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地名の突然変異(2)

前篇では
「(F爺さんの知らない間に)『仁賀保(にかぼ)』を『にかほ』と読むことに仁賀保町議会が決めた」
とある人が教えてくれたことを書きましたが、同じ友人から教わった摩訶(まか)不思議な突然変異地名が秋田県内にもう一つあります。
(他にもあるのかもしれませんが、寡聞そのもののF爺の耳には届いていません)

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現・男鹿市の中心部は、昔は「船川港(ふながわみなと)」という名でした。日常会話では、略して「船川(ふながわ)」と呼ぶことのほうが多かったと憶えています。そこの鉄道の駅名も、F爺が秋田に住んでいた頃は「船川駅(ふながわえき)」でしたし、奥羽線追分駅と船川駅を結ぶ路線は「船川線(ふながわせん)」でした。当時、男鹿半島でも秋田市内でも「ふながわ」以外の発音を聞いたことは一度もありません。

船川港町(ふながわみなとまち)は、後(のち)に男鹿市になりました。「船川線」も、F爺が秋田を離れてから「男鹿線」になったと、風の便りに聞きました。

それから何十年か経って・・・上述の友人に「今は『ふなかわ』と言うのだ」と聞かされて、びっくり仰天しました。秋田語の有声母音間の[k]は、原則として(*)日本共通語の「促音+[k]」に対応するのです。

(*) 例外はあります。共通語の「-側(がわ)」に秋田語の[-kawa]が対応します。共通語の「右側」「左側」を秋田語では、少なくともF爺が住んでいた地域では、「みぎかわ」「ひだりかわ」と言います。

秋田語で「*ふなかわ」という発音が正しいのだったら、共通語では「*ふなっかわ」に対応するはずです。五拍語の三拍目が促音だなんて、そんな不自然な地名は(*)、昔からの日本語域にはあり得ません。

(*) 地名でない複合名詞なら、「空っ風」や「空きっ腹」「宵っ張り」のように三拍目が促音になる五拍語は珍しくありません。

もしも逆に共通語で「*ふなかわ」という地名なのだとしたら、秋田語では非鼻濁音のガで[Φɯnaɡawa]と発音するはずです(*)。そんな発音をする秋田県人は、昔もいなかったし、今もいません。

(*) 秋田語では、謂わゆる「鼻濁音」のガ[ŋa]行音と非鼻濁音のガ[ɡa]行音は、弁別的に対立します。栗の「いが」は[ŋ]で、魚介類の「烏賊(いか)」は[ɡ]で発音します。

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船川駅は、男鹿駅と改称したので、「ふながわえき」か「*ふなかわえき」かの議論は立ち消えになりました。

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それからまた何年か経って、男鹿半島を訪れる機会がありました。

秋田語を母言語とするF爺にとって不自然この上ない「*ふなかわ」という発音をする人に確かに何人か遭遇しました。でも、土地の人が「ふながわ」と発音するのを何度も何度も聞きました。男鹿市には「船川港女川」「船川港金川」という地名があります。「ふながわ」という発音が消えていないのは、謂わゆる「ガ行鼻濁音」を含む「おんながわ」「かねがわ」という地名が存在するお蔭かもしれません。

「*ふなかわ」推進者も、「*にかほ」推進者と同じで、病的な方言コンプレックスの塊、言い換えると「濁音恐怖症」なのでしょう。でも、男鹿市にはF爺と同じ言語感覚の秋田語人が健在なのを確認しました。

余談

平成の町村合併で湯沢市の一部となって消滅した「稲川町(いなかわまち)」の場合は、事情が違います。雄勝(おがち)郡の稲庭町(いなにわまち)と川連町(かわつらまち)と三梨村(みつなしむら)が合併して出来た「稲庭川連町(いなにわかわつらまち)」が町名を短縮して「いなにわ」の「いな」と「かわつら」の「かわ」を併せて「いなかわ」としたのです。共通語形の「いなかわ」に対応する秋田語の発音は、[inagawa]でした。

コメント

変な地名?

小島さん
こんにちは。地名変更ですが、市町村合併でそれはそれはひどい事になっています。四国中央市、さくら市、つがる市、ひたちなか市、かすみがうら市、中央市、みどり市、南アルプス市、さいたま市、西東京市、、、、。いったいどこにあるのという地名も多いです。小島さんが日本にいらしたら怒り心頭に発っしていた事と思います。それにしても何でもかんでも、ひらがなにするのは変ですし、住民を馬鹿にしているような気がします。元の地名からとった方がよほどましだと思うのは私だけでしょうか?合併で元の市町村名を残す方向にした自治体と上述のような奇妙な名前をつけて、お茶を濁したところと二つあるようです。これも、小島さんには信じられないでしょうが、南セントレア市という名前がほとんど決まりかけた地域があります。昨今、読めない名前を子供につける(キラキラネームと言うらしい)がはやっています。実際に多いのです。去年のキラキラネーム日本一(読めないという意味?ユニークと言う意味?)は「泡姫」ちゃんです。読み方は「アリエル」と、、、。とほほです。アリエルちゃんが大人になってぐれないことを祈ってやみません。本当にいろいろなモノの命名が変になっています。
Y.M. 拝

Re: 変な地名?

Y.M.さん

「アリエル」って何だろ。
「空気の精霊」かな。
まさか「堕天使」じゃないだろう。
でも、子供に「悪魔」という名前を付けた(悪魔よりも酷い)親もいたという話だから、あり得ない話じゃない。
それとも「人魚姫」かな。だけど「泡姫」という文字と何の関係があるんだろ・・・。

それから、はたと気が付きました。洗濯用洗剤の「アリエール」なのですね。アリエナイ!! こんな名前を付ける馬鹿な親に育てられる子は、憫(あわ)れです。グレないほうが異常です。

山梨県の常軌を逸した新地名群には以前から気付いています。そのことについて掲載予定の記事の下書きが出来ています。もう少し推敲しますので、数日お待ちください。

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F爺・小島剛一

Author:F爺・小島剛一
 F国(= フランス)に住む日本人の爺さん。
 専門は、言語学(特にトルコ語、ザザ語、ラズ語など)、民族学、日本語文法、作曲・編曲、合唱指揮など。
 詳しいことは「Catégories」欄の「自己紹介」という記事に。

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