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2011.08.06
物覚えを確かに改善する、しかし記憶術の本を読む人間はまずやらない作業
最近では珍しく、一冊の本について書く。
「残念な翻訳書」という括りで、いつかまとめて書こうと思っていたうちの一冊である。
ダグラス・J・ハーマンの邦訳は、トンデモのアロマ漂うこの一冊しかない。
ブランスフォード、スタイン『頭の使い方がわかる本』(原題The Ideal Problem Solver: A Guide for Improving Thinking, Learning, and Creativity)みたいに心がすさむ邦題を無理やり付けられた訳ではなく、原題からして”Super Memory: A Quick-Action Program for Memory Improvement”なのだから、当人に責任の一端があるのだが(しかし「ぜったい覚える・忘れない」は明らかにミスリードだ)、本の中身はいたって地味だ。
あなたの記憶力を劇的に高める方法なりトレーニングみたいなものはまったく出てこない。
それどころか「記憶力」といった概念自体に疑問を投げかけている。
どんなものでも覚えられる一般的な「記憶力」があったり、そうした「記憶力を持っている」人がいたり訳ではない、と釘を刺している。
何百種類のカクテルをつくれるバーテンダーは高い記憶力の持ち主ではない。ただカクテルの作り方をたくさん知っているだけだ。
得意な分野、専門の分野について人は、門外漢からすると驚異的なまでに覚えていることがままあるが、記憶というのはそういうものなのだ。
記憶研究では常識だが、記憶術の本には普通書いていない(理由はすぐにわかるだろう)次のような事項についても触れている。
ほとんどの人は、本人が思っているよりは、詳しく細かく記憶している。
なのに人は総じて、自分の記憶について自信がない。
人は総じて、自分の記憶よりも、他人の記憶の方を信用する。
心理学の実験よろしく、サクラを導入して「嘘の記憶」を主張させると、自分の記憶をそっちに合わせてねじ曲げる。
この本が提案する記憶を改善させる方法は(どれもこの本にふさわしく地味でセコくかつリーズナブルなものだが)、すべて数え上げるとものすごい数になる(実は、伝統的なイメージを使った記憶術みたいなものも紹介していない訳ではない)。
記憶力一般ではなく、何を記憶するかについてそれぞれに得意不得意がある人間の、覚えていなきゃいけないニーズそれぞれに応じて方法なりコツを提示するのだから、それもやむを得ない。
むしろ「覚えていないこと」が問題となるシーンを特定して、それぞれに対して(注意attentionという有限の、というより希少な認知資源をうまく使って)問題解決を行おうというのが、この本の真骨頂である。
それらのうちで最も広い人/状況に対応する方法は、次のものだろう。
自分がどんなことをよく覚えていて、どんなことはあまり覚えていないのか、毎日記録を付けて確認すること!
なんという地味な(記憶術の本を読む人間がまずやりそうにない)作業。
しかし人は自分の物覚えについて過小評価することが普通であり、しかもその過小評価が記憶する際にマイナスに働いている以上、当然の処方である。
なけなしの能力を使いこなすには、それを掛け値なしに知っておくことが必要だ。
そういえばメタ認知の研究の端緒は、幼児が記憶方略を教示された直後には有効に実行するのに、自分からは使用しない現象をメタ記憶(記憶についての認知)の欠如と捉えたフレイヴェルらの研究だった(Flavell, J. H., Beach, D. R. & Chinsky, J. M., Spontaneous Verbal Rehearsal in a Memory Task as a Function of Age, Child Development, 37, 1966.)。
この本の内容を手短にまとめておこう。
記憶研究の膨大な知見のうち、日常生活で役に立ちそうなものを、一般書の形で提供したもの。
なお、ハーマンの一般書でない編著にBasic and Applied Memory Research(ISBN:9780805821178)やMemory in Historical Perspective(ISBN:9783540967057)がある。
| 超記憶術―「ぜったい覚える・忘れない」生活のヒント (1994/05) ダグラス・J・ ハーマン 商品詳細を見る |
| Super Memory: A Quick-Action Program for Memory Improvement (1991/01) Douglas J. Herrmann 商品詳細を見る |
「残念な翻訳書」という括りで、いつかまとめて書こうと思っていたうちの一冊である。
ダグラス・J・ハーマンの邦訳は、トンデモのアロマ漂うこの一冊しかない。
ブランスフォード、スタイン『頭の使い方がわかる本』(原題The Ideal Problem Solver: A Guide for Improving Thinking, Learning, and Creativity)みたいに心がすさむ邦題を無理やり付けられた訳ではなく、原題からして”Super Memory: A Quick-Action Program for Memory Improvement”なのだから、当人に責任の一端があるのだが(しかし「ぜったい覚える・忘れない」は明らかにミスリードだ)、本の中身はいたって地味だ。
あなたの記憶力を劇的に高める方法なりトレーニングみたいなものはまったく出てこない。
それどころか「記憶力」といった概念自体に疑問を投げかけている。
どんなものでも覚えられる一般的な「記憶力」があったり、そうした「記憶力を持っている」人がいたり訳ではない、と釘を刺している。
何百種類のカクテルをつくれるバーテンダーは高い記憶力の持ち主ではない。ただカクテルの作り方をたくさん知っているだけだ。
得意な分野、専門の分野について人は、門外漢からすると驚異的なまでに覚えていることがままあるが、記憶というのはそういうものなのだ。
記憶研究では常識だが、記憶術の本には普通書いていない(理由はすぐにわかるだろう)次のような事項についても触れている。
ほとんどの人は、本人が思っているよりは、詳しく細かく記憶している。
なのに人は総じて、自分の記憶について自信がない。
人は総じて、自分の記憶よりも、他人の記憶の方を信用する。
心理学の実験よろしく、サクラを導入して「嘘の記憶」を主張させると、自分の記憶をそっちに合わせてねじ曲げる。
この本が提案する記憶を改善させる方法は(どれもこの本にふさわしく地味でセコくかつリーズナブルなものだが)、すべて数え上げるとものすごい数になる(実は、伝統的なイメージを使った記憶術みたいなものも紹介していない訳ではない)。
記憶力一般ではなく、何を記憶するかについてそれぞれに得意不得意がある人間の、覚えていなきゃいけないニーズそれぞれに応じて方法なりコツを提示するのだから、それもやむを得ない。
むしろ「覚えていないこと」が問題となるシーンを特定して、それぞれに対して(注意attentionという有限の、というより希少な認知資源をうまく使って)問題解決を行おうというのが、この本の真骨頂である。
それらのうちで最も広い人/状況に対応する方法は、次のものだろう。
自分がどんなことをよく覚えていて、どんなことはあまり覚えていないのか、毎日記録を付けて確認すること!
なんという地味な(記憶術の本を読む人間がまずやりそうにない)作業。
しかし人は自分の物覚えについて過小評価することが普通であり、しかもその過小評価が記憶する際にマイナスに働いている以上、当然の処方である。
なけなしの能力を使いこなすには、それを掛け値なしに知っておくことが必要だ。
そういえばメタ認知の研究の端緒は、幼児が記憶方略を教示された直後には有効に実行するのに、自分からは使用しない現象をメタ記憶(記憶についての認知)の欠如と捉えたフレイヴェルらの研究だった(Flavell, J. H., Beach, D. R. & Chinsky, J. M., Spontaneous Verbal Rehearsal in a Memory Task as a Function of Age, Child Development, 37, 1966.)。
この本の内容を手短にまとめておこう。
記憶研究の膨大な知見のうち、日常生活で役に立ちそうなものを、一般書の形で提供したもの。
なお、ハーマンの一般書でない編著にBasic and Applied Memory Research(ISBN:9780805821178)やMemory in Historical Perspective(ISBN:9783540967057)がある。
| Basic and Applied Memory Research: Volume 1: Theory in Context; Volume 2: Practical Applications (1996/10/13) Douglas J. Herrmann、 他 商品詳細を見る |
| Memory in Historical Perspective: The Literature Before Ebbinghaus (Recent Research in Psychology) (1988/08) Douglas J. Herrmann 商品詳細を見る |
| Memory Hacks (O'Reilly Media) (2007/05/30) Douglas Herrmann 商品詳細を見る |
| Improving Memory and Study Skills: Advances in Theory and Practice (2002/07/15) Douglas Herrmann、Douglas Raybeck 他 商品詳細を見る It takes a strategy perspective (although it uses the term manipulation) and shows how many different ways can be used singularly or in combination to fit particular study and memory tasks. |
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