黒奈とモデルのお仕事 2
お久しぶりです。
ちょっと余裕が出て来たので、書いて行きます。
榊さんに絆された、という訳では無くて、自分自身の意思で撮影の仕事を受けた。正式なモデルという訳では無いのでちょっぴり場違いな感じがしないでも無いけれど、それでもせっかく受けたお仕事だ。頑張ってやり遂げようという気概はある。
「今日は頑張りましょう!」
「当り前でしょう? こちとらようやっと詩織と一緒に仕事が出来るんだもの。頑張らないわけないじゃない」
「そうそう。それに、黒奈くんともお仕事するの楽しみだったんだから。今日は目一杯張り切っちゃうよ~」
ふんすと鼻息荒く意気込めば、東雲さんと東堂さんもにこりと笑って応えてくれる。
「さて、御三方。それではそろそろ準備の方をお願いします」
榊さんがやって来て、そう声をかけられる。
今回は来年の春物の服の撮影だ。気温はちょっぴり寒いので、気合を入れて取り組まねばなるまい。
ポスターと雑誌に掲載するための写真撮影。色々撮った中で良い物をそれぞれ選ぶそうだ。因みに、俺は今回はメンズの撮影なので、二人と一緒の雑誌には三人で撮った一枚だけを掲載する予定らしい。ちょっぴり残念だ。
ていうか、俺一人の写真がメンズ雑誌に載っちゃうわけ!? うわっ、緊張して来たぁ……。
若干緊張しながらも、着替えをするためのトレーラーに乗り込む。今日もトレーラーは二台。東雲さんと東堂さんは一緒のトレーラーで準備をするとの事だ。
「如月さん、お久でーす!」
「あ、お久しぶりです!」
俺のメイク担当は以前と変わらず、同じ人だった。……ていうか、今思ったけどまだ自己紹介してないよね?
「そう言えば、すっごく遅くなりましたけど自己紹介します?」
「え、あ、ああ! 確かに! 自己紹介してませんでしたね!」
わははと楽しそうに豪快に笑うメイクの人。
「如月さんはもう完璧に憶えてるので、私の名前だけで良いですかね? 私はメイクを担当させていただいてます、
「はい! よろしくお願いします、漆原さん!」
「はい、よろしく!」
改めて自己紹介を済ませた後、俺は漆原さんに促されるまま椅子に座る。
「今回は、前回と違って女の子っぽく見せる必要は無いから軽くメイクして整えるね。まぁ、整えるまでも無く、如月さん整ってるけども」
言いながら、漆原さんは慣れた手付きで俺にメイクを施す。そんなことは無いと言いたいところだけれど、メイク中なのでお口チャックをしなければいけない。
メイクをされながらちらりと視線を巡らせれば、恐らく今日着る事になるだろう服が立てかけられていた。
大きめのジャケットにスキニー、ハイカットブーツが用意されている。見た目は完全にメンズだ。しかし、一点メンズが着るにはおかしなものが混じっている。
一通りメイクが終わった後、俺は漆原さんに気になる事を訊ねる。
「あの、漆原さん」
「ん、何?」
「これって、ワンピースですよね? シャツタイプの」
「うーん、ちょーっと違うなー。それは、ロングシャツって言って、ようは丈の長いシャツなのよ。如月さんみたいな中性的な男の子が着たりするのが多いかな? まぁ、アレンジ次第では幅が広がるとは思うけどね」
「へー、これワンピースじゃないんだ」
「まぁ、気に入るデザインが無かったらシャツワンピで代用しても良いかもしれないね。如月さんなら違和感無いだろうし」
「それ、褒めてます?」
「もちもち! ささ! それじゃあ着替えた着替えた!」
暗に女の子に見えると言われた気がしないでも無いけど、まぁ、素直に褒められたと受け取っておこう。
俺は服を手に取ると、カーテンを閉めてから着替えを始める。
スキニーを履き、ロングシャツに袖を通し、ジャケットを着て、ブーツを履いたら、はい完成!
「おお! えくせれんと!」
最初はロングシャツに懐疑的だったけれど、合わせればとてもバランスの取れたコーデになっている。
「じゃじゃーん! どうです?」
カーテンを開けて漆原さんに披露すれば、漆原さんはぱちぱちと拍手をしてくれた。
「良い! 凄く良い! なんか養いたくなる可愛さがあるわ!」
「ありがとうございます! って、それ褒めてます!?」
「もちろん!」
良い笑顔で言われてしまえば、これ以上疑う事は出来ない。きっと、漆原さんなりの誉め言葉なのだろう。
「それじゃ、行きましょう! 二人はどんな服なのかなぁ?」
「東雲さんはクール系で、東堂さんはキュート系でしたよ。いやぁ、絶対二人とも完璧に着こなしてますよ。着ないでも分かる、似合うやつやん! って感じでした」
「おお! それは楽しみです!」
わくわくしながらトレーラーから降り、二人が出てくるのを待つ。
用意されたベンチに座って待つ事しばし。女の子はやっぱり準備に時間がかかるんだなぁと実感している頃、ようやっと二人が乗り込んだトレーラーの扉が開いた。
そうして二人が出てきて――周囲の空気が一瞬固まった。
「ねぇ、これ本当にあってるの? 逆じゃない?」
「えー? でも、雨音ちゃん可愛いよー?」
「そういう事言ってんじゃ無いのよ。イメージと合うか合わないかって言ってんのよ」
「大丈夫大丈夫~」
「あんたねぇ……」
お喋りをしながらトレーラーから降りてくる二人。
二人はちゃんと用意されていた服を着こなしていた……のだけれど。
「やっぱり、私がそっち着た方が良いんじゃない?」
「そんな事無いよー。皆も、キュートな雨音ちゃん見たいと思ってるはずだよー?」
「いや、キュートが売りなのあんたでしょうが」
「クールビューティーもありかなって思ってるよ」
「クールビューティーは仕事前に牛丼メガ盛り食べないわよ」
「クールビューティーだって食べるよー!」
楽しそうに言い合う二人を見て、俺はようやっと頭の処理が追い付いてきた。
「え、漆原さん。東雲さんがクール系で、東堂さんがキュート系……ですよね?」
「あれぇ? てっきりその通りだと思ったんだけどなぁ」
小首を傾げる漆原さん。
俺達の会話を聞いて分かる通り、二人の恰好は漆原さんの前情報とは真逆のものだった。
東雲さんはバルーンラインの可愛らしいワンピースに、これまた可愛らしい丈の短いジャケット。ブーツは柔らかい印象を与えるベロア調のブラウンのブーツで、まだ肌寒い季節なので白のストッキングを履いている。
東堂さんは黒のライダースジャケットにシンプルな白のシャツ。ダメージの入ったジーンズに加え、硬質な黒のブーツ。耳にごついイヤリングをやイヤーカフを付けており、普段のイメージとは百八十度違う印象を与える。被った帽子の下から覗く目がとても綺麗でとても格好いい。
「あ、やっぱり黒奈は早かったわね。てか、あんためっちゃ可愛いわね! 養いたいくらい可愛いわ!」
「ほんとだー。なんか、イメージぴったりー」
「あ、ありがとうございます。ていうか、その養いたいくらい可愛いって流行ってるんですか?」
「いいえ、本能を言語化しただけよ」
「なおさら分からない……」
謎な褒め方をされて困惑するけれど、気を取り直して二人の恰好について訊ねる。
「ていうか、お二人の恰好なんかいつもと真逆ですね」
「そうなのよ。私も逆なんじゃないかって思ってたんだけど、榊さんはこれで合ってるって言ってるし、詩織もノリノリだし……」
自分が可愛らしい恰好をしている自覚はあるのだろう。それでいて、イメージと違うという自覚もあって、恥ずかしそうにもじもじとしている東雲さん。いつも自信満々の姿を見ているだけに、そんな姿が少しだけ珍しいと思った。
「にゅーわたし! みたいな感じだねー」
ドヤ顔を浮かべる東堂さんを見ていると、恰好は違えどいつも通りだなと思って少し安心する。
「でも、お二人とも似合ってますよ! いつも見てる写真と違って、なんか新鮮です!」
東雲さんと一緒に仕事をしてから、二人の載っている雑誌を購入しているけれど、今までとは違う路線の服装なので、なんか新鮮だなと素直に思う。
「えー? 私よりもあんたが着た方が似合ってるんじゃないの?」
「俺よりも東雲さんの方が百倍似合ってます! それに、今日の俺はメンズデーですので!」
ドヤッとドヤ顔でくるりとその場でターンをすれば、むっとした顔をした東雲さんに鼻を摘ままれる。
「痛っ! 痛いです東雲さん! お鼻取れちゃう!」
「まったく、自分はいつも通りだからって調子に乗って。その服ひん剥いて私のと交換してやろうかしら」
「そんな事したら雨音ちゃん捕まっちゃうよー? なんだっけ? 強制わいせつ罪?」
「服ひん剥くんだから窃盗じゃない? 別に厭らしい事しようって訳じゃ無いし、ね」
俺の鼻を指先で弾けば、満足そうに不満顔を潜めさせる東雲さん。
俺は鼻を抑えながら涙目になって東雲さんを見る。
「ううっ……痛かった……」
「次はほっぺね。もちもちしてて引っ張りがいがありそうじゃない」
「ひー! 東堂さんお助けを!」
「クールビューティー東堂に任せて」
すっと俺の前に回り込み、東堂さんはふふんっと決め顔で東雲さんの前に立つ。
「クールビューティー東堂ってお笑い芸人みたいね」
「ひーん! 黒奈くーん! 雨音ちゃんが酷い事言ったー!」
「負けるの早く無いですか!?」
今度は東堂さんが俺の後ろに回り込む。
というか、お笑い芸人みたいだなとは俺も思った。
「はいはい。お喋りはそこまでにしてください」
三人で喋っていると、榊さんがやって来た。
「こっちも準備が整いましたので、早速撮影を始めちゃいましょう」
「はい!」
「分かりましたー」
「了解です」
「スケジュールは前もってお知らせしておりますが、午前中は外で撮影。午後はスタジオ内での撮影になります。三人そろったものと、ピンでの撮影になります。では皆さん、本日もよろしくお願いします」
「「「よろしくお願いします!」」」
榊さんの説明の後、いよいよ撮影が始まった。
「そう言えば、お昼は銀座の有名カレー店のお弁当らしいわよ」
「本当ですか!? やったー!」
「カ・レ・ー! あそれ、カ・レ・ー!」
東雲さんからもたらされた情報によって、俺と東堂さんのやる気がめちゃくちゃ上がった。
カレー! 大好き!
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