O社長。顧客によると「連絡が取れなくなっている」という

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長野県・長野市にある自動車販売店「デュナミスレーシング」で新車購入のためにお金を払った客に対して、2年以上も納車されず、返金もほとんど行われていない問題。経営者のO社長が「行方不明状態」となっているなか、長野県警は同社を家宅捜索するなど、本格的に動き始めた。今後、事件化されるかどうかに注目が集まっている。

同販売店の問題点と、O社長の顧客への誠意を感じられないやりとりについては、1月27日付の記事「総額4億級?前代未聞の納車トラブル『渦中の社長』のLINEを入手」でお伝えした通りだ。

ここでさらに、購入者の証言で新たな問題が浮上した。同社から納車された顧客の車検証を確認したところ、車検証の「所有者」の名義が、購入者の名義ではなく、ディーラーの名義になっていたことがわかったのだ。

何が問題かと言えば、その車を売った自動車販売店(以下、モーター屋)やディーラーが何らかの理由で倒産した場合、債権者の意向によっては、買った顧客の車を引き上げられてしまう可能性も出てくるのだ。顧客には一切の責任がないにもかかわらず、だ。

なぜ所有権がディーラーにあったのか?

デュナミス社から購入したAさんはこう明かした。

「買って数年間は気づかなかったんですが、自動車保険の担当者から指摘されて、車検証の所有者欄が、私の名前ではなくディーラーの名前になっていることを知りました。現金で買っているのになぜ…?と不思議に思い、O社長に聞いたんです。明らかにおかしいので、私の名義に戻してほしいとも伝えました。そうしたら、『あなたの名義にするのはとても手間のかかる作業で、手数料3万円がかかる』と言われたのです。バカバカしくなって諦めました」

「被害」を訴える人が100人は下らず、「被害総額は4億円級に上るのでは」とも言われる今回の「新車納車トラブル」。このトラブルの原因を、一般的な車購入の流れに置き換えながら考えてみよう。

まず、Xさんが新車を購入するとき、Xさんはモーター屋から買うが、そのモーター屋はディーラーに車を発注し、その車をXさんに売る。このとき、現金一括でXさんが車を購入した場合、原則として車検証の所有者名義はXさん名義になる。

しかし、Xさんがディーラーや信販会社を相手にローンを組んで購入した場合は、残債がゼロになるまで所有者はディーラーや信販会社の名義のままとなる。これを「所有権留保」という。この場合、Xさんは「使用者」になる。

所有者とは文字通り「車を所有している者」で、車に関わる全ての権利を持つことになる。誰かに売却するのも自由だし、別の人の名義に変更することも可能だ。一方で「使用者」はただの車の使用者である。Xさんが「使用者」の立場でいる限りは、売却や別の人への名義変更の権利は持つことができず、あくまでも「使用を許された人」でしかない。

この場合、モーター屋やディーラーが何らかの理由で倒産した場合、債権者は使用者の車をその自宅から引き上げることもできる。つまりXさんの車が、突然奪われてしまうこともあるのだ。繰り返しになるが、「使用者」に所有権はないので、裁判をしたとしてもあっさり負けてしまう。それぐらい「所有権」は重要なことなのである。

さて、デュナミス社の問題はここからだ。

前出のAさんの場合は、ローンを組んだわけではなく、現金で一括購入している。その場合、所有者はAさんになるのが普通だ。ところが、Aさんの車検証の所有者名義は、ディーラーになっている…。しかもAさんがO社長に対して、「本来の名義に戻したい」と相談すると「手数料3万円」を要求してきた。

別の購入者であるBさんはこう明かす。

「私もまたAさんと同じような被害に遭いましたが、車検証の名義が私ではなくディーラーになっていたことがわかった後、O社長に説明を求めると『ディーラー名義にしておいた方が、将来的に車を売却する時など、印鑑証明書の発行や委任状が必要なく、手続きがラクだから』と言われました」

たしかに、手続きにおける手数料はディーラーに代行してもらえば無料だが、車を購入した人が自分でやったとしても証紙代の支払いなど数百円で済むのだが…。

ディーラーが購入者に対し、「名義が購入者ではなくディーラーになっていること」や「手続きをディーラーが代行しても実はあまり差がないこと」をあえて指摘しないのはなぜか。あくまでひとつの見方だが、ディーラー側にもメリットがあるからだ、との指摘もある。

元ディーラーの営業マンいわく、「あくまでひとつの見方だが、客名義に戻していないのは“悪しき商習慣”がある場合もある」と、自らの経験も交えて、こう説明する。

「車検も保険も普通はディーラー任せ。となると一般の人が車検証を見る機会はあまりありません。何かの機会で見たとしても所有者の名前がディーラーになっていることに対して、特に疑問を抱かない人がほとんどでしょう。

ではなぜ、ディーラーは名義を客名義にしないのか。実は、ディーラーにとっては“おいしい利益”があるんです。

たとえばトヨタのヴィッツを購入して10年経過したCさんが、新しくプリウスを買おうとして、ヴィッツを中古車店や買取店などに売却する際、Cさんは車検証のデータが必要になります。ただ、Cさんが購入した時の名義がディーラーになっていた場合、買取店は、所有者であるディーラーに連絡をします。所有権を解除して名義変更するためです。

ディーラーはそこで、『Cさんがヴィッツを売却し、新しい車を買おうとしている』という情報を知ることになります。すぐにCさんに連絡をして『その車、ぜひウチで下取りさせてください。そして次の車も安くしますので是非うちに!』とお願いすれば、Cさんが売却しようとした中古車店や買取店から、その取引を『横取り』することができるんです。実際、私も何回かやったことがあります」

何かおかしいと気づいた購入者が「所有権を戻してほしい」とお願いしても、なかなかすんなりとはいかない。いろいろな無料サービスや謝礼を受け取り、ずっと所有者をディーラーのままにしておくケースもあるという。

「今はコンプライアンスが厳しくなっているので、現金一括で購入してくれたお客様に対しては、所有権をディーラーにつけるか、購入したお客様につけるかは選択してもらうケースが多いようです。ただ、慣習として残っている地域がまだあるようだ」

筆者がデュナミスレーシングからの購入者の声をもとに調べを進めたところ、ディーラー名義になっていたのは、長野県内のトヨタ販売店に多かった。そこでトヨタ自動車広報部にトヨタ自動車としてのルールを聞いてみたところ、以下のような返答が返ってきた。

「ランドクルーザー300のように、転売や海外輸出につながらないようお願いしている車両については、現金でも割賦でも購入から1年間は、必ずお客様のご了解をいただいたうえでディーラーの所有権を付けさせていただくお願いをしています。

しかし、それ以外では現金で一括購入した車の場合、原則として所有者はお客様名義になります。ある事例として、登録手続きなどに不便をお感じになっておられるお客様のために、ディーラー名義にされるかお客様名義にされるかのご提案をさせていただく地域もあると聞いています」

一定の基準はあるものの、「その基準以外は認めない」というわけではなく、ケースバイケースで手続きを進めていることがわかる。それでも、購入者の話を総合すると、デュナミス社のやり方が強引であったことが「すべての根源」であるといえるだろう。

デュナミスレーシングは、ディーラーを繋ぎ留めておく意味でも、ディーラーの名義を書き続けるしかなかったのだろうか。反対に、経営が苦しいO社長からの支払いがいつ止まるかわからないディーラーの立場からすれば、自分たちで所有権を持つことが、デュナミスレーシングに対する「担保」になっていた、との見方もできるのではないか。

いずれにせよそこには、お金を払って買った今回の被害者の意思や購入者に対する配慮が存在していない。残念ながら、自動車販売会社もディーラーも、1から100まで購入者の面倒を見てくれるわけではない。やはり自分の身は結局、自分で守るしかないのだ。

 

◆支払い方法、購入方法別の所有者名義

取材・文:加藤久美子