零落する揺籃のルナティアーズ

葉月蕾雅

【序】夜の女王

プロローグ

「ニュクス」


 円卓を囲む国王と執政、大臣と騎士団長たち。口火を切ったのは、若い騎士だった。


 この場でありながら兜を脱がない理由を知っている首脳陣は、それを咎める真似をしない。魔術で声音を変えている理由も知っている。この騎士は、間諜なのだ。国王直属の、この国のあらゆる汚れ役を請け負う存在。正体を知るのは、国王ただ一人。


「やつらは、自らを夜の女王、ニュクスだと」


 国の頭脳は言葉を失う。


 もうずっと昔、聖女フリーダと黒竜ヴァールヴが歴史の闇へと消し去った夜の王。その伴侶であったニュクスは、崩れ落ちる城から落ち延びているという噂があった。恐らくはそれにあやかった名前であろうが、不吉極まりないと、どんなに無作法な者もその名を肩書きにすることはなかった。


「まことか?」


「嘘偽りを申し上げることはいたしません。それこそたとえ、私自身が嘘であってほしいと願っていても、陛下がそう願われていたとしても」


 国王は息を呑む。


 ことの重大さを理解しているが故の沈黙。ただただ白痴なだけの組織が恐れられる理由も知らず、そう名乗っているだけである可能性は大いにある。だが、ほんの一欠片でもそこに狂気的な思念があるのならば、ニュクスを名乗るその組織は今後、この国を存続させる上で最大の障害となるだろう。


「お前は、この組織についてどう思う」


「危機的状況である、と」


 素直だが、故にその言葉には偽りがないことがわかった。こいつは敵には平気で嘘をつく。しかし、忠誠を誓うこの国には絶対に嘘を言わない。忌々しく思うことがあるほどに、どんなに恐ろしげなことであっても、手に入れた情報は全て開示する。


「国の受難、といったところかね」


「史上最悪の不穏分子、ですな。私としては今すぐにでも叩き潰すことを提案します」


 騎士団長の一人がそう言った。若い頃は負け知らずの猛将であった男で、人狼族の大男。信じられないような話だが、敵軍の将校は彼を見てあまりの恐ろしさに大便を漏らしたことまである、と言われており、そして首を落とした敵将は本当にそのような跡があったとされている。顔に走る傷と、衣服に隠れた岩石のような肉体に刻まれた大小様々な戦傷は、彼にとっての勲章であり、誇りだ。それだけ多くの仲間を守り、この国の盾となってきた証なのだから。


「ゼド、お前ならそう言うだろうと思っていた。……だがな、これ以上竹馬の友を失いたくはない。余はもう、友を亡くしたくない」


「陛下、私もです。ですが、私たちはもう、託す側にならねばなりません。年寄りがいつまでも大きな顔をしていては、後進は育たないでしょう」


「……ああ。すまん、……レーゼル、お前はどう思う?」


 執政官が一つ頷き、口を開いた。


「私としても大きな脅威、大きな力を持つ前に討つべきであると。ただ、敵の戦力が不明瞭な今、強引に戦いを挑むのはいささか無謀であるように思えます」


「であろうな。エッグフェイス、もう少し調べてはもらえんかね。危険な任務であるが」


 エッグフェイス──顔のない、のっぺらぼう。間諜の騎士は胸に手を当て敬礼。


「陛下の御命令とあらば、喜んで」


「助かる」


 一礼したエッグフェイスは、そのまま抜け道である天井の隠し扉へ消えた。綺麗に継ぎ目が消える天井から、国王は視線を外す。


「余も、そろそろ玉座を退かねばならんだろうが……ニュクスを押し付けるわけにもいかんだろうな」


「それについては、この場にいる者の総意でしょうな」


 国を思えばこそ、国民を思えばこそだ。自分さえ良ければそれでいい、という政治が成り立たなくなったからこそ、この土地はコルネルス王国と名を改めたのだ。最悪の圧政を敷いた帝国は、もうこの地図から消えている。


「余の……いや、──俺のわがままだが、付き合ってくれ。夜の女王を討つまで」


 首脳陣、王の友は全員が首を縦に振った。


「ユーシス、お前の悪巧みに振り回されることには慣れてる」


 ゼドが王を名前で呼んで、笑いが生まれる。少し笑い合って、それから顔を引き締めた国王が言った。


「余が、我ら全員が死のうとも、この国を歴史に刻み、未来に残すのだ」

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零落する揺籃のルナティアーズ 葉月蕾雅 @Thukinohra0707

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