いまさら聞けない「メタバース」世界最大のVRイベントを記者が体験
会ったこともなく姿を知らない同僚たちが働く時代へ
最近やたらと「メタバース」という言葉を聞くようになった。一体何なのか。「論より証拠」で記者が実際に体験をした。
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1月末、記者は東京・渋谷区のHIKKY(ヒッキー)社にいた。ヒッキーは世界最大のVR(仮想現実)イベント「バーチャルマーケット」(Vket=Vケット)の主催団体。「Vket2021」は昨年12月4日から19日までの期間限定イベントだったが、昨年はメタバース(インターネット上でコミュニケーションがとれる仮想空間)がバズワードになったことで、Vket内のバーチャル渋谷/秋葉原は多くのニュースでも取り上げられた。
Vket2021は一般的にはもう入場できないが、VRChat(VRチャット)というメタバースサービスの中にはまだ存在している。そこで特別に無人の街となったVketに入らせてもらった。
まずVRヘッドセットを装着。VRヘッドセットはVRゴーグルとコントローラーのセットだ。これはメタ社(旧フェイスブック)のオキュラス・リフトS。メタ社にはオキュラス・クエスト2(クエスト2)という4万円弱の“安すぎる”ヘッドセットもあるが、Vketのすべてのイベントに入るにはゲームPCのような性能の高いPCに有線で接続する必要がある。企業ブースなどはデータが重いからだ。
ディズニー出店でメジャー化 ドコモが65億円出資
Vket内ではバーチャル渋谷駅から散歩はスタートした。イベント開催時にはユニークな自作アバター(分身)たちであふれていたはずだ。
まずは駅前にあるセレクトショップのBEAMS(ビームス)で服を試着。次はセンター街に行って「バーチャル大丸・松坂屋」で高級食材を物色。いずれの店舗でも気に入ればECサイトから商品を購入できる。SMBC(日興証券)のブースでは過去の株価に連動した曲線で移動するジェットコースターに乗ることができる。
また、バーチャル秋葉原ではJR東日本秋葉原駅前に人気アニメ「エヴァンゲリオン」の巨大な初号機がひざまずいていて、時に立ち上がる。駅構内に入れば、山手線にも乗れる。車内モニターには広告も流れ、まさにいつもの通勤電車だ。
Vket2021の参加者は100万人。18年から年2回ずつ開催して7回目。1回目は1500人だった。毎年イベントのテーマは異なる。急激に交流人口が増えて企業も注目。対人での非接触を求めるコロナ禍も追い風になった。企業は主にPR目的だが、ディズニーの出店で話題になり一挙にメジャー化。また昨年11月にはNTTドコモが65億円を出資してヒッキーと資本・業務提携。社員規模は50人だったが、外部エンジニアを増やすなど開発基盤を強化し、海外向けも含めたVR関連サービスを拡大する方向だ。
会ったこともなく姿を知らない同僚たちが働く時代へ
急成長するメタバース業界だが、同社PRマネジャーは「あくまでもクリエーターファーストです」と話す。
「VketはVR民たち身内の祭典です。ヒッキーとユーザーが共鳴してVketはできていきました。ですので、一般会場と企業出展会場は分けています」
同社にはVketを担当するCVO(チーフ・バーチャル・オフィサー)という役職があり、「動く城のフィオ」氏が就いている。フィオ氏はリクルート出身でバリバリの起業家だったが、あるとき、うつ病を患い、対人で話すことができなくなった。そのフィオ氏がVRならアバターを介して生きていける、だからVRで経済圏をつくりたい、と始めたのがVketだったという。
昨年6月入社のPRマネジャーも、フィオ氏の素顔は知らず、顔や本名を知らない社員はほかにも多いと話す。
「Vketの目的はVR民がメタバースで食べていけるようにすること。ここで食べていこうという思いを持っている人は多い。今回もアバターが有償無償でバーチャル接客をしてくれました。(自作アバターや3Dモデルの)クリエーターたちを増やしていきたいし、活躍してもらいたい」
米国のVRチャットやメタ社のホライズンワールド、日本のCluster(クラスター)は専用アプリと個人情報登録が必要な「クローズドメタバース」。しかしヒッキーはWebページのように誰でも入れる「オープンメタバース」を目指し、Vketクラウドというサービスも開発した。
社名のヒッキーは「ひきこもり」の俗語。創業メンバーにはひきこもりが多かったからだ。大手マスコミでは経済記事として「メタバース」が躍るが、VRやアバター文化を育ててきたコアなVR民たちとは考え方や感覚が少々違うようだ。
日本の地方自治体もメタバース化へ?
地方自治体もメタバースに強い関心を持ち出している。天草四郎やイルカで知られる熊本県天草市(馬場昭治市長)は「天草メタバース計画」を立ち上げた。どのようなことを計画しているのか。天草市と進出協定を結び先月11日にメタバース内で調印式を実施したパララボ(福岡市)の大仁田英貴代表は「聖地巡礼モデルです」と話す。「聖地巡礼」とは、映画などの舞台になった街(聖地)をファンたちが訪れること。
「まずは360度VR動画や、天草のアバターが案内するメタバース空間内で遠方地の人に普段味わえない旅行気分を味わってもらう。そうして現地に誘導。帰宅後はファンサイトで天草市の特産品などを買ってもらう。リアルをデジタルで挟むモデルです。その過程で産業と雇用を天草市内で創出することが今回の計画の眼目です」(大仁田氏)
ヒッキーやVRチャット、クラスターなどのメタバースサービスに進出することも検討中だそうだ。
「天草市は高齢者も多いし、アナログさは大事。大画面で映せばVRゴーグルがなくてもほぼ同じ体験が味わえます。最終的には道具よりコミュニケーション。今度はVRチャットの中で会いましょう!」(大仁田氏)
メタバースという言葉は躍るが、やはりリアルの人間あってこそなのだ。