356話 赤面のルミと解決法
パーティー会場で、トラブルが起きた。
参加者の一人が発した不用意な一言で、会場に居た人間に火が付いたのだ。
わらわらと男たちが集まり、口々に大声で叫ぶ。
「我らが女神を守れ!!」
「「おう!!」」
あっという間に、会場は剣呑な雰囲気に包まれる。
ルミニート親衛隊を名乗る者たちが、剣の柄に手を添えていつでも動ける臨戦態勢に入った。
武力行使も辞さない構えである。
ここで剣を抜けば神王国使節団としては「失敗」になるだろう。
親善の為にやってきている人間が、ことも有ろうに第三国の人間をヴォルトゥザラ王国の首都で攻撃する。どうあっても“親善”とは程遠い、武力衝突だ。
「ルミニート嬢は我々がお守りいたします」
「か弱き女性を守ることこそ騎士の本懐」
猛々しく
心構えは立派だと褒めるべきなのだろうか。
内心にかなり不純な感情が籠められているであろうことを察しつつ、真っ先に場の収拾に動いたのは護衛軍のトップであるスクヮーレと、その補佐役だった。
「あぁ……親衛隊諸君、職務に戻りなさい」
学生を連れてきているのはペイスなので、彼らに声を掛けたのはペイスである。
「しかし!!」
「この件は僕が預かります。あなた方でも納得のできる形に治めて見せるので、我が国の恥をこれ以上さらさぬように」
「……はい」
「分かりました」
最初から今まで、ずっとアモロウスに対して嫌悪と敵意を向ける男たち。
促されて職務に戻る間中、ずっとである。
「とりあえず、場所を移しましょうか」
「はあ」
このような場では、流石に落ち着いて話すことも出来ないと、関係者一同は場所を移動することにした。
◇◇◇◇◇
「さて、何から確認したらよいものやら」
何が起きるか分からないからと、防諜対策のされた部屋に移動した面々。
人数がそれなりに居る為、中々の人口密度である。
神王国使節団の団長たるルニキス王子や、実戦力のトップとしてスクヮーレなど、かなりの重責を担う面々も集まった。
開口一番、ペイスがアモロウスに事情を確認する。
「ルード殿、貴方は先ほど、我が国の者に求婚した、という認識で良いのですよね?」
「はい、その通り。私はそちらの麗しきルミニート嬢に結婚を申し込みました」
一切動揺を見せず、自分の行なった行為を誇るようにしてアモロウスは胸を張る。
「……実に急な話ですね。彼女の意思確認や実現性を取りあえず脇に置いて、何故いきなりそんな話を?」
「それは、彼女が私の“運命の女性”だからです」
「……はい?」
一同は、お互いに顔を向け合い、戸惑う。
ソラミ共和国の独特な言葉なのか、或いは彼個人にのみ付随する表現なのか。
何とも判断しにくい理由が飛び出してきたからだ。
「ことは我が国の機密に当たりますが、私はこの国に来るにあたり“運命の出会い”が有ると、とある者から言われておりました」
「ルミがその相手だと?」
神王国側が戸惑っているのが分かったのだろう。アモロウスも、更に説明を重ねる。
それで分かったことは、アモロウスが何がしかの基準を持っていて、それにルミが該当したということだろうか。
「私はそう確信しています。それに、彼女の高潔さは素晴らしいものです。正直、一目惚れをしたのです。是非、私の妻にと考えています」
「少し……こちら側で相談してもよろしいでしょうか」
「勿論です」
ペイス達は、別室にアモロウスを移し、機密の守れる部屋で相談を始めた。
幾ら何でも、相談なしに話がまとまるとも思えなかったからだ。
改めて部屋の防諜が確認され、これからの相談内容が魔法でも出来ないようになっていると確認されたところで、いよいよ本題。
「王子殿下」
ペイスが最初に気にしなければいけない相手は、今回の使節団のトップである。
「話は逐一聞いていたからわかるよ、ペイストリー。実に、困ったことになったね」
「はい」
「結論から言おう。有益な能力を持つ魔法使いであり、同盟国の要人に対して、我が国の、それも忠誠心に信頼のおけるであろう女性が嫁ぐことは国益に適う」
「……はい」
政略結婚が当たり前の神王国人にとって、特に王族にとって、国の為に結婚というものを利用するのは至極普通の発想である。
世の中には、女性を使って要人の気持ちを篭絡させる謀略も有るのだ。甘い罠を仕掛けて情報を得ることに比べれば、自分から勝手にハニートラップに掛かってくれた分だけ善良と言える。
わざわざ外交的に利用できるカードを渡してくれるというのなら、利用した方が良い。
理屈の上ではその通りである。
しかし、ルニキスは結論を急がない。王子が気にしているのは、アモロウスの求める女性と言うのが“モルテールン家の身内”であることと、“寄宿士官学校のアイドル”である点だ。
「ここで断った場合、相手の機嫌を損ないそうだ。それが今後にどういう影響が出るかは未知数でもある」
「殿下のおっしゃることは道理かと思います」
ソラミ共和国というのは、神王国人にとって馴染みのない国だ。
国のトップに立つべき後継者として諸外国との付き合い方を教えられている王子は、外国では思いもしない部分で常識や考え方が違うということを知っている。
王子が考えるのは、常識の違いから感情的な摩擦が生まれ、それが外交摩擦に繋がる危惧。今回の突然のプロポーズが、ソラミ共和国人にとってとても重要な意味を持っているかもしれないということ。
地球の歴史においても、惚れた腫れたで国政を動かし、世界を巻き込んだ事例などクレオパトラの時代から有る。ルニキスの危惧を、考え過ぎとは言えない。
「つまり、安全策を取るならば、ルミをあちら側に差し出した方が良い、ということですか?」
「差し出すことに問題が無いなら、その通りだ」
王子の言葉に、いち早く反応したのは幼馴染の片割れだった。
「そんっ」
「マルク、いけません!!」
「っ!!」
王子殿下の許可も無く発言しようとしたマルクを、ペイスが諫める。
そもそも、王子としては神王国人として常識的な判断しかしていない。お家の為には政略結婚も当然とする王侯貴族の考え方や、家父長制の下で娘の結婚相手を父親や、或いは主君が決めることが当たり前とされている常識である。
ルミの気持ちであったり、惚れた相手が居るかどうかなどは、二の次三の次にして判断するのが普通なのだ。
王子としても、使節団の団長として国益を最優先に考えることが求められる。
当たり前の務めを熟そうとしているだけの王子に対し、一平民であり陪臣でもあるマルクが反論を述べることは許されない。
いかに激高しようとも、守らねばならない一線があるのだ。
もっとも、ペイスとしては完全に幼馴染たちの味方である。
身内に甘いモルテールン家という評判であるように、ペイスもまた噂通りのモルテールン家の男。幼馴染たちを政略結婚の駒に使うような真似は最初から唾棄すべき考えだと割り切っていた。
そもそも、モルテールン家は恋愛結婚積極推奨がお家柄だ。
王子としても、モルテールン家の家風は承知している。当主からして実家と縁を切ってでも惚れた相手と添い遂げたという、特異なカラーに染まった家がモルテールン家。
ならば、そこら辺の貴族のように上から命じて娘を差し出させるようなわけにはいかないだろうと理解している。
つまり、大事なのはルミの気持ちだ。
「……殿下、ここは当事者の気持ちを確認するべきかと思います」
「良いだろう」
王子が頷いたことで、皆の目はルミに向けられる。
「俺……いや、わたしは、その……」
いきなり偉い人たち全員の目が向いたことで、ルミも戸惑う。
しかも、聞かれている話題が話題だ。プライバシーどころの話ではない。親しい友人同士であっても中々話すことも無い『自分の恋愛』について聞かれたのだ。
話しづらくて当然だろう。
この中で一番混乱しているのは、他ならぬ彼女なのだ。
無意識になのか意識的なのか、マルクの方に何度も目線を飛ばしている辺り、どう思っているのかは察するに余りある。
「混乱しているようなので、僕から質問しましょう。ハイかイイエで答えてくれれば良いです」
見かねて、ペイスが対応にでる。
「ルミは、将来結婚しようと思っていましたか?」
「えと、えと、はい」
いずれは結婚するかもしれない。いや、するだろう。
そう遠くない時期に、結婚してもいいかなという程度なら考えていたと頷いた。一生独身で居たいなどと思ったことは無い訳で、結婚しようと思っていたかと問われればハイと答える。
「具体的に結婚を約束した相手は居ますか」
「……いいえ」
ちらりとマルクの方を見ながら、返事をしたルミ。
「将来、結婚したいと思っている相手は居ますか」
「はい!!」
混乱しているのか何なのか。
普段ならば絶対にしないような食い気味の反応で、マルクを見ながら返答した。
恐らく、ここにモルテールン家の重鎮たちが居たらば、腹を抱えて笑うぐらいはしていただろう。
「ルード氏と結婚するのに、その相手を諦められますか?」
「……いやだ」
このあたりで、ルミの顔は既に真っ赤。おまけに、マルクの顔も真っ赤っかである。
「殿下。お聞きのとおりです。彼女には、具体的に約束した相手こそいませんが、将来結婚したいと惚れている相手が居ます。使節団の団員としてはルード氏の申し出を受け入れることに利も有ると判断いたしますが、モルテールン家の人間としましては、彼女を人質に差し出すが如き真似は断固として反対致します。僕個人としては、彼女の気持ちを最大限尊重したいと考えます」
「……ペイストリーの意見は分かった」
こうなるだろう、とは王子も思っていた。
本来、政略結婚というものであっても入念な根回しをするものなのだ。いきなりプロポーズしたものを、はいそうですかと頷く方が珍しい。
神王国とソラミ共和国の常識の違いなのか。
突然の求婚など、明らかにアモロウスの申し出の方が非常識だと、神王国人一同には思えた。
「しかし……それであちらが納得するだろうか」
「分かりません。しかし、これが交渉のテクニックである可能性を進言いたします」
「交渉のテクニック?」
「最初に無理難題を吹っかけておいて、徐々に要求を下げていくことで利益を得ようとしているのかもしれません」
「ふむ」
「恐らくですが、共和国では結婚において自由な恋愛が比較的認められているのでしょう。だからこそ、それを前面に出してくれば、事は男女の色恋の話になります。あちらが女性を口説こうとしているだけで、非難するのは難しいのでは?」
ペイスは、共和国という政体についても少しは知識が有る。少なくとも、絶対的な権力者が居ないことぐらいは分かる。
だとすれば、共和国では政略結婚という概念が薄い可能性は高い。
これは色恋の話なのだから政治は関係ない、と共和国の常識を持ち出して来るならば、神王国人としてはとても交渉がやり辛くなる。諦めさせるのに、余計な出費が必要になるかもしれない。先行きは不明瞭である。
ここで、駄目だと突っぱねるのはどうなのか。
ルミには好きな人が居るので駄目だ、と。
すると今度は、神王国の常識を持ち出して政略結婚の交渉を始めるかもしれない。
相手の土俵で相撲を取るならば、何処で足を取られるか知れたものではない。これもまた未知数。
「それと……殿下。ペイストリー殿」
「ん?」
「スクヮーレ隊長にもご意見がおありですか?」
ペイスと王子の会話に、スクヮーレ護衛隊長が口を挟む。
「学生たちの中には、彼女を殊更に大事にする者も居る様子」
「ああ、いますね」
言わずもがな、親衛隊のことであろう。
彼らはルミのことを女神とも崇め、彼女の敵は命を懸けてでも倒すと公言している。
「そちらにも配慮が必要かと思います。言いたくは有りませんが、彼らは未熟な学生です。ここで彼女の結婚を決めてしまえば、最悪の場合は彼らの暴走もあり得ます」
「それは確かに」
「まさか引率してきた学生の半分を拘束、処罰するわけにもいかないでしょう。それも痴情の縺れで……」
「恥を晒すことになるだろうな。それはよろしくない。それに、彼らは皆それなりの家の子息ばかりだ」
王子もスクヮーレも、むむむと眉間に皺を寄せた。
アモロウスの申し出をただ却下しては不測の事態が起きるかもしれない。しかし、国内の有力者の子弟達を無意味に暴走させて処罰するわけにもいかない。
外は外国の要人、内に暴走気味の学生。
どちらにも納得尽くで引かせる、一挙両得の策は無いのか。
しばらく皆が悩んでいたところで、ペイスがふといい笑顔になった。
「僕にいい考えが有ります。全員で決闘させましょう」
なんでそうなるのか。
皆の心が一つになった瞬間である。
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