多様性たら何たらで、
「いろんな生き方があってもいいんじゃないですかー」
という言葉がひとり歩きしている。
確かにそのとおりで、いろんな生き方が認められるのはいいことだ。
しかしこれにある種の冷たさを感じるのは、私だけであろうか。
今の世の中、人は断定的な口調を避ける。保守的とどうしたって叩かれるからだ。ああしろ、こうしろ、などという人生訓は前時代的なものになっている。だからたいていの人が、判で押したようにこう言う。
「いろんな生き方があってもいいんじゃないですかー」
それよりもはるかに、私の心に刺さった言葉がある。テレビに白髪の老人が映っている。「世界でいちばん貧しい大統領」で知られる、南米ウルグアイのムヒカ元大統領だ。
彼はドキュメンタリーの中で、こう叫んだ。
「若者よ、人生を一人で生きるな。仲間をつくれ、家庭をつくれ」
ああ、私も昔、同じことを考えたなあと思ったものだ。
まだ子どもの頃、親が死ぬのが本当に怖かった。私の家は親が高齢だったため、いつも母からこう言われていたのだ。
「マリちゃんが大人になる前に、お父さんもお母さんも死んでしまうんだよ」
結局母は101歳、父は91歳まで長生きしたのだが、とにかく子ども心にそのことは本当に恐怖であった。母としては、勉強しないぐーたらな娘にはっぱをかけるつもりであったろうが、子どもにああいうことは言わない方がいいと思う。
そしてその時私が考えたのは、絶対に結婚して子どもをつくろうということ。家族がいれば、親が死ぬ恐怖からは少しは免れられるのではと思ったのだ。
しかし大人になってから、この考えは大っぴらに口に出来なくなった。なぜなら物書きになった私のまわりにいた人たちは、みんな意識が高くて、それこそ結婚や子どもなどというものに執着しなかったからだ。結婚したいと公言した私など、かなりバカにされたものである。
それからまた歳月がたった。先日は66歳の男が、母親の死後、親身にめんどうをみてくれた医師を殺害する、という事件が起こった。私は背筋がぞぞっと寒くなった。犯人はほぼ私と同い齢。昭和の家族の価値観を持っている。家族もいないし仲間もいなかった彼は、親が死ぬことの恐怖と孤独に耐えることが出来なかったのだ。
そして地域医療のために、ひたすら努力していた善意の医師が殺されてしまったのである。
犯人には全く同情の余地はないが、今後こうした“狂気”に陥る老人は出てくるに違いない。人はひとりでは生きていけない。孤独は怖ろしい妄想を生んでいく、と実感した。
「専業主婦になりたい」
そんな時に、フジテレビの「ザ・ノンフィクション」がものすごい反響を巻き起こしていたのである。
私はもともとこの番組のファンでたいてい見ているが、視聴率もそう高くない地味な番組だ。ところが、最近いろんな人がこの話題を出す。出てきた女性「ミナミさん」は、ツイッターのトレンド入りを果たしたほどである。
この「ザ・ノンフィクション」は、「コロナ禍の婚活漂流記」というタイトルで、2回にわたって放映された。
ミナミさん(仮名)は、私大の法学部を出て、飲食関係の会社に入社した。今はホールといって、店内のサービスをしているが、30歳で手取り13万というのに驚いた。正社員でこの金額では、当然一人暮らしは出来ず、親と同居しているのであるが、このコロナ禍で、仕事のシフトは少なくなるばかり。彼女は、
「専業主婦になりたい」
という夢をかなえるべく、結婚相談所の門を叩くのだ。
このミナミさん、平凡な容姿だけれども、きちんと育ったお嬢さん、という感じで好感がもてる。が、恋愛経験が全くなく、あまりにも世間知らず。
相談所で紹介された資産家の男性とおつき合いをしながら、もう一方ではぐいぐいくる介護士のことを好きになってしまう。彼に腰に手をまわされ、
「まだ帰りたくない」
とか言われると、もうそれだけで舞い上がってしまうのだ。
この結婚相談所の女性所長さんが、ものすごく強烈で、人生の示唆にとんだ言葉を口にする。
「ここは恋するところじゃないの。結婚をするところ」
そしてミナミさんをこう叱る。
「あなたね、もっと人間力を身につけなさいよ」
そうだ、そうだと、多くの人たちが同意する。
「人間的にあまりにも未熟だ」
「思い込みが激しい世間知らずの女性」
と批判も多いのであるが、なぜかみんなミナミさんから目をはなすことが出来ない。
なぜなら、テレビに自分をここまでさらけ出し(仮名であるが)、がむしゃらに幸せになろうとしている彼女に、一種の清々しさを感じているからだ。
「結婚相談所なんてフン」
「お金も結構かかってイヤ」
と言うのはカンタンだ。だけどあなたは何をしているの、という問いをミナミさんからつきつけられるようである。
所長は今、心配している。コロナのせいで、社会に出たばかりの20代前半の女性が次々と入会してくるからだ。
若いコにはかなわない。ミナミさん、早く誰かと成立しないと、と所長さんはやきもきしていた。
ムヒカ大統領(当時)は言っている。
「私たちは幸せになるために、この地球に生まれてきたんだ」
と。だけど幸せになるのって、なんて難しいんだ。みんながそれぞれの答えを出せるほど強いわけじゃない。仕事とか結婚とかまずはありきたりのことからやってみる。
「いろんな生き方」が見つかる人は、めったにいるもんじゃないんだから。ホント。
source : 週刊文春 2022年2月17日号