日本は幸いなことに戦後70余年、戦争をしないで過ごしてきた。その日本の企業に、戦闘機を開発することができるのか。こうした懸念が拭い去れない。 この疑問を、航空自衛隊トップを務めた岩﨑茂・元統合幕僚長にぶつけた。果たして、その回答は。
(聞き手:森 永輔)
(前回はこちら)
次に次期戦闘機「F-X」の開発について伺います。日本主導とすることを2018年12月の中期防衛力整備計画で閣議決定しました。続く2020年10月、開発主体に三菱重工業を選びました。
その一方で米ロッキード・マーチンをインテグレーション支援の候補企業に選定し、エンジンはIHIと英ロールス・ロイスとが共同開発する方向で調整が進んでいます。このため、F-X開発は事実上の共同開発になるのではとの見方が広がっています。開発の先行きをどのようにみていますか。
岩﨑茂・元統合幕僚長(以下、岩﨑):F-Xは、F-2の後継機種です。F-2は2030年代後半から退役が見込まれています。すなわちF-Xは、2030年代後半以降の軍事環境で運用することになり、この時期以降の脅威に対抗できる戦闘機であることが必要。この脅威をしっかりと見積もったうえで開発を進めることが重要です。当然のことながら、この脅威認識は、同盟国である米国と共有する必要があります。
1953年生まれ。1975年に防衛大学校を卒業し、航空自衛隊に入隊。以降、第2航空団司令(千歳)、航空総隊総司令部防衛部長(府中)、西部航空方面隊司令(春日)を歴任。2009年に航空総隊司令官(府中)、2010年に航空幕僚長。2012年1月から2014年10月まで統合幕僚長。現在はANAホールディングス常勤顧問(写真:加藤康、以下同)
ご指摘の「我が国の主導」は、外国企業を排除することではありません。ロッキード・マーチンやロールス・ロイス、英BAEシステムズなどが持っている最先端の技術を取り入れた戦闘機にするのが最も望ましいかたちだと思います。いろいろな技術の中のどれを取り入れるかの最終判断を日本がすればいいのです。これが、「我が国の主導」による開発です。
ご指摘のような「外国政府や企業を入れることは『我が国主導』ではなく『共同開発』になるのでは」との声が上がるのは、ある意味理解できます。1980年代後半から始まったF-2開発の後遺症があるのは事実でしょう。当時の開発計画は、日米共同開発によるFS-X開発と呼ばれていました。同じことが起こるのではないかと多くの方々がご心配されているのは事実。
F-16ベースとしたのは米企業救済のため?
F-2開発は、「F-1」支援戦闘機(FS)の後継機を開発する計画でした。F-1が、我が国が独自で開発した戦後初の戦闘機であったことから、当時の我が国の多くの関係者は、F-1後継機であるF-2も国産で開発・生産するものと考えておりました。しかし、結果的に米国との共同開発に、それも米国が運用する既存機の改造開発となりました。
当初、米国が提示した既存機はF-15、F-16、F-18でした。航空自衛隊の多くのパイロットは、次期戦闘機は双発にと考えておりました。それまで空自が保有していたF-104J(単発エンジン)の事故率が高かったことなどが理由です。しかし期待に反し、3機種の中で唯一の単発機であるF-16を改造開発すると日米政府間で決定されました。これには多くの空自関係者が驚きました。
このとき航空幕僚監部(空幕)にいた私は、3機種の中でF-16が最適であることの理由を書くよう命じられました。当時、空幕にはF-15操縦者*が少なく、深夜に残っていたのは私だけだったからかもしれません(笑)。翌日の朝までに書き上げ、空幕の上司や内局の防衛局長に説明したことを鮮明に記憶しております。
私が挙げたF-16がF-2のベースとして最適候補機種であるとの理由は以下の3点です。
- F-16の主任務は空対地、空対艦である(F-2の主任務と合致)。
- F-16は他機種(F-15/F-18)に比較してやや小型であり、空中戦闘で発見されにくい(F-2の主任務は支援戦闘ではあるものの、空対空も行う任務を有する)。
- 我が国の戦闘機構想は3機種を運用することで、柔軟性・強じん性を確保することを旨としている(当時の他機種はF-15JおよびF-4EJ)
私は、「F-16が最適」との理由を書いたことを長年、黙っておりました。私自身が、本来はF-18が最適と考えていましたし、空自の多くの操縦者もF-18派が多かったからです。
このような状況の中で日米政府が、なぜF-16を選んだのか。「米ゼネラル・ダイナミクス救済のために米国が圧力をかけたのでは」との推測も一理あると思います。当時の我が国と米国は、日米貿易戦争といわれるほど貿易摩擦が激しい状態にありました。また、当時の米国の戦闘機メーカーの状況を勘案すれば、ゼネラル・ダイナミクスは斜陽化する傾向にあったことは事実です。
私が、F-18が最適と考えたのは、F-15パイロットとして、米空軍や米海兵隊などとのDACT(異機種戦闘機戦闘訓練)の経験からです。すなわち、F-15はF-16に対して、多くの速度・高度領域で優勢。ただしF-18に対しては、高速度領域では優勢であったが、低速度領域では明らかに不利であった。加えて、F-18は3機種の中で最新であり、システムも新しいものであったことも最適と判断する理由にありました。
7件のコメント
護民官ペトロニウス
猫
>加えて、F-18は3機種の中で最新であり、システムも新しいものであったことも最適と判断する理由にありました。
ノースロップF-5を魔改造したF/A-18が「最新」とはこれいかに。
しかも当時のF/A-18と言えばF/A-18C/D。
今
日で言ういわゆるレガシーホーネット。
...続きを読むコメリカ海軍では一昨年に全機退役したよ、他の国でも退役が始まっている。
で、現在運用されているF/A-18E/Fスーパーホーネット。
F/A-18C/Dをさらに魔改造した機体でな、機体自体が一回り大型化している。
本邦がF/A-18C/DをベースにFS-Xを開発して、F/A-18E/F相当の機体を開発出来たかはかなり疑問がありますな。
>F-15パイロットとして、米空軍や米海兵隊などとのDACT(異機種戦闘機戦闘訓練)の経験からです。
要するにFIのパイロットであり、FSのパイロットではなかったという事ですかね。
FIってのは要撃任務であり、FSっての支援攻撃任務を指します。(現在はその区分はなくなりましたが)
後者はぶっちゃけ言えば対艦攻撃に特化した任務です。
敵艦のレーダー探知から逃れるために主翼前縁に塩がつくほどの超低空で海上を飛行し、敵艦に接近し対艦ミサイルをぶっぱななすという…。
昔でいうFSの任務についているF-2青紺の海洋迷彩を採用しているのはそのため。
なんでも本邦の航空自衛隊はFIのパイロットが異常に幅をきかせている世界的にも珍しい組織と聞いていましたが、なるほどその通りのようですね。
石田修治
定年退職
F16ベースのF2の米国との「共同開発」方針が決定された時は、『又か!』と思った事を覚えている。しかも、米側からの最重要技術は日本側に開示されず、日本側の先端技術は只で持って行かれた事もニュースで説明されていた。この根本原因は日本の対米貿易
黒字額の多さによる。日本は天然資源に恵まれないため、原料を輸入して加工した製品を売る事で貿易赤字にならない仕組みを有している。輸入金額が大きいのが石油天然ガスで、これらを輸入している国は人口も少なく、日本製品を輸出しても輸入の穴埋めが出来ない。それで、製品を売れる国で従来から最大の市場が米国だった。この事が、米国経済に問題がある時の大統領に何回も利用されている。非常に高い米国製兵器の押し売りだ。近くは安倍政権時にトランプ大統領にF35の大量購入を約束させられた。こうした米国からの兵器は、同盟国であるにも拘らず、大量に購入しても定価販売に近い状態で、企業の売り上げに貢献する他、米国政府への高い「手間賃」まで払わされるのだ。つまり、「共同開発」という名の不平等契約だといえる。米国との関係では、現在F35が日本の次期主力戦闘機になっており、米国からの輸入や国内でのノックダウンが予定されている。F35は米国を中心とした多くの国との「共同開発」という名目で、開発費を分け合う体制になっている。支援戦闘機は上に述べたF2の後継で、今回「日本主導の開発」を実現しないと、日本に於ける独自の戦闘機開発は今後ますます困難になり、国内軍事産業の発展も望めなくなる崖っぷちだといえる。そんな中で提案されているのは米国のF22をベースとする共同開発と西欧諸国との共同開発の2件だ。F22ベースの開発となれば、ほぼ間違いなく現行のF16ベースのF2共同開発と同じ羽目に陥る事は火を見るよりも明らかだ。最先端技術の一部はブラックボックス化され、日本の技術は全て持っていかれる。そうなるよりは、米国との共同開発を当て馬に西欧との共同開発の条件を日本側に有利になる様に交渉した方が国内産業の未来も含めて良いと思う。いくら米国が一番頼りになる同盟国であっても、過度の依存は防衛において好ましいとは言えないから。...続きを読む護民官ペトロニウス
猫
そういや本邦がF-22の取得に失敗したのは自衛隊の制服組の不見識ってお話しも聞きますな。
制服組の不見識と言えば潜水艦について、コメリカから水中での活動に優れた涙滴型潜水艦の情報の提供の意思表示があったにも関わらず、自衛隊が関心を示さなか
った事から涙滴型潜水艦の導入が遅れたなんてお話しもありましたっけ。...続きを読む護民官ペトロニウス
猫
>F16ベースのF2の米国との「共同開発」方針が決定された時は、『又か!』と思った事を覚えている。
何が「又か」がさっぱりわからない。
F-2は国産の三菱F-1を更新する戦闘機であり、三菱F-1はF/A-18のご先祖サマであるノースロップ
F-5に競り勝った戦闘機だよ。...続きを読む谷守
自営
森永輔・日経ビジネスシニアエディター“次期戦闘機「F-X」の開発について伺います。日本主導とすることを2018年12月の中期防衛力整備計画で閣議決定しました。続く2020年10月、開発主体に三菱重工業を選びました。
その一方で米ロッキード・
マーチンをインテグレーション支援の候補企業に選定し、エンジンはIHIと英ロールス・ロイスとが共同開発する方向で調整が進んでいます。このため、F-X開発は事実上の共同開発になるのではとの見方が広がっています。”
...続きを読む→上記指摘の通り、ですが、一気にアメリカからの独立は、摩擦で火花が飛ぶ。それで、ロールスロイスをかまして、つまり、ワンクッション置いて、日本の自立を目指そう、と言う手堅い戦略です、閣議決定は。
*岩崎茂氏は、アメリカにとことん忖度する方、と言う方では全くない。
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