中国の五輪公式アプリ、「2400個のNGワード」が判明 「ダライ・ラマ」などが監視対象
大国の威信をかけた「虚飾の祭典」が始まった。長引くコロナ禍の折、欧米などの外交ボイコットもあって世界的な盛り上がりを欠きつつも、中国当局は「ゼロコロナ」を合言葉に成功へと躍起になっている。が、なりふり構わぬそのさまは、時に滑稽ですらあり……。
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中国のコロナ政策の代名詞とも言える「ゼロコロナ」。五輪を迎えた現在、その真価が問われるところだが、中国社会に詳しいジャーナリストの西谷格氏は、
「北京ではワクチン接種率が9割を超えています。北京市外から市内に入る際の検問も非常に厳しく、“城壁の中にいる安心感”を覚える人も少なくありません」
市民には、アリババなどが開発した「健康宝」なるアプリの利用が義務付けられており、
「公共機関をはじめレストランなど商業施設、また各交通機関に設置されたQRコードを、このアプリを搭載した携帯で読み取る。これで当局は“何時何分に誰がどう移動し、どの店で食事した”といった履歴をすべて集約できるのです」(同)
感染や濃厚接触の疑いが生じると、画面が緑から赤色へと変わり、医療機関を受診する仕組みだといい、
「そうした徹底ぶりもあり、北京市民のオミクロン株への危機感は、猛威に晒される欧米などとは別世界のように低いといいます」(同)
私生活を容赦なくSNSに公開
もっとも、プライバシーなど皆無。実際に北京では1月15日、市内で初のオミクロン株感染者が確認され、ただちに性別と年代、名字や勤務先とともに14日前まで遡った行動履歴が、中国最大のSNS「微博(ウェイボー)」上で公表されるに至った。
「賛否云々の前に、私生活が容赦なく晒されてしまうことから、市民は感染しないよう“自助努力”するのです」
とは、現地在住ジャーナリスト。むろん五輪の現場でも、厳戒態勢は保たれており、
「東京五輪に続き、今回も選手・関係者と市民を遮断するバブル方式がとられています。ひとたび中に入ると、報道陣も帰国までバブル外へは出られません。選手らはN95などの医療用マスクの着用とともに毎日の検体検査が義務付けられており、選手村にあるメディアセンターの食堂では、調理から配膳まで無人化が実現しています。ロボットが作った料理が、天井に張り巡らされたレールを伝って運ばれ、客席の上から吊り下げられてくる。バーテンダーになり切ってカクテルを作ってくれるロボットもいます」(同)
世界に最新技術の粋を誇示する好機ではある。とはいえ、いささかの“ディストピア感”を禁じ得ない。
4万人以上の来場者がPCR検査
その北京では現在、人口約200万人の「豊台区」が封鎖され、全住民にPCR検査が行われているのだが、陽性者が確認された地方都市でも、封じ込めは熾烈を極めていた。中国事情に通じる「シグマ・キャピタル」チーフエコノミストの田代秀敏氏が言う。
「人口1300万人の大都市・西安では、昨年12月にコロナ感染者が出たことで1月下旬まで“ロックダウン”が続いていました。感染状況などで市内の『社区』(行政区画)をリスクの高さで分類し、“高リスク”に指定された地区の住民は自宅から一歩も出られませんでした。ドアの外に計測器を設置され、行政職員が立ち会った時以外に住民がドアを開閉したかどうか、把握されるのです」
東京とほぼ同じ人口ながら、リスクのレベルによらず全市民には10回前後のPCR検査が課されたという。気になるのは食事だが、
「1日3回、行政から各戸に届けられ、家庭のごみも持ち去ってくれます。毎日3食の習慣が根付く中国では、食料配給が滞れば暴動にも発展しかねない。さらにリスク指定された地区では、中国版WOWOWのような有料チャンネルが無料で観られる措置をとるなど、当局は“アメとムチ”を巧みに使い分けています」
また、北京から120キロの距離にある人口1400万人の天津でも、先月にオミクロン株の感染者が確認され、ロックダウンを恐れた市民による食料買い占めが起きた。こちらも全市民にPCR検査が行われ、北京との間を30分で結ぶ高速鉄道の運行は停止されている。田代氏が続けて、
「“封鎖”は商業施設にも及びます。1月13日には上海のユニクロ旗艦店で陽性が疑われる人が発見され、買い物客ら約70人が48時間もの間、店内に閉じ込められました。また昨年10月末には、前日に陽性者が来場した恐れがあるとして、上海のディズニーランドが開園中に閉鎖。深夜まで4万人以上の来場者がPCR検査を受けさせられました」
2400個のNGワード
悲劇というより喜劇である。ゼロコロナとは、こうした強権措置と表裏一体であるのは言わずもがな。加えて、各国の関係者を苛んでいるのが、大会で用いられるアプリだ。先のジャーナリストが言う。
「先月18日、健康状態の管理に用いられる大会の公式アプリ『MY2022』に重大な脅威があるとカナダの研究機関が発表、各国で一斉に報じられました。このアプリは、選手をはじめ報道陣や観客など、すべての関係者が中国に出発する14日前までにインストールを義務付けられているのですが、音声ファイルや健康データ、税関関連や渡航歴などの個人情報が漏洩する危険があると分かったのです」
さらには「天安門事件」「習近平」「ダライ・ラマ」など2400余りの単語が監視対象となる“検閲ワードリスト”も組み込まれていたといい、
「IOCは“重大な脆弱性は見つからなかった”と、火消しに回っていますが、すでに多くの情報が当局に吸い上げられたとみるのが自然です。実際に欧米各国の五輪委員会は、自国の選手団に対し、個人所有のデバイスは中国に持参せず、レンタルや使い捨てのスマホを用いるよう、呼び掛けています」(同)
ゼロコロナにまい進する理由
“平和の祭典”とは名ばかり、舞台裏はきわめて剣呑なのである。さて中国共産党は今秋、5年に1度の党大会を開催。習近平国家主席の3期目続投は確実視されている。拓殖大学海外事情研究所の富坂聰教授は、
「習政権にとって今回の五輪は“成功”の結論しかありません。あらかじめ成功が約束されている祭典であり、それだけ体制は盤石に近づいているといえます」
としながら、
「今回のコロナ禍を、政権は“人民戦争”と位置付け、非常事態との意識を国民に植え付けてきました。五輪の成否はさておき、コロナで対応を誤ると政権の権威失墜につながりかねない。従って、ゼロコロナにまい進するしかないのです」
一方で、先の田代氏は、
「コロナを封じ込めても経済が沈んでは元も子もありません。実は、中国の経済官庁で最高序列に位置する国家発展改革委員会は1月17日、“周辺旅行や近場への遠足”を奨励する通知を出している。つまり、習政権は早くも、五輪後の“脱コロナ”へと舵を切りつつあるわけです」
手前勝手な青写真ともども、お笑いと言うほかない。
「週刊新潮」2022年2月10日号 掲載