妖怪屋敷の当主様は今日も忙しい
葉月蕾雅
第1話 自称最強の九尾、秒で散る
「くっくっく……」
世界に名だたる……と本人は思っている、少なくとも日本ではそれなりの知名度を持つ最強……だと本人は思っている大妖怪、九尾の狐。
大きな九本の、金色ではない真っ白な毛の尻尾を揺らしている彼女。耳、尻尾、髪、その毛先は紫色で、目も同様だ。歳のころは二十代後半か、三十半ばくらい。大人の女性で、到底学生には見えない。小さい子供からオバサン、と言われる女にとって一番つらい年頃である。
「くっくっく……」
ある一軒の屋敷。政治家の豪邸か、ちょっと危ない集団の親分が暮らしているかのような家。その二階にある『
その笑みはこれから悪事を働くことが目に見えているもので……いや、もうはっきり言うとただただキモい変態の笑みである。何をどう間違えれば九尾の狐がこうなるのだろう。
「クソガキめ、今日こそ妾の恐ろしさを味わわせてやるぞ……」
不穏な声音で言いつつ、彼女はドアノブに手をかける……と、次の瞬間凄まじい電撃が走った。
「ぎゃぁぁぁぁぁぁあああああああああああおおおおおおおおおおッ!!」
尻尾の毛が逆立って、折角整えたそれが散り散りに跳ねまくる。髪の毛もびよんびよんに跳ね回る。狐耳の先端から煙が出た。
「ええいくそ、ふざけよって!! 妾が下手に出れば図にのるやつだ……許さぬぞ……!」
無駄に強い妖力で全身をカバー。この状態になれば、それこそ戦闘機が編隊を組んでクラスター爆弾を叩き込もうと無傷である。戦艦から砲撃を受けてもまるで意味がない。無駄な強さだ。
「……大丈夫だよな?」
心配性、九尾。
恐る恐るドアノブに触れると激しい電撃。しかし平気だ。掌が焼けるように痛む程度である。まあ、現代兵器のあらゆる全てを無力化できる守りでこの痛みという時点でとんでもないことなのだが。
力技で強引にドアを開けると、そこには大きな発電装置も何もない、ごく普通の部屋があった。
「いつ見てもつまらん部屋だ。妾の写真の一つ二つでも飾ったらどうなのだ……」
随分と苛立つ九尾。ベッドに目を向けると毛布が膨らんでいた。その上には、主人を枕にする狼犬。生後半年ほどで、にもかかわらず既に体重が三〇キロ近いやつ。メスの可愛い飼い犬で、番犬で、家主の燈真の護衛。ちなみにこの狼犬の両親は共に六〇キロ越えという有様だった。正直言うと、柊はこの子の親犬を見た際そこそこビビった。
「……こいつがおったか」
狼犬のシフはとにかくご主人様至上主義。主人が絶対であり、仇なす者は決して許さない。それこそ、騎士に仕える某灰色の大狼さながらだ。それはいいのだが、ならばなぜ主人を枕にするのだろう。
そのシフが顔を上げた。
「落ち着け、落ち着くのだ。よいな。静かに、そう。静かに……」
まだ寝ぼけているシフ。それに一応は九尾も家族である。ただ、それでも彼女……シフにとっての主人は燈真ただ一人。あからさまな悪意を持つ九尾に対し、見る見る警戒心を露わにしていく。眉間に皺が寄って、口が食いしばられていく。
「ああまずい」
そして、シフが吠えた。その声は燈真にとっては目覚ましであり、布団を跳ね除けた少年はすぐにシフの前に出て九尾の首根っこを掴む。
「ぐえっ」
素早く足を絡めて三角締め。
「いだっ、ぐぐ……ああ、いや……しかしだ、な……なかなか、立派なブツが……わ、妾の……ふふっ」
そのまま締め落とした。
「全くこのクソ淫乱……。ありがとな、シフ」
「わふっ」
大きな子犬は嬉しそうに尻尾を振って、最愛の主人に寄り添う。
「んでこのどすけべエロぎつねは朝から何をしようとしてたんだ……?」
黒い髪をポニーに結った少年はため息をついて、がっくりと倒れた九尾……
「お兄ちゃんお兄ちゃん」
開け放たれたドアから、ちっこい二尾の妖狐が入ってきた。柊と同じ色の毛で、彼女の血縁であるとわかる。五歳前後か。たどたどしい舌足らずな可愛い声で、見ているだけで癒される。もっふもふで、ころっころのモフロリ妖狐。
「どうした、
「柊がテロリストになるから先に起こせって、お姉ちゃ……お?」
倒れる柊。勝ち誇るシフ。
「あらら、Ξガンダムなしじゃこうなって当然かなあ……」
「……モビルスーツより強いんだろ、こいつは」
騒がしい夏休み初日の朝、燈真はぽりぽりと頭を掻く。
「なんとでもならなかったな、こいつは。……ほら、下いくぞ。腹減った」
「あーい」「わっふ」
妖怪屋敷の当主様は、今日も忙しい。
妖怪屋敷の当主様は今日も忙しい 葉月蕾雅 @Thukinohra0707
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