タイプライター 後世への影響

タイプライター

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/12/07 09:50 UTC 版)

後世への影響

キーボード配列: "QWERTY" とそれ以外

QWERTY配列の手動式タイプライター

現在のコンピュータのキーボードのキーの位置が行ごとに少しずつずれているのは、手動式タイプライターの名残である。

1874年のショールズらのタイプライターで、QWERTY配列が確立した。ショールズが仲間と共にタイプライターを開発しているとき、様々なキー配列を試したと思われるが、それについての文書はほとんど残っていない[10]。QWERTY配列のホームポジションの行にはほぼアルファベット順の並び (a-s-d-f-g-h-j-k-l) があることから、出発点はアルファベット順のキー配置だったと考えられている[11]。QWERTY配列は英語用タイプライターやコンピュータ用キーボードのデファクトスタンダードとなった。ラテン文字を使用している他の言語は、QWERTY配列をアレンジしたものを使う場合がある。たとえば、フランス語のAZERTY配列、イタリア語のQZERTY配列、ポルトガル語のHCESAR配列、ドイツ語のQWERTZ配列などである。

さらなる効率を求め、Dvorak配列のような全く異なる配列も提案されてきたが、QWERTY配列を代替するには至っていない。

QWERTY配列についての諸説

QWERTY配列は、英語によく出てくる単語でも複数の行を打つ必要があり、考えられる最高の効率的配列というわけではない。手動式タイプライターでは、活字アームが完全に戻ってから次のキーを打たないと、アームが互いに絡み合って故障する(アーム絡み)。試し打ちが可能な状態で展示されているタイプライターは、素人が打つことによって、ほぼ例外なくこの症状を起こしている。現在の最も一般的なキーボード配列であるQWERTY配列に関する巷説で、打鍵速度を落として故障を防ぐために考え出された配列だと言われることがある。また他の巷説には、タイプライターのセールスマンが、顧客に対して簡単に美しく「typewriter」という単語の打鍵を披露できるようにしたものだとも言われる(qwerty配列では「typewriter」という文字は横一列に並んでいるのですばやく打鍵できる、という説)。QWERTY配列の最もそれらしい説明としては、続けて打つことが多い文字のアームを遠くに離すことで、内部の機械の故障を起こしにくくしたという説がある[11][12]

これらの巷説に対し、京都大学の安岡孝一と京都外国語大学の安岡素子は『キーボード配列 QWERTYの謎』40-41・162頁において、「英語の連続する二文字で最も頻度が高いのは「th」であるにもかかわらず、TとHはQWERTY配列(のキーボード上でのキーの距離)では離れていない」「英語の連続する二文字のうち、最も使用頻度が高い「th」に関しては、確かに『ショールズ・アンド・グリデン・タイプ・ライター』において、「T」と「H」の活字棒はほぼ対角線上に位置している。しかし、その次に使用頻度が高い「er」+「re」に関しては、活字棒はほとんど隣り合わせに配置されている」「当時の商標は『Sholes & Glidden Type-Writer』なのに、SholesもGliddenも一つの段で打つことはできない。Type-Writerにしてもハイフンを含んでおり、ハイフンが同じ段にない以上、この説はナンセンスと言わざるをえない」と反論している[13]。しかし、TとHのタイプバーの距離(タイプバスケット上では離れていた[14][15])に関しての問題にキーボード上でのキーの距離を持ち出す事や、当時の実機の銘板には「TYPE WRITER」の文字だけ独立して「Sholes」や「Glidden」とは別に記載されている事、また「TYPE」と「WRITER」の文字の間にハイフンを含んでいない事(1874年[3][4]1876年)は考慮されていない。

QWERTY配列が生まれた経緯についての決定的資料は見つかっていないので、これからもタイプライター愛好者の論争は続く。

キーの省略

Shuangge 製の中国語タイプライター。2,450個のキーがある。
和文タイプライター

古いタイプライターでは、内部機構の簡易化・コストダウンのため、特定のキーが省かれているものがある。この場合、字体の似た他の字(ホモグリフ)を代用として充てて打鍵する。例として、数字の「1」を小文字の「l」(エル)・同じく数字の「0」を大文字の「O」(オー)で代用する、などである。また、バックスペースを使い、2つの文字を同じ位置に印字してキーが存在しない文字を印字する手法も存在した(感嘆符をアポストロフィーとピリオドで代替するなど)。また、スペースバーを押下したままにすると、文字送りがされず、同じ位置に複数の文字を打てる機構も存在した。

言語による配列の違い

ラテン文字以外のキーボード配列では、QWERTYは全く関係ない。ロシアのキリル文字のキー配列では、ロシア語によくある文字の並び ыва、про、ить がキー配列上並んでいる。このため3本の指をローリングさせるように動かすことで打てる。

中国語や日本語などの東アジア言語用のタイプライターには、数千の文字を打つ機構が必要である。これらの操作は簡単ではないが、1980年代にワードプロセッサが登場するまで、プロのタイピストがそういったタイプライターを操作していた。

日本では欧文タイプライターは、日本語の印字ができないこともあり、欧文ビジネス文書を頻繁に作成する事業所以外では用いられなかった。カタカナの印字を可能にした「カナタイプライター」も存在したが、ひらがなや漢字の印字には対応せず、「和文タイプライター」はその入力文字種の多さ、入力の煩雑さからあまり普及しなかった。文書作成装置が一般家庭をも含めた国民一般に広まるのは、1970年代終わりに欧文ワードプロセッサの機能に「かな漢字変換」機能を加えた「日本語ワードプロセッサ」が登場してからとなる。

コンピュータ関連への影響

タイプライター関連の用語は、現代でも使われているものがある。以下に例を示す。

バックスペース
カーソルを通常とは反対方向に動かすキーストローク。タイプライターでは、プラテンをスペースキーと逆方向に動かす。
カーボンコピー
これの略称 "CC" は電子メールのコピー送信先を意味する。「CC」では全ての配信先が受信者全てに開示される。本人の他には誰が受けたかを分からなくするのが「BCC」(ブラインド・カーボン・コピー)。
キャリッジ・リターン (Carriage return, CR)
行の終わりを示し、次の行の先頭への復帰を示す。
カーソル
タイプライターでは、次の文字が印字される位置を示す縦線。コンピュータでは、次の文字が表示される位置を示すマーカーである。
改行 (line feed, LF)
カーソルを次の行に移動させること。タイプライターでは、プラテンを回転させて次の行に送る。
シフト
大文字などキーの上に書かれている文字をタイプするための修飾キーの1つ。タイプライターでは、キャリッジ機構全体を上下にシフトさせ、タイプアーム上の別の活字を印字させる機構だった。シフトキーには上向きの矢印が書かれているものがあるが、これはキャリッジ機構をシフトすることを表し、タイプライターの名残。
タブキー
Tabulate KeyのことでTabulateとは作表の意味。タブキーを押下することであらかじめ決められた文字数分キャリッジが移動する。この機構により使用者が手作業でキャリッジを移動させる手間が省かれ、作表が容易となった。
tty (teletypewriter)
Unix系OSの「端末」デバイス名を表示するコマンド。

  1. ^ Acocella, Joan (April 9, 2007). The Typing Life: How writers used to write. The New Yorker. 
  2. ^ William Austin Burt's Typographer. Science Museum. (1829) 
  3. ^ Otto Burghagen (1898). Die Schreibmaschine. Illustrierte Beschreibung aller gangbaren Schreibmaschinen nebst gründlicher Anleitung zum Arbeiten auf sämtlichen Systemen 
  4. ^ Dieter Eberwein,. Nietzsches Schreibkugel. Ein Blick auf Nietzsches Schreibmaschinenzeit durch die Restauration der Schreibkugel. Eberwein-Typoskriptverlag. Schauenburg 2005. 
  5. ^ Johanne Agerskov (1925). Hvem er Skrivekuglens Opfinder? 
  6. ^ a b [1]Reproduction of advertisement for Noiseless typewriters, with list of models and diagram of typebar mechanism
  7. ^ a b c [2] Acocella, Joan, "The Typing Life: How writers used to write", The New Yorker, April 9, 2007, a review of The Iron Whim: A Fragmented History of Typewriting (Cornell) 2007, by Darren Wershler-Henry
  8. ^ Ellen, David (2005). Scientific Examination of Documents. CRC Press. pp. 106–107. ISBN 0849339251 
  9. ^ アメリカ合衆国特許第4,620,808号
  10. ^ Liebowitz, S. J.; Stephen E. Margolis (1990). “The Fable of the Keys”. Journal of Law & Economics (The University of Chicago) XXXIII (April 1990). http://wwwpub.utdallas.edu/~liebowit/keys1.html 2008年6月18日閲覧. "This article examines the history, economics, and ergonomics of the typewriter keyboard. We show that David's version of the history of the market's rejection of Dvorak does not report the true history, and we present evidence that the continued use of Qwerty is efficient given the current understanding of keyboard design." 
  11. ^ a b David, P.A. (1986): Understanding the Economics of QWERTY: the Necessity of History. In: Parker, William N.: Economic History and the Modern Economist. Basil Blackwell, New York and Oxford.
  12. ^ Consider QWERTY”. 2008年6月18日閲覧。 “QWERTY's effect, by reducing those annoying clashes, was to speed up typing rather than slow it down.”
  13. ^ 安岡孝一、安岡素子『キーボード配列 QWERTYの謎』、東京、NTT出版、2008年3月、ISBN 978-4-7571-4176-6
  14. ^ The Truth of QWERTY:Monday, April 27, 2009”. 2010年7月3日閲覧。
  15. ^ Sholes & Glidden Type-Writerの活字棒の配置 - yasuokaの日記:2008 年 05 月 19 日”. 2010年7月3日閲覧。
  16. ^ The First Typewriter”. Rehr, Darryl. 2009年2月1日時点のオリジナル[リンク切れ]よりアーカイブ。2009年2月16日閲覧。
  17. ^ Foster, Edward H., Richard Brautigan, Twayne 1983.
  18. ^ ウィリアム・ギブスンのブログ 2006年10月13日の項を参照
  19. ^ 名前は「コロナ」 いじめ被害の少年にトム・ハンクスさんが… - NHK
  20. ^ Williams, Richard T (2004年7月8日). “Brian Eno: Taking Tiger Mountain (By Strategy) (reissue)”. PopMatters. 2018年8月2日閲覧。






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