ナツメ株式会社(現・ナツメアタリ株式会社)が1988年に発売したファミリーコンピュータ(以下、FC)向けADV『東方見文録』。突拍子もない展開や混沌とした作風からカルト的人気のある本作には、終盤のとあるシーンに衝撃的な没データが存在するという噂があった。没データとされる画像は2000年代にはすでにインターネット上に出回っていたが、ソースが曖昧なこともあり、何者かが捏造したネタ画像ではないかという説も有力視されていた。しかし今回、サンプルカセットをプレイした人物によって、没画像が実在し、サンプルカセットの段階では実際に使用されていたことが証明された。
非売品ゲームコレクターのじろのすけ氏は、自身のコレクションのひとつである『東方見文録』のサンプルカセットを検証プレイ。そのなかでは噂されていた没データが実装されていたほか、製品版とは異なる過激な描写なども多数収録されていたようだ。なお、本稿ではじろのすけ氏の検証内容について取り上げるが、本作終盤のネタバレやグロテスクなシーンの解説(画像あり)も含まれる。苦手な方はご注意いただきたい。
『東方見文録』は、『メダロット』シリーズなどで知られるナツメ株式会社(現在はナツメアタリ株式会社)が1988年に開発したアドベンチャーゲームだ。主人公の東方見文録(とうほうけん・ぶんろく)はシルクロードにおける素粒子分裂による時空間旅行を研究している大学生。日本一の雑貨屋を営むことを夢見る文禄は、マルコ・ポーロが著した「東方見聞録」を読み、当時の日本が「黄金の国ジパング」と呼ばれていたことから、タイムマシンを用いてジパングへ向かえば開業資金を稼げるのではないかと思い立つ。1275年のベニスへタイムスリップした文禄は憧れのマルコ・ポーロに出会い、二人は黄金の国ジパングを目指して旅することとなる。本作はナツメ株式会社が初めて手がけた作品でもあり、ブラックユーモアに溢れ、混沌とした世界観が評価されている。
没シーンが噂されていたのは、最終章である第5章の終盤である。紆余曲折を経て元国の船でジパングへ向かう二人だったが、現代での歴史の知識から神風が訪れないことを疑問に思った文禄がタイムマシンを遠隔起動してしまう。暴走したタイムマシンは現代から神風特攻隊を呼び寄せ、“神風”違いの戦闘機が元国の船を襲撃する。その流れ弾でマルコが死亡してしまうという、非常に後味の悪いシーンだ。FC作品屈指のトラウマシーンとしても有名で、製品版では「ブンロク・・・たすけて・・・」というマルコのセリフののち、海に投げ出されたマルコが捕まっていた板切れだけが海に漂い、「マルコはショウシツしました・・・。」というナレーションが流れる。
インターネット上に出回っていた没データとされる画像は、同シーンで板に捕まっていたマルコの頭が無惨に弾けているものだ。初出は不明だが、筆者が調べたところ2004年ごろからインターネット上に出回っていたようだ。ドット絵であるにもかかわらず非常にグロテスクに感じられるこの画像は、カセットから吸い出したデータから発見された没データとされている。しかし、ROMから吸い出された没データは頭が弾けているマルコのグラフィックのみで、出回っている実機映像風の画像は何者かがコラージュしたものとする説が有力視されていた。
じろのすけ氏は9月11日ごろから自身が所有する『東方見文録』サンプルカセットの検証を開始していた。サンプルカセットには一般的に開発途中版やデモ版の作品などが収録されており、一般流通に出回らない非常にレアなカセットだ。検証方法としては実機で本作の製品版とサンプルカセットをプレイし、全編にわたって目視で比較。具体的な違いを地道に確かめるものである。そして15日、第5章にたどりついた同氏は、前述の没グラフィックが実際に使用されていたことを確認した。
報告によると、サンプルカセットではマルコの頭が弾けているグラフィックが実際に使われているだけでなく、テキストもより生々しいものだったとのことだ。ツイートに添付されている実際のプレイ画面では、マルコの頭について詳細な描写がなされている。製品版では「ショウシツ」と曖昧な描写をされていたマルコだが、サンプルカセットでは「マルコのあたまは、ゼロセンタイのホウカのなかにくだけ、さけちるのでした」と死にざまが丁寧に描かれていた。
製品版で内容が変更になった理由は定かではないものの、倫理的側面から表に出せなくなったと考えるのが妥当だろう。『東方見文録』が発売された1988年当時はCEROのように家庭用ゲームソフト全体の倫理審査をおこなう団体は存在せず、ゲーム機メーカーが独自の基準をもとにソフトの審査をおこなっていた。『東方見文録』の場合は任天堂が審査をしていたとみられ、頭が弾けているグラフィックや生々しいテキストは倫理的にNGだと判断されたと考えられる。
このシーン以外にも、サンプルカセットでは過激な描写だったものが製品版でマイルドになっているケースが多々あるようだ。じろのすけ氏によると、性的なことを連想させるワードのほか、差別的な言い回しや実在する人物の名前などが修正されているようだ。同氏はTwitter上で「不道徳だと思う部分は控えました」とも述べており、公開できないほどの内容も収録されていたことも示唆している。
その突飛な世界観やストーリー展開から、奇作・怪作と呼ばれることも多い『東方見文録』。しかし、サンプルカセットのプレイ報告により、それでも製品版はマイルドになったものだったと判明した。収集のみならず比較・検証までおこなったじろのすけ氏の貢献により、怪作に秘められていた一面が深堀りされたと言えよう。非売品ゲーム収集という側面からゲーム研究を続ける同氏への情熱に、改めて敬意を払いたい。
サンプルカセットの全編プレイを終えたじろのすけ氏は「『東方見文録』は、市販版でも十分にすごいです。ファミコン史上っていうか、ゲーム史上見渡しても、空前にして絶後の不世出オンリーワンな奇ゲーだと思うので、パッケージの絵を見てビビッと来た人は、ぜひぜひプレイしてみてください」とツイートしている。残念ながら本作はバーチャルコンソールなど過去作のアーカイブ配信には未対応だが、当時のカセットは中古市場に多く出回っている。レトロゲーム互換機をお持ちの方は、探してみてはいかがだろうか。