学園祭は燃えているか
本日はついに、学園祭の初日。
晴れ渡った天は、気付かぬ間に深まっていた秋を示して高い。ちぎった綿のような雲がぽこぽこと浮かぶ空が、本日の晴天を約束してくれているようだ。
エカテリーナのクラスの劇が割り当てられた時間は、この初日の午後。澄んだ空気がきらめくような明るい日だから、講堂を暗くするためには、採光のための天窓のかなりの部分を、外側の
やれるだけの準備はした。どんなに準備をしても本番では思わぬことが起きるものと、前世のSE時代にシステムリリースをするたびに思い知っていたけれど、人間の身に出来ることは限られている。あとは、本番で全力を尽くすのみ。
そう思っていた。
『午前中は他のクラスの展示や模擬店などを楽しみ、学園祭を盛り上げるようにいたしましょう。そして時間になりましたら、速やかに準備にお集まりくださいましね』
前日クラスの皆にそう告げて、エカテリーナ自身もフローラと一緒に展示を見て回ったりして、学園祭の始まりを楽しむ気満々だったのだが。
学園祭初日の午前中である、いま現在。
エカテリーナは――戦場にいた。
「長さも胸囲もまったく足りませんわ!布!この布の余りはどちらに⁉︎」
「糸も必要ですわ、この色の絹糸もお探しになって!マチ針をお持ちの方は⁉︎」
「ウエストは入りますわね……理不尽ですわ、うらやましい……」
「ええ同感ですわ!でも今は、デザインの修正をお考えになって!」
たまたま空いていた小部屋を男子禁制の試着室にしてエカテリーナの採寸をした、衣装係という名の戦士たちが武器弾薬を求めて駆け回る中、本人はただただ、本当はオリガが着るはずだった身体に合わない衣装を手で押さえて、遠い目で思っているばかりだ。
どうしてこうなった。
いや理由というか原因ははっきりしてますけどね。
音楽神様!
あなた様のせいです!うらみます!神罰下るかな!
神様をうらむなんて間違っているかもしれませんけど。人間の都合に配慮するなんてあり得ないお方だって、わかっていますけど。
このタイミングで、オリガちゃんを連れていっちゃうなんてええーっ‼︎
あんまりです!
それが起きたのは、学園祭が始まった直後のことだった。
クラスメイトたちはさっそくそれぞれのお目当て、気になる食べ物を売っている模擬店や気になる人がいるクラスの催しへと散らばって行った。劇に出演する役者たちは、劇の宣伝(と衣装係の婚活応援)のため衣装を身につけて。
そんな中、教室から動こうとしなかったのがオリガだった。
彼女が着ていたのは衣装ではなく、制服だ。悪役令嬢な衣装は可憐なオリガとのミスマッチを狙って毒々しくデザインされたものだから、そんな似合わない服で歩き回るのは辛かろうと、宣伝からは除外されている。
それなのにオリガは見るからに緊張した様子で、動こうとしないというより動けないでいるのではないかと思うほどだったので、エカテリーナが声をかけた。
『オリガ様は、お出かけになりませんの?レナート様とご一緒されるものと思っておりましたけれど』
恋人(でありつつ相変わらずコーチとかプロデューサーも兼ねている気がするが)のレナートは、オリガに何か声をかけた後、ひとり急ぎ足で出て行ってしまった。喧嘩をしたわけでもなさそうなのに……と不思議に思っていたのだ。
教室からはもう、クラスメイトの姿は消えていた。マリーナでさえ、彼女の兄ニコライの準備状況を見に行くと、レナートに負けず劣らずの急ぎ足で去って行ったので。
『実は、今日……レナート様のお父様とお兄様方がお見えになるんです』
その言葉に、エカテリーナとフローラは息を呑んだ。
レナートは、セレズノア侯爵家の分家セレザール子爵家の三男だ。父親はセレズノア侯爵の側近。武人の家柄だそうで、かつてレナートは、父親に殴られて痣のできた顔で現れたことがある。当時エカテリーナを追い落とそうと動いていた、令嬢リーディヤを批判したためだ。そもそも、根っから武人の父親と音楽の天才レナートは、そりが合わないらしい。
それが、久々の父子対面。プラス、父親似らしい兄二人。
『それでは……後ほど、オリガ様もご挨拶を?』
思わず小声で尋ねると、オリガはこくりとうなずいた。
『劇をご覧になる予定で、その後……ご紹介いただけることになっています』
うーわー!
付き合ってる子のご家族との初対面!
ていうか未来の義父義兄……。
しかも、セレズノア領は身分差が厳しいとか、あちらはずっとユールノヴァ公爵家をライバル視していてオリガちゃんは私の友達だとか、リーディヤちゃんを差し置いてオリガちゃんが音楽神様のお招きを受けたとか、あちらがオリガちゃんをどう思っているか、難しい要素が満載。
それは……控えめに言ってアラサーもびびる人生の試練だな。
レナート君!ただでさえ緊張する劇の後に、そんな恐ろしいイベントをぶっ込んでこないであげてー!
……でも劇であの歌を歌い上げるオリガちゃんを見せておけば、父親も感動して彼女を受け入れるだろうと計算したんだな……うむ、あざとい(褒め言葉)。
『レナート様のお父君は、きっとオリガ様の歌に聞き惚れて、ご縁を得たことに感激なさいますわ』
励まそうとエカテリーナが言うと、オリガはごくりと喉を鳴らして、立ち上がった。
『私……少し、練習してきます』
それで、エカテリーナとフローラもオリガに付き合うことにした。
練習は大切だが、直前にあまり歌い過ぎると喉の調子を悪くする恐れがある。ほどほどでストップをかける人間が必要と判断したのだ。オリガは恐縮していたが、その必要性はしっかり理解しているので、素直に受け入れた。
もう校内には外部からの来客の姿がちらほら見えている。練習が聴こえてしまうのもなんだからと、三人の少女たちは校舎を出て、学園の敷地にある大きな池のほとりに向かった。
そこでオリガは、発声練習をしっかり済ませた上で、アカペラでかの曲を歌った。
それはそれは、素晴らしい出来だった。
おとなしいオリガだが、プレッシャーを力に変える強さを持っている。離宮で先帝皇太后を前に歌った時にひけを取らない歌声に、感動すると共に、今ここにレナートの父親や兄たちが居ればイチコロなのに!と思ったエカテリーナだったが。
まさにその時、空から、五色の光が降り注いだ。
そして、音楽神が舞い降りてきたのだ。
――
そう言うと、音楽神はオリガに手を差し伸べた。
――我が愛し子等が、この歌を聴きたいと申しておる。オリガ、我が庭に来よ。子等に歌って聴かせて
音楽神の愛し子とは、歴史上数名だけ存在した、音楽神にあまりに気に入られて神の庭から帰ってこなかった人々だ。彼らは神の庭で不老不死の存在となり、その音楽を音楽神に愛でられているという。
一度音楽神の庭に招かれたことで、オリガは音楽神の加護を得、彼女の歌はどこからでも神に届くようになった。ずっと練習していたこの歌も音楽神には聴こえていて、寵愛する彼らにそれについて話し、聴きたいと望まれたのだろう。
(ってちょっと待ってー!)
神威に圧倒され、夢見心地で音楽神の手を取るオリガを、こちらも夢見心地で見ていたエカテリーナは、なんとか我に返って内心絶叫したのだが。
時すでに遅く、オリガと音楽神の姿はふっと消えたのだった。
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