殛閃のメラィナーガ ─ Record of Automatiphilia ─

読了目安時間:8分

ACT2 狩人組合

 ワーロッカル島の南西に位置する都市、ベリエット市。人口一〇〇万を超す島一番の都市で、他の地域でいえば領都に準拠する機能を持つ一〇〇万都市、まさに主要都市だ。  飛行していた黒と青の、夜空に走る彗星のようなカラーリングの〈ネメシス〉が駐機場へゆっくりと降り立つ。スラスターの角度が細かく動き、バーニアの位置調整がなされていった。これらは擬似霊魂(PG)という一種の人工知能が行う補正であり、ライダーの操作でもソフトウェアの補助でもない。ゆえに操縦するライダーと、戦闘補助用擬似霊魂との相性は重要で、それはライダーと機体そのものとの相性よりも重視されていた。  VARSASは基本的に複座式。二人のライダーと、一つのPGが連動して機体を動かす。スタンドプレーヤーに機体は操れない。つまり実質三人で操っているようなものである。 「ライドお疲れ様です。保存済みの戦闘データをエレフォンへ転送しておきました」 「助かる。それから、お前もこっちに移れ」 「相変わらずの寂しがり屋、であることを認められるのですか?」 「うるさい。いらんことを言うな。さっさとしろ」 「人使い……いえ、PG使いの荒い方ですね。遠い土地では物に魂が宿る付喪神という概念がありまして……レド様は、さぞ機械から嫌われるでしょう」 「物を大切に扱うための努力はしてるつもりだ」 「そうですか。では、そちらへ移動します」  モニターに表示されていたデータ移行状況が一瞬で進み、バーがマックスに。接続していた電子携帯端末のエレフォンに、戦闘補助擬似霊魂のヴァンプモデルのマークが映った。三日月型の刃を持つ鎌を抱くコウモリのエンブレム。それはヴァンプモデルを示すコウモリと、レドの機体に元々あったエンブレムをくっつけた彼のパーソナルエンブレムでもあった。  そしてレドの後ろの席に接続されていた機械仕掛けの人形の瞳に、吸血鬼のような赤い輝きが灯る。彼女がサブライダーであり、レドは三人ではなく、二人でこの機体を操縦していたのだ。 「ヒトの体は相変わらず不便ですね」 「慣れれば使いやすい」 「私としては進化の袋小路というのが素直な感想です」  くすんだ銀髪の女性型オートマタ。人々にとってのもう一つの伴侶の形だ。機巧仕掛けの肉体に、PGが入り込んだのである。見た目はほぼ人間。人工皮膚の継ぎ目と、ややぎこちない感情表現。培養された人工肉によるリアルな質感は、性交すら可能としている。高級ダッチワイフの女性器にも用いられているものだった。  ヴァンプモデルは情報の塊であり、一個の個体、という概念がない。VARSAS──〈ネメシス〉、エレフォン、そしてオートマタ。それら全てでヴァンプモデルという女性を形成している。 「いい加減生身の恋人を作られては? 機械といるよりは楽しめますよ」 「楽しみや安らぎよりストレスばかりだろ、人ってのは」 〈ネメシス〉を歩かせ、整備士の誘導に従ってドックへ。キャットウォークが伸びてきて、整備士がロックをかけていく。この程度のハードワイヤーなど、VARSASが力任せに手足を動かせばオクラの糸のようにあっという間に破断させられるので、意味などあまりない。強いて言えば何かの拍子でVARSASが倒れて、整備士がペシャンコにならないための保険だ。 「重要データの類にロック。特に情報、知性系統は厳重にな。火器管制(FCS)オフライン、機関停止。コックピット解放」 「了解、データロック完了、火器管制オフライン、リアクター稼働率低下。稼働率三二%……一八%、三%……。機関を停止します。コックピットアンロック」  三六〇度にわたって映っていた景色が暗転。アストロンリアクターが静かな響きを残して停止した。動力が接続されたケーブルから送られる外部供給に切り替わって、〈ネメシス〉の胸部が開く。露わになった内部構造は、量産機の規格化されたそれとは違っていた。ワンオフの機体というのは整備士にとっては面倒なものだ。マニュアルがほとんど通用しないのだから。  VARSASのコックピットはそこそこの広さだ。任務によっては三日三晩、いや……七日七晩搭乗している。レーションやらなんやらの糧食や、排泄用のタンクなどもある。  こうしたVARSASの操縦士はパイロットではなく、ライダーと呼ばれる。何らかの区別のためらしいが、どうでもいい。ライダーは必ず二人一組であり、一般的なのは仲の良い戦友が補助でサブのライダーを務めるが、それをオートマタに任せる者は極めて少数だろう。三〇〇人ライダーがいたとして、一人いれば良いくらいだ。  キャットウォークに降り立ち、レドはヘルメットを外した。パチン、と金具が音を立てる。内部のクッション材が皮膚を引っ張るが、うまくひねりを加えると簡単に脱げる。火傷の痕が引き攣るが、痛みはない。もはや左頬から胸にかけて焼かれた皮膚は、常に冷たいような熱いような感覚しかなくて、まともに感覚器官が機能していないのだ。  外気にさらされた灰黒い髪と、深い青緑の目。右目の上下に抜ける傷跡と、左頬から首、胸まである火傷。左の額には傷、そして右の顎には縫い傷。スーツの下にはまだまだ数えきれない傷があった。傭兵などみんなそうだ。撃たれた痕、切られたり刺されたりした傷、火傷に絞められて鬱血した痕跡。骨が歪んでいたり、義手になっていたりもする。  十五、六歳の少年にしては大人びている……というより、老成している。荒廃という表現が似合う、荒んだ過去が垣間見える顔立ちだった。それでも表情は上手く韜晦され、本心は見えない。寄り添う女性型オートマタはライダースーツなどいらないため、身につけるのはごく普通の合成繊維製の搭乗服だ。 「母艦が錨泊するのはいつだ」 「予定では五時間二十二分後です。誤差はあるかと思われますので、時間には余裕を持った行動を」 「早く合流地点に行って、待たされたら困るが。……報酬をもらって、適当に飯にしよう。ああ、すみません。こいつの整備は最低限で構いません。オーバーホールは母艦で行いますので。あなた方には荷が重いでしょうから」  近くの整備士を捕まえてそういった。彼は自分達の仕事を疑っているのかと、うっすらと怒りを浮かべつつも「わかりました」と答えた。 「『腕は確かなようですが、特有のシステムゆえに母艦で整備する』とでもいえば、反応は和らいだと思います」 「お世辞も嘘も役に立たない。つけあがられておかしなことをされたらたまったもんじゃないだろ。あれはお前の体でもあるんだから」 「それは確かに、そうですね」  キャットウォークを降りた。作業アームが伸びて、工具を持った整備士が〈ネメシス〉に寄り添う。その様子を見上げ、レドはヴァンプと共に近くの共有バイクに乗った。大小様々な機械に、それぞれに求められるスペックのアストロンリアクターが搭載されている現代。そのせいで大量のアストロン技術を用いていた星霊機械が暴走無人機械へとなったわけだが、人類がこれらを手放すことは到底不可能だ。それこそ、戦争が存在しない時代、だなんて夢物語が現実になっても困難だろう。  そんな時代に生き、無人兵器と化したアストラルを狩り、危険な武装集団を始末する傭兵たちは皆、狩人組合という組合に所属している。その組織で依頼を受けて仕事をこなし、報酬をもらうのだ。ここはそんな狩人組合の会館であり、整備場や寮、斡旋所がある。レドが運転するバイクは報酬の受け取り窓口がある事務所へ向かっていた。  炭素繊維とラバーを用いた、カーボンラバーと金属パーツを用いたライダースーツ──そのアウターに身を包むレドの腰にはアストロン式の拳銃がある。撃ち出すのは物理的な弾丸だが、威力は問題ない。それからあとはナイフや医療キットなどが備えられ、ヴァンプモデルも同じ装備を持っていた。ライダーの体の動きをトレースするVARSASの格闘能力はライダー次第。徒手格闘を始めそもそもの体の動かし方がわかっていないライダーの戦死率は、馬鹿みたいに高かった。よって機体に乗り込む者は、サブライダーであっても格闘術の類を叩き込まれる。  レドが窓口に立つと、受付の人猫族の女性がサービススマイルを浮かべた。明け透けな嘘の笑顔に嫌悪を抱いたが顔には出さず、エレフォン読み取り機に置いた。データが転送され、戦闘データと戦果が送られていく。受付はそれを見て電子捺印を捺した。 「報酬は指定の口座に振り込まれます。入金日は明日の午前中になりますが、よろしいですね?」 「ああ。個人的にはもらわずに、こっちの……所属先の猟胞団からの給料って形で振り込まれるし、あとは団長連中がどうにかする」 「わかりました。お疲れ様です」  これっぽっちもお疲れ様、だなんて思っていないんだろうと思いつつ、レドはヴァンプモデルを見た。赤い目が、レドの目に向けられた。  狩人組合の中の、さらに小さなグループが猟胞団と呼ばれている。いわゆる『大学のサークル』……とでも言うべきか。同じ目的の傭兵だが、細かい方針が異なるがゆえにそれぞれの派閥があるというような。レドはある猟胞団に所属している、フリーランスではない組織のライダーなのだ。 「何か?」 「近場で安くてうまい飯を検索してくれ」 「自分で散策する楽しみもありますよ」 「いいのか? 自分の主人が変なゲテモノ食って倒れても」  人間よりも人間らしいため息をヴァンプモデルがついた。 「どっちが機械なのかわかりませんね、これ」

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