巨人・斎藤雅樹が成し遂げた不滅の「11試合連続完投勝利」これが舞台裏だ
この間、投げた球数は1398球。この頃はすっかり自信に満ちあふれ、「マウンドに上がるのが怖い」と言い、「ノミの心臓」と揶揄されていた姿はもう消えていた。「分業制」が進んだ今となっては、破られることはないであろう不滅の記録。捕手として11試合全てに立ち会えたのは光栄だった。
この年、20勝7敗、防御率1.62の圧倒的な成績で、最多勝、最優秀防御率、沢村賞に輝いた。後年、斎藤が「僕が今あるのは中尾さんのおかげ」とテレビで語っているのを見た。90年代に「平成の大エース」と呼ばれた男の80年代最後の大ブレーク。2016年に野球殿堂入りした男の覚醒に少しでも貢献できたのなら、私もうれしい。
ライバル捕手の山倉和博は故障もあって46試合の出場にとどまり、私は87試合に出場。MVPを受賞した82年に続くベストナイン、ゴールデングラブ賞を獲得した。トレード相手でもあった中日・西本聖も巨人戦で5勝を挙げるなど自己最多の20勝で初の最多勝。私と2人で「カムバック賞」をもらうことができた。お互いにとっていいトレードだったことが証明された。
投手陣は斎藤の他に槙原寛己(12勝4敗)、桑田真澄(17勝9敗)の「新3本柱」が3人で49勝。特に桑田は私が受けた中で、いくつかのことが「ナンバーワン」の投手だった。