第二十話 ドキドキデート大作戦3
猫耳カチューシャを装着しながら、俺達三人は売店を後にして二人の後を付ける。
二人の会話に耳を傾ければ、先程のニャンニャンストライクの話題で盛り上がっているようだ。
「順調そうだね」
「ですわね!」
「ああ。だが油断は出来ないぞ」
「え、どうしてですか?」
「今は先程のアトラクションの話題で間を繋いでいられるが、順番待ちで時間が空いてしまえば話題のストックが少ない戦はまた会話に困るだろう」
「た、確かにですわ! 乙女先輩は普段は陰キャラと呼ばれる部類の人間! 同じ匂いのする人間としか会話が続かない上に、内弁慶なところもあるので、自分と合わない人やあまり話したことのない人とは話題が無い限り会話があまり続かないのですわ!」
詳しいね。ていうか戦さんの事さらりと馬鹿にしてない?
「気を引き締めましょうお姉様! きっとすぐに乙女先輩のボロが出ますわ!」
「ああ、うん。かもね」
この子すっごく戦さんの事馬鹿にしてるなぁ……。でもまぁ、多分美針ちゃんの言う通りになると思うけど。
そんな事を話していたからだろうか。戦さんが固まった笑顔でとんとんと頬を指で叩く。ヘルプの合図だ。早い、早すぎるぞ戦さん。
戦さんがヘルプを出すと、獅子王さんが即座に返す。
「タイミングとしては少し遅いが、相手の服を褒めろ。おしゃれだと持ち上げるんだ」
『そ、そういえば、和泉くん、とってもおしゃれだね。そのジャケット、凄い似合ってるよ』
『そう? ありがとう。戦さんも、今日
『ふぇっ!? あ、ありがとう……っ』
『いつも制服しか見てないから、なんか新鮮だね』
『そ、そうだね!』
可愛いと言われたのが嬉しかったのか、遠くからでも分かるほど顔を真っ赤にして照れているのが分かる。
「そのまま服の話題で話を膨らませてくださいな! どこで服を買ってるのかとか、自分にはどういう服が似合うだろうかとか、そういう事で話を膨らませてください!」
『ち、因みに、和泉くんはどこで服とか買ってるの?』
『俺? 俺は結構適当だなぁ。適当にお店を見て回って、気に入ったのがあったら買うって感じ。後は、モデルの仕事をした時に貰った服とか着てるね』
『そうなんだね』
服の話題で、なんとか話を膨らませる戦さん。深紅は仕事がら人よりも服に詳しいから、このまま話を膨らませる事が出来ると思う。
それにしても、少し意外だなぁ。美針ちゃん、意外とまともなアドバイスしてる。もう少し変なアドバイスとかすると思ってた。それに、獅子王さんも、どうすれば良いか分からないとか言っておきながら、的確にアドバイスしてるし。
……というか、獅子王さんと戦さんってどういう関係なんだろう? 見た目だけで言ったら、獅子王さんの方が深紅よりも王子様っぽいけど、それでも深紅が好きなんだろうか? 王子様のような見た目の人じゃなくて、深紅自身を好きになってくれたのなら、それは嬉しいのだけれど。
「次はあれに乗るようだな」
俺が別の事に思考を割いていると、二人は次に乗るアトラクションの列に並んだようだった。
次のアトラクションは、キャットゴーラウンド。メリーゴーラウンドの猫バージョンだ。
あれ、ちょっと意外だ。深紅は絶叫系が好きだと思ってたし、戦さんも深紅の好みが絶叫系だって知ってるから、絶叫系のアトラクションを選ぶと思ってたけど……。
俺と同じ事を思ったらしく、戦さんは小首を傾げながら深紅に尋ねる。
『あ、あれ、和泉くん。絶叫系に乗らないの?』
『うん。戦さん、さっきのやつ降りた後、少し気分悪そうだったでしょ? 休憩がてら、これに乗ろうよ。これならゆっくり動くから、気分も悪くならないと思うし』
ああ、なんだ。深紅が気を遣っただけか。
俺はそう納得したけれど、深紅に気を遣わせてしまった事を悪いと思ったのか、戦さんが申し訳なさそうにして深紅に言う。
『わ、私は大丈夫だから! 別のアトラクションに行かない?』
『いや、俺はこれも楽しみだから、これに乗ろうよ。もしかして、これ嫌い?』
『そうじゃないよ! でも、和泉くん、絶叫系が好きって聞いたし……』
『……それ、もしかして黒奈から聞いた?』
『え、うん……』
戦さんが頷くと、深紅ははぁと深い溜息を吐く。
え、何? 俺間違った事言ったの? 深紅絶叫系大の苦手だった?
俺と戦さんがそわそわとしていると、深紅は苦笑しながら昔を懐かしむように言う。
『俺、別に絶叫系好きじゃないんだよね』
『え、そうなの?』
『うん。俺よりも、黒奈とか黒奈の妹が絶叫系好きでさ』
ああ、確かに、俺も花蓮も絶叫系のアトラクションが好きだな。
『あの二人が……特に黒奈が絶叫系好きだからさ。二人に合わせて俺も乗ってるってだけ』
『そうなんだ……』
そうなのか……もしかして、絶叫系が嫌いなのに無理させちゃったかな? それなら、申し訳ないな……。
今まで知らなかった深紅の心中を知って、俺は申し訳ない気持ちでいっぱいになる。
『それじゃあ、さっきも無理してたって事? それなら、ごめんなさい……』
『ああ、いや、無理してたわけじゃないんだ。さっきも、昔も、俺は無理して付き合ってたわけじゃないんだ』
深紅は慌ててそう言うと、少しだけ恥ずかしそうにしながら簡潔に言った。
『俺は、一緒にいて楽しい奴と一緒のアトラクションに乗るのが好きなんだ。ただそれだけだよ』
だから、無理なんてしてない。そう最後に付け加える深紅。
『それに、戦さんが無理してたら、戦さん自身が楽しくないでしょ? せっかくのデートなんだし、それじゃあ俺もつまらないしさ』
にこっと、誰もが見惚れるほどの笑みを浮かべる深紅。
……多分、これ俺達必要なかったんじゃないかな?
「これは、俺達は必要なかったようだな」
俺と同じ感想を抱いたのか、獅子王さんがぼそりと言う。
「よし。戦、これから俺達は別行動をする。後は一人で頑張れ」
『はぇっ!?』
『ん、どうしたの戦さん?』
『い、いや、なんでもっ!』
突然の放置宣言に驚いて変な声を出して、深紅に心配される戦さん。インカムの向こうでわちゃわちゃしているのを聞きながら、獅子王さんに尋ねる。
「いいんですか? 戦さん放っておいちゃって」
「ああ。彼がなんとかしてくれるだろう。逆に、俺達がいては本当の意味でデートとは言えないだろうしな。完全に二人っきりにさせた方が、あいつも腹をくくるだろう」
言いながら、インカムを外して通話をオフにする獅子王さん。
「私もあきましたわ。お姉様、私達も遊びましょう!」
美針ちゃんもインカムを外して通話を切っている。ていうか、あきたって……。
けど、獅子王さんの言う事も一理あるとは思う。せっかくのデートなんだ。俺達の事なんて気にしないで、二人だけで楽しんだ方が良いと思う。
「……戦さん、それじゃあ俺も通話切るね」
『はぁっ!? ちょっと!』
「頑張って、戦さん」
『ま、待ちなさ――』
小声で抗議する戦さんを無視して、俺も通話を切ってインカムを外す。
これで完全に二人っきり。デートなんだから、その方が良いのだ。うん。
「さて、では我々はどうする? 二人は何か乗りたい物はあるか?」
「獅子王さんはもう帰ってくださって構いませんわよ! 後は私と黒奈お姉様だけで楽しみますから!」
「そういうわけにもいかない。俺の今日の頼まれごとの半分はまだ終わってないからな」
「え、戦さんのサポートだけじゃないんですか?」
「ああ。君は何も聞いてないのか?」
「はい」
助っ人として誰かが来る、という事くらいしか聞かされていなかった。それが獅子王さんだとも知らなかったし、もっと言えば性別だって知らなかった。
「そうか。戦は、君一人だとナンパされるだろうから、男除けとして来てほしいと言っていたのだ」
「女除けではなく?」
「ああ」
「……」
余計なお世話だ、まったく。ブラックローズになってるわけでもないんだし、ナンパなんてされるわけが無いだろうに。
しかし、そう思っているのは俺だけのようで、美針ちゃんは納得した顔でうんうんと頷いている。
「確かに、その通りですわ! 黒奈お姉様お一人ではナンパの百や二百は軽いですわ!」
「いや、そんなにないから。ていうか、ナンパ自体ないから」
「謙遜する事は無い。サングラスと帽子で隠してはいたが、君が魅力的な女性だと言う事は一目瞭然だ。何と言うのかな。オーラ、とでも言おうか。君からは人の目を引きつける何かを感じるよ」
「そ、そうですか……」
そんなに手放しに褒められたら嬉しいけれど、俺は女じゃなくて男なんだけどな……。
「獅子王さん、貴方分かっていますのね! 良いですわ! 私と黒奈お姉様に同行する事を許可しますわ!」
「あり難き幸せだな」
美針ちゃんの偉ぶった言葉に、獅子王さんは苦笑しながら答える。
深紅とか獅子王さんを見ていて思うけど、苦笑とかちょっとした仕草が似合うのはずるいと思う。
「では行きましょうお姉様!! まずは乙女先輩が乗っていたニャンニャンストライクに乗ってみたいですわ!!」
するっとさりげなく俺の腕に手をまわしてくる美針ちゃん。
「そうだね。それじゃあ、行こうか。獅子王さんもそれで良いですか?」
「ああ。俺達も、存分に楽しむとしよう」
「はい!」
実は俺も、先程からいろんなアトラクションに目移りしていて、ちょっと乗ってみたいなとは思っていたのだ。
もちろん、戦さんの事も気になるけれど、深紅が相手なら大丈夫だろう。それにせっかくのデートなんだから、二人っきりで楽しんでほしいとも思う。
放置したと言われればそれまでだけど。
後で戦さんに怒られるのかなと思いながら、俺は美針ちゃんに手を引かれてニャンニャンストライクに向かう。
まぁ、今は遊ぶことに専念しよう。多分、夜にでも電話が来るだろうし、その時にデートの内容を聞けば良い。
それに、最後に告白をするのなら、俺達は聞いていない方が良い。いつ告白をするのかも分からないし、その答えを深紅がどのように返すのかも分からないのだから。