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五人土籠御書は文永8年(1271)10月3日 日蓮大聖人が50歳の時、依智から鎌倉の宿屋光則の邸内の土牢に幽閉された門下の5人に与えられたもの。
佐渡配流の日を知らせるとともに、法華経身読の功徳を讃え、寒夜の土牢の苦しみを思いやり、信心を励まされている。
御真蹟は全篇2紙で、京都の妙覚寺に存する。
文永8年(1271)10月3日の時点で、 日蓮聖人は初見の本尊はまだ顕されていない。 (法花)は五人土籠御書にも富要にも出てくるが板彫との関係は!
「弘安二年十月十二日」の『熱原法難』に「法華講衆」が存在して無かったことはすでに論証済みである。
板彫第三の筆である「法華講衆」と、五人土籠御書の(法花)の筆跡鑑定は同じなのか?
弘安二年の板彫の本尊に 「法花講衆」 と彫られていれば教えて下さい。
恥の上塗りはみっともない。
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