昨日、整体の先生にお薦めされたのでamazonで注文してみました。
そうしたところ、今日にはもう郵便受けに配達されたので、さっそく読み始めましたよ。
まだ途中ですが、なかなか興味深いです。
ちなみに出だしは、
『風邪は誰も引くし、またいつもある。夏でも、冬でも、秋でも、春でも、どこかで誰かが引いている。他の病気のように季節があったり稀にしかないのと違って年中ある。しかし稀に風邪を引かない人もいる。本当に丈夫でその生活が体に適しているか、そうでなければ適応感受性が鈍っているかであって、後者の場合、癌とか脳溢血とか、また心臓障害等になる傾向の人に多い。』
私は井本整体の本を読んでいるので風邪を経過することで健康になるという整体の考え方について知っているけれど、そのような知識の無い方にとっては目新しい考え方だろうなと推測。
ちなみに私は、もう何年も、シッカリ風邪を引いた記憶がない。
なので、『適応感受性が鈍って』いて、風邪も引けない体になっているのだと思います。
そんな体だから、子宮腺筋症になったのでしょう。
という訳で、私が養生する目的の一つは風邪を引ける体になることです。
この考え方、コロナ禍の今だからこそ多くの人に広まって欲しいなぁ、と個人的には感じます。
あともう一ヵ所、今日読んだ部分で大変印象に残った、というか痛快に感じた記述が以下。
『私は体を整える方を主にするのだから、病気を治すために体を悪くするようなことは嫌だと思っている。例えば、瘭疽などをすれば指を切ってこれで治ったと言うのですけれども、切った指は永久にそのまま歪んだ形をしている。そういうのは治ったのではなくて、瘭疽の他にもう一つ、治療と称して体を傷つけたのだと私は思うのです。そういうのは本当の治療ではない。よく子宮や卵巣を除ってしまっている人があります。そうして御亭主は或る期間、そのエネルギーの排け口の対象となって散々八つ当たりされて困っている人がありますけれども、子宮がなければその鬱散場処が変わるのは当たり前のことで、その人としては已むを得ない。だからそういうことをするのが治療だと考えていることが間違いなのです。』
『最近のように臓器を除られている人が多いと、私のように体の自然のはたらきというものを利用して健康を保って行こうとするものには、とても不便なのです。まあ心臓がないという人はありませんが、腎臓がなかったり、子宮がなかったり、卵巣がなかったりする人はザラで、そういう人を円満に治そうなどと考えても不可能である。だからいちいち、どこか切った処はありませんかと訊かなくてはならない。ひどい人は「胃癌になるといけないから胃袋を除りました」と言う。胃袋さえなければ胃癌にならないと……。それなら首を切っておけば万病にならない。』
いやーホント、体を切るとか、臓器を取るとか、そういうのを治療と称して気軽に(?)実施する西洋医学はヤッパリ疑問です。
私の個人的な考えとしては、もし万が一臓器を取るようなことがあるとすれば、それは命を落とすか臓器を取るかの二択を迫られた場合、ですね。
臓器を取らなければ確実に死にます、と云われたら手術を考えるかもしれない。
でもその場合は、その後の一生をカタワで過ごさなければならない(障害手帳はもらえなくても臓器が無い=カタワ、だと私は思います)訳で、そこまで考えた時に敢えて臓器を残して死を覚悟する、そんな選択も有りだと私は思っています・・・。
まぁそんあ訳で、ここまで痛烈に西洋医学を批判してくれて、私としてはとっても愉快痛快な気持ちになりました!
野口整体の野口さんに、俄然興味が湧いてきましたよ。
ちなみに、この本を教えてくださった整体の先生曰く、野口整体には「体癖」という分類の仕方があって、私は「1」なのだとか。
体癖 - Wikipediaで1種の箇所を読んでみたのですが、「なるほどー」と納得することが多数。
・非常に理屈っぽく、言葉に敏感であり被暗示性も強い。そのため、言葉やイメージからの思い込みだけで病気になったり健康になったりする
↑
もしかして、化学物質過敏症もその一つかも?
・長い睡眠時間を要し、ストーリーのある夢をよく見る
・大義名分や真理、ルールにこだわるため、当人が大義名分とみなせるだけの理由をみつけないと行動できない
↑
だからルール無視の自民党政権が許せん!
・常に言語によって世界をとらえようとする(あらゆる物事を自分の言葉で説明することによって納得しようとする欲求が非常に強い)
↑
だからブログやらSNSやらにダラダラ書いちゃうのよね・・・
・積極的に新しいことを考えるのが好き(ただし自分の関心がない事柄には比較的反応しない)
今日のところは以上!
いやー、続きを読むのが楽しみだわー。