第3話 食事

 病院は人死にが日常茶飯事。多くの無念と後悔、絶望、怒りや苛立ち、悲しみと憎悪が集う。故にこういった場所──人の死が多く絡む場所にはルグレアンが発生・また集合しやすく、そして異形どもの脅威度も上がっていく。


 燦月記念病院は町医者が立てたものだと柊は説明した。小さな病院をこんなにアクセスの悪い場所に置いたのは、ここで行われていたのが医療と銘打った性犯罪であったためだ。当時の医院長は死姦趣味を持っており、毒物を投与して殺害した女性や若い少年を犯し、その遺体を焼いて捨てていたという。猟奇殺人の現場となったここは秘密裏に捜査と逮捕が行われ、そして何事もなかったかのように閉院となったらしい。


「酷い話だな」


「無感情ね」


 午後四時。廃病院にいたのはあのスラックトパスというヘドロのタコだけだった。あのあと何度も捜索したが大物の影はなかった。ただ、痕跡はあった。鋭利な爪で引っ掻いたような痕跡と、灰色の体毛が。それから肝試しか何かできていた若い男女の死骸。食い荒らされたそれらはほとんど肉が残っていなかったが、身につけていた衣類から女性二名、男性三名であると判断した。


 燦月区沿岸部のカフェテリアには、学校帰りの少年少女が数組いた。あとは子連れのご婦人が席についていたり、テイクアウトしていたり。ドライブスルーには車が三台並んでいる。


 オープンテラス席で潮風を浴びながら、揚羽はブルボンコーヒーのカップを手に、苦味のあるそれを飲み込む。強烈な苦さでも酸味でもない。落ち着いた舌触りの、やや甘みが後に残るような香りが鼻から抜ける。ミルクと砂糖は入れない。どっちも柊が自分のアイスティーに入れていた。ミルクティーは少し値段が上がるため、ミルクなどを使わない揚羽からそれをもらうのは、彼女なりの節約術だろう。揚羽としては利用された、という異様な悔しさを伴うのだが。


 予想に反して雲は消え、西に沈む太陽が見えた。


「この場合、報酬はどうなる?」


「貰える。初めに調査しなかった依頼主が悪いんだから。踏み倒せば報復されるなんて、不文律。民間だろうと公認だろうと、報酬の未払いは苛烈な仕返しをしてくれ、っていうのと同じ」


「怖い業界だな」


「ええ。どこの退魔師も同じ。私たちはやくざのようなもの。必要とされる暴力で、必要悪ってやつ」


 十六歳同士の会話ではない。隣の席の若いカップルが、苦々しい顔をしていた。揚羽は意にも介さずコーヒーのカップに口をあて、飲み込む。ファミレスで、子連れの席のすぐ隣で下ネタを連呼する馬鹿よりはずっとマシだと自分達を棚に上げておく。


 夕陽に照らされる地上第一層。地表に露出する集光装置は光ケーブルで地下へ送られ、疑似的な空に夕焼けを刻んでいるのだろう。第一層も、場所によっては第二、第三層の輝きを流している。


 格差社会の権化、という罵倒から始まった、人口増加への対策である階層都市システム。しかしその悪罵はあっという間に消えた。現実として、これらの仕組みがなければこんな小さな島国に何億も暮らすことはできない。宇宙開発の進捗は良くないもので、なんとかラグランジュ・ポイントに二つのコロニーができたのだ。最初の一つは事故で墜落し、五〇〇万の命が海に消えた。合計三つのコロニーのうち、現在は二つのみが稼働。月面移住も進められているが、どんな事故が起こるかわからない。


 命は簡単に消える。寿命で、病で、怪我で、事件で、事故で、あるいは己の意思で自分を殺して。


 両親の命を終わらせ、奪い、食べた自分。弱者を利用し、踏み潰し、食い荒らす大人たち。どちらも同じ。どこにどういう違いがあるというのだろう。


 冷めた目で揚羽は景色を眺める。あれもこれも、全部薄氷が砕ければ全部消える。自分の偽りも、人間のフリも。


「柊、いつものは預かってないのか?」


「これでしょう? 安全なものよ」


「助かる」


「私じゃなくて、所長に言いなよ」


「あの人は苦手だ」


 紙で保冷剤と一緒に包装された四角いそれをリュックに入れる。これは人肉だ。自殺者の肉。事務所にいる食人系妖怪の数名はこれが目的で退魔師をしているのだ。一応、代用の人工食肉も開発されているが、味があまりにもひどい。なので表向きにはそれを食べつつも、多くの人喰い妖怪はバレないように殺したり、自殺スポットで死体を漁るのだ。


 妖狐は人の肉など必要ない。けれど揚羽にはいる。屍鬼としての血が流れる自分には、これが絶対にいるのだ。食事をやめれば、最悪そこらの人間を突然襲うこともありうる。必死に空腹を我慢した健気な人喰いがそうやって逮捕されるニュースが時々報道されるので、尚更気をつけていた。自分の尊厳が絶対であると思っている人間は、妖怪の犯罪をとにかく叩く。まして人喰いともなれば鬼の首を取ったような嬉しさで叩く。人間は過去も今も妖怪に助けられているのに、いままでもこれからも妖怪を助けることは、きっとない。


 揚羽はコーヒーを飲み干して、四三〇円を机に置いた。


「じゃあな」


「うわ、普通奢ってくれてもいいんじゃない?」


「恋人になら奢るよ」


 背を向けて歩き出し、キーを取り出す。


 飢餓感は数日前からあって、そろそろ限界だった。さっさと帰ろう。さっさと帰って、食べよう。揚羽はフルフェイスをかぶって、バイクを加速させた。

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