ある意味有名人
ヴェアゾは今日もきっと元気です
貴族の屋敷――それも四大公爵家という大貴族の敷地に侵入したという時点で、懲罰で胴と首が離れてもおかしくない。しかし、グレイルが面白がって雇ったのだという。
「最初は下級使用人でしたが、掃除中に壺を割り更に数倍の借金をこさえました」
「えっ」
「それ以外にも、奥様――ラティーヌ様のドレスやストールに爪をひっかけて解れさせ、モップやはたきで窓ガラスやランプやシャンデリアの破壊も数件出しました」
これで衣装がアルベルティーナやクリスティーナ所縁のものだったら、即刻アウトだっただろう。絶妙にぎりぎりセーフのラインでしでかしたヴェアゾ。
働いて賃金から返済しても、着実に借金は増えていったという。
レイヴンの話を聞いているだけで、ミカエリスの腹の底や背筋からぞわぞわと悪寒がする。
「予定としては獣人の使用人として、その嗅覚や聴覚の鋭さを生かした従者として育てたかったようですが、論外過ぎて表の護衛もできず影見習いにする形になりました」
「ヴェアゾがよく従ったな……?」
「彼は強者と戦うことに惹かれていました。庭師のアグラヴェイン翁、料理長のゴードン様、執事長のセバス様など、ラティッチェには彼にとって打倒を目指す壁が多かったので、いついたのかと……」
子供時代、ミカエリスはラティッチェに滞在していた。当然彼らの顔を知っている。
庭師やシェフがやけに逞しいとは思ったが、現役でそんなに強いのかと眉間にしわが寄る。セバスはあの魔王公爵の専属執事と言うあたりで、異次元感が満載だった。その実力が規格外でも驚きはしない。
ミカエリス以上に傍にいるはずのアルベルティーナは気づいていない。
優しいおじいちゃま執事だと甘えているし、セバスもアルベルティーナに駄々甘だった。
「……ラティッチェ公爵には挑まなかったのか?」
「視線ひとつで尻尾を巻いて跪いていました。本能に訴えるレベルで違いが分かるそうです」
目指してはいるそうです、とついでのように零すレイヴン。
ミカエリスは耳をしょげさせたヴェアゾが子犬のように身を震わせて、魔王の一瞥に震え上がるのがありありと想像できた。
「彼は自分の意思でラティッチェにいるのだな?」
「私にはそう見えます」
こくりと頷くレイヴンに、情報量の多さに困惑しつつもミカエリスはそっと胸に仕舞った。
ヴェアゾがラティッチェで働いているのは事実だが自分の意志であるし、アルベルティーナは一切関与していない。
ラティッチェの調度品は一流ばかりだ。サンディスの中でも頭抜けて資産がある名家だから、その辺の貴族と格が違う。照明一つ、絨毯一つ、絵画一つで桁が違う。
それを破壊したとなると、ヴェアゾは一生でも払いきれない多額の借金を負っているだろう。貴族でも際どいから、平民ではなおさら無理だ。
それにしても、行方は分かったがヴァサゴにどう説明したものか。
ヴァサゴは黄金の毛並みを持つ狼の獣人だ。グレグルミーの砦で、ゴユランと手を組んで砦を落とそうとしていた――が、潜伏していた一帯はキシュタリアの魔法により大破、それを見てゴユランは逃走、劣勢は色濃くなり、ミカエリスとの一騎打ちを申し出た。そして敗れ捕虜となった。
グレグルミー辺境伯は戦場での出来事をすべてミカエリスに丸投げしていた。なので、ゴユランに強制徴収された兵であるという扱いで、ドミトリアス領地に送ることにした。グレグルミー領ではまだ心象が悪いし、ドミトリアス領は裕福で働き口もある。下手に難民としてずっとグレグルミーに居れば、殆どが浮浪者で最悪ならず者や破落戸になって治安を悪くする。
ミカエリスの配慮にヴァサゴは深く感謝していた。彼の守っていた大半は、女子供や老人が多かった。多くは争いより、平穏に暮らせる場所を求めていたのだ。
ヴァサゴは仲間の、獣人達の生活を守るために戦っていた。その裏で、アルベルティーナの悪評を広げて彼らを利用したレナリアがいた。
(ゴユランの近くで保護された『砂漠の聖女レナリア』と、ゴユランと獣人を裏で手を結ばせた『レナリア・ダチェス』。偶然にしては出来過ぎている)
だが、重罪人として指名手配されている彼女が態々本名を名乗って活動するのは不自然である。印象が悪いし、かといって偶然同じだったと片づけられない。
顔を確認できれば良いが、そこまで接近するのは難しい。
(チャンスがあるとすれば、ダンスの時か? ファーストダンスは論外だが、セカンド、サード以降ならば問題はないだろう)
基本、ファーストダンスはエスコート相手だ。もしくは特別ゲストなど、優遇する立場の相手だ。そして、連続して踊ることは婚約者や伴侶であるのが常識だ。
今回の催しは大きい。それに伴い、招待客が多い。チャンスは何度かあるだろうけれど、彼女がダンスを踊れなかったら意味がない。狙う相手の手を取れる確証はなかった。
彼女は家名を名乗らなかった――名乗れなかったか、無いのか。もし後者なら平民の場合も考えられる。そうなると踊れる可能性は低く、ダンスの時間に壁の花に徹する可能性が高かった。そうでなくとも、慎ましい女性は壁の花とばかりにホールから遠い場所に佇むことがある。
(あれが学園にいたレナリアならば、壁の花にはなりたがらないはずだ)
学園でもルーカスを始めとする美男子たちを真っ先に誘い、ダンスを踊っていた。彼らの婚約者たちを差し置いて、恐縮するどころか当然のようにダンスホールの中心にいた。
身分の高い男性に贔屓にされるようになってからは、かなり傲慢に振舞っていたし、我が物顔で王子たちの威を借りていた。
(今回はダナティア伯爵に擦り寄って、成り上がりに来たのか?)
しかし、いくら長年田舎に引っ込んでいても、ダナティア伯爵だってレナリアの悪行を知ったら匿おうとしないだろう。聖女なんて大それた肩書きを使ってまで庇う意味が分からない。
聖女は尊ばれるが、諸刃の剣だ。偽聖女を担ぎ上げれば、本人は勿論支持者だってただでは済まない。民衆が尊敬と崇拝を込めて呼ぶのではなく、貴族が名を広めるのは意味が変わってくる。
本当に、ただ偶然にダナティア伯爵が拾い、保護した女性の名前がレナリアだったという可能性もゼロではない。だが、ミカエリスの勘がNOと訴えかける。
一つ問題が解決したが、より複雑化した気がする。
溜息を飲み込み、また足を踏み出すのだった。
読んでいただきありがとうございました!
きっとヴェアゾは借金を余り気にしていない。
つわものいっぱい! うれしい! たのしい! とか兄の気持ち弟知らず。
※アリアンローズから書籍版 1~7巻、コミックス4巻が現在発売中。 ※オトモブックスで書籍付ドラマCDも発売中です! ユリア・フォン・ファンディッド。 ひっつ//
公爵令嬢に転生したものの、記憶を取り戻した時には既にエンディングを迎えてしまっていた…。私は婚約を破棄され、設定通りであれば教会に幽閉コース。私の明るい未来はど//
大学へ向かう途中、突然地面が光り中学の同級生と共に異世界へ召喚されてしまった瑠璃。 国に繁栄をもたらす巫女姫を召喚したつもりが、巻き込まれたそうな。 幸い衣食住//
二十代のOL、小鳥遊 聖は【聖女召喚の儀】により異世界に召喚された。 だがしかし、彼女は【聖女】とは認識されなかった。 召喚された部屋に現れた第一王子は、聖と一//
【R3/8/6 ノベル2巻が発売されました。ありがとうございます&どうぞよろしくお願いします】 「ひゃああああ!」奇声と共に、私は突然思い出した。この世界は、前//
【KADOKAWA/エンターブレイン様から書籍版発売中】 【コミックウォーカー様にてコミカライズ連載中、2021年3巻発売中です】 「気付いたら銀髪貴族の幼女//
前世の記憶を持ったまま生まれ変わった先は、乙女ゲームの世界の王女様。 え、ヒロインのライバル役?冗談じゃない。あんな残念過ぎる人達に恋するつもりは、毛頭無い!//
魔力の高さから王太子の婚約者となるも、聖女の出現によりその座を奪われることを恐れたラシェル。 聖女に対し悪逆非道な行いをしたとして、婚約破棄され修道院行きとなる//
【R3/12/15 ノベル6巻発売。R3/12/10 コミックス5巻発売。ありがとうございます&どうぞよろしくお願いします】 騎士家の娘として騎士を目指していた//
8歳で前世の記憶を思い出して、乙女ゲームの世界だと気づくプライド第一王女。でも転生したプライドは、攻略対象者の悲劇の元凶で心に消えない傷をがっつり作る極悪非道最//
【☆書籍化☆ 角川ビーンズ文庫より1〜5巻発売中。フロースコミックよりコミックス1巻発売中。ありがとうございます!】 社畜SE雪村利奈は、乙女ゲームの悪役令嬢//
◇◆◇ビーズログ文庫様から1〜4巻、ビーズログコミックス様からコミカライズ1~2巻が好評発売中です。よろしくお願いします。(※詳細へは下のリンクから飛ぶことがで//
【書籍版重版!! ありがとうございます!! 双葉社Mノベルスにて凪かすみ様のイラストで発売中】 【双葉社のサイト・がうがうモンスターにて、コミカライズも連載中で//
エレイン・ラナ・ノリス公爵令嬢は、防衛大臣を務める父を持ち、隣国アルフォードの姫を母に持つ、この国の貴族令嬢の中でも頂点に立つ令嬢である。 しかし、そんな両//
悪役令嬢にずっとなりたいと思っていたが、まさか本当になってしまうとは……。 現実に直面すればするほど強くなる悪女になる夢を持った少女のお話。 主人公の悪女の基//
【コミック2巻9/15発売】 ※こちらはWEB版です。回収しきれていない伏線などがあり、お話自体が大きく異なりますので書籍(2巻以降)とは別物とお考え下さい。//
本が好きで、司書資格を取り、大学図書館への就職が決まっていたのに、大学卒業直後に死んでしまった麗乃。転生したのは、識字率が低くて本が少ない世界の兵士の娘。いく//
貧乏貴族のヴィオラに突然名門貴族のフィサリス公爵家から縁談が舞い込んだ。平凡令嬢と美形公爵。何もかもが釣り合わないと首をかしげていたのだが、そこには公爵様自身の//
「すまない、ダリヤ。婚約を破棄させてほしい」 結婚前日、目の前の婚約者はそう言った。 前世は会社の激務を我慢し、うつむいたままの過労死。 今世はおとなしくうつむ//
異母妹への嫉妬に狂い罪を犯した令嬢ヴィオレットは、牢の中でその罪を心から悔いていた。しかし気が付くと、自らが狂った日──妹と出会ったその日へと時が巻き戻っていた//
頭を石にぶつけた拍子に前世の記憶を取り戻した。私、カタリナ・クラエス公爵令嬢八歳。 高熱にうなされ、王子様の婚約者に決まり、ここが前世でやっていた乙女ゲームの世//
王太子から冤罪→婚約破棄→処刑のコンボを決められ、死んだ――と思いきや、なぜか六年前に時間が巻き戻り、王太子と婚約する直前の十歳に戻ってしまったジル。 六年後の//
婚約破棄のショックで前世の記憶を思い出したアイリーン。 ここって前世の乙女ゲームの世界ですわよね? ならわたくしは、ヒロインと魔王の戦いに巻き込まれてナレ死予//
「リーシェ! 僕は貴様との婚約を破棄する!!!」 「はい、分かりました」 「えっ」 公爵令嬢リーシェは、夜会の場をさっさと後にした。 リーシェにとってこの婚//
❖❖❖オーバーラップノベルス様より書籍11巻まで発売中! 本編コミックは8巻まで、外伝コミック「スイの大冒険」は6巻まで発売中です!❖❖❖ 異世界召喚に巻き込ま//
突然路上で通り魔に刺されて死んでしまった、37歳のナイスガイ。意識が戻って自分の身体を確かめたら、スライムになっていた! え?…え?何でスライムなんだよ!!!な//
薬草を取りに出かけたら、後宮の女官狩りに遭いました。 花街で薬師をやっていた猫猫は、そんなわけで雅なる場所で下女などやっている。現状に不満を抱きつつも、奉公が//
ななななんと!KADOKAWAブックスから書籍化決定です!! 一巻は令和元年九月十日に発売です。コミカライズも決定しました。これも応援してくださる皆様のおかげ//