋愛が全てではない…
4922/02/21(月)01:39:28No.899501204+
凄く尊いなぁと思うと同時にトレーナーさん色んな意味で苦労してそうだなあとも思った
5022/02/21(月)01:39:47No.899501262+
カワーダってこんな気持ちだったのかもしれん…
5122/02/21(月)01:45:16No.899502299+
>凄く尊いなぁと思うと同時にトレーナーさん色んな意味で苦労してそうだなあとも思った
それ考えるとこの二人を同時にここまで育て上げたってすごい腕だな
5222/02/21(月)01:49:08No.899503072+
実装されて二人同時PUとか恐ろしいことになったら2回天井しそう…
5322/02/21(月)01:49:54No.899503207+
🤖……

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