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「ロシアのウクライナ侵攻」はディスインフォメーション:真相を掘り起こす

米国政府や欧米の有力マスメディアによって流されている噓

塩原俊彦 高知大学准教授

 戦争のように、複数の国家が武力闘争を展開するとき、双方の「言い分」に耳を傾ける必要がある。より中立性に近づこうという志向性があるならば、一方だけの情報に依存してはならない。その意味で、いまさかんに流されている「ロシアによるウクライナ侵攻があるかもしれない」という情報は「意図的で不正確な情報」を意味する「ディスインフォメーション」そのものではないかという気がする(ディスインフォメーションについては、拙稿「情報操作 ディスインフォメーションの脅威」などを参照)。

 最初に「ワシントン・ポスト」が米国政府のリークをもとに騒ぎ立て、それに「ニューヨーク・タイムズ」などの有力マスメディアが追随し、これに乗じるかたちで日本のメディアも「ロシアのウクライナ侵攻」の可能性が高いかのような情報を拡散させている。

shutterstock.com拡大Tomasz Makowski/shutterstock.com

 しかし、「真のジャーナリズム」をめざすのであれば、米国寄りの一方的な情報だけに頼るのではなく、ロシアの情報を含めた多角的な観点から、この問題について冷静に考えることが必要になる。ここでは、こうした当たり前のことさえできずにいる日本のマスメディアを叱咤(しった)激励する意味を込めて、ジャーナリズムの良心を込めた考察をお届けしたい。

事実関係の確認

 2021年12月24日付で公開した拙稿「米ロ首脳会談をどう解釈すべきか:ウクライナをロシアにとっての「台湾」とみなすと見えてくる真の構図」において、2021年12月3日付の「ワシントン・ポスト電子版」に掲載された「ロシア、ウクライナに対して17万5000人の部隊がかかわる大規模な軍事攻撃を計画、米情報機関が警告」なる記事がディスインフォメーションそのものであると論じた。「米政府関係者およびワシントン・ポストが入手した情報文書」に基づく情報が「真実」であるとみなすことはできないからだ。

 それだけではない。このディスインフォメーションの発信源がヴィクトリア・ヌーランド国務省次官ではないかとも指摘しておいた。彼女は、2013年から2014年にかけて表面化したウクライナ危機当時、国務省次官補としてウクライナ外交の直接の責任者の立場にあり、マスメディアを利用した情報操作に慣れた人物として知られている(詳しくは拙著『ウクライナ・ゲート』や『ウクライナ2.0』(いずれも社会評論社)を参照)。ヌーランドの夫は、同じユダヤ系のロバート・ケーガンであり、いわゆる「ネオコン」(新保守主義ないし新保守主義者を指す)の論客だ。そのネオコンはイラク戦争当時、ユダヤ系のマスメディアのネットワークを使って情報操作を行い、イラク戦争を正当化する一方的な歪曲(わいきょく)した情報を世界中に発信しつづけたことで知られている。だからこそ、ヌーランドも姑息(こそく)な手段を用いて情報操作をしてもおかしくない人物ではないかと懸念されるわけである。

「トンキン湾事件」を忘れるな!

 筆者が強調したいのは、米国政府が意図的に不正確どころか、まったくの嘘(うそ)の情報を流して戦争をはじめたケースが複数あるという歴史を忘れてはならないということである。

 近くは、ジョージ・W・ブッシュによってはじめられたイラク戦争だ。前述したネオコンはイラク戦争を主導した。当時、ネオコンは、①サダム・フセインとアルカイダとの密接な関係、②大量破壊兵器の存在、③非民主的な独裁政権の打倒を理由に戦争をはじめた。だが、①と②については、ネオコンが提示した証拠は真っ赤な嘘であったことが後にわかった。でっち上げた証拠によって、戦争を行ったことになる。

 もう一つは、ジョン・F・ケネディ暗殺で副大統領から大統領に昇格したリンドン・ジョンソンが1964年11月3日の大統領選を前にした8月にトンキン湾事件をでっち上げたという事実を思い出してほしい。ベトナムが社会主義化すれば、その周辺地域が相次いで社会主義化するという「ドミノ理論」を信じながら、目前に迫った大統領選に勝利するもくろみもあってベトナム戦争に参加する口実をつくり出したわけである。そこでは、拡大しつつある社会主義からの「自己防衛」が主張された。こうした動きにマスメディアが全面的に協力し、ベトナム戦争への参戦が正当化されたわけである。そして、ジョンソンが大統領に選出された。

 たぶん、いまの局面はこの民主党出身のジョンソンのころとよく似ている。不人気で、高齢のジョー・バイデン大統領にとって、2022年秋の中間選挙を前にウクライナで戦争が起きれば、「分断」で揺れる米国を一枚岩にして民主党の中間選挙での勝利も夢ではなくなる。そうなれば、自身の再選の可能性も高まるだろう。

 ちょうど格好な例がある。場所は英国だ。2022年1月22日(土曜日)夜、英国の外務・英連邦開発省(外務・英連邦省と国際開発省を統合したもの)は、ウラジーミル・プーチン大統領がウクライナに親ロシア派の指導者を据えようと企(たくら)んでいるとの発表を行った。だが、この唐突な発表には違和感がある。コロナウイルス規制に違反したダウニング街のパーティースキャンダルのなかで辞職を迫られているボリス・ジョンソン首相が注意をそらす目的で目くらまし作戦に出たのではないかという疑いが濃厚なのだ。

 2022年1月23日付の「ニューヨーク・タイムズ」は、「土曜日のウクライナでのクーデターの可能性についての発表も、日曜の朝刊とニュース番組での放送時間を稼ぐためのタイミングであったように思われる」と指摘している。つまり、政府によって意図的な情報操作がはかられた可能性が高い。臆面もなくディスインフォメーション工作がジョンソンによって仕掛けられた可能性を否定できないのだ。

 過去においても現在においても、たとえ米国政府であろうが英国政府であっても、その情報発信をそのまま鵜呑(うの)みにしてはならない。これこそ、ジャーナリズムの大原則だ。

米シンクタンクの冷静な分析

 筆者は先に紹介した記事のなかで、つぎのように書いておいた。

 「賢明なる読者であれば、いきなりウクライナを攻撃する計画があると言われても、眉に唾(つば)をつけるだけだろう。たしかにいまでも、ウクライナ東部のドンバス地域において、ウクライナからの分離独立をねらう勢力がロシアの支援を受けてウクライナ政府と戦闘状態にある。だからといって、いきなりロシアがウクライナ全土に攻め込むことはないだろう。あるとすれば、ドンバス地域での戦闘激化から、ロシアのパスポートをもつ者の多い同地域の安全確保を理由にロシア軍が「侵攻」することくらいではないか。」

 実は、筆者の指摘とほぼ同じことを2021年12月に公表された、米国のシンクタンク、戦争研究所(Institute for the Study of War)の報告書が語っている。報告書「ウクライナにおけるプーチンのありうべき行動指針」はPart 1「戦略的ミスディレクション:ウクライナでのロシアの動きを理解するための代替枠組み」とPart 2「プーチンの軍事的選択肢」の二つからなっている。

 まず、この報告書において結論めいた部分をいくつか紹介しよう。

 「ロシアやウクライナの住民に向けたロシアの情報活動を注意深く観察すると、プーチンはまだ積極的に侵攻の条件を整えていないことがわかる。」(Part 1, p.8)
 「ロシアは、ロシア軍がそのような事業を支援するための準備を完了しているにもかかわらず、今冬、非占領下のウクライナに大規模に侵攻する可能性は極めて低い。」(Part 1, p.10)
 「本リポートで提示した侵攻の内容や、プーチンが侵攻のために受け入れなければならないリスクとコストを精査した結果、プーチンが今冬に非占領地域のウクライナに侵攻する可能性は非常に低いと予想される。はるかに高い可能性があるのは、プーチンがロシア軍をベラルーシに、場合によってはロシア占領下のドンバスにあからさまに送り込むことだ。本格的な侵攻とまではいかないまでも、ウクライナ南東部の非占領地域に限定的に侵攻する可能性もある。」(Part 2, p.8)

図1拡大図1 ウクライナの地域ごとのロシア系住民比率と分離派の支配地域(赤線で囲まれた部分)
(出所)https://www.washingtonpost.com/world/2022/01/21/ukraine-russia-explain-maps/
 こうした記述からわかるように、ウクライナといっても、すでに一部ロシアが占領しているとも言えるドンバスの一部区域などにロシア軍を送り込む可能性はあっても、ロシア軍の影響力下にないその他の圧倒的部分(非占領地域)にまでロシアが侵攻する可能性は極めて低いことになる(図1を参照)。

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筆者

塩原俊彦

塩原俊彦(しおばら・としひこ) 高知大学准教授

1956年生まれ。一橋大学大学院経済学研究科修士課程修了。学術博士(北海道大学)。元朝日新聞モスクワ特派員。著書に、『ロシアの軍需産業』(岩波書店)、『「軍事大国」ロシアの虚実』(同)、『パイプラインの政治経済学』(法政大学出版局)、『ウクライナ・ゲート』(社会評論社)、『ウクライナ2.0』(同)、『官僚の世界史』(同)、『探求・インターネット社会』(丸善)、『ビジネス・エシックス』(講談社)、『民意と政治の断絶はなぜ起きた』(ポプラ社)、『なぜ官僚は腐敗するのか』(潮出版社)、The Anti-Corruption Polices(Maruzen Planet)など多数。

※プロフィールは原則として、論座に最後に執筆した当時のものです

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