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殛閃のメラィナーガ ─ Record of Automatiphilia ─ 作者:葉月蕾雅

【壱】凶星、空を翔け抜けて

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ACT3 機巧と心

 ヴァンプモデ──、ヴァンプが提案したのはバイキングがあるパスタ店だった。全国にチェーン店を持つ店で、リーズナブルな値段で食事を楽しめるし、店の内装もおしゃれで落ち着いているために家族連れやカップル、年配のご婦人などが女子会……というか、婦人会によく利用するらしい。流石にそんな、堅気の人がまったりと食事をしている中でライダースーツなど着ていられないので、上のアウタースーツを脱いで、インナーの上からラフなジャケットとジーンズを身につけた。会館の側にあった適当な店で取り繕った衣類で、値切りに値切った安物である。ファッションセンスは店員任せだ。


「クリームサーモンパスタと、シトラス香る海鮮パスタ、それぞれデザート付きバイキングコースでよろしかったでしょうか?」


「ええ。バイキングの類はもう取りに行っても大丈夫ですか?」


「はい、ご自由にお選びください。では、失礼いたします」


 ウェイトレスが電子メニューボードを手に去っていく。レドはヴァンプと共に窓際の席から立って、サラダや肉類、多くは海鮮もののメニューが並んだバイキングコーナーへ向かった。


 ワーロッカル島の名産品は魚介類の類だ。海流だかなんかの影響で栄養のあるプランクトンが多く存在し、それらを摂取する魚、そしてその魚を捕食する海の生き物はしなやかかつ脂の乗った身になり、他の地域では食べられない味わいになるという。養殖では再現できないその味は、宮廷料理として振る舞われるほどであり、過酷な仕事だが漁船に乗れば莫大な稼ぎを得られるのも有名だ。国外への輸出量も多く、この国を支える産業となっている。多くの出稼ぎ労働者がこの島に来て、船に乗る。レドは船ではなくVARSASを選んだのだが、どちらにせよいつ死んでもおかしくない過酷な仕事であり、その分確かに身入りはいい。


「レド様、この赤いのは……?」


「赤カブだろ。酢漬け、って書いてあるな。お前酸っぱいもん苦手って言ってたけど」


「恥ずかしながら」


 オートマタも食事ができる。培養した人工肉は栄養が必要であり、不必要な老廃物は排泄されていく。まるで生身の人のように。味蕾の感覚もハイレベルなそれに進化し、その技術はオートマタの食事のみならず、人の味覚障害を治す医療においても応用されていた。


 レドはサーモンのフライと、フライドポテト、青野菜やなんかを選んだ。それからチキンやマリネなどなど。どれだけ食べるんだ? という他所の客の目には興味を向けない。


 フライにはタルタルソースをかけ、野菜にはオリーブオイル。ポテトにはトマトケチャップ。さすがのヴァンプも内心「冗談でしょう」と思っていた。みんな思っていたに違いない。なんせ、ポテトは真っ赤なのだ。じゃがいもが主役なのかトマトが主役なのかわからない。


 皿を席に置いてからカップにカボチャのポタージュを注いで、タンブラーに氷とブラックのコーヒーを注いだ。


 傍目にはオートマタと恋人ごっこをしている変態に見えるだろうが、否定するつもりはなかった。実際、ヒトより機械といる方が気を使わずに済むので文字通り気楽だ。避妊の心配もないし、お互いに隠し事のしようがないほどに情報を共有している。何が好きで何が嫌いで、どんなことが地雷なのかを熟知している。血の通った、ヒトには求められない安らぎである。


 バイキングの皿は一人で同時に二つまで。レドは肉類と魚介類を乗せた皿と、サラダの類を乗せた皿を持ってきていた。脂っこい高カロリーかつ糖質、脂質もかなり高いだろう。普通に、成人男性の一日分はありそうな物でも気にせず持ってくるのは十代半ばの若さができることだろうか。ある程度歳がいくと、食べたくとも食べられなくなると、上司にあたる男が言っていた。


 ヴァンプはケーキの類が多い。PG……機械でできた機巧人形といえど女の子、ということか。実際擬似霊魂だって無から生まれるわけではないし、何らかのモデルとなる素体が存在しているらしい。その辺りは擬似霊魂執筆者(ゴーストライター)にしかわからないだろうが。


 運ばれてきたクリームパスタをフォークで巻き取って口に運ぶ。左頬にバーコードが刻まれたヴァンプを見て、威圧的な顔をしていた隣の老人をレドが睨むと、ばつが悪そうな顔をした。


「私は特に気にしてはいません」


「俺のものに対する俺の扱いなんて、それこそ俺の自由だと思うが」


「……レド様が人の説得を聞き入れるほど殊勝な性格ではないことを思い出しました」


「それでいい」


機巧人形性愛者(オートマティフィリア)め」


 口汚く罵る老爺。レドは気にしない。平気な顔でパスタを食べて、山盛りのバイキングを減らしていく。追加で頼んだチーズたっぷりのピザを口に入れて、ピクルスの味わいと共に嚥下した。ヴァンプは神経質にピクルスを退ける。嫌なら別のものを注文したら良いのに、おかしな気遣いをする彼女はいつも損をしているなという気がした。少なくともあんな老人よりは、彼女の方が気遣いができている。


 マロンクリームのケーキを食べている彼女を見て、レドは二杯目のバイキング。またしても山盛りだ。それを丁寧な所作で素早く平らげていき、平気な顔でナプキンで口元を拭う。綺麗に畳まず、適当にくしゃっと丸めたそれを置いて、レドは自分のカップを手に取ってコーヒーを口に含む。料理は確かに美味。しかしコーヒーは安物だな、とため息をついた。おかしなえぐみがひどい。


「俺の健康状態は良好、だよな」


「そのはずです」


「ここがいけなかったんだな」


 亜鉛が不足すると、コーヒーの味の感じ方が変わる。それを思って聞いたのだが、どうも原因は店が仕入れている豆らしい。国産のセルデオ領産のものではないだろう。国外の、ひどく安い豆に違いない。


「朝はお元気なはずですよね」


「痛いくらいだ。お前がよく知ってると思うが」


「ええ。ならなおさら、亜鉛が不足しているとは思ません」


 言葉をぼかしているが、内容は性欲と陰茎の溌剌具合の話だ。とても人前で話せることではない。


 レドは初めて表情らしい表情を見せる。それはコーヒーがまずい時にみせる彼の顔で、あからさまな不機嫌が火を見るよりも明らかにわかるものだった。母艦では有名であり、仏頂面のレドを怒らせる簡単な方法はまずいコーヒーを飲ませること、とまで言われ笑い種になっていた。


「パスタは美味いんだ。それでいい」


「案外、母艦の食堂が一番では?」


「腕のいいバリスタがいるからな」


 その母艦も、あと数時間もすれば迎えにきてくれる。レドは綺麗に食べ切った皿を見て、席を立った。会計を済ます際にチップを渡し、店を出る。この国ではサービスに対するチップを支払う習慣がある。世間知らずなレドはそれを知らなくて、ヴァンプから教えてもらった。


「ここで、革命家のアンリエッタが死んだ」


 街並みを見る。古い作りの石と煉瓦の街で、外縁の一部が近代化されているが、歴史的価値観の保全運動という観点から、中央部の建物などは古いものが多かった。並んでいる街路樹は枝葉の裁断が行われている紅葉樹。極東から仕入れたものが多い。花見と紅葉という文化を愛した大昔の王様が仕入れて、国中に植えたという話だ。


 ……アンリエッタ・リューベン。享年四六歳。最期は息も絶え絶えな全身火傷を負って、ミイラ状態で銃殺されたらしい。……この街で。


「どうかなさいましたか?」


「あの事件を経て、大勢が死んで、一人でも考えをあらためて未来を考える奴が現れたのかと思っただけだ」


「過ちを繰り返すのが、あなたたちでしょう」


 痛烈な皮肉に、レドは頬を持ち上げた。歪な笑み。返す言葉もない。


「時間に余裕を持つのは大事だけど、城を見に行こう。散策する楽しみってやつだ」


「ええ。まだ、三時間四十四分ありますので大丈夫かと」


 メインストリートを行く辻馬車を呼び止めて、乗り込んだ。ありきたりなキャブで、馬は一頭。鹿毛の筋肉質な馬だ。フードを被った御者の、壮年らしき男性に「城まで」と言って乗り込む。


「そっちの子は、オートマタ? 綺麗な子ですね」


「はい。ヴァンプモデル・一八七二改四式です」


「そいつは型式じゃないのかい? 名前は?」


 レドは変わった御者だと思いつつ、答える。


「セラ。……そいつはセラっていうんだ」


「ちゃんと名前があるじゃないですか」


 御者が振り向いて、フードを取り払う。左頬の下にバーコード。


「あんたもオートマタか」


「ええ。元は執事用に作られましたが、仕事を追われました。……娘を養うために、この仕事を」


「恥ずかしがるな。俺もセラをヒトとして見てるし、おまけに親はいないし、育ててくれたジジイは種族が違うやつだった」


 レドは過ぎゆく街並みを見る。走り抜ける自動車、馬車の類。防衛という観点からひどく入り組んだ作りの城塞都市は、それが理由で慢性的な渋滞に悩まされるが、道を熟知した御者が操るキャブは抜け道を走って、城へ近づいた。


「お兄さんの、お爺さまとは?」


「三年前、心臓病で死んだ。元は傭兵で、俺が今勤めてる猟胞団とパイプを持ってた。んで、遺産のつもりか一機のVARSASとセラを遺した」


「そうですか……。いいお爺さんでしたね」


「色々酷い目にあったけど……まあ、そうだな。親みたいで、兄貴っぽくて……おかしなことを吹き込む悪友だった」


 基本的に他人には敬語を使うレドだが、なぜかこのオートマタには親近感を感じた。彼のいう娘とは恐らく生身のヒトだろう。オートマタがヒトを娘であると思うか、ヒトの自分がセラをヒトであると、そう思うかという違いこそあれ、似た価値観なのは確かだ。


「読み書き計算も、マナーも、確定申告やら何やらの作り方も、保険の選び方とか操縦技術も、喧嘩も全部あのジジイに叩き込まれた。でも俺は、あいつの素性をよく知らない」


 死に際、彼は言った。


『お前は自分の出自を知れば、逃れられない宿痾に巻き込まれる。それでも知りたいのなら、儂のつてを頼れ』……と。


 何かを知っている。知ることができる立場にいたのだ。何を知っていたのかという、肝心のことがこれっぽっちもわからないのだが。


「お疲れ様です。料金は……」


「細かい小銭がない」


 レドは札を押し付けた。それは代金にはあまりにも多すぎる額だった。


「すみません、レド様は時間を気にされますので、お釣りはお気になさらず。では、ご壮健で」


 ヴァンプ──セラがそう言って、大股で歩くレドを追いかけていく。執事型のオートマタは御者台から降りて深々と頭を下げた。

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