魔法科高校の『触れ得ざる者』   作:那珂之川

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別の意味での慌ただしさ

「ただいま……って、達也が出迎えとは珍しいな」

 

 悠元が司波家に帰ってきたところ、その出迎えをしたのは達也であった。いつもならば深雪が率先して出迎えてきて、寂しいときには抱き着いてきたりもする彼女ですら手放せない相手がいる、という裏返しでもある。

 

「まあ、否定はしない。実は本家から客というか居候が増えることになってな」

「だから、あんなメールの内容になったわけか」

 

 達也から送信されたメールには黒羽家の人間―――恐らくは文弥と亜夜子のことだが、彼らと同行してきた人物の事にも触れていて、春からは深雪のガーディアンとして達也から引き継ぎを受けるべく司波家に居候することになるとのこと。

 流石にガーディアンの資質があるとはいえ、原作だと一人で出向いていたのに……いや、下手をすると身辺調査をしている物好きに勘付かれないための対策なのかもしれない。

 そのメールを証明するかのように、玄関に並べられた靴には達也や深雪のものとは異なるものが置かれていた。

 

「けど……リビングから漏れている殺気にも似たような雰囲気はどういうことだ?」

「……すまないが、俺にも分からない。深雪が水波(みなみ)を見た途端、ああなってしまってな」

 

 ともあれ、達也と話しているだけでは状況が掴めないと判断してリビングに入ると、にこやかな表情をしているが殺気が見え隠れしている深雪と、それを見て冷や汗を流している文弥と亜夜子、そしてワンピースを着ている少女―――彼女が達也の言っていた水波なのだろう。すると、四人の視線が悠元に向けられた。

 深雪は笑顔を見せ、文弥と亜夜子は軽くお辞儀をし、そして水波は……頬を赤くして俯いていた。少なくとも水波とは面識を持ったことなど一度たりともなかったはずなのにだ。

 

「ただいま……まあ、とりあえず詳しい事情を聞こうか。つーか、俺も居候の立場なんだがな」

 

 事のきっかけはピクシーを達也が事実上買い取った件だ。それを口実として家事手伝いという形で桜井(さくらい)水波(みなみ)―――悠元の兄である元治の妻として嫁いだ穂波(ほなみ)の血縁上の姪で、彼女も調整体魔法師である。

 真夜からの手紙の中には、深夜が神楽坂本家で過ごす(千姫が当主の世話人として深夜を雇い入れたようで、真夜も承諾済み)にあたり、彼女のガーディアンをしている水波を深雪の新たなガーディアンとして就けること。その前任者となる達也には、来年正月までにガーディアンとしての技術を教え込むこと。

 

 手紙から滲み出る真夜の思惑として、恐らく四葉の次期当主として達也を一応“当主候補”として担ぎ上げることで、次期当主候補四人の承諾を得る形にしたいのだろう。奇しくも深雪を含めた四人は達也の実力を知っているだけに、その思惑に乗っかることは容易に想定される。

 

 そうなると、問題になるのは司波家の家事を一手に担ってきた深雪との折り合いだろう。今まで達也や悠元の世話をしたいという彼女の健気さに根負けしていたが、水波という存在が現れたことでその領分をある程度奪われる形となる。

 尤も、今の深雪の様子からすればそれだけではないということも理解はするが。

 先程の様子を達也経由で水波から聞き出したところ、九校戦の試合をモニターで観戦していたようで、ピラーズ・ブレイクで悠元の姿を見た瞬間に惚れてしまったらしい。一目惚れという類は知っているが、その対象に自分がなってしまうのは想定外という他なかった。

 

「家事の折り合いは深雪と水波ちゃんでお互い納得がいくように話し合え。それができないと……」

「できないと、どうなるのですか?」

「俺お手製の春の新作ケーキを二人に試食してもらう」

「あー……悠元さんのお菓子は女性にとって戦略級魔法ですから……」

「亜夜子も道連れ決定な」

 

 自分の菓子作りに対する評価に納得はしていないが、それで沈黙させられるのなら自分への被害など安いものだ……と正直諦めた。亜夜子の言葉に悠元がそう言い放つと、亜夜子が「やってしまいました」と言わんばかりの表情を垣間見せていた。

 これには達也や文弥も笑みを零してしまうほどだった。

 

「というか、ある意味沖縄絡みの面子がこうして揃うとか……そういや、二人は第四高校に入学が決まったんだったな。おめでとう」

「ありがとうございます、悠元さん」

「つい先日の事ですのに、お耳に入るのが早いんですね」

 

 神楽坂家は四葉家のスポンサーでもあるため、四葉家絡みの情報は逐一集めている。時折葉山が神楽坂家を訪れては息子の忠成と話したりしていて、時折直接話すこともあったりする。その際に「どうか達也様とは良き友人関係であることを祈ります」と言われたが、将来的には義理とはいえ家族関係になる。

 俺の存在が間接的に三矢と四葉を繋げることになるのは、転生した当初は思いもしなかったことだろう。自分のせいではあるが、間接的には剛三(じいさん)のせいでもあるわけだが。

 

「対外的には赤の他人同士だが、俺の場合はどうせ七草の狸が掴んでいることだろうし、普通に挨拶に行くつもりだから」

「……同年代でも七草家当主をそんなふうに言えるのは、七草先輩とお前ぐらいだろうな」

 

 別に国防軍の情報セクションを貸してくれなかった恨みは微塵もない。十師族における四葉家の突出を阻止する動きに出るのなら、自らの価値を高める方向に足を向けるべきだと思う。師族会議における秩序を守るという意味では理に適っていることだが、それでは国内外の災厄に対処できなくなるのは自明の理。

 悠元の実家である三矢家も例外ではないが、元継と悠元が家を出ていて元治が次期当主としての引継ぎを着々と進めており、妻も迎えた立場。才能のある悠元の姉達も家を離れることは決まっており、悠元は内密に佳奈へFLTへの斡旋を進めたところ、魔法大学卒業後はCAD開発第三課への配属をするように深夜と話を纏めている。

 美嘉はというと、こちらも縁談がいくつか舞い込んでいるわけだが……こればかり本人の意思で決めさせたいと聞き及んでいるので反対はしなかった。ただ、詩奈の相手は侍郎以外に認めるつもりなどないが。

 

 ◇ ◇ ◇

 

 ―――西暦2096年3月25日。

 

 この日は深雪の誕生日。どこか出かけたいという深雪の要望を聞き、悠元はどこに行こうとかと思案した結果……その場所は二人にとって因縁の場所とも言えるかもしれないところであった。

 

「深雪はよかったのか? 昨年のことは“聞き及んでいる”けれど」

「はい。それに、悠元さんと周りの目を気にせずにデートが出来ますから」

 

 深雪が好んで身に着けている雪の結晶をモチーフとした髪飾り。これが悠元の作ったものだと判明したのは、横浜事変後に四葉本家へと呼ばれた際、達也が真夜に『流星群(ミーティア・ライン)』のことに関して尋ねたことが切っ掛けだった。

 真夜との会談後、深雪に悠元が真夜から『ミーティア・ライン』を教わった際の事情を詰め寄られ、達也は真夜に許可を取った上で深雪に事の詳細を教えた。その時に髪飾りの製作者も教えたようで、深雪は大層ご機嫌だったわけだが……司波家に帰ってきた際、悠元にその事情を問い詰めていた。

 

 隠していたお詫びとして、悠元は深雪の髪飾りに特殊な術式を施した。それは深雪の魅力を無駄に放出させないような認識阻害の一種で、雪の結晶部分は元々水晶の材質で出来ているために術式の刻印自体は直ぐに終わるし、周囲の想子を集めて常時発動するために本人の消費はほぼゼロに抑えられている。

 あと、身に着けている深雪本人の意思でオンオフの切り替えができるので、外に出かける際は非常に重宝しており、周りの目を気にすることなく買い物やデートに行けるようになったことを本人はとても喜んでいた。

 

「……あの時、悠元さんが来ているのなら、会いに来てくれても良かったですのに」

「いや、実は近くにいたんだよな……完全に偶然だったが」

 

 悠元が昼食を食べようとタワー内のレストランを訪れた際、周囲の視線が一組の男女に注がれているのを目撃して『万華鏡(カレイドスコープ)』で覗いたところ、達也と深雪が近くのテーブルにいたことが判明した。この時は周囲の好奇な目線もあったので気配を偽っているという事実を達也に勘付かれなかったわけだが。

 

「それでしたら、今度はお兄様の代わりに……でも、悠元さんが気配を出したら、女性の方々が……」

「俺の存在だけで誘蛾灯よりも酷いとか洒落になってないんですが、深雪さんや」

 

 優れた魔法師は優れた容姿を持つ。そのこと自体は悪くないし、母譲りの風貌はありがたいと思っている。現に、髪飾りの効力が出ているとはいえ、少なからず男性の目線がこちらに向いているのは深雪の隣にいる悠元自身も感じている。

 それを深雪も感じているのか、悠元の腕に自身の腕を絡ませていた。

 

「あの時は、自分に出来ることを……って頑張りました。ですから、今日ぐらいは……沢山甘えますから」

「そうか……」

 

 司波家ではいつも甘えているような気もするが、茶々を入れる場面でもないと悠元は深雪の行動に対して拒否はしなかった。

 深雪が気に入って達也からプレゼントされた髪飾りを扱っていたお店に立ち寄って、その時の話を店主がして深雪が表情を輝かせていたり、一年前に立ち寄った店では深雪が認識阻害を解除して好奇の目線が大量に向けられたり、そこに偶然立ち合っていた芸能プロダクションと思しき人間を一睨み程度の殺気だけで気絶させたり……最後の項目については、自分への敵意も見え隠れしていたので殺気を飛ばしただけだ。

 

 そうしてすっかり夜も更けたところで、二人が向かった先はよく利用している喫茶店「アイネブリーゼ」であった。いつもならばまだ営業している時間なのだが、扉には『CLOSE』の札が掛かっていて店の中は真っ暗だ。

 疑問を浮かべる深雪が悠元に導かれる形で中に入ると、突然店内が明るくなってクラッカーの音と共に紙テープが宙に舞う。その一部が深雪に掛かってキョトンとしている彼女の視線の先には、彼女の兄やその友人、自身のクラスメイトの姿もあった。

 

「ハッピーバースデー、深雪」

「あ、ありがとうございます、お兄様……いつの間に、こんな準備を」

「いやー、隠すのは結構大変だったけどな」

 

 面々―――レオやエリカ、幹比古に美月に加え、雫やほのかと燈也、姫梨に佐那とセリア。そして水波と……明後日には帰国する予定のリーナまで深雪の誕生日パーティーに参加していた。

 達也の言葉に深雪が悠元のほうを見やると、悠元は頭を掻くような素振りをしつつ苦笑交じりに応えていた。

 

「そうね。お姉ちゃんが思わず口を割るんじゃないかって」

「ちょ、ちょっとセリア!? いくらワタシでもそこまで抜けてないわよ!?」

 

 流石にセリアの言い放った可能性は低いだろうが、深雪とリーナはお互いのプライベートアドレスを知っているため、そこから漏れる可能性も少なからずあったのは否定できない。軍人としての資質も戦闘以外ポンコツクラスなのは死体蹴りのレベルになるので口を噤むが。

 

「こらこら、今日は深雪の誕生祝なんだから、姉妹喧嘩もその辺にしてくれ……深雪?」

「……ありがとうございます、悠元さんに皆さん」

 

 そう言った深雪は思わず涙を零していた。悲しみというより嬉し泣きだと誰の目から見ても明らかだが、これにはエリカがニヤついた表情で悠元をからかい始めた。

 

「あー、悠元ってば深雪を泣かしてやんの」

「黙れエリカ……そうそう、そういえばホワイトデーの放課後にレオとキスしてたんだっけ」

「なっ!?」

「ちょ、ちょっと悠元!? 何で知ってんのよ!?」

「偶然見かけたんだが、触らぬ神に何とやらというし、黙って帰ったからな」

 

 エリカのからかいに対して悠元が放った一言により、レオが狼狽えることになり、エリカに至っては耳まで真っ赤になるほどの恥ずかしさを滲ませていた。転んでもただで起きない悠元の仕返しに、周囲の人々は冷や汗を流したり、中には苦笑を禁じえなかった者までいた。

 その言葉に深雪は涙を拭いつつ、エリカに満面の笑みを向けた。

 

「あら、エリカも恋人が出来たのね。良かったら、デートの指南でもしてあげましょうか?」

「降参……あたしでも、ブラコン二人には勝てないわ」

「同感だぜ……」

 

 そう言い放ったエリカとレオの言葉に、悠元と深雪が二人に色々吹き込んだことを知るのは……誕生日パーティーに出ていた面々とアイネブリーゼのマスターのみが知ることとなったのは言うまでもない。

 

 パーティーは大盛況に終わったが、月が変われば新年度になる。2年生となる彼ら(無論リーナは除くが)を待っているのは、少なくとも平穏という言葉が限りなく遠くなることだというのは明らかであった。

 


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