市川海老蔵が主演する新作歌舞伎「プペル~天明の護美人間~」が3日、東京・新橋演舞場で開幕した。終演後はスタンディングオベーションとなる熱狂ぶりで海老蔵ら出演者は4度のカーテンコールで拍手に応えた。1314席のチケットは完売で客席には若者のカップルや親子連れも目立った。
キングコング・西野亮廣のベストセラー絵本「えんとつ町のプペル」を歌舞伎化。ぼたんが原作の少年ルビッチにあたる「はる」を演じ、海老蔵はゴミ人間のプペル、悪役の田沼意次、はるの父親・熊八、(熊八の)心臓の4役を演じた。ダブルキャストで「はる」を演じる堀越勸玄くんは4日昼の部から出演する。
えんとつのない江戸の町が舞台のため、上空の黒煙は浅間山の噴煙に。細かい設定は原作から変更されているが、「夢を信じる心」「親子の絆」という基盤となるストーリーは健在だ。随所に「これでもか」とばかりに見得、荒事、早替わり、ぶっ返り、立ち回りという歌舞伎ならではの演出手法を取り入れ、「思っていた以上に歌舞伎だな」と思った。
物語の展開がテンポよく飽きさせない。海老蔵は熊八として登場したと思えば、次の瞬間には(熊八の)心臓に。ゴミ人間プペルと悪役・田沼意次の早替わりは圧巻で開始から15分ほどで4役すべてが登場する。プペルを演じている時の口調が純粋無垢(むく)な存在であるゴミ人間のキャラクターを見事に表現。役による演じ分けはもちろん、同じキャラクターでも、その場面や心情によって、全く異なる印象を受けた。
ドラマ「二月の勝者―絶対合格の教室―」に出演した影響もあるのだろう。ぼたんの成長ぶりに驚いた。これまで経験したことのない膨大なせりふ量。当然、初日の緊張もあったと思うが、せりふ回しが明瞭で力強く、親子の絆を描いた場面では感情を込めて観客の心を震わせた。だんまり、立ち回りにも挑戦。海老蔵と実の親子ならではの絆も感じさせた。
お笑いコンビ「ダイノジ」の大地洋輔は歌舞伎初挑戦。一人だけ歌舞伎口調ではなく、江戸時代の言葉ですらない。現代語でまくし立てる場面が多く最初は多少、浮いている感じもしたが、途中からはむしろ狂言回し的な役割として効果的に思えた。時に観客に語りかけ、笑いを誘い、終演後のカーテンコールでは、得意のエアギターを披露して喝采を浴びた。
開幕前に行われたスポーツ報知のインタビューで海老蔵は「私の家族に重ねるとプペルは寄り添う存在だから私。父親の熊八は麻央なんです。麻央の魂をぼたんと勸玄が受け継ぎ、夢を抱く。リンクする部分が大きい」と語っていた。熊八の魂が宿ったプペルがはる(ぼたん)と再会する場面は、2017年に亡くなった小林麻央さんを思い起こさせた。特にクライマックスシーンは海老蔵一家が抱える過去と重なり、心に響く。
「新たなファンを獲得しないと歌舞伎の未来はない」と危機感を募らせる海老蔵は「革命を起こし、改革していきたい」と強い意欲を見せている。この日、歌舞伎の新たな可能性を確かに感じさせ、一方で古典歌舞伎の魅力も再認識させられた。熊八の魂が宿ったプペルが、捕らえられた仲間を救おうと花道から登場する場面は「暫」の鎌倉権五郎を思わせ、引っ込みの六方は「雷神不動北山櫻」の鳴神上人を想起させた。
ネット上では「もっと古典をやるべき」と指摘する声もあるが、市川宗家としてしっかりと伝統芸能を継承する海老蔵が新作に挑戦するからこそ、意義がある。歌舞伎界が衰退すれば、元も子もない。海老蔵は古典を継承するためにも新作に挑戦する。(有野 博幸)